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第三章
第37話
しおりを挟むソラリスたちの面会から数日後。
「まあまあ! とっても素敵ですわ、ティア様!」
「ありがとうございます」
エリザヴェータの褒め言葉に、サファルティアは小さく微笑む。
「宝石は、やはりティア様の瞳にあわせてサファイアもいいですわね。アクセントにエメラルドを使って……」
エリザヴェータがサファルティアの衣装を見ながらデザインのアイデアを挙げていく。
「すみません、リザ……」
「ティア様?」
楽しそうなエリザヴェータとは正反対に、申し訳なさそうにするサファルティア。
なぜそんな顔をするのかわからず、エリザヴェータはこてんと首を傾げる。
「僕たちの結婚式なのに、衣装も何も用意できていなくて……」
「仕方ありませんわ。今回ティア様は、お兄様であるシャーロット陛下の花嫁候補をお連れすることが目的だったのでしょう?」
そうだ。ロクドナ帝国からはシャーロットの花嫁として、未婚の皇女の三人のうちの一人を嫁がせる。
そのために、シャルスリアからは“サファルティア”と“ティルスディア”を使節団のメンバーとして指名するとあった。
(僕はともかく、なぜ、ティルスディア様まで?)
シャルスリアを発つ前にシャーロットと何か話した記憶はあるが、何故かそれがあいまいだ。
まるで、靄がかかったように思い出せない。
(シャルスリアで、僕は、どうやって過ごしていた……?)
“ティルスディア”はシャーロットの側室だ。王妃でこそないが、ふたりの仲はとてもよくて……。と思い出そうとすると頭がずきりと痛んだ。
「ティア様? どうしました?」
具合が悪そうなサファルティアをエリザヴェータは心配そうに見つめる。
「いえ、なんでも。それよりも本当に良かったのですか? 僕の衣装を用意してもらうなんて」
「もちろんですわ。夫の服を身繕うのも妻の役目ですもの! うふふ、お任せくださいませ」
エリザヴェータが楽しそうにしているので、サファルティアもホッとする。
今回、シャーロットの花嫁を迎えるだけでなく、サファルティアはエリザヴェータを迎えるつもりだった。
そう教えてくれたのはエリザヴェータだった。
しかし、荷物の中には婚約発表用の衣装は無く、代わりに女性もののドレスがありサファルティアは困惑した。
(あれは、兄上の嫌がらせだろうか……?)
シャーロットに限ってそんなことするはずがない、とは思うものの、何か重要な意味があった気がする。
だけど、それも記憶があいまいで思い出せない。
――サフィ。
頭の奥で、甘い男性の声がする。
サファルティアを愛称の“サフィ”と呼ぶのは、この世にただ一人だけ。
その声をよく知っているはずなのに、誰かもわかっているはずなのに、頭に思い浮かべようとするとガツンと殴られたような痛みを感じる。
「……ティア様、少し休みましょう。すみません、わたくし、少しはしゃぎすぎました」
「いえ、リザのせいでは……」
「いいえ、ティア様は病み上がりですのに。すぐにお茶を用意させましょう」
サファルティアが何かを言う前に、エリザヴェータがどんどん侍女に指示を出す。
とても、頼もしい姫君だ。そんなエリザヴェータが可愛らしいと思うが、好きかと聞かれるとよくわからない。
“愛している”という言葉は簡単に言えるが、実感が伴わない。
――違う。
目覚めてからずっと抱いている違和感に、サファルティアはまだ戸惑っている。
「さ、ティア様。お茶にしましょう!」
気が付けば衣装は片付けられ、テーブルの上にはティーカップが用意されている。
「そう、ですね」
エリザヴェータの侍女が淹れる紅茶から、薔薇の香りがする。
甘くて、芳醇な。それでいて頭の奥が痺れるような、鈍い感覚にサファルティアは無意識にカップに手を伸ばす。
口に含めば甘さとほんの少しの苦味と渋み。
王族として普段から高級なモノには触れているが、やはり国が違うと味も変わるのだろうと、サファルティアはぼんやりと思う。
そんなサファルティアの様子を見たエリザヴェータは、小さく微笑んだ。
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