幼馴染とマッチポンプ

西 天

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第3章

gravity

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 一般的に家族というのはさも重力のようにそこに存在する。 

 
 幼馴染の柚葉は井口家の一人っ子である。
 そして井口家は俗にいうお金持ちの家庭。    
 ―父親が医者,母親は看護師。
 
 両親が共働きであり,父親の帰りは決まっていつも夜の十時を越えていた。母親の方も夜勤があり夜は家にいないことも多かった。その関係で柚葉は僕の家で夕飯を共にすることも多く,、また柚葉はそれを楽しみにしていた。
 さらに回想すると井口家が引っ越ししてきたのは,父親が病院を立ち上げそこの医院長になったためである。以前から町医者というのをするのが夢だったらしい。僕の家の家族も柚葉の父親の病院がかかりつけだ。
 柚葉は家で夕飯を食べること以上に両親が休みの日に家族そろって過ごすことを楽しみにしていた。 

 しかし僕が中学三年生。つまり柚葉が二年生の夏休み。
 重力のようにいつも当たり前にそこにあった日常は形を変えてしまう。
 
 僕は夏休みということもあり僕は電車とバスを乗り継ぎ市外にある国内最大規模のショッピングモールへ友人と出かけていた。
 市外のショッピングモールへは一時間以上も鈍行に揺られなければならない。さらにそこからバスに乗り十分程で到着する。本当に出かけるのにも一苦労だ。交通費はまだ学生の僕らには大きな痛手だ。
 僕が住んでいた県は快速はあるがその快速に乗るために乗車券のほかに乗車券の二倍はする特急券を買わなければならなかった。さらにさらにその快速に乗車しても市外の駅までに掛かる時間が鈍行と数分しか変わらない,という理不尽極まりない時間設定となっていた。
 
 クラスメイトとショッピングモールで服やスポーツ品を散策しそれなりに夏休みを謳歌した。
 僕らはまだ中学生だったこともあり校則を守り十七時には帰りの循環バスに乗り込んでいた。
 
 辺りはまだ明るいが,街は夜の街並へと顔色を変えようとしていた。
 循環バスを降りると駅までは居酒屋やバーが建ち並ぶ商店街を通ると五分程で着く。自分達にはまだ縁遠い場所であったためか一軒一軒に目移りしてしまう。
 しばらく歩くと商店街を抜け,目の前には大手デパートが併設されている駅舎が見えてくる。
 横断歩道を渡ればもう駅である。
 
 その日は平日ではあったが金曜日のためか仕事終わりの中高年の姿が多く見受けられた。横断歩道の向い側にもスーツを着た仕事終わりであろう人々の姿があり僕と友人はその姿を横目に二十メートル強程の横断歩道を渡る。
 
 そして横断歩道の中程だった。
 対面からスーツの男性。横にはワンピースを着飾った若く見える女性が腕を組み歩いて来る。
 僕はその顔に見覚えがあった。

 僕はその光景に寒気がした。なぜならその人は僕にいつもしている顔ではなかったためだ。
 ―この二人はイケナイ関係である。中学生の僕は二人をそんな風に捉えた。

 それでも何か間違えであってほしいと思い。友人に買い物を頼まれてたので先に帰っておいて,とだけ言い二人のあとをばれないようについていった。
 
 通った道を逆走し商店街へ歩いていく。
 しばらくつけて行くと人気の少ない裏通りのバーへ男女は入った。
 入った場所を確認すると,僕は公衆電話を探していた。公衆電話は幸い商店街の中のコンビニ横に設置されていた。
 公衆電話に硬貨を投入しダイヤルを押そうとする。しかし,指がダイヤルを押そうとするのを拒む。
 尾行という行為に後ろめたさを感じていた。それを抑え込む。
 しかしまた違う感情が僕をすぐに支配していく。
 それは,もし間違えでなければどうなってしまうのだろうか,もし間違えでなければそれを伝えることは正しさなのだろうか。というものだった。
 
 考えを巡らせているうちに投入した硬貨が時間切れのため返却される。
 出てきた硬貨を手に取り僕は一度深呼吸し頭を整理する。
 
 コンビニに屯する二十代くらいの人の話し声,カラオケ店の客寄せ。
 
 一度遮断し決心する。

 ―本当だったら尚更,向き合わなければならない時は必ず来る。その時は僕も力になる。思い過ごしならその方がいいけど。

 もう一度硬貨を投入し押し慣れた番号を今度はなんとか入力する。
 発信するまでの時間がやたら長く感じた。

 十コールは鳴らしただろうが,出かけているのだろうか。ふと安心してしまいそうになる。そんな自分が情けなく思えてきた時だった。

「もしもし?」
 いつも聞きなれていた声。だけど電話越しのためか他人のように聞こえた。
「あ…」
 言おうとしていた台詞が出てこなかった。緊張からなのか相手が出て,後悔してしまったのかわからないがいつも通りとはいかなかった。そのためか相手が警戒しているのが感じ取れた。
「もしもしどなたですか?」
 この調子では切られてしまう。もう一度深呼吸し声を発する。いつも呼んでいるように名前を。

「柚葉か? 僕だ陽葵だ」
 名前を呼ぶのはこれほど緊張するのか。初めて名前を呼び以来の感情だ。
「なんだ陽葵か。不審な電話かと思って切ろうとしてた。それにしても,あ…って」
 僕も同じ立場なら不審な電話だと思い,切ろうとしただろう。
 電話越しのため多少聞こえてくる声に違和感を感じながらも聞きなれた口調に落ち着きを覚え,僕は柚葉に不信感を抱かせないように用件を聞く。
「悪かったな僕で。柚葉今一人か?」
「いいよ別に。一人だよ。今から陽葵の家に行こうとしてたとこ」
 また不安感が襲ってくる。考えていたことが現実味を帯びる。受話器を握る手にはビッショリ手汗を掻いている。しかしここまで来てしまえば確認しなければならない。
「父さんと母さんは仕事か?」
 声が上ずってしまっていた。
「そうだよ。パパは仕事終わりに市の先生達と飲み会があるんだって。ママは今日から研修でいないけど明日帰ってくるよ」
「そうか」
 先程の男女が入っていったバーに顔を向けながら答える。
「というか何でそんなこと聞くの? さては変なこと考えてるでしょう。陽葵ってそういうとこあるよね。一花ちゃんに言いつけとこっ」
「それはよしてくれ。今友達と出かけてるんだ。先に僕の家でご飯食べておいて。ごめんもうお金切れるから,一花や二葉にもよろしく言っといて」
 掛け合いもどこか僕自身空虚に感じてそのまま受話器を置いた。

 僕は電話を切り,先程のバーへ踵を返す。

 

 
 
 

 
 
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