偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第二章

第13話

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 ルーディア・カロイアスの身辺調査が完了したと報告を受けたシャーロットは、再び溜息を吐くことになる。
「まさかヤードラ・アグワナの息子だったとは……」
 いや、そんな気はしていた。
 ただの偶然だと思いたかったが、なんだか嫌な予感がする。
 ルーディアの父親がヤードラであり、ジョルマンに殺された後、その妻はジョルマンへ復讐を誓う。
 そしてあの日、キャロー領へ戻る途中の崖でジョルマン夫妻を事故に見せかけて殺害。見事復讐を果たしたものの、国へは帰らずサマギルム島へ流れ着いた。
 母子共に衰弱していた2人を、カロイアス夫妻は親切心で看病するも、母親はそれからしばらくして自害。発見したのは息子のルーディアだったという。
 気の毒に思ったカロイアス夫妻は、長年子供に恵まれなかったこともあり、まだ物心ついたばかりのルーディアを養子に引き取った。
 そして数年前からガリア公国へと留学し、火山についての研究をしながらも、ロクドナ帝国の友人と親しくしているらしい。
「厄介だな……」
「ええ。彼が間諜の可能性もありますから」
 島で大人しくしているのであれば放置していいだろう。
 しかし、サマギルム島でティルスディアと親しげに話しているのを見ると、何か裏がありそうだ。
(そもそも、幾らティルが誘ったとはいえ、私のものだと知りながらあんなに鼻の下伸ばして遠慮もなく話しているのが気に食わないっ!)
 思い出しただけでもいまだに腸が煮えくり返る。
 最近、やっとティルスディアの謹慎を解いたばかりだが、早速後悔した。
「陛下、束縛するのは結構ですが、あまりやりすぎて愛想尽かされませんように」
「うるさいっ。だいたい、ティルスディアは警戒心が無さすぎる! サフィの事でも頭が痛いのに、ティルまで……」
「それは失礼いたしました。陛下がそんなふうにお考えだとは知らず。では、離婚しましょう」
「誰がするかっ! サフィもティルも私のものだっ! ……と、ティル?」
「はい、何でしょう?」
 顔を上げた先には、着飾ったティルスディアがにっこり笑って立っていた。
 シャーロットが贈ったドレスに身を包み、誰もが羨み憧れる美しい女性。シャーロットのたったひとりの妃を、ぽかんと見つめる。
「何故ここに? いつから聞いて?」
「わたくしの警戒心がどうの、という話のあたりでしょうか」
 ほんのつい先ほどのことだ。
 ルーディアが間諜かもしれないという話は、どうやら聞かれなかったようだ。
 万が一聞かれでもして、アリアロス・マーシャルの時のように囮になると言われても困る。
 そのことに安堵しつつも、嫌なところを聞かれたと思う。
「事実だろうが。私以外の男と一緒にいるなんて、不貞を疑われても当然だと思わないのか?」
「陛下はわたくしのことを疑っているのですか? 第一、わたくしを放り出して仕事へ行ったのは、陛下ではありませんか」
 仕事だから仕方ないとわかっていても、つい責める口調になってしまったことに、ティルスディアはハッとする。
「……申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」
 しゅんとするティルスディアに、シャーロットも言い過ぎたと思う。
「いや、まぁ……ティルの言いたいこともわかるからな。気にしていない……」
 ぎくしゃくしていると、ごほんと横から咳払いが聞こえた。
「ティルスディア殿下。いくら唯一の側妃とは言え、陛下にあまり我が儘を言うのはどうかと思う」
「オルガーナ侯爵……。そうですね。はい、仰る通りです……」
 シャーロットに愛されることに慣れすぎてしまった。
 本来であれば、結ばれるなどあり得ない身なのに。ティルスディアはズキズキと痛む胸を隠して殊勝に頷く。
「ところで、ティルスディア殿下は陛下に用があったのでしょう?」
「ええ、はい。ひとつは王宮の予算についてです。昨年の収支をもとに今年のおおよその枠組みが出来ましたので、その報告書です」
「ああ、確認しておこう」
 書類を受け取り、脇に置く。
「それから、もう一つ。サマギルム島の領主子息、ルーディア・カロイアス様からお手紙が」
