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第一話 出会い
しおりを挟む小さな街だった。
日が暮れて、夜のとばりが落ちた街も大通りならば賑やかで、あちこちの酒場から人々の笑い声が響いてくるだろう。
しかし人気のない、さびれた路地ともなればこんな時間に足を運ぶのは危ない。
そこに彼が足を運んだのは微弱ながら感じたその気配故だったのだが。
「………びっくりしたなあ」
そう、黒い神父の装束に身を包んだ彼は意外そうにつぶやく。
彼の目の前に倒れているのは、二十代くらいの若い青年だ。
銀色の髪、褐色の肌に精悍な顔立ちの、大柄な恵まれた体躯の男。
だがその男から感じるのは人の気配ではない。
だからこそ彼はこの場にやってきたのだが。
「…行き倒れてる悪魔なんて、はじめて見た」
神父のつぶやきこそがすべての答えだ。
微弱に感じられた悪魔の気配を辿ってきてみれば、なぜかそこには行き倒れた悪魔の姿。
これは珍しいものを見たなあ、と思った神父はどうするか数秒悩んだあと、仕方なくその悪魔を連れ帰ることにした。
レンドーサは吸血鬼だ。
しかし吸血鬼としては大きな欠陥を持っていた。
知り合いの吸血鬼には「吸血鬼に向かないんじゃないか」とまで言われた。
レンドーサだって好き好んでこんな体質を持って生まれたわけではない。
よもや人間のように体質云々で悩む悪魔がいるなぞ、間抜けもいいところである。
その日もその厄介な体質故に道の途中で行き倒れ、ああ、今度こそ退治されるかもしれないなどと覚悟しながら意識を喪失したわけなのだが。
「……………ん?」
不意に甘い匂いが鼻についた。
レンドーサは目を閉じたまま、ごろんと寝返りを打って違和感に気づく。
自分の身体を包むのはやわらかな毛布の感触だ。
はて、自分は道で行き倒れたはずだ。ベッドで眠った覚えはない。
そこまで考えてがばっと飛び起きた。
「………どこだ。
ここ」
まったく見知らぬ部屋のベッドの上に自分はいた。
豪華ではないが、まあまあ普通の寝室だ。
ベッドがひとつと、本棚とクローゼットにテーブルが置かれたシンプルな寝室はやはり見覚えがない。
「あれ、起きたんですか?」
不意に扉が開いて、まったく知らぬ男が姿を見せた。
扉をくぐってきた男は身長は180㎝近くあるだろうか。
レンドーサよりは低く細い体躯は、それでも充分立派で鍛えられていると服の上からでもわかる。
やたらと見目の整った男だった。
くせのある髪は烏の濡れ羽根のような艶やかな色で、その顔はうつくしく整えられている。
そのせいかいまいち年齢がよくわからない。
成人しているのは確かだが、具体的に何歳なのだろう。
そう思ってしまうくらいには年齢不詳というか、それだけ端整な顔立ちをしていた。
ただ問題は男が身につけていたのが神父の装束だったことだ。
足下まで隠れる漆黒の祭服は、神父がまとう装束だ。
ということはおそらくここは教会ではないか?
「少し元気になったみたいでよかったです。
びっくりしましたよ。
行き倒れてる悪魔なんて、はじめて見ましたから」
耳障りの良い低い声だが、内容はまったく穏やかに聞けるものではなかった。
「…なんで助けた?」
レンドーサは剣呑な目つきで男を睨んで問う。
神父ということは、悪魔祓いを生業としているはず。
その神父がなぜ悪魔である自分を助けたのか。
行き倒れている悪魔など、さっさとその場で殺してしまえばいいものを。
「ああ、なんとなく」
「なんとなくぅ?」
「いや、行き倒れた悪魔なんてはじめて見たもので、面白くてつい」
神父は本気なんだか冗談なんだかよくわからない口調で告げる。
レンドーサは思わず頓狂な声を漏らしてしまった。
なんだこの神父。
仮にも悪魔を前にして平然としすぎているというか、落ち着きすぎているというか、なにを考えているかわからない雰囲気がある。
面白くてつい、なんて理由で悪魔を助けるか普通。
「あんた神父だろ。
悪魔を退治しないでいいのかよ」
「あー、でも、きみ吸血鬼でしょう?
