あの世、内見しませんか?

皐月 翠珠

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当店はこのようなお客様にご利用頂いております

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「さて、じゃあ早速キミにやってもらう仕事だけど…」
「ちょちょ、待てよ!」
 挨拶を終え、サラッと自分の机からファイルを手に取ろうとする今際を止めようと天堂は慌てて声をかける。そんな彼に首を傾げ、今際はどうかした?と答える。
「どうかした?って、まだ手続き的な事一つもしてねぇじゃねーか!」
「手続き?」
「色々あるだろ!こう、給料貰うための口座の情報書いたりとか、身分証明書のコピー取るとか、何かよくわかんねー事務的な事!履歴書だってるんじゃねーの⁉」
「天堂君って地味にちゃんとしてるんだね」
 オレ色んなもの持ってきたんだぞ⁉と鞄からあれこれ取り出す天堂に、今度は今際がツッコミを入れる。
「大丈夫だよ。もうこっちでぜ~んぶ処理済みだから。ねっ、逝ちゃん!」
「はぁ⁉」
 頓狂とんきょうな声を上げ往生の方を振り返ると、黙って眼鏡を押し上げ頷きが返ってくる。
「いや、え⁉どうやって…」
「やだな~。ここはあの世と繋がってる不動産屋だよ?正規の手続きなんかできると思う?キミがここに来た時初めて書いてもらった紙の情報を使わせてもらったんだよ。それを役所やら何やら特別なルートを使ってちょちょいっと弄ってね。逝ちゃんの仕事は抜かりないから心配いらないよ~」
「で、でも、バイトでも契約書とか交わすんじゃねーの⁉」
「あ、サインならもう貰ってるから大丈夫だよ!」
「はぁ?そんなもん書いた覚え…」
「ほら、ここ」
「詐欺じゃねーか!」
 ピラッと見せられたのは、今際が利用したという天堂がここで書いた個人情報が書かれた紙。よく見ると二枚重なっており、下の紙には契約内容が記されていた。その一番下だけが複写式になっていて、天堂の住所と名前が写っている。そういえばその二つだけ最後にもう一度書かされたなと思い返すが、それがまさか契約書へのサインだと一体誰が思うだろうか。
「これいいのかよ⁉違法なんじゃねーの⁉」
「普通はダメかもね~。でもほら、さっきも言ったけどここに普通のルールは通用しないから」
「ちゃんと給料出してくれるんだろうな⁉」
「それは天堂君の働き次第だよ~」
 やっぱりやめておけば良かったと早くも後悔する天堂に、今際は先程手に取ったファイルを手渡して言った。
「とりあえず、本日初出勤の天堂君にはウチの一番の仕事、お客様が来店されてから契約するまでの流れを理解してもらおうと思います。この間簡単に説明したから、その人の徳によってあの世で住める家の条件が変わるっていうのは覚えてるよね?」
「それなんだけどよ。オレがこないだ見せられた物件って、あくまでも今の状況で住める家なんだろ?でも、この先オレが徳を積みまくってたら実際死んだ時の物件って変わるんだよな?」
「変わるね~」
「だったら、今紹介したところで『これからいっぱいいい事するんで契約はやめときます』って客だらけで契約とか取れねーと思うんだけど」
「お、いいとこに気づいたね~」
 天堂の指摘を聞いた今際の顔が、嬉しそうににんまりと緩む。
「天堂君の言う通り、まだ生きてるお客様から契約を取れる事はまずないんだ。そういう人達に物件を案内する目的は、そこから先の人生を見つめ直してもらう事だからね。人生のアフターケアサービスのためには、まず生きている時のケアをしようっていうのがウチのポリシーなんだよ」
「じゃあどうすんの?」
「実際に契約してもらう事になるのはあの世に行く事が決まったお客様、つまりお亡くなりになった人達だね」
「お亡くなり、って…」
俗物ぞくぶつ的な言い方をすると、幽霊ってやつだよ~」
「お世話になりました」
「ざんね~ん。もう雇ってる事になってるから、最低半年は働いてもらうよ~」
 真っ直ぐに店を出ていこうとする天堂の肩を掴みながら、今際はもう片方の手で契約書をヒラヒラと揺らす。
「ファイルに書いてる通り、ホントにホラーが苦手なんだね~。そんなんでよくあの世と関わりがあるウチで働こうと思ったよね。あ、そこまで深く考えてなかったのか。無念無想とはこの事だね。ボクが言うのも何だけど、もうちょっと頭を回した方がいいよ?」
「うるせーな!アレだ!クーラーオフだ!契約なかった事にできるやつ!」
「クーオフね。なけなしの法律知識で戦おうとしてるとこ悪いけど、何度も言うようにここで普通の常識は通用しないんだってば」
 ギャアギャアと騒ぐ天堂を今際が冷静になだめるが、その飄々ひょうひょうとした言動が天堂の神経を逆撫でしている事に気づいているのだろうか。
「店長、この間の契約更新の件の事務処理終わりました」
「ありがとう。いつもながら仕事が早くて助かるよ」
 二人の会話には入らず通常業務についてのやりとりをする菩薩と往生は、完全に我関せずといった状態である。
 その時、ガラガラと勢いよく店の扉が開き天堂を始め全員の視線が入り口に集中する。
「あの世の家を紹介してくれるってのはここか?」
 立っていたのは、気難しそうな雰囲気をまとった老人の男。パジャマ姿に裸足はだしと、いかにも普通の人間ではない事がわかる。
 それを見た今際の目がキランと光り、天堂の肩を掴んでいた手を離すとどうも~と素早く男の目の前に移動した。
「物件をお探しという事ですね~。どうぞこちらへ。ご案内致します~」
 カウンターへ誘導し、名刺を渡して書類の記入を促すまでわずか一分。あまりに無駄のない動きをするので、天堂は店を出ていくタイミングをすっかり見失っていた。
「そこ」
「うおぅ⁉」
 突然背後から声をかけられ飛びのくと、往生が湯呑みの乗ったお盆を手に立っていた。
「お茶をお出しするのでどいてもらえますか」
「う、うっす」
 マイペースに事を進める今際もそうだが、往生は往生で表情が変わらないので今一つ接し方がわからない。天堂はそう思いながら湯呑みを置く往生を見つめた。
 その間に男は書類を書き終え、今際がファイルやパソコンで男の情報を調べている。その背中を見守っていると、少しして天堂の時と同じく数枚の紙を印刷してから、今際はさてと狐のような笑みを男に向けた。
「改めまして、この度はご愁傷様でした犬飼いぬかい正一しょういち様。生前の徳をお調べしましたところ、犬飼様にご紹介できる物件は大体こういった条件となります~」
 見せられた紙に一通り目を通すと、犬飼はフンッと鼻を鳴らした。
「あの世の家なんて言うからどんな奇抜きばつなモンが出てくるかと思えば、こんなしょうもない所しかないのか」
「申し訳ございません~。なにぶん、生きてらっしゃった頃の行いが反映される仕組みになっておりますので~」
「何だぁ?そりゃオレがろくでもない人生を送ってきたって言いたいのか?」
「いえいえ、滅相めっそうもございません~。じかに見て頂ければ、きっとご納得頂けますよ~。あ、そうそう」
 明らかに客の機嫌を損ねている事に焦りの色を見せる気配もなく、何かを思いついたように今際は天堂を振り返った。
折角せっかくなんで、内見に行ってみましょうか!」
 真っ直ぐにこちらを見るものだから、天堂は言われた言葉を理解するのに数秒かけてから「…え、オレも?」と自身を指差した。
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