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血塗られた剣
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都内某所ー。
ビル脇の植込みの中、普通に歩いていれば死角になるその場所で男の遺体が発見された。
そう通報を受けた警視庁捜査一課警部の綾瀬雄悟は現場に駆けつけた。先に来ていた部下の竹田正人刑事が状況を説明する。
「被害者は沼渕浩介、23歳。死因は背部刺創による失血死とみられます。死亡推定時刻は昨夜11時から1時の間です。」
「凶器は?」
「刃渡り15㎝の鋭利な刃物と思われますが、見つかったという報告はまだ。」
「そういえば蜂須賀はどうした?お前と一緒に出ただろ。」
「佳貴は周辺に聞き込みに行ってます。」
そこへもう1人の部下である蜂須賀佳貴刑事が聞き込みを終えて戻ってきた。
「聞き込み終わりました。」
「おう、何か分かったか?」
「どこの会社も残業で残れるのは10時までで犯行時刻までいた人間はいないそうなので、残念ながら今のところ目撃者はなしですね。」
「まぁ、真夜中にこんなビジネス街を出歩く奴なんてそうはいないからなぁ。」
鑑識作業も一通り終わり一旦警視庁に戻った綾瀬は被害者について詳しく調べた。
沼渕浩介、23歳。奈良県から上京し、あちらこちらでアルバイトをしては長続きせずにすぐ辞めてを繰り返していた。そのため金に困って万引きをして交番のお世話になったことが何度もある。無駄に調子がよく、心得もないのに剣術師範を目指して方々の道場を訪ね歩いていた。平気で他人に迷惑をかけて悪びれることもせずに去っていくことが多く、被害届が提出されたケースもあった。そのため恨みをかいやすい性格だったようだ。
「こりゃ骨だな…。」
衝動的な犯行にしては証拠が残っていなさすぎる。衝動的に殺した場合、早くその場から離れたい犯人にとって犯行後に周りを見る余裕は無いに等しい。自分がいた痕跡を消すより早く逃げたいので遺留品が残りやすい。手元に来ている鑑識の報告によると今のところ遺留品は無い。また、犯人が立っていたと思われる場所の地面に足跡を消したと見られる痕跡があった。つまり衝動殺人の可能性は低い。低いがまだ0ではない。そうではなかったとしても被害者が恨みをかいやすい性格だったため、動機があってアリバイの無い人間は多数いるだろう。
ここまででも骨の折れる事件だが、これはこれから始まる連続殺人事件の序章に過ぎないことを今の綾瀬に知る由はなかった。
翌日ー。
現場近くの川原から細長い穴の空いた血塗れの新聞紙が発見された。鑑定の結果沼渕の血液と一致し、状態などから犯人が返り血を防ぐために使用したものと思われた。しかし、犯人の指紋は検出されず、加えてどこでも買える全国紙のため入手経路が割れても犯人には繋がらなかった。依然として凶器の刃物も見つかっていない。
捜査が難行するなか捜査一課の電話が鳴り、一課長の小田原行広が出た。
「はい捜査一課。あぁ…、あぁ…、分かった。」
小田原は電話を切ると綾瀬を呼んだ。
「野田剣道場そばの公園で撲殺体が発見されたそうだ。現場の状況なとが沼渕の件と似ているらしい。行ってくれるか?」
「あぁ、分かった。」
ちなみに、綾瀬と小田原は同期だ。綾瀬は以前、その性格ゆえに行き過ぎた捜査をしてしまったため昇格が遅れているが、小田原は寡黙で冷静な性格で順調に昇格している。
綾瀬が蜂須賀と竹田を伴って現場に行くとすでに鑑識が作業していた。先に来ていた刑事から引き継いだことをまとめると、被害者は芦田博則、35歳。野田剣道場の師範・野田清吾郎の弟子だが腕が立つ訳でもなく、正直剣の道は向かない男だった。死因は頭部殴打による頭蓋骨陥没とそれに伴う脳挫傷。死亡推定時刻は今朝の4時から5時の間で、凶器は公園内に転がっていた岩の中から血や指紋を拭き取られた状態で発見された。また、返り血を防ぐためかアウターのフードを被った状態で殴られていた。
「芦田も恨みを買いやすい性格してますね。」
「同一犯でしょうか?」
「2人とも剣道をしていたようだし、自分の痕跡を一切残さない犯行の手口も似ている。同一犯とみてまず間違いないだろうな。」
2つの事件を同一犯による連続殺人と断定し、捜査本部が設置された。連続殺人の場合、真っ先に調べられるのは被害者同士の接点である。無差別殺人でない限り被害者には何かしらの共通点があるものだ。沼渕と芦田の場合、剣道という共通点がある。そこで少しでも犯人に繋がればと2人が共通して出場している試合が無いか調べたところ、春の剣術大会に揃って出場していたことが分かった。しかも予選のグループが同じだったのだ。2人とも予選で敗退しているがある人物だけには勝っている。その人物は2人に負けたことで予選敗退となっていた。敗因はどちらも防御を二の次にした戦法ゆえに出来た隙を突かれたものだった。その人物の名前は田丸元希。もちろんこれだけで犯人とは断定出来ないが、限りなくクロに近い人物ということでマークを付けることにした。
一方、沼渕と芦田の遺体は司法解剖のため監察医の並木梨沙子のところに送られた。その梨沙子から綾瀬に検死の結果が伝えられた。
「だいたい最初の見立てと変わらないんだけど、ひとつ気になったのは沼渕さんの遺体。」
「どこが?」
「背中の致命傷に付着してたこの結晶だよ。」
「何だそれ?何でんなもんが致命傷に付いてんだよ!」
「それは私には分かんないよ。だからほら、早く奈緒に調べてもらって。」
「はいはい。」
奈緒とは鑑識課員の新藤奈緒のことで綾瀬とは同期である。梨沙子が気になると言った結晶を調べてもらうため、綾瀬は鑑識課へと向かった。
翌朝ー。
徹夜で捜査資料を眺めていた綾瀬は自分のデスクで眠りこけていた。そこへ近づく人影がひとつ。
