双五、空と地を結ぶ

皐月 翠珠

文字の大きさ
38 / 39

ぽつんと落ちるは諦めの声

しおりを挟む
 隠星いんせいが去った後の戦場は、風が止んだ廃墟のように静まり返っていた。地面には霊力を使い果たし倒れる禍環会かかんかい典祓庁てんぱつちょうの面々。光の柱が消えた空には、何事もなかったかのように月が浮かんでいる。
 誰もが今し方告げられた真実を飲み込みきれないでいた。希望だと思っていたものが災厄そのものだった。まるで小説のようなどんでん返し。静寂の中、仁梧は未だ呆然と座り込んでいた。
「あいつが…隠星いんせいだったなんて…」
 傍らに立つ和梧が掠れた声で呟く。それを聞いて尚、仁梧の頭は思考する事を放棄していた。
 やがて戦場の端では、典祓庁てんぱつちょうの幹部達が集まっていた。真実を知り、戦意をなくした禍環会かかんかいの者達は次々と拘束され、誰からともなく今後についての話が始まる。
「まさか大いなる災厄が"二十五番目の存在"だったとは」
「祓戸家の古文書にはそんな記録はなかった筈だ」
「これからどうする?禍環会かかんかいが集めた術式の塊では、隠星いんせいに何のダメージも与えられなかったではないか」
「やはり十二の力でなければならないという事か?」
「いや、だが待て…よく考えてみろ。風は我らに吹いたままだ」
 幹部の一人がゆらりと仁梧達に視線を寄越す。その視線を追いかけた他の者達も、そうかと何かに気づいたように笑みを浮かべた。
「ここにいるではないか。伝承の双子、双御祖ならびのみおやと同じ力を持った祓戸の忌み子が」
「な…ふざけないで!散々好き勝手しておいて、都合が悪くなったらあんた達の尻拭いを私達にさせようっていうの⁉元はと言えば、あんた達が禍環会かかんかいの存在に気づけなかったのが原因でしょう⁉」
 烈火の如く怒りを見せる和梧に、幹部の一人は勝ち誇ったように笑う。
「貴様らに断る事はできない筈だ。このままでは、世界が再び混沌に満ちるのだから。よもや、天下の祓戸家ともあろうものが使命を放棄などしないだろう?」
「っ………仁梧!」
 "使命"という言葉を出され、和梧はぐっと歯を食いしばる。だが次の瞬間、彼女は仁梧の胸倉を掴み強引に顔を上げさせた。
「な、こ…?」
「行くわよ!」
「行くって、どこへ…」
「決まってるでしょ!隠星いんせいの…ほしみのところへよ!私達が…あんたが行かないでどうするのよ!」
「でも、私…」
「しっかりしなさい!今この時が、私達が生まれた意味を証明する瞬間でしょう⁉ほしみを想うなら余計によ!あいつを止められるのは、あんたしかいないでしょ!」
 そう叱咤され、きゅっと唇を噛み締める。
(ほしみを…想うなら…)
 けれど、その言葉の先が続かない。大いなる災厄を封印するのが自分の宿命さだめだった。その為に必死に力を磨いてきたつもりだった。それなのに、その努力は全て他でもない、大いなる災厄を目覚めさせる手伝いをする事に繋がっていた。
 使命を果たさなければいけないのはわかっている。しかし、それはつまりほしみを封印するという事だ。今の自分にそれができるとは到底思えなかった。
「…和梧…ごめんなさい、私…」
「そこまでです」
 紡ごうとした言葉は無機質な声に遮られた。典祓庁てんぱつちょうの職員が二人、こちらに近づいてくる。
「影前こと祓戸仁梧。典祓庁てんぱつちょうの名において、貴殿の身柄を拘束させて頂きます」
「は…?」
 仁梧の胸倉を掴んでいた手を離した和梧は、何を言われたのかわからないといった表情だ。
 しかし事務的な動作で仁梧の両腕を取ろうとする職員にすぐに我に返り、ちょっと!と声を荒げる。
「どういうつもり⁉何の権限があってそんな事…」
「祓戸仁梧は"危険因子"です」
