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第三章
第35話
しおりを挟むソラリスがサファルティアに面会できるようになったのは、それから二日後のことだった。
「ようこそ、ティルスディア様」
ソラリスがローザ宮へ足を運ぶと、出迎えたのはエリザヴェータだった。
「ご機嫌麗しゅう、エリザヴェータ姫」
挨拶の後、そっと視線を横に向ければ、どこかぼんやりとした様子のサファルティアが、エリザヴェータに寄り添っていた。
「サファルティア殿下も。頭を打ったとお聞きしましたが……」
「大丈夫よ。お医者様も、頭にこぶは残っておりますが、大事には至らなかったそうですわ」
エリザヴェータが代わりに答え、サファルティアが小さく頷く。
どう見ても、大丈夫ではなさそうだ。
「さようでございますか。ですが、殿下はまだ顔色が悪いようですわ」
ソラリスが心配そうに聞けば、エリザヴェータはにっこりと笑う。
「ええ、ですから、ティア様は責任をもってわたくしが看病いたします」
「責任、と言いますと?」
具合が悪いのなら、休ませるか、あるいはすぐさまシャルスリアへ帰るべきだ。
彼は第二王子なのだから、他国で失敗は許されない。
何より、シャーロットが心配する。
現状は、報告を受けた際にソラリスからシャーロットへ連絡している。
早馬でも、数日後にはシャーロットの元へ手紙が届くだろう。
「もちろん、わたくしとティア様が結婚することです。そうすれば、ティア様は今回のことを国でも“失敗”とみなされず、ロクドナ帝国からの後ろ盾も得られます。シャルスリアへは、ティア様が元気になったら行きますわ」
ソラリスは唖然とする。
確かに、一見すれば綺麗な筋書きではある。しかし、今のサファルティアの様子は、明らかに普通ではない。
「……殿下は、それでよろしいのですか?」
ソラリスが尋ねる。
サファルティアは小さく首を傾げる。
「僕は、“リザ”と結婚します」
どこか人形めいた硬質な声だ。まるで、自分の意志がないような。
(“リザ”? 殿下は頑なにエリザヴェータ姫のことを愛称で呼ぶことはなかったのに……)
心境の変化があったにしても、変わりすぎだろう。
「シャーロット陛下のことは、よろしいのですか?」
この質問にも、サファルティアは首を傾げた。
「いいも何も、僕と兄上は男同士です。それに、妻は“ティルスディア”様がいます」
感情のこもらないその言葉に、ソラリスは息を呑んだ。
唇を震わせて、言葉を紡ぐ。
「愛しておられたのでは?」
「愛……? 僕が愛しているのは、“リザ”だけです」
くらりと、眩暈がした気がした。
彼は自分が“ティルスディア”であることも忘れてしまったのだろうか。
ちらりとエリザヴェータを見れば、満足そうに微笑んでいる。
(――やはり、あの夜に何かがあったのだ……)
それは確定だろう。
でなければ、女装してまで周囲を偽り、兄王のそばにいたサファルティアの想いが踏みにじられるのと同じだ。
けれど、ソラリスにはそれを調べる術がない。
唯一の手がかりであるジョシュアは、まだ監禁部屋に幽閉されている。
(恐らく、このままだと本当に殿下はエリザヴェータ姫と結婚してしまう。それだけは避けないと……!)
馬車の中で、サファルティアが大切そうにシャーロットとの思い出を語る姿が、瞼の裏に浮かぶ。
けれど、今はソラリスが動いていい段階ではない。
「わかりました。シャーロット陛下にもそのようにお伝えします」
ここは一度退いて、策を練らなければ。
ソラリスはお辞儀をすると、その場を後にした。
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