「起きろバカ!!」
「うおっ!?」
耳元で大きな声を出されて文字通り飛び起きるとそこにいたのは、沼渕の遺体に付着していた結晶の鑑定を頼んでいた鑑識課の新藤奈緒だった。
「なんだ奈緒か・・・。朝から何の用だよ。起こすならもっと静かに起こしてくれ。」
「静かに起こしたって起きないでしょ。それに、何の用とは何だよ。あんたが持ってきた結晶の鑑定結果が出たから持ってきたんだから!!」
「あぁ、そういえばそうだったな。それで?どうだった?」
「ったく、これが結晶の鑑定書。これは塩化ナトリウム、つまり塩の結晶。」
「塩?なんでそんなもんがついてんだ?」
「さぁ。あ、そういえば、現場についてすぐ遺体を調べたとき、傷口の周りの服が濡れてて、成分を調べてみたら塩水だった。」
「塩水?」
「そう。なんで濡れてたのかは分からないけど。そうだ、その結晶の鑑定徹夜でやってたから寝てないんだよ。私はこれから仮眠室で寝てくるから何かあったら守李に言ってくれる?全部あの子に教えてきたから。くれぐれも私の睡眠の邪魔はしないでよ。」
「ハイハイ。」
そういうと奈緒は捜査一課を出て仮眠室へ向かっていった。ちなみに守李というのは奈緒の娘で、奈緒と同じ鑑識課員である。今春から鑑識課に配属された新米だ。警察組織の決まりとして身内が同じ職場で働くことはできないので奈緒は本庁、守李は所轄の勤務である。
早速鑑定書に目を通していると綾瀬のスマホが鳴った。通話ボタンをフリックして出ると田丸元希を尾行していた竹田からだった。
「竹田か。どうした?」
『それが、田丸が倒れました。』
「何ぃ!?どういうことだ!!」
『それが・・・』
竹田の話をまとめると、朝一で桑折剣道場を訪ねて30分ほど何やら話をしたのち、自身の職場に向かうため都内を歩いていたところ路上で急に苦しみだして倒れたとのことだった。今現在警察病院に運ばれて治療中だそうだ。
「それで、奴はなぜ倒れたんだ?」
『どうも神経毒を飲まされたようですが、毒の種類はまだ・・・。』
「奴は助かるのか?」
『助かるかどうかは五分五分だそうで・・・。ああ、ちょっと待ってください。どうした佳貴?・・・本当か?・・・分かった。綾瀬先輩、田丸元希の死亡がたった今確認されたそうです。死因はやはり服毒死で毒の種類はテトロドトキシン、いわゆるフグ毒だそうです。』
「奴はフグ料理の店には?」
『尾行についてからは一度も行ってません。』
「自殺の線は?」
『そのつもりなら出社なんかしないでどこか一ヵ所にとどまるでしょう。遺書ととれるものも所持してませんでしたし・・・。』
「だろうな。自宅に置いてある可能性もなくはないから鑑識に頼んでおく。俺も病院に行く。」
綾瀬が病院に着くと、尾行についていた竹田と蜂須賀のほかに並木梨沙子もいた。どうやら本日の当直医だったらしい。
「テトロドトキシンは強い神経性の毒で、手足の痺れから始まり、呼吸困難になって摂取から24時間以内に死に至る。有効な治療法がないから厄介なんだよね。直接血管に注射すればすぐに症状が出るけど、見た所そんな痕は残ってないから口から摂取したんだろうね。摂取した毒の量や個人差はあるけど、20分から数時間で症状が出始める遅効性の毒だよ。」
「おい竹田、蜂須賀、桑折剣道場に行く前はどこか行ったのか?」
「いえ、6時30分に自宅を出て6時50分から7時20分まで桑折剣道場にいた以外はどこにも。なあ?」
「ええ。その後7時30分過ぎに様子がおかしくなって倒れたんです。」
「だとすると毒を盛られたのは桑折剣道場でか。もしくは自宅で飲んできたか。」
「あとは田丸の自宅から何か出てくるかですが・・・。」
「何も出てこない可能性が高いだろうな。」
「自殺にしろ他殺にしろ、目の前で倒れたんですから何らかの処分はありますよねぇ・・・。」
「減給程度で済めばいいが・・・。」
「下手すりゃこのヤマ追ってる綾瀬班全員で連帯責任ってこともあるかもな。特に沼渕と芦田を殺したのが田丸で奴の死が自殺だった場合はな。」
「少なくとも竹田くんと蜂須賀くんは減給3ヶ月くらいは覚悟しておいた方がいいよ。」
「「はい・・・。」」
現役の警察官の目の前で誰かが亡くなるというのは、自殺にせよ他殺にせよ犯罪を食い止めることが出来なかったということになる。特に被疑者の自殺の場合は重大である。こうして竹田正人巡査部長と蜂須賀佳貴警部補の減給3ヶ月以上の処分が決定したのであった。
「お父さんいる?」
一旦警視庁に戻って事件を整理していると綾瀬の娘・美樹が訪ねてきた。
「おう、美樹か。どうした?」
「編集長から『親父さんから事件のこと聞いてこい』と言われまして・・・。」
「またか・・・。いくら娘を回されても話せることには限度があると言っただろう。」
「私だって編集長にそう言いました!だけどあの人聞かなくて・・・。」
美樹は新聞社に勤めている。そのため警視庁管内で起きた事件・事故の記事を書くために綾瀬に話を聞きに来るのだが…。編集長は美樹が父親である綾瀬に取材すればなんでも教えてもらえると思っているらしいが、実際は身内であっても話せないことの方が多い。うかつに話してしまっては処分の対象になってしまう。
「ったく、今教えられるのは連続殺人の犠牲者がまた一人増えちまったってことだけだ。俺はこれから3人目の被害者が最後に会いに行っていた奴の所へ行ってくる。お前も編集部に戻って、編集長にいい加減にしろと言っておけ。」
「じゃあ私はこれで戻るけど、事件だからって気を張ってないで適度に身体休めてよね。せめて孫が生まれるまでは生きていてほしいし。」
「孫って、予定でもあるのか!?」
「ありません。なに慌ててるの?それじゃ、気を付けてねお父さん。」
「あぁ。」
美樹は編集部に戻り、綾瀬は竹田と蜂須賀を連れて桑折剣道場に向かった。
―桑折剣道場―
