1 / 3
ではまず、ご希望の条件をお聞かせください
しおりを挟む
日下天堂はイライラしながらバイト先から家路についていた。正確にはクビにされてしまったので、元バイト先である。スーパーで品出しの仕事を任されていた彼だが、乱暴な物言いに客から苦言を呈され条件反射で凄んでしまったところを店長に見つかったのだ。
「ふざけんなよ、ちょっと客と揉めただけじゃねーか!」
前々から勤務態度を注意されていたのが良くなかった。目をつけられてさえいなければ、少しばかりの説教一つで収まっていただろう。
「どうすんだよ、来月からの生活費…」
ハアァ、とため息をついてズボンのポケットから財布を取り出す。現在の所持金は二千円と少し。高校生としては特別少なくもないだろうが、如何せん彼の背中には自分を含め病気がちな母とまだ小学生の弟と妹四人分の生活がのしかかっている。自分一人ならまだどうとでもできたかもしれないが、家族まで路頭に迷わせるのは流石に忍びない。
「やっぱ学校辞めっかなぁ」
どうせ自分のような人間が高校を出たところで、用意されている未来など限られている。同世代のグループが楽しげに話をしながらすれ違うのをどこか羨ましそうに見ては、世の中の不公平に舌を打つ。
「やってられっかよ、クソが!」
苛立ちのままに道端に転がっていた空き缶を思いっきり蹴飛ばすと、缶は電柱に当たり綺麗に自分に返ってきた。
「ってぇな、この野郎!」
「クスクス」
悪態をつく天堂の耳に、笑い声が入ってくる。
ふと前を見ると、二、三十代のスーツの男が肩を震わせていた。
「何が面白ぇんだよ、オッサン」
「いやぁ、こんなにもフラグ回収の早い因果応報なかなか見られないなぁと思いまして」
「いん…ワケわかんねぇ事言ってんじゃねぇ!」
「えぇ⁉︎知らないんですか、こんな素晴らしい言葉を⁉︎」
信じられないと言った顔を向けられ、天堂の怒りは更に増す。
「喧嘩売ってんのか⁉︎とっとと失せろよウゼェな!」
「失せろと言われましても、ボクは職場に戻ってきただけなので」
「職場?」
そう言われて右手を見ると、見覚えのない建物が建っている。白と黒のモノトーンで統一された少しモダンな見た目。事務所のようなその建物の看板には、【サンズ不動産】と書かれている。
「不動産屋?」
「へぇ、見えるんですね」
「やっぱ喧嘩売ってんだろ」
「いえいえ滅相もない~」
いちいち癇に障る言い方にイラッとしながら記憶を引っ張り出すが、小さい頃から通っているこの道にこんな不動産屋などあっただろうかと首を捻る。
(結構新しそうだし、最近できたのか?)
「何か胡散臭ぇ店だな」
「え~、そうですか?」
「不動産屋っていう割には、外に何も物件の紙貼ってねーじゃん」
天堂の言う通り、普通の不動産屋であればどんな部屋を取り扱っているのか、間取り図と家賃が書かれた紙がいくつか入り口に貼られているが、ここは全くそれがない。更に言うなら、扉まで黒と白の縦縞に塗り潰されていて中の様子が全く見えない。看板がなければ、誰もここを不動産屋だとは思わないだろう。
怪しい。どう見ても怪しい。疑いの目を建物に向ける天堂の横で、男はニコニコしながら言った。
「ウチはちょっと特殊なものですから。良ければご紹介しましょうか?」
「あ?いらねぇよ。オレ別に部屋探してねーもん」
「まあまあ、そう言わず。話だけでもいかがです?きっとご希望の物件が見つかりますよ」
「ちょ、押すなよ!」
半ば強引に中へ招き入れられる。内装も外と同じく白黒の壁、白いカウンターの向こう側の机では黒い制服に身を包んだ女が一人パソコンと向き合っていた。
女は天堂が入ってくると静かに会釈をし、その後ろの男に話しかけた。
「おかえりなさい、今際さん」
「お疲れ~、逝ちゃん。新しいお客様で~す。お茶淹れてくれるかな?」
「いや、だからオレは…」
「わかりました」
逝と呼ばれた女は、天堂には目もくれず男の言葉に淡々と頷き奥へ消える。
「さあさあ、座ってくださいな」
「チッ」
こうなったら、一通り話だけ聞いて因縁つけて断ってやる。そう思い、パイプ椅子に乱暴に腰かける天堂。
カウンターの内側に回り天堂の正面に立った男は、改めましてと懐から名刺を取り出した。
「この度は当店にお越し頂きましてありがとうございます。私、こういう者です」
名刺を受け取った天堂は、書かれている名前を見て眉根を寄せる。
【サンズ不動産 不動産鑑定士 今際幽】
「…いま、さい…?」
「今際幽と申します~。親しみを込めて"かすっち"とお呼びください」
「ぜってぇ呼ばねぇ」
「どうぞ」
距離感のおかしい絡みをバッサリ切り捨てる天堂の前に、先程の女がお茶の入った湯呑みを置く。
「さて、では早速ですがお客様の情報をお調べ致しますのでこちらの紙に必要事項をご記入願えますか~?」
そう言って、今際は一枚の紙を差し出す。名前、生年月日、住所などどこでも聞かれそうな項目が並んでいるその紙に、天堂は律儀に答えていく。
「ほらよ」
「恐れ入ります~」
受け取った紙を見ながらパソコンを操作する今際を見て、天堂はそういえばと首を傾げる。
(こういう所って、物件の希望条件とか書くもんじゃねーの?)