 あくまでも職務を全うしようとする職員の淡々とした声が、感情を剥き出しにした和梧のそれとは対照的に響く。
「長年にわた隠星いんせいを匿っていた疑いがある。意図はどうあれ、大いなる災厄の覚醒の一助となる行動を取った事実は重大な罪です」
「な…っ、こじつけにも程があるわ!そんな見え見えの名目、通るわけが…」
「事実として、祓戸家の敷地内に隠星いんせいが長期間潜伏していた。それとも、家ぐるみでの隠匿を認めますか?」
「ふざけるな!これは祓戸…」
「それは祓戸家への侮辱と捉えて構わないという事か?」
「父上…!」
 重く静かな声に、和梧の顔には希望の色が浮かぶ。職員達も、椋礼の冷静な迫力にたじろいでいた。
「大いなる災厄、隠星いんせい。それが覚醒した暁には、再び封印する事が我ら祓戸家の使命。千年以上守り続けてきたその使命を放り出し、あまつさえ隠星いんせいそのものを匿うなど言語道断。祓戸家当代当主の名をかけて、我が一族の無実を主張する。その上で証言しよう。全ては露払い、影前が独断で行なった愚行であると」
「父上⁉」
 衝撃の発言をする父に、和梧は金切り声を上げる。椋礼の言葉の意図を汲み取った職員は、動揺からにやりと嫌な笑みへ表情が変わる。
「それは身柄の拘束にご同意頂けるという事ですね?」
「祓戸家の使命は大いなる災厄の封印。それを乱す者は祓戸にあらず。我々は典祓庁てんぱつちょうの方針に従おう」
「何を仰っているのですか父上!こんな強引な仕打ち、許されるわけが…」
「和梧、落ち着け」
「透、あんたまで…!」
「今ここで騒ぐな。片割れの君が騒げば、それだけ仁梧の立場が悪くなるだけだ」
 その言葉に和梧は唇を噛み、悔しさに瞳を揺らす。
 職員達がへたり込んだままの仁梧を見下ろして言う。
「ご安心を。危害は加えません」
「ただ、一時的に庁舎にて拘束、査問にかけさせて頂きます」
 仁梧はぼうっとした瞳で彼らを見上げた。
「拘束…査問…」
「待って!仁梧、あんたは悪くない…!」
 和梧が必死に呼びかけるが、仁梧の耳には届かない。
(ほしみを…想うなら…)
 大いなる災厄を匿っていたのは自分。力を与え続けていたのも自分。知らなかった、そう訴える事すら罪のように思えた。
(そうだ…全部私が…)
「…行きます」
 静かに落ちた声に、和梧の表情が凍りつく。
「仁梧⁉待って、まだ私何も…」
「ごめんなさい、和梧…」
 仁梧は微笑んだ。壊れた人形のような笑みで。
「ごめんなさい…私、また上手くできなかったみたい」
「!」
─ごめんね、なこ
 辛そうに笑うそれが、幼い頃の顔に重なった。
 典祓庁てんぱつちょうの職員が左右から仁梧の腕を取る。
「仁梧ッ!」
 家の者達に押さえられながら、懸命に仁梧の元へ行こうともがく和梧。その悲痛な声に、仁梧は一度だけ立ち止まる。そして、振り返る事なく呟いた。
「ありがとう…一緒に使命を果たそうって叱ってくれて、嬉しかった」
 隣に立てなくてごめんなさい。
 その一言に、和梧の顔からは今度こそ完全に血の気が引いた。
 それはまるで───全てを諦めた者の声だったから。
「…っ、仁梧…!」
 そのまま連れていかれる仁梧。ふらふらと揺れる背中は細く、弱々しく、今にも崩れ落ちそうだった。
「仁梧……っ、待って…!」
 追おうとする腕は、ただただ空しく空を切るだけ。遠ざかっていく仁梧の姿は、まるで処刑台へ向かう罪人のように見えた。
 その夜、仁梧は典祓庁てんぱつちょうの隔離区画へと収容された。その罪名は、"大いなる災厄の隠匿、及びその覚醒の幇助ほうじょ"。運命の双子、その片割れの裏切りの一報は、一晩の内に国中の異能者の元に届くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

処理中です...