綾瀬たちは桑折剣道場の師範である桑折喜朗と、彼の弟子の飯野一輝から話を聞いていた。
「それで?警察の方が私に話というのはどういうことでしょう?私もいろいろと忙しいのでね、手短に頼みますよ。」
「では単刀直入にいきます。今朝こちらを訪ねていた田丸元希さんが亡くなられたんです。司法解剖の結果、事件性が高いことが分かりまして、亡くなる直前の様子を聞かせていただきたいと思いお邪魔したんです。」
「なるほどそうでしたか。田丸くんは先日の剣道家連続殺人のことでうちの弟子にも気を付けるようにと鎖帷子を持ってきてくれたんです。沼渕くんも芦田くんも実力はまだまだなのに殺されてしまった。うちの一輝も似たようなものですから心配してくれたのでしょう。鎖帷子を着ていれば多少の攻撃は防げますから。まさか、田丸くんもその連続殺人犯に?」
「我々はそう踏んでいます。」
「そこでなんですが、これは関係者全員に聞くことが決まりなので気を悪くしないでほしいのですが、おとといの深夜11時から1時の間どこで何をしていたか教えてください。」
「寝てましたよ。ここの上の自宅で。」
「では昨日の朝4時から5時の間は?」
「一輝と一緒に日課のランニングをしてました。」
「ええ。確かに先生と一緒にランニングしいてましたが、先生このところお腹の調子が良くなくて途中でお帰りになったんです。」
「飯野さんはおとといの夜は?」
「僕も寝てましたが、先生とは部屋は別々なので。」
「我々にはアリバイがないということになりますかな?」
「アリバイがないからといってすぐに犯人にはなりませんよ。ただ、念のためこの道場を調べさせていただいてもよろしいですか?」
「田丸くんがどこでテトロドトキシンを飲まされたのかを特定するため、ですか?」
「ええ。尤も令状はありませんから拒否することもできますが。」
桑折剣道場を出た3人はとりあえず芦田が殺された公園にきていた。遺体があった周辺はまだ規制線が張られているが公園自体の規制は取れているので、事件があったことを気にしていないカップルがイチャイチャしていたが、3人に気づくとどこかへ行ってしまった。
「田丸の自宅から遺書や毒物は見つからなかったそうです。」
「だろうな。」
「剣道場からは何か出るでしょうか?」
「何も出ないだろうな。毒やら血の付いた服やらがあったとしても今日はあの辺ゴミの日だったから今頃燃えちまってるよ。それより。」
「なんです?」
「俺たちは桑折の前で一度も田丸が毒を盛られたなんて言ってないよな?」
「ええ。」
「なのにあいつは剣道場を調べさせてほしいと言ったとき『テトロドトキシンを飲まされた』と言った。」
「我々が訪ねたときはまだニュースでも言ってませんでしたし、報道規制を布いたので毒の名前を知っているのは我々捜査官と梨沙子さん、あとは真犯人だけです。」
「ああ、そうだ。」
「正人、お前ボイスレコーダーで録音してたよな?」
「そうだった!・・・ばっちり録れてます!!」
「おまけにこの公園はランニングコースからも道場からも目と鼻の先だ。」
「桑折か飯野の単独か、それとも2人の共謀か。」
「いずれにしろ証拠がないと逮捕しても起訴できないからな。」
綾瀬たちは着々と事件の核心に迫ったかに見えた。だが、このあとまた新たに起こる事件によって謎が深まることになるのだった。
翌日ー。
都内の山奥の沼に浮かぶ男性の遺体が発見された。驚くべきはその身元だった。野田剣道場の師範、野田清吾郎その人だったのだ。そして例の剣道家連続殺人事件の1つとして綾瀬班にまわってきた。
「くそっ、またか。」
「被害者は野田清吾郎さん。死因は溺死。体内から多量の睡眠薬の成分が検出されたそうです。」
「睡眠薬で眠らせて抵抗力を奪ったうえで沼に落としたんですかね。」
「死亡推定時刻は昨日の昼頃、12時から13時の間って・・・。」
「俺たちが桑折剣道場にいたのは11時半までだよな?」
「はい。道場から遺体のあった沼まではどんなに急いでも2時間は掛かります。」
「自分たちが出るのと同時に家を出ても1時には間に合いませんよ!!」
「どういうことだ!!俺たちがヤツのアリバイ証人だっていうのか!?」
連続殺人の場合、1件でもアリバイが成立するとその人物は容疑者ではなくなる。皮肉にも桑折喜朗のアリバイを証明するのが自分たちだということを突き付けられたところに梨沙子が来た。
「綾瀬くん、いる?」
「どうした梨沙子?」
「遺体のことなんだけど、水死体の特徴として腐敗ガスが溜まって元の姿も分からなくなるくらいブクブクに膨れ上がるんだよ。勿論、水の中にいる時間にもよるんだけど、野田さんは昨日の昼から沼の中にいる割にはガスが溜まっていないんだ。」
「それ本当か!?」
「うん。」
「肺に溜まった水の成分は?」
「それはあの沼の水で間違いないよ。」
「それじゃあ犯人は野田さんを連れて沼まで行き、溺死させた後しばらくしてから沼に浮かべたってことですか?」
「一体何故?」
梨沙子からの報告を受けた綾瀬はしばらく考え込んだのち、勢いよく立ち上がった。
「よし、蜂須賀、竹田、昨日1日の桑折喜朗の行動を洗うぞ!!」
「「はい!!」」
「くれぐれもケガしないでね!!」
慌ただしく出て行った3人を見送った梨沙子は、綾瀬たちが飲んでいたお茶やコーヒーのカップを片付けようとして、手元が狂いカップを倒した。幸い中身は空だったが慌てた梨沙子は何故か落ちていた雑巾を踏み、滑って転んだ。そのはずみでデスクが揺れ、デスクに乗っていた書類がぶちまけられた。
「不運・・・。」
「弟子の飯野さんよると、昨日の桑折の行動はこうです。我々が道場を出たあと人と会う約束があるからと人払いをしたそうです。飯野さんはこのとき近所のカフェで戸越剣道場の弟子の宗像研人さんと剣の話をしていたそうで、宗像さんからアリバイの確認はとれてます。30分ほどで戻るとどこへ行ったか、桑折は不在だったそうです。」