最寄り駅から何分、築年数、家賃。他にも色々伝えた上で要望に応じた物件をいくつか紹介されて、という流れのイメージなのだが、そういった項目は一切なかった。ただ自分の情報を書いた、それだけだ。
まあ実際に物件を探しているわけでもないのだからどうでもいいかと納得したところで、今際がお待たせしました~と分厚いファイルとプリントアウトした数枚の紙を手に向き合った。
「え~日下様が入居される予定の物件ですが、大体この辺りになりますね~」
そう言って見せられた紙を覗いた天堂は、は?と顔を顰める。
【地獄第一級地区 黄泉の扉駅から地獄バスで三十分 やんちゃ荘 六畳1K ネット環境完備 ユニットバス】
「何だこれ?」
後半はともかく、前半に書いてある言葉がまるで意味不明だ。天堂は他の紙にも目を通す。
【天国下層 浄土空港駅から車で二時間 メゾンパラダイス 四畳半1K 風呂なし 徒歩一時間圏内にスーパーあり】
【天国下層 桃源郷駅から徒歩一時間半 コーポヘブン 六畳ワンルーム 南向き】
「…」
「ちょ~っとアクセスが不便ですが、どれも築三百年も経っていないので比較的綺麗ですよ~。最近は皆さんインターネットが手放せなくなっているので、個人的にはやんちゃ荘がオススメですかね~。天国にも乗り換え四回で行く事ができますし」
「てめぇがオレをおちょくりたいのはよぉくわかった」
こめかみに青筋を浮かべて胸倉を掴んでくる天堂に、今際はあれ?と不思議そうに細長い目を瞬いた。
「お気に召しません?結構いい条件だと思ってるんですけど」
「気に入るも何も、こんなふざけた物件あってたまるか!何だよ、地獄だ天国だって!」
「あ~、そういう事ですか」
天堂の言葉を聞いた今際は、何か納得したようになるほどなるほどと頷く。
「すみません~。最初の説明が足りませんでしたね~」
「あぁ⁉︎」
「そんなに睨まないでくださいよ~。順を追ってお話ししますから、とりあえず一旦落ち着きましょ?ほらほら、どうどう」
「オレは馬じゃねぇ!」
馬というよりは毛を逆立てた猫のような天堂を宥め椅子に座り直させると、今際はえ~っとですねとカウンターに両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せた。
「このサンズ不動産は、お客様がお亡くなりになった後にあの世で住む事になる家をご紹介する人生のアフターケアサービス事業なんですよ」
「は?」
「わあ、すごい眼力。なるほど、その愛想の悪さが評価を下げる一因になってるんですね~」
他人の事を言えない歯に衣着せぬ物言いを自覚しているのかいないのか、今際は脇に置いていた分厚いファイルを捲りながら話を続ける。
「先程、日下様に書いて頂いた書類あるでしょう?」
「おう」
「お名前、生年月日、現住所、その他諸々。その情報を基に、ご記入頂いた段階の徳をお調べするんです。あ、徳ってわかります?」
「お、おう」
「あ~、その顔はわかってなさそうですね~」
ケラケラ笑いながら、今際はメモ帳を取り出し白紙のページに簡単な図を描き始める。
「例えば、日下様は今年で十七歳。今日に至るまでに、大小含めいい事も悪い事もしてきたでしょう?具体的に言うと、電車でお年寄りの方に席を譲ったり他校の生徒と喧嘩をしたり…へえぇ、イマドキ好きな女の子のスカート捲りする子なんているんですね~」
「いつの話をしてんだよ!どうでもいいだろ!話進めろや!」