牙見ればわかりますし。
それが行き倒れるほど飢えて貧血起こして、ってことはしばらく人の血なんて吸ってないんだろうし、ならいいかなあって」
なにがいいのだろうか。
確かにレンドーサはしばらく人の血など飲んでいないが、それがなぜ安心材料になるのか。
「ああ、意味わからないですよね」
「わかんねーな」
「じゃあ軽く説明しますよ。
私がきみを退治しなかったのはきみがそれだけ飢えていたことと、この近辺で吸血鬼に襲われて死んだ人の話を聞いたことがないからです」
「はあ?」
神父は自分の前髪をいじりながら、軽く腕を組んで微笑んだ。
その笑みもずいぶん色気のある、艶やかなものだ。
レンドーサとそう身長の変わらない男とは思えないほどに。
「私には流儀があるんです。
流儀というかモットーというか」
「モットー?」
「普通、人間が獣を狩る場合、食料にするためか、あるいは人間に危害を加えたからですよね。
オオカミなどの野生動物が山などの自分たちのテリトリーで生きている分には手出ししないが、彼らが人間の住処に降りてきて人間を害するようになれば話はべつ。
自分たちの身を守るためにその獣を駆除するでしょう。
私が悪魔を祓うのも同じです。
人に危害を加え、殺す悪魔なら退治しますけど、それ以外は対象外です」
神父の説明は極めて簡潔でシンプルだった。
要するにレンドーサはこの近辺で事件を起こしていない。だから特に退治する気もない、ということだ。
「…あんた、変わってるって言われねえ?」
「まあ、よく言われますね」
「だろーな。
普通の人間ならそんなの関係なく、悪魔ってだけで退治しようとするもんだぜ」
少なくともレンドーサが会ったことのある多くの神父なんてそんなものだったし、普通の人間は悪魔というだけで恐れて忌み嫌った。
「さて、私はきみの質問に答えましたよ。
きみはなぜ、行き倒れるほど飢えていたんです?」
「………………」
「人を殺したくない、とかいう理由ですか?」
「……………ちげえ。
いや、べつにわざわざ人殺ししようとも思わねえけど、そうじゃなくて」
レンドーサはつい顔を背け、歯切れ悪くもごもごと言い訳じみた言葉を並べる。
「…そうじゃなくて?」
これ、答えなきゃいけないのか?いやべつに答える必要はないんじゃ?
しかし今の餓え渇いた自分が、神父の相手をするのはいささか分が悪い。
ならば素直に答えたほうがいいのではないか、とも思うが言うのはやはり恥ずかしいというか情けない。
「……………………んだよ」
「はい?」
「だっから!
オレは超偏食なんだよ!」
「…………………はい?」
羞恥からつい逆ギレのように叫んでしまったが、神父はすぐ理解出来なかったようで目を丸くし、間抜けな声を漏らした。
「だから超偏食で、普通の人間の血はほぼほぼ口に合わねーの!
すげえまずいんだよ!
だから出来るなら飲みたくなくて、ぎりぎりになって仕方なく飲むっつか、でもだいたい口に合わねーしまずいしで吐きそうになるし、で、…その、飢えて貧血よく起こしたり、な…」
レンドーサの言葉は語尾に行くにつれて尻すぼみになった。
だって恥ずかしすぎるだろう。超偏食でよく貧血起こす吸血鬼とか。情けなすぎる。
絶対笑われる。だって同族のやつはもれなく腹を抱えて大爆笑したり馬鹿にして来たし。
しかし神父は黙ったままで、不安になっておそるおそる視線を向けると彼は目を丸くしていた。
「…おい?」
「…あ、いえ、すみません。
あまりに意外だったので。
超偏食って、元々の生まれ持った体質ということですか?」
「……たぶん」
「アレルギーとかじゃないんですよね?
いや、吸血鬼にアレルギーってないかな…?
とにかく生まれつきだいたいの人の血が口に合わない、と…。
そんな吸血鬼いるんだなあ…」
神父は笑ったりせず、ただただ感心したようにレンドーサを見ている。
てっきり笑うか馬鹿にされると思っていたから、正直すごく意外だった。
「まあでも、人間だって好き嫌いありますものね。
吸血鬼にもあっておかしくないですか…」
「…そんだけ?」
「…?
はい。
生き物なら大なり小なり好き嫌いはあるものでは?」
「………………あんた、ほんと変わってんな」
それだけか。それだけなのか。
なんか拍子抜けしたような、ほっとしたような。
いやそもそも普通の神父は悪魔を助けたりしないけど。
「それで、どうします?」
「は?」
「このあとですよ。
行きたい場所があるなら引き留めはしませんけど、きみの状態じゃまたすぐ行き倒れそうだなって思って」
「…………なんかそれ、ここにいろって言ってるように聞こえる」
「はい、そう言ってます」
「…あんた馬鹿か?」
心底レンドーサはあきれてしまった。
やたら綺麗な笑顔でなんてことを言う神父だ。
「ここ教会じゃねーの?
教会に悪魔を置く神父がいるかよ?」
「だから私は普通の神父じゃないですし。
基本、私一人で暮らしているので文句言うひといませんしね」
「だからなんで」
「面白そうだから」
「はあ?」
「いや、暇なんですよね。
神父って。
一緒に暮らす相手もいないから退屈で。
話し相手がいればマシかなって」
あっけらかんと答えた神父に、レンドーサも開いた口がふさがらなかった。
退屈だからって悪魔を居候させようとする神父がいていいのか。
「だって超偏食ならきみが誰かを襲う心配はしなくていいですし、それに私も興味あるので。
吸血鬼にも体質があるとか、そういうの。
調べてみたいから」
それじゃダメですか? と神父は首をかしげて言う。
「…オレの、メリットは?」
「衣食住、の食はべつとして、住む場所は提供出来ますよ」
だってきみまた行き倒れてべつの人間に発見されたら本気で退治されますよ、と言われれば反論も出来ない。
確かにそうだ。
ただの興味だった。
あまりに変わった人間だったし、吸血鬼である自分の寿命は長い。
ちょっとの暇つぶしくらいならいいか、と思ったのだ。
「…あんた、名前は?」
「フィン・レンドフルールです。
きみは?」
「…レンドーサ」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
にこりと微笑んだ神父───フィンの笑顔は今までに会ったどんな女より綺麗に見えて、また興味を惹かれたのだろう。
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