綾瀬班の3人は手分けして昨日の桑折の行動を洗い、真夜中の捜査会議をひらいていた。
「会う約束をしていた人間について、飯野さんは知らないのか?」
「知らないそうです。」
「その会う約束をしていた人物が野田さんなら、死亡推定時刻に一緒にいたことになりますね。」
「ああ、そういえば、事件には関係ないかもしれませんが前日、つまり一昨日の夜レンタカーを借りてどこかへ行っていたようです。飯野さんにはドライブに行くと言っていたようですが。」
「何ぃ!?そういうことはもっと早く言わんかバカタレェ!!レンタカーを使ったんならどこへ行ったか記録が残っているはずだ!!さっさと調べてこい!!」
「は、はい!!」
「でも先輩、今夜中…」
「そんなことはどうでもいい!!早く行け!!」
「はいぃぃ!!」
蜂須賀の言葉には耳も貸さない綾瀬に任務を言い渡された竹田に、蜂須賀は心の中で合掌したのだった。
(哀れ正人。)
朝になり竹田が戻ってくると捜査会議が再開された。レンタカー会社の記録によると、桑折は野田の遺体が発見された沼までを2回往復していたという。また、レンタル時に対応した職員によると桑折は空の1リットルのペットボトルを所持していたという。
「桶を使えば1リットルでも充分人は殺せますよ。」
「成る程!!1回目の往復で沼の水を持ち、帰り2回目の往復で遺体を棄てたのか。」
「しかも睡眠薬で相手の自由を奪っているので、水を張った桶に顔を浸けておくだけで殺せます。だから運転中でも可能です。」
これで野田殺しの桑折のアリバイはなくなった。
「でも先輩、沼渕殺しの凶器はまだ見つかってませんよ。」
「その謎もおおよその検討はついている。ヒントは塩と水だ。これらが遺体や衣服の傷口周辺から検出されている。」
「成る程、そういうことか。」
「えっ?佳貴も分かったの?」
「よし、証拠も出たしヤツのところへ乗り込むぞ!!」
「はい!!」
「あ、はい…!!」
綾瀬と蜂須賀、竹田の3人はさっそく桑折剣道場に向かったが、桑折本人はおらず飯野一輝一人だけだった。
「飯野さん、桑折さんはどこに行かれたんです?」
「先生なら戸越先生のところだと思われますが。」
「戸越剣道場だな?分かった。」
3人が戸越剣道場に向かったころ、その戸越剣道場では師範の戸越冬獅郎が瞑想をしていた。そこにゆっくりと近づく影がひとつ。その手にはロープのようなものが握られていた。
一方、綾瀬たちは戸越剣道場に向かう道すがらで渋滞に巻き込まれていた。
「あーくそ、なんでこんなところで渋滞なんかしているんだ!!」
「どうやらこの先で人身事故があったみたいです!」
「サイレン鳴らします?」
「ああ。でも戸越剣道場の手前で止めろよ。気づかれて逃げられたら厄介だからな。」
「はーい。」
事故の処理をしていた交通課の人間に事情を話し、なんとか渋滞を抜け出した。
「やっと着きましたね。」
「ああ。」
「戸越先生!?」
「なんだ今の声は!?」
「行ってみましょう!!」
突然聞こえた大きな声に驚きつつも剣道場内に入っていく。
「戸越先生しっかり!!」
「宗像さん!?」
「どうした?何があった?」
「朝ごはんの支度が出来たので戸越先生を呼びに来たのですが・・・。」
「何者かに首を絞められそうになったのです、ゴホッ。」
「そいつはどっちに行った?」
「そこの廊下を右に。」
「よし。竹田、お前はここに残れ。行くぞ蜂須賀!!」
「「はい!!」」
逃げた何者かにはすぐに追いついた。どうやら一度行き止まりに行きついてしまい、引き返してきたらしい。
「おい、待て!!」
「待てっつってんだろ!!」
「うわっ!!」
蜂須賀が投げつけた枝が足に絡まり何者かはこけた。そこに綾瀬が馬乗りになる。顔を隠していたマスクとサングラスを外すとその正体は桑折喜朗だった。
「やっぱりお前か桑折、殺人未遂の現行犯で逮捕する!!」
「戸越を殺そうとした凶器を、私が持っているというのか?」
「あんたの持ってたこの6本の髪紐、これを編んで使ったんだろう?ここにわずかだが血が付着している。なんなら戸越さんの血液と照合してみるか?」
「ちっ。」
桑折は、戸越の介抱のために残っていた竹田が呼んだ応援の警官に連行されていった。
「これで一件落着だな。」
「戸越さん、救急車で運ばれたそうですが特に問題はないそうで、検査が終わればすぐ退院できるそうです。」
「そうか。そりゃあよかった。」
剣道家連続殺人事件は犯人である桑折喜朗が逮捕されたことによって無事に解決した。桑折は現在取り調べを受け、その裏付け作業が行われている。
「あ、綾瀬先輩!」
「おう、竹田か。」
「桑折の奴、アリバイ工作も認めましたし犯行についても認めているのですが、沼渕殺しの消えた凶器については何も語らなくて・・・。」
「なんだお前、まだ分かってなかったのか?理科の授業で習っただろう?雪に塩をかけたら固くなるって。それと同じで塩を使って固くした氷を研いでナイフ状の凶器を作ったんだ。犯行後は近くを流れていた川にでも捨てたんだろう。あとは自然と氷が解けて跡形もなくなるってわけさ。」
「なるほど、沼渕の衣服の傷口周辺に付いていた水と塩は殺害時に沼渕の体温で若干溶けだしたものだったんですね!」
「ああ綾瀬先輩、ここにいましたか。」
「あ、佳貴。」
「娘さんがいらしてますよ。」
「またか、ったく!!」
娘の美樹の来訪を聞いて、待っているであろうオフィスへと小走りで向かっていく綾瀬。
「綾瀬先輩ってば、口では嫌そうにしてるけど顔がすごい緩んでる(笑)」
「そりゃあそうだろう。奥さんに逃げられてから男手一つで育ててきたかわいい一人娘なんだから。」
「そんな美樹ちゃんが結婚するなんて言ったら大変なことになるだろうな。」
「なんだお前、美樹ちゃんに気があるのか?」
「なっ!?ち、違うって!!」