「アハハ、すみません。まあ、そんな感じで生まれてからのあらゆる行いがこのファイルに記録されるんですけど、簡単に言うといい事をすれば徳が上がって、悪い事をすると徳が下がるんです。あの世に行くとまずその人の生涯の行いを振り返って地獄に落とすかどうかの審査があるんですが、地獄とまではいかなくても天国で悠々自適に死後の生活を過ごしているかと思うと何か釈然としない人っていません?」
「あー、確かに」
「ぶっちゃけ、満場一致で天国行きが認められる人よりそういうグレーゾーンな人の方が多いんですよね~。そんな人達のために、あの世では暮らす家をランク分けしてるんです。つまり、生前徳を積んでいればいるほど亡くなってからいい暮らしができるというわけです」
「な、なるほど」
今際の描いた図を見ながら、何とか話を理解していく天堂。
「で、話を戻しますけど…」
トンッと天堂が書いた紙を指で叩きながら、今際は続ける。
「ここに書かれた情報から現時点での日下様の徳を導き出して、仮にたった今お亡くなりになった場合ご紹介できる物件。それがお見せしたタイプの条件になるという事です」
「お、おう…ん?」
納得しかけた天堂だったが、ここである事に気づく。
「ちょっと待て!じゃあ今のオレが住める家って…」
「正直申し上げて…ビミョ~ですね~」
「ふざけんなぁ!」
バンッとカウンターを叩き、鬼の形相で抗議する。
「何でこんなどっちつかずな物件しかねーんだよ!せめてもうちょい立地のいい場所とかあんだろが!」
「アクセスの良さを取るとなると、地獄第三級地区ぐらいが妥当ですかね~」
「より地獄に近づいてんじゃねーか!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。日下様は運がいいですよ~」
「どこがだよ!」
慰めにもなっていないフォローをしながら、今際はだってとにこやかに言った。
「まだお亡くなりになるまで時間があるじゃないですか。言ったでしょ?徳を積むほどいい物件に住めるって。この先の行い次第で、いくらでも未来ある死後が待ってるんですよ」
「未来ある死後って何だよ」
矛盾した表現に思わず冷静なツッコミが漏れる。
「私共サンズ不動産は、そのお手伝いをする不動産屋なんです。今の状況をお伝えして、ご自身の人生を見つめ直して頂く。勿論、実際にどう行動するかはお客様のお心次第ですけどね。ところで日下様、これはただのご提案なんですが…」
再び両手を組むと、今際は狐のようなその目をキランと光らせる。
「お調べしましたところ、ちょうど先程アルバイトをクビになったそうですね~」
「ぐっ、か、関係ねーだろ!」
「お母様はお身体が弱く、満足に働く事ができない。だからあなたも働いて、生活費を稼いでいる。勤務態度等々はさておき、その行いは徳を積むという点において非常に有効ですよ~。どうです?ここでアルバイトしてみませんか?」
「は?」
予想もしていなかった申し出に、天堂はポカンと口を開ける。
「こう見えて、結構人手不足なんですよこの店舗。日下様はご家族のために働いて徳を積む、こちらは日々の業務量を減らせる。そう、これぞまさにウィンウィ~ン!みんなが幸せになります!」
「いや、でもオレ不動産とか全然わかんね…」
「だ~いじょうぶですよ~。ハナから日下様にボクと同じ仕事ができるとは微塵も思ってませんから~。ただの雑用要員です」
(殴りてぇ…!)