 シャーロットとグライアスが息を呑む。
「? どうかされましたか?」
 事情を知らないティルスディアは、2人の雰囲気が変わったことに首を傾げる。
「いや、サマギルム島での話をしていたから、少し驚いただけだ」
「そうですか」
「それで、ルーディアは何か言っているのか?」
 ティルスディアは持ってきたもう一枚の手紙をシャーロットに手渡す。
「サマギルム島の火山について、論文を書いたからぜひ見てほしいという内容と、出来れば会って説明したい、というものです。わたくしとしては興味深いので、聞いてみたいと思いましたが、さすがに王宮に呼ぶわけにもいきませんし、お断りしようかと思っています」
 ご婦人方とのお茶会であれば、社交としてティルスディアの権限で開くことは出来るが、さすがにシャーロットの寵妃という立場で家族以外の外部の男性を勝手に呼ぶわけにはいかない。
 夫であるシャーロットの許可が必要なのはティルスディアも当然だと思うし、そもそもシャーロットがあんなに激怒したのだから、望まないことはしたくない。
「なるほど。まぁ、王族の後ろ盾があれば論文も通りやすいだろうし、トゥロワ山が活動を始めたような話も挙がってきている。地元民であるルーディアならではの視点もあるか……」
 それだけじゃない。ルーディアがどんな意図を持っているか探るチャンスでもある。
「いいだろう。私が同席するお茶会という形であれば、彼を呼んでも構わない」
 ティルスディアはきょとりとする。
 てっきり「断れ」と言わるものだと思っていたし、ティルスディアも火山の研究については興味はあるが、ルーディア自身に興味があるかと聞かれれば、それほど興味はない。したとしてもせいぜい友人止まりの付き合いだ。
 しかし、シャーロットが呼んでもいいというとなると、強制力はないが命令に近い形になる。
「……わかりました。ではお茶会に招待するとお返事を書きますね」
 その後いくつか事務的な話をしてからティルスディアは、シャーロットの執務室を後にする。
「よろしかったのですか?」
「いいわけないだろう。だが、ひとりで突っ走られるよりはマシだ」
 それに、ティルスディアは一応キャロー前公爵の遠縁で、それ故に“キャロー”姓を名乗っているが、嫁ぐ前は庶民にも等しい身分。ということになっている。
 グライアスは彼女にも知る権利はあるのでは? と言いたいのだろうが、ティルスディアに知られるということはサファルティアが知ると同義だ。
 言えるわけがない。
(このまま何も知らずにいさせてやりたいんだがな……)
 正妃にならなくとも、サファルティアには出来るだけ穏やかで優しい時間だけを与えていたい。
 だけど、第二王子とても、キャロー家嫡子としても、サファルティアは国にとっても重要な駒となれる存在だ。
 シャーロットの治世は始まったばかりとは言え、絶対的な味方と呼べる存在はまだ片手で数える程度。その内のひとりであるサファルティアを手放すことは絶対にしたくない。
「まぁいい、あの様子ならルーディア・カロイアスがティルに何かするとは思えない」
「そうですな。どちらかと言えば危ないのはサファルティア殿下かと」
「ああ。サファルティアの離宮の警護を少し増やそう」
「わかりました」
 グライアスはシャーロットの執務室を後にする。
(サフィの離宮に人がいないのは怪しまれる……か)
 だが、身代わりでもサファルティアが病気療養している、としている離宮に人を入れたくはない。あの離宮は、幼い頃に家族団らんで使った宮だ。
 クルージアの遺品も、ノクアルドの執務机も、シャーロット達が遊んだ子供のおもちゃもあの離宮に置いてある。
 今はサファルティアしか使うことのない宮だが、肝心の本人はティルスディアに与えた部屋にいることの方が多い。一応離宮とティルスディアの部屋は隠し通路で繋がっているが、第二王子としての仕事も結局ティルスディアの部屋でする方が効率がいいと、仕事道具をあまり人の入らない寝室に持ち込んでいたりする。
(仕方がない、な……)
 もしもルーディアがロクドナ帝国から送り込まれた間諜なら、放置はできない。
 特にジョルマン・キャローと因縁があるのであれば、泳がせるかどうかも慎重になる。
 シャーロットはどうやってルーディアの真意を探るか、頭を悩ませる。
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