「綾瀬先輩~、正人が美樹ちゃんに気があるみたいでーす!!」
「言ってないだろー!!」
ビル脇の植込みの中、普通に歩いていれば死角になるその場所で男の遺体が発見された。
そう通報を受けた警視庁捜査一課警部の綾瀬雄悟は現場に駆けつけた。先に来ていた部下の竹田正人刑事が状況を説明する。
「被害者は沼渕浩介、23歳。死因は背部刺創による失血死とみられます。死亡推定時刻は昨夜11時から1時の間です。」
「凶器は?」
「刃渡り15㎝の鋭利な刃物と思われますが、見つかったという報告はまだ。」
「そういえば蜂須賀はどうした?お前と一緒に出ただろ。」
「佳貴は周辺に聞き込みに行ってます。」
そこへもう1人の部下である蜂須賀佳貴刑事が聞き込みを終えて戻ってきた。
「聞き込み終わりました。」
「おう、何か分かったか?」
「どこの会社も残業で残れるのは10時までで犯行時刻までいた人間はいないそうなので、残念ながら今のところ目撃者はなしですね。」
「まぁ、真夜中にこんなビジネス街を出歩く奴なんてそうはいないからなぁ。」
鑑識作業も一通り終わり一旦警視庁に戻った綾瀬は被害者について詳しく調べた。
沼渕浩介、23歳。奈良県から上京し、あちらこちらでアルバイトをしては長続きせずにすぐ辞めてを繰り返していた。そのため金に困って万引きをして交番のお世話になったことが何度もある。無駄に調子がよく、心得もないのに剣術師範を目指して方々の道場を訪ね歩いていた。平気で他人に迷惑をかけて悪びれることもせずに去っていくことが多く、被害届が提出されたケースもあった。そのため恨みをかいやすい性格だったようだ。
「こりゃ骨だな…。」
衝動的な犯行にしては証拠が残っていなさすぎる。衝動的に殺した場合、早くその場から離れたい犯人にとって犯行後に周りを見る余裕は無いに等しい。自分がいた痕跡を消すより早く逃げたいので遺留品が残りやすい。手元に来ている鑑識の報告によると今のところ遺留品は無い。また、犯人が立っていたと思われる場所の地面に足跡を消したと見られる痕跡があった。つまり衝動殺人の可能性は低い。低いがまだ0ではない。そうではなかったとしても被害者が恨みをかいやすい性格だったため、動機があってアリバイの無い人間は多数いるだろう。
ここまででも骨の折れる事件だが、これはこれから始まる連続殺人事件の序章に過ぎないことを今の綾瀬に知る由はなかった。
翌日ー。
現場近くの川原から細長い穴の空いた血塗れの新聞紙が発見された。鑑定の結果沼渕の血液と一致し、状態などから犯人が返り血を防ぐために使用したものと思われた。しかし、犯人の指紋は検出されず、加えてどこでも買える全国紙のため入手経路が割れても犯人には繋がらなかった。依然として凶器の刃物も見つかっていない。
捜査が難行するなか捜査一課の電話が鳴り、一課長の小田原行広が出た。
「はい捜査一課。あぁ…、あぁ…、分かった。」
小田原は電話を切ると綾瀬を呼んだ。
「野田剣道場そばの公園で撲殺体が発見されたそうだ。現場の状況なとが沼渕の件と似ているらしい。行ってくれるか?」
「あぁ、分かった。」
ちなみに、綾瀬と小田原は同期だ。綾瀬は以前、その性格ゆえに行き過ぎた捜査をしてしまったため昇格が遅れているが、小田原は寡黙で冷静な性格で順調に昇格している。
綾瀬が蜂須賀と竹田を伴って現場に行くとすでに鑑識が作業していた。先に来ていた刑事から引き継いだことをまとめると、被害者は芦田博則、35歳。野田剣道場の師範・野田清吾郎の弟子だが腕が立つ訳でもなく、正直剣の道は向かない男だった。死因は頭部殴打による頭蓋骨陥没とそれに伴う脳挫傷。死亡推定時刻は今朝の4時から5時の間で、凶器は公園内に転がっていた岩の中から血や指紋を拭き取られた状態で発見された。また、返り血を防ぐためかアウターのフードを被った状態で殴られていた。
「芦田も恨みを買いやすい性格してますね。」
「同一犯でしょうか?」
「2人とも剣道をしていたようだし、自分の痕跡を一切残さない犯行の手口も似ている。同一犯とみてまず間違いないだろうな。」
2つの事件を同一犯による連続殺人と断定し、捜査本部が設置された。連続殺人の場合、真っ先に調べられるのは被害者同士の接点である。無差別殺人でない限り被害者には何かしらの共通点があるものだ。沼渕と芦田の場合、剣道という共通点がある。そこで少しでも犯人に繋がればと2人が共通して出場している試合が無いか調べたところ、春の剣術大会に揃って出場していたことが分かった。しかも予選のグループが同じだったのだ。2人とも予選で敗退しているがある人物だけには勝っている。その人物は2人に負けたことで予選敗退となっていた。敗因はどちらも防御を二の次にした戦法ゆえに出来た隙を突かれたものだった。その人物の名前は田丸元希。もちろんこれだけで犯人とは断定出来ないが、限りなくクロに近い人物ということでマークを付けることにした。
一方、沼渕と芦田の遺体は司法解剖のため監察医の並木梨沙子のところに送られた。その梨沙子から綾瀬に検死の結果が伝えられた。
「だいたい最初の見立てと変わらないんだけど、ひとつ気になったのは沼渕さんの遺体。」
「どこが?」
「背中の致命傷に付着してたこの結晶だよ。」
「何だそれ?何でんなもんが致命傷に付いてんだよ!」
「それは私には分かんないよ。だからほら、早く奈緒に調べてもらって。」
「はいはい。」
奈緒とは鑑識課員の新藤奈緒のことで綾瀬とは同期である。梨沙子が気になると言った結晶を調べてもらうため、綾瀬は鑑識課へと向かった。
翌朝ー。
徹夜で捜査資料を眺めていた綾瀬は自分のデスクで眠りこけていた。そこへ近づく人影がひとつ。
「起きろバカ!!」
「うおっ!?」
耳元で大きな声を出されて文字通り飛び起きるとそこにいたのは、沼渕の遺体に付着していた結晶の鑑定を頼んでいた鑑識課の新藤奈緒だった。