バカにしたような言葉に、天堂はわなわなと拳を震わせる。
「ここには様々な事情を抱えたお客様がいらっしゃいます。それを直接見て、聞いて、考える。これだけでも立派に徳を積む行為ですよ」
「…よく、わかんねぇけど」
先程までとは違う優しげな声色に、天堂は目を逸らしながらボソッと呟く。
「金が貰えるってんなら、働いてやっても、いい…」
「え~?よく聞こえないな~?」
「~~~っ、ここで働かせてくれ!」
やけくそのように叫んだ天堂を見て、今際は本日最大の笑顔を浮かべた。
「ようこそ、サンズ不動産へ」
「ふざけんなよ、ちょっと客と揉めただけじゃねーか!」
前々から勤務態度を注意されていたのが良くなかった。目をつけられてさえいなければ、少しばかりの説教一つで収まっていただろう。
「どうすんだよ、来月からの生活費…」
ハアァ、とため息をついてズボンのポケットから財布を取り出す。現在の所持金は二千円と少し。高校生としては特別少なくもないだろうが、如何せん彼の背中には自分を含め病気がちな母とまだ小学生の弟と妹四人分の生活がのしかかっている。自分一人ならまだどうとでもできたかもしれないが、家族まで路頭に迷わせるのは流石に忍びない。
「やっぱ学校辞めっかなぁ」
どうせ自分のような人間が高校を出たところで、用意されている未来など限られている。同世代のグループが楽しげに話をしながらすれ違うのをどこか羨ましそうに見ては、世の中の不公平に舌を打つ。
「やってられっかよ、クソが!」
苛立ちのままに道端に転がっていた空き缶を思いっきり蹴飛ばすと、缶は電柱に当たり綺麗に自分に返ってきた。
「ってぇな、この野郎!」
「クスクス」
悪態をつく天堂の耳に、笑い声が入ってくる。
ふと前を見ると、二、三十代のスーツの男が肩を震わせていた。
「何が面白ぇんだよ、オッサン」
「いやぁ、こんなにもフラグ回収の早い因果応報なかなか見られないなぁと思いまして」
「いん…ワケわかんねぇ事言ってんじゃねぇ!」
「えぇ⁉︎知らないんですか、こんな素晴らしい言葉を⁉︎」
信じられないと言った顔を向けられ、天堂の怒りは更に増す。
「喧嘩売ってんのか⁉︎とっとと失せろよウゼェな!」
「失せろと言われましても、ボクは職場に戻ってきただけなので」
「職場?」
そう言われて右手を見ると、見覚えのない建物が建っている。白と黒のモノトーンで統一された少しモダンな見た目。事務所のようなその建物の看板には、【サンズ不動産】と書かれている。
「不動産屋?」
「へぇ、見えるんですね」
「やっぱ喧嘩売ってんだろ」
「いえいえ滅相もない~」
いちいち癇に障る言い方にイラッとしながら記憶を引っ張り出すが、小さい頃から通っているこの道にこんな不動産屋などあっただろうかと首を捻る。
(結構新しそうだし、最近できたのか?)
「何か胡散臭ぇ店だな」
「え~、そうですか?」
「不動産屋っていう割には、外に何も物件の紙貼ってねーじゃん」
天堂の言う通り、普通の不動産屋であればどんな部屋を取り扱っているのか、間取り図と家賃が書かれた紙がいくつか入り口に貼られているが、ここは全くそれがない。更に言うなら、扉まで黒と白の縦縞に塗り潰されていて中の様子が全く見えない。看板がなければ、誰もここを不動産屋だとは思わないだろう。
怪しい。どう見ても怪しい。疑いの目を建物に向ける天堂の横で、男はニコニコしながら言った。
「ウチはちょっと特殊なものですから。良ければご紹介しましょうか?」
「あ?いらねぇよ。オレ別に部屋探してねーもん」
「まあまあ、そう言わず。話だけでもいかがです?きっとご希望の物件が見つかりますよ」
「ちょ、押すなよ!」
半ば強引に中へ招き入れられる。内装も外と同じく白黒の壁、白いカウンターの向こう側の机では黒い制服に身を包んだ女が一人パソコンと向き合っていた。
女は天堂が入ってくると静かに会釈をし、その後ろの男に話しかけた。
「おかえりなさい、今際さん」
「お疲れ~、逝ちゃん。新しいお客様で~す。お茶淹れてくれるかな?」
「いや、だからオレは…」
「わかりました」
逝と呼ばれた女は、天堂には目もくれず男の言葉に淡々と頷き奥へ消える。
「さあさあ、座ってくださいな」
「チッ」
こうなったら、一通り話だけ聞いて因縁つけて断ってやる。そう思い、パイプ椅子に乱暴に腰かける天堂。
カウンターの内側に回り天堂の正面に立った男は、改めましてと懐から名刺を取り出した。
「この度は当店にお越し頂きましてありがとうございます。私、こういう者です」
名刺を受け取った天堂は、書かれている名前を見て眉根を寄せる。
【サンズ不動産 不動産鑑定士 今際幽】
「…いま、さい…?」
「今際幽と申します~。親しみを込めて"かすっち"とお呼びください」
「ぜってぇ呼ばねぇ」
「どうぞ」
距離感のおかしい絡みをバッサリ切り捨てる天堂の前に、先程の女がお茶の入った湯呑みを置く。
「さて、では早速ですがお客様の情報をお調べ致しますのでこちらの紙に必要事項をご記入願えますか~?」
そう言って、今際は一枚の紙を差し出す。名前、生年月日、住所などどこでも聞かれそうな項目が並んでいるその紙に、天堂は律儀に答えていく。
「ほらよ」
「恐れ入ります~」
受け取った紙を見ながらパソコンを操作する今際を見て、天堂はそういえばと首を傾げる。
(こういう所って、物件の希望条件とか書くもんじゃねーの?)