「なんだ奈緒か・・・。朝から何の用だよ。起こすならもっと静かに起こしてくれ。」
「静かに起こしたって起きないでしょ。それに、何の用とは何だよ。あんたが持ってきた結晶の鑑定結果が出たから持ってきたんだから!!」
「あぁ、そういえばそうだったな。それで?どうだった?」
「ったく、これが結晶の鑑定書。これは塩化ナトリウム、つまり塩の結晶。」
「塩?なんでそんなもんがついてんだ?」
「さぁ。あ、そういえば、現場についてすぐ遺体を調べたとき、傷口の周りの服が濡れてて、成分を調べてみたら塩水だった。」
「塩水?」
「そう。なんで濡れてたのかは分からないけど。そうだ、その結晶の鑑定徹夜でやってたから寝てないんだよ。私はこれから仮眠室で寝てくるから何かあったら守李に言ってくれる?全部あの子に教えてきたから。くれぐれも私の睡眠の邪魔はしないでよ。」
「ハイハイ。」
そういうと奈緒は捜査一課を出て仮眠室へ向かっていった。ちなみに守李というのは奈緒の娘で、奈緒と同じ鑑識課員である。今春から鑑識課に配属された新米だ。警察組織の決まりとして身内が同じ職場で働くことはできないので奈緒は本庁、守李は所轄の勤務である。
早速鑑定書に目を通していると綾瀬のスマホが鳴った。通話ボタンをフリックして出ると田丸元希を尾行していた竹田からだった。
「竹田か。どうした?」
『それが、田丸が倒れました。』
「何ぃ!?どういうことだ!!」
『それが・・・』
竹田の話をまとめると、朝一で桑折剣道場を訪ねて30分ほど何やら話をしたのち、自身の職場に向かうため都内を歩いていたところ路上で急に苦しみだして倒れたとのことだった。今現在警察病院に運ばれて治療中だそうだ。
「それで、奴はなぜ倒れたんだ?」
『どうも神経毒を飲まされたようですが、毒の種類はまだ・・・。』
「奴は助かるのか?」
『助かるかどうかは五分五分だそうで・・・。ああ、ちょっと待ってください。どうした佳貴?・・・本当か?・・・分かった。綾瀬先輩、田丸元希の死亡がたった今確認されたそうです。死因はやはり服毒死で毒の種類はテトロドトキシン、いわゆるフグ毒だそうです。』
「奴はフグ料理の店には?」
『尾行についてからは一度も行ってません。』
「自殺の線は?」
『そのつもりなら出社なんかしないでどこか一ヵ所にとどまるでしょう。遺書ととれるものも所持してませんでしたし・・・。』
「だろうな。自宅に置いてある可能性もなくはないから鑑識に頼んでおく。俺も病院に行く。」
綾瀬が病院に着くと、尾行についていた竹田と蜂須賀のほかに並木梨沙子もいた。どうやら本日の当直医だったらしい。
「テトロドトキシンは強い神経性の毒で、手足の痺れから始まり、呼吸困難になって摂取から24時間以内に死に至る。有効な治療法がないから厄介なんだよね。直接血管に注射すればすぐに症状が出るけど、見た所そんな痕は残ってないから口から摂取したんだろうね。摂取した毒の量や個人差はあるけど、20分から数時間で症状が出始める遅効性の毒だよ。」
「おい竹田、蜂須賀、桑折剣道場に行く前はどこか行ったのか?」
「いえ、6時30分に自宅を出て6時50分から7時20分まで桑折剣道場にいた以外はどこにも。なあ?」
「ええ。その後7時30分過ぎに様子がおかしくなって倒れたんです。」
「だとすると毒を盛られたのは桑折剣道場でか。もしくは自宅で飲んできたか。」
「あとは田丸の自宅から何か出てくるかですが・・・。」
「何も出てこない可能性が高いだろうな。」
「自殺にしろ他殺にしろ、目の前で倒れたんですから何らかの処分はありますよねぇ・・・。」
「減給程度で済めばいいが・・・。」
「下手すりゃこのヤマ追ってる綾瀬班全員で連帯責任ってこともあるかもな。特に沼渕と芦田を殺したのが田丸で奴の死が自殺だった場合はな。」
「少なくとも竹田くんと蜂須賀くんは減給3ヶ月くらいは覚悟しておいた方がいいよ。」
「「はい・・・。」」
現役の警察官の目の前で誰かが亡くなるというのは、自殺にせよ他殺にせよ犯罪を食い止めることが出来なかったということになる。特に被疑者の自殺の場合は重大である。こうして竹田正人巡査部長と蜂須賀佳貴警部補の減給3ヶ月以上の処分が決定したのであった。
「お父さんいる?」
一旦警視庁に戻って事件を整理していると綾瀬の娘・美樹が訪ねてきた。
「おう、美樹か。どうした?」
「編集長から『親父さんから事件のこと聞いてこい』と言われまして・・・。」
「またか・・・。いくら娘を回されても話せることには限度があると言っただろう。」
「私だって編集長にそう言いました!だけどあの人聞かなくて・・・。」
美樹は新聞社に勤めている。そのため警視庁管内で起きた事件・事故の記事を書くために綾瀬に話を聞きに来るのだが…。編集長は美樹が父親である綾瀬に取材すればなんでも教えてもらえると思っているらしいが、実際は身内であっても話せないことの方が多い。うかつに話してしまっては処分の対象になってしまう。
「ったく、今教えられるのは連続殺人の犠牲者がまた一人増えちまったってことだけだ。俺はこれから3人目の被害者が最後に会いに行っていた奴の所へ行ってくる。お前も編集部に戻って、編集長にいい加減にしろと言っておけ。」
「じゃあ私はこれで戻るけど、事件だからって気を張ってないで適度に身体休めてよね。せめて孫が生まれるまでは生きていてほしいし。」
「孫って、予定でもあるのか!?」
「ありません。なに慌ててるの?それじゃ、気を付けてねお父さん。」
「あぁ。」
美樹は編集部に戻り、綾瀬は竹田と蜂須賀を連れて桑折剣道場に向かった。
―桑折剣道場―
綾瀬たちは桑折剣道場の師範である桑折喜朗と、彼の弟子の飯野一輝から話を聞いていた。
「それで?警察の方が私に話というのはどういうことでしょう?私もいろいろと忙しいのでね、手短に頼みますよ。」
「では単刀直入にいきます。今朝こちらを訪ねていた田丸元希さんが亡くなられたんです。司法解剖の結果、事件性が高いことが分かりまして、亡くなる直前の様子を聞かせていただきたいと思いお邪魔したんです。」
「なるほどそうでしたか。田丸くんは先日の剣道家連続殺人のことでうちの弟子にも気を付けるようにと鎖帷子を持ってきてくれたんです。沼渕くんも芦田くんも実力はまだまだなのに殺されてしまった。うちの一輝も似たようなものですから心配してくれたのでしょう。鎖帷子を着ていれば多少の攻撃は防げますから。まさか、田丸くんもその連続殺人犯に?」
「我々はそう踏んでいます。」
「そこでなんですが、これは関係者全員に聞くことが決まりなので気を悪くしないでほしいのですが、おとといの深夜11時から1時の間どこで何をしていたか教えてください。」
「寝てましたよ。ここの上の自宅で。」
「では昨日の朝4時から5時の間は?」
「一輝と一緒に日課のランニングをしてました。」
「ええ。確かに先生と一緒にランニングしいてましたが、先生このところお腹の調子が良くなくて途中でお帰りになったんです。」
「飯野さんはおとといの夜は?」
「僕も寝てましたが、先生とは部屋は別々なので。」
「我々にはアリバイがないということになりますかな?」
「アリバイがないからといってすぐに犯人にはなりませんよ。ただ、念のためこの道場を調べさせていただいてもよろしいですか?」
「田丸くんがどこでテトロドトキシンを飲まされたのかを特定するため、ですか?」
「ええ。尤も令状はありませんから拒否することもできますが。」
桑折剣道場を出た3人はとりあえず芦田が殺された公園にきていた。遺体があった周辺はまだ規制線が張られているが公園自体の規制は取れているので、事件があったことを気にしていないカップルがイチャイチャしていたが、3人に気づくとどこかへ行ってしまった。
「田丸の自宅から遺書や毒物は見つからなかったそうです。」
「だろうな。」
「剣道場からは何か出るでしょうか?」
「何も出ないだろうな。毒やら血の付いた服やらがあったとしても今日はあの辺ゴミの日だったから今頃燃えちまってるよ。それより。」
「なんです?」
「俺たちは桑折の前で一度も田丸が毒を盛られたなんて言ってないよな?」
「ええ。」
「なのにあいつは剣道場を調べさせてほしいと言ったとき『テトロドトキシンを飲まされた』と言った。」
「我々が訪ねたときはまだニュースでも言ってませんでしたし、報道規制を布いたので毒の名前を知っているのは我々捜査官と梨沙子さん、あとは真犯人だけです。」
「ああ、そうだ。」
「正人、お前ボイスレコーダーで録音してたよな?」
「そうだった!・・・ばっちり録れてます!!」
「おまけにこの公園はランニングコースからも道場からも目と鼻の先だ。」
「桑折か飯野の単独か、それとも2人の共謀か。」
「いずれにしろ証拠がないと逮捕しても起訴できないからな。」
綾瀬たちは着々と事件の核心に迫ったかに見えた。だが、このあとまた新たに起こる事件によって謎が深まることになるのだった。
翌日ー。
都内の山奥の沼に浮かぶ男性の遺体が発見された。驚くべきはその身元だった。野田剣道場の師範、野田清吾郎その人だったのだ。そして例の剣道家連続殺人事件の1つとして綾瀬班にまわってきた。
「くそっ、またか。」
「被害者は野田清吾郎さん。死因は溺死。体内から多量の睡眠薬の成分が検出されたそうです。」
「睡眠薬で眠らせて抵抗力を奪ったうえで沼に落としたんですかね。」
「死亡推定時刻は昨日の昼頃、12時から13時の間って・・・。」
「俺たちが桑折剣道場にいたのは11時半までだよな?」
「はい。道場から遺体のあった沼まではどんなに急いでも2時間は掛かります。」
「自分たちが出るのと同時に家を出ても1時には間に合いませんよ!!」
「どういうことだ!!俺たちがヤツのアリバイ証人だっていうのか!?」
連続殺人の場合、1件でもアリバイが成立するとその人物は容疑者ではなくなる。皮肉にも桑折喜朗のアリバイを証明するのが自分たちだということを突き付けられたところに梨沙子が来た。
「綾瀬くん、いる?」
「どうした梨沙子?」
「遺体のことなんだけど、水死体の特徴として腐敗ガスが溜まって元の姿も分からなくなるくらいブクブクに膨れ上がるんだよ。勿論、水の中にいる時間にもよるんだけど、野田さんは昨日の昼から沼の中にいる割にはガスが溜まっていないんだ。」
「それ本当か!?」
「うん。」
「肺に溜まった水の成分は?」
「それはあの沼の水で間違いないよ。」
「それじゃあ犯人は野田さんを連れて沼まで行き、溺死させた後しばらくしてから沼に浮かべたってことですか?」
「一体何故?」
梨沙子からの報告を受けた綾瀬はしばらく考え込んだのち、勢いよく立ち上がった。
「よし、蜂須賀、竹田、昨日1日の桑折喜朗の行動を洗うぞ!!」
「「はい!!」」
「くれぐれもケガしないでね!!」
慌ただしく出て行った3人を見送った梨沙子は、綾瀬たちが飲んでいたお茶やコーヒーのカップを片付けようとして、手元が狂いカップを倒した。幸い中身は空だったが慌てた梨沙子は何故か落ちていた雑巾を踏み、滑って転んだ。そのはずみでデスクが揺れ、デスクに乗っていた書類がぶちまけられた。
「不運・・・。」
「弟子の飯野さんよると、昨日の桑折の行動はこうです。我々が道場を出たあと人と会う約束があるからと人払いをしたそうです。飯野さんはこのとき近所のカフェで戸越剣道場の弟子の宗像研人さんと剣の話をしていたそうで、宗像さんからアリバイの確認はとれてます。30分ほどで戻るとどこへ行ったか、桑折は不在だったそうです。」
綾瀬班の3人は手分けして昨日の桑折の行動を洗い、真夜中の捜査会議をひらいていた。
「会う約束をしていた人間について、飯野さんは知らないのか?」