最寄り駅から何分、築年数、家賃。他にも色々伝えた上で要望に応じた物件をいくつか紹介されて、という流れのイメージなのだが、そういった項目は一切なかった。ただ自分の情報を書いた、それだけだ。
まあ実際に物件を探しているわけでもないのだからどうでもいいかと納得したところで、今際がお待たせしました~と分厚いファイルとプリントアウトした数枚の紙を手に向き合った。
「え~日下様が入居される予定の物件ですが、大体この辺りになりますね~」
そう言って見せられた紙を覗いた天堂は、は?と顔を顰める。
【地獄第一級地区 黄泉の扉駅から地獄バスで三十分 やんちゃ荘 六畳1K ネット環境完備 ユニットバス】
「何だこれ?」
後半はともかく、前半に書いてある言葉がまるで意味不明だ。天堂は他の紙にも目を通す。
【天国下層 浄土空港駅から車で二時間 メゾンパラダイス 四畳半1K 風呂なし 徒歩一時間圏内にスーパーあり】
【天国下層 桃源郷駅から徒歩一時間半 コーポヘブン 六畳ワンルーム 南向き】
「…」
「ちょ~っとアクセスが不便ですが、どれも築三百年も経っていないので比較的綺麗ですよ~。最近は皆さんインターネットが手放せなくなっているので、個人的にはやんちゃ荘がオススメですかね~。天国にも乗り換え四回で行く事ができますし」
「てめぇがオレをおちょくりたいのはよぉくわかった」
こめかみに青筋を浮かべて胸倉を掴んでくる天堂に、今際はあれ?と不思議そうに細長い目を瞬いた。
「お気に召しません?結構いい条件だと思ってるんですけど」
「気に入るも何も、こんなふざけた物件あってたまるか!何だよ、地獄だ天国だって!」
「あ~、そういう事ですか」
天堂の言葉を聞いた今際は、何か納得したようになるほどなるほどと頷く。
「すみません~。最初の説明が足りませんでしたね~」
「あぁ⁉︎」
「そんなに睨まないでくださいよ~。順を追ってお話ししますから、とりあえず一旦落ち着きましょ?ほらほら、どうどう」
「オレは馬じゃねぇ!」
馬というよりは毛を逆立てた猫のような天堂を宥め椅子に座り直させると、今際はえ~っとですねとカウンターに両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せた。
「このサンズ不動産は、お客様がお亡くなりになった後にあの世で住む事になる家をご紹介する人生のアフターケアサービス事業なんですよ」
「は?」
「わあ、すごい眼力。なるほど、その愛想の悪さが評価を下げる一因になってるんですね~」
他人の事を言えない歯に衣着せぬ物言いを自覚しているのかいないのか、今際は脇に置いていた分厚いファイルを捲りながら話を続ける。
「先程、日下様に書いて頂いた書類あるでしょう?」
「おう」
「お名前、生年月日、現住所、その他諸々。その情報を基に、ご記入頂いた段階の徳をお調べするんです。あ、徳ってわかります?」
「お、おう」
「あ~、その顔はわかってなさそうですね~」
ケラケラ笑いながら、今際はメモ帳を取り出し白紙のページに簡単な図を描き始める。
「例えば、日下様は今年で十七歳。今日に至るまでに、大小含めいい事も悪い事もしてきたでしょう?具体的に言うと、電車でお年寄りの方に席を譲ったり他校の生徒と喧嘩をしたり…へえぇ、イマドキ好きな女の子のスカート捲りする子なんているんですね~」
「いつの話をしてんだよ!どうでもいいだろ!話進めろや!」
「アハハ、すみません。まあ、そんな感じで生まれてからのあらゆる行いがこのファイルに記録されるんですけど、簡単に言うといい事をすれば徳が上がって、悪い事をすると徳が下がるんです。あの世に行くとまずその人の生涯の行いを振り返って地獄に落とすかどうかの審査があるんですが、地獄とまではいかなくても天国で悠々自適に死後の生活を過ごしているかと思うと何か釈然としない人っていません?」
「あー、確かに」
「ぶっちゃけ、満場一致で天国行きが認められる人よりそういうグレーゾーンな人の方が多いんですよね~。そんな人達のために、あの世では暮らす家をランク分けしてるんです。つまり、生前徳を積んでいればいるほど亡くなってからいい暮らしができるというわけです」
「な、なるほど」