「知らないそうです。」
「その会う約束をしていた人物が野田さんなら、死亡推定時刻に一緒にいたことになりますね。」
「ああ、そういえば、事件には関係ないかもしれませんが前日、つまり一昨日の夜レンタカーを借りてどこかへ行っていたようです。飯野さんにはドライブに行くと言っていたようですが。」
「何ぃ!?そういうことはもっと早く言わんかバカタレェ!!レンタカーを使ったんならどこへ行ったか記録が残っているはずだ!!さっさと調べてこい!!」
「は、はい!!」
「でも先輩、今夜中…」
「そんなことはどうでもいい!!早く行け!!」
「はいぃぃ!!」
蜂須賀の言葉には耳も貸さない綾瀬に任務を言い渡された竹田に、蜂須賀は心の中で合掌したのだった。
(哀れ正人。)
朝になり竹田が戻ってくると捜査会議が再開された。レンタカー会社の記録によると、桑折は野田の遺体が発見された沼までを2回往復していたという。また、レンタル時に対応した職員によると桑折は空の1リットルのペットボトルを所持していたという。
「桶を使えば1リットルでも充分人は殺せますよ。」
「成る程!!1回目の往復で沼の水を持ち、帰り2回目の往復で遺体を棄てたのか。」
「しかも睡眠薬で相手の自由を奪っているので、水を張った桶に顔を浸けておくだけで殺せます。だから運転中でも可能です。」
これで野田殺しの桑折のアリバイはなくなった。
「でも先輩、沼渕殺しの凶器はまだ見つかってませんよ。」
「その謎もおおよその検討はついている。ヒントは塩と水だ。これらが遺体や衣服の傷口周辺から検出されている。」
「成る程、そういうことか。」
「えっ?佳貴も分かったの?」
「よし、証拠も出たしヤツのところへ乗り込むぞ!!」
「はい!!」
「あ、はい…!!」
綾瀬と蜂須賀、竹田の3人はさっそく桑折剣道場に向かったが、桑折本人はおらず飯野一輝一人だけだった。
「飯野さん、桑折さんはどこに行かれたんです?」
「先生なら戸越先生のところだと思われますが。」
「戸越剣道場だな?分かった。」
3人が戸越剣道場に向かったころ、その戸越剣道場では師範の戸越冬獅郎が瞑想をしていた。そこにゆっくりと近づく影がひとつ。その手にはロープのようなものが握られていた。
一方、綾瀬たちは戸越剣道場に向かう道すがらで渋滞に巻き込まれていた。
「あーくそ、なんでこんなところで渋滞なんかしているんだ!!」
「どうやらこの先で人身事故があったみたいです!」
「サイレン鳴らします?」
「ああ。でも戸越剣道場の手前で止めろよ。気づかれて逃げられたら厄介だからな。」
「はーい。」
事故の処理をしていた交通課の人間に事情を話し、なんとか渋滞を抜け出した。
「やっと着きましたね。」
「ああ。」
「戸越先生!?」
「なんだ今の声は!?」
「行ってみましょう!!」
突然聞こえた大きな声に驚きつつも剣道場内に入っていく。
「戸越先生しっかり!!」
「宗像さん!?」
「どうした?何があった?」
「朝ごはんの支度が出来たので戸越先生を呼びに来たのですが・・・。」
「何者かに首を絞められそうになったのです、ゴホッ。」
「そいつはどっちに行った?」
「そこの廊下を右に。」
「よし。竹田、お前はここに残れ。行くぞ蜂須賀!!」
「「はい!!」」
逃げた何者かにはすぐに追いついた。どうやら一度行き止まりに行きついてしまい、引き返してきたらしい。
「おい、待て!!」
「待てっつってんだろ!!」
「うわっ!!」
蜂須賀が投げつけた枝が足に絡まり何者かはこけた。そこに綾瀬が馬乗りになる。顔を隠していたマスクとサングラスを外すとその正体は桑折喜朗だった。
「やっぱりお前か桑折、殺人未遂の現行犯で逮捕する!!」
「戸越を殺そうとした凶器を、私が持っているというのか?」
「あんたの持ってたこの6本の髪紐、これを編んで使ったんだろう?ここにわずかだが血が付着している。なんなら戸越さんの血液と照合してみるか?」
「ちっ。」
桑折は、戸越の介抱のために残っていた竹田が呼んだ応援の警官に連行されていった。
「これで一件落着だな。」
「戸越さん、救急車で運ばれたそうですが特に問題はないそうで、検査が終わればすぐ退院できるそうです。」
「そうか。そりゃあよかった。」
剣道家連続殺人事件は犯人である桑折喜朗が逮捕されたことによって無事に解決した。桑折は現在取り調べを受け、その裏付け作業が行われている。
「あ、綾瀬先輩!」
「おう、竹田か。」
「桑折の奴、アリバイ工作も認めましたし犯行についても認めているのですが、沼渕殺しの消えた凶器については何も語らなくて・・・。」
「なんだお前、まだ分かってなかったのか?理科の授業で習っただろう?雪に塩をかけたら固くなるって。それと同じで塩を使って固くした氷を研いでナイフ状の凶器を作ったんだ。犯行後は近くを流れていた川にでも捨てたんだろう。あとは自然と氷が解けて跡形もなくなるってわけさ。」
「なるほど、沼渕の衣服の傷口周辺に付いていた水と塩は殺害時に沼渕の体温で若干溶けだしたものだったんですね!」
「ああ綾瀬先輩、ここにいましたか。」
「あ、佳貴。」
「娘さんがいらしてますよ。」
「またか、ったく!!」
娘の美樹の来訪を聞いて、待っているであろうオフィスへと小走りで向かっていく綾瀬。
「綾瀬先輩ってば、口では嫌そうにしてるけど顔がすごい緩んでる(笑)」
「そりゃあそうだろう。奥さんに逃げられてから男手一つで育ててきたかわいい一人娘なんだから。」
「そんな美樹ちゃんが結婚するなんて言ったら大変なことになるだろうな。」
「なんだお前、美樹ちゃんに気があるのか?」
「なっ!?ち、違うって!!」
「綾瀬先輩~、正人が美樹ちゃんに気があるみたいでーす!!」
「言ってないだろー!!」
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