今際の描いた図を見ながら、何とか話を理解していく天堂。
「で、話を戻しますけど…」
トンッと天堂が書いた紙を指で叩きながら、今際は続ける。
「ここに書かれた情報から現時点での日下様の徳を導き出して、仮にたった今お亡くなりになった場合ご紹介できる物件。それがお見せしたタイプの条件になるという事です」
「お、おう…ん?」
納得しかけた天堂だったが、ここである事に気づく。
「ちょっと待て!じゃあ今のオレが住める家って…」
「正直申し上げて…ビミョ~ですね~」
「ふざけんなぁ!」
バンッとカウンターを叩き、鬼の形相で抗議する。
「何でこんなどっちつかずな物件しかねーんだよ!せめてもうちょい立地のいい場所とかあんだろが!」
「アクセスの良さを取るとなると、地獄第三級地区ぐらいが妥当ですかね~」
「より地獄に近づいてんじゃねーか!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。日下様は運がいいですよ~」
「どこがだよ!」
慰めにもなっていないフォローをしながら、今際はだってとにこやかに言った。
「まだお亡くなりになるまで時間があるじゃないですか。言ったでしょ?徳を積むほどいい物件に住めるって。この先の行い次第で、いくらでも未来ある死後が待ってるんですよ」
「未来ある死後って何だよ」
矛盾した表現に思わず冷静なツッコミが漏れる。
「私共サンズ不動産は、そのお手伝いをする不動産屋なんです。今の状況をお伝えして、ご自身の人生を見つめ直して頂く。勿論、実際にどう行動するかはお客様のお心次第ですけどね。ところで日下様、これはただのご提案なんですが…」
再び両手を組むと、今際は狐のようなその目をキランと光らせる。
「お調べしましたところ、ちょうど先程アルバイトをクビになったそうですね~」
「ぐっ、か、関係ねーだろ!」
「お母様はお身体が弱く、満足に働く事ができない。だからあなたも働いて、生活費を稼いでいる。勤務態度等々はさておき、その行いは徳を積むという点において非常に有効ですよ~。どうです?ここでアルバイトしてみませんか?」
「は?」
予想もしていなかった申し出に、天堂はポカンと口を開ける。
「こう見えて、結構人手不足なんですよこの店舗。日下様はご家族のために働いて徳を積む、こちらは日々の業務量を減らせる。そう、これぞまさにウィンウィ~ン!みんなが幸せになります!」
「いや、でもオレ不動産とか全然わかんね…」
「だ~いじょうぶですよ~。ハナから日下様にボクと同じ仕事ができるとは微塵も思ってませんから~。ただの雑用要員です」
(殴りてぇ…!)
バカにしたような言葉に、天堂はわなわなと拳を震わせる。
「ここには様々な事情を抱えたお客様がいらっしゃいます。それを直接見て、聞いて、考える。これだけでも立派に徳を積む行為ですよ」
「…よく、わかんねぇけど」
先程までとは違う優しげな声色に、天堂は目を逸らしながらボソッと呟く。
「金が貰えるってんなら、働いてやっても、いい…」
「え~?よく聞こえないな~?」
「~~~っ、ここで働かせてくれ!」
やけくそのように叫んだ天堂を見て、今際は本日最大の笑顔を浮かべた。
「ようこそ、サンズ不動産へ」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~
依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」
森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。
だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が――
「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」
それは、偶然の出会い、のはずだった。
だけど、結ばれていた"運命"。
精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。
他の投稿サイト様でも公開しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる