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ツンデレ道士様の懇願
しおりを挟む私の名前は阿部まり亜という。
ごく平凡な高校生だったが、ある日突然異世界に召喚され、国を救う神子となれと命じられた身である。
この国は長く、悪しき邪龍によって脅かされてきたと。
その邪龍を滅ぼすため、召喚されたのがまり亜であり、国中から集められた随一の能力を持つ仲間たちであった。
そして約一年に及ぶ旅を終え、ついにその邪龍を滅ぼしたまり亜たちは皇帝の住む帝都に帰還した。
皇帝は出立する際、邪龍を滅ぼしたならなんでも願いを叶えようと言っていた。
まり亜が願うのはただ一つ、「元の世界に帰して欲しい」である。
ああ、やっと元の世界に帰れる。両親や姉に会える、と期待に胸を膨らませていたまり亜は、皇帝への謁見の日の前日の夜、突然自分の部屋を訪ねてきた旅の仲間にこう言われた。
「君を、帰したくないんです」
帝都の中心にある皇居の一室は、まさに贅を尽くしたしつらえだ。
なにしろ国を救った神子の泊まる部屋である。
万が一にも粗末なものは見せられないと女官たちも皇帝も張り切ったのであろう。
その部屋の長椅子に腰掛け、まり亜は困っていた。
正面の、卓を挟んで座るのは旅の仲間で、彼はなにやら恥じらった様子だ。
「…それで、あのう、柳嵐さん。
聞き間違いだったら申し訳ないので確認致しますね?
先ほど、」
「君に、元の世界に帰って欲しくないと言いました」
「デスヨネ」
まり亜はつい棒読みになってしまった。
やっぱり聞き間違いではなかった。
しかし、なぜ? そうまり亜は考える。
この相手、柳嵐は旅の仲間の一人で道術を扱う道士だ。
いつも頭から全身を覆う黒い布を被っているせいで目立たないが、美しい緩くうねった金糸の長い髪に碧い瞳、モデルでもこんな美形はいやしないぞという天女もかくやという美貌、優男風に見えるが武術もこなすその衣服に隠された鍛えられた身体。
つまり非の打ち所がない美青年ということだ。
その柳嵐とは、旅の道中なにかあったかと言われると、まり亜の記憶ではなかったように思う。
むしろまり亜に対し、素っ気なかった気さえするのだ。
水や炎などを生み出す見事な道術を操り、魔物を屠る様は頼もしいの一言。
そのためついつい「凄い! 格好良い!」とテンションを上げてしまっていたのは魔法少女好きの血が騒いだのである。許して欲しい。
柳嵐はそれに対し、すぐに「なんだこの無作法な娘は」と言いたげに視線を逸らして背を向けてしまっていた。
だから好かれているというのはあり得ない。ならば、帰したくないというのは、嫌悪の発露か?
しかし嫌悪の発露で帰したくないという理由がどうにも浮かばない。
まり亜が神子でなければ行くところのない身の上を利用し、下働きにするとかいう方法もあったかもしれないが、生憎まり亜は国を救った神子である。
そんな扱いは皇帝も民も許さない。
つまりまり亜のことが嫌いなら、さっさと元の世界に帰してしまうのが無難ということだ。
やっぱり考えてもわからない。
「あの、柳嵐さん」
「なんでしょう」
「私に、元の世界に帰って欲しくない理由って」
その言葉に柳嵐はハッと息を呑んで、それから頬を朱に染め上げた。
あれれ? なんかおかしい。これではまるで、
「わからないんですか?」
「生憎、さっぱりわかりません」
すみません。元の世界で誰かと付き合ったこともない娘ですので。
見た目は平凡。薄いピンク色の髪は肩までの長さ、榛の瞳は明るく、笑えば愛嬌があるとは言われて来たが、そこまでである。
美人だとか、そんなことは言われた経験がない。
「…そうですね。君はそういうことに全く興味のない女性でした」
「どういう意味です?」
「言葉のままです」
柳嵐は深くため息を吐いた。
なんか失礼な反応ではあるが、実際わからないんだから仕方ない。
ちなみに私の柳嵐への口調は年上の相手として敬語を使っているだけだが、柳嵐は元々誰に対しても敬語の人だ。
「じゃあ、はっきり言わないと伝わりませんか?」
「伝わりませんね。現在進行形で伝わってないです」
「そうですか…」
おい、またため息吐くなや。仕方ないだろうわからないんだから。
そう思っていたら柳嵐は深呼吸をして、そっとまり亜の手を取って真剣な面持ちでこう告げた。
「君が好きです。だから、ここに残って欲しい」
…………………………………………。
「えっ」
思わず思考停止した後に間抜けな声が漏れました。
だって予想外過ぎたんだもの。
「そんな声を出すほど、僕が君を好きなのはおかしいですか?」
「だ、だって柳嵐さん。ずっと私に素っ気なかったし…」
「あれは、君を見つめていると平常心を保てなかったからです。
皇帝陛下からの勅命。まして国を救うという使命。
その最中に、色恋に現を抜かしている場合ではありませんから」
そう言いながらも柳嵐は頬を赤らめ、恥ずかしそうに頭に被った布を引っ張って顔を隠そうとする。
それに本気を悟って、まり亜は動揺した。
え? 柳嵐さんが私を好き? そんなの想像もしなかったが?
いやどうしろって言うのか。そんなこと言われても私は元の世界に、家族の元に帰りたいし。
「…無理を言っているのはわかっています。
君はずっと元の世界に帰りたがっていましたし、ご家族に会いたいと泣いていたこともありました。
その願いがやっと叶うかもしれないときに、僕はその願いに水を差している」
「…それは、その」
「それでも僕は、君と離れたくないんです」
一心に、一途に見つめられてはっきりと「無理です」と言える女がいたら見てみたい。
だってこの顔ですよ。絶世の美貌ですよ。
まして優しい人なのは旅でわかっているし、人格的にも問題のない人をどうやって突っぱねたらいいのか。
生憎ここで冷酷になるには、まり亜は旅の道中で柳嵐との絆を結びすぎていた。
「ちなみに、なぜ私を好きになったか聞いても…?」
「…おそらく、君には言ってもわからないと思いますよ」
「なにそれ」
思わず素のツッコミが口から出てしまった。どういう意味だ。
「ああ、いえ、悪い意味ではないんです。
ただ君にとっては当たり前のことだっただろうから、今更そのことで好きになりましたと言ってもわからないと思って」
「ああ、そういう…」
改めて説明されて納得はした。したが、やっぱりわからない。
当たり前にやっていたこと? なんだろう?
「すみません。あまり女性の部屋に長居するものではありませんね」
「あ、いや」
「でも」
椅子から立ち上がった柳嵐が不意にこちらを見て、そっとまり亜の頬に触れる。
「僕は本気です。
いっそ、君をこのまま抱いて奪ってしまいたくなるほどに、…君を愛しています」
そう真摯な瞳で告げて、柳嵐は少し困ったように笑うと手を離した。
まり亜の混乱を見て取ったからだろう。
「どうしたら、天女の羽衣を奪えるのでしょうね」
そう零して身を引いた柳嵐はそのまま扉に向かう。
「あ、あの、柳嵐さん…!」
思わずそのまま見送れずに、立ち上がって手を伸ばしたまり亜の指先をそっとすくい取ると、柳嵐はその爪先に優しく口づけを落とした。
「どうか、この夜のことを、僕のことを忘れないでくださいね」
そう寂しげに微笑んで、今度こそ布を翻すと柳嵐は部屋を辞した。
室内に残されたまり亜は手を伸ばしかけた体勢のまま固まっていたが、徐々に頬に集まってきた熱に指を当て、悔しげに眉を寄せた。
「そんな! こと言われて忘れられますかっての!
この! 柳嵐の馬鹿!」
顔を真っ赤に染めて地団駄を踏んだまり亜は、悔しさをにじませた顔のまま呟く。
「覚えてろよ。柳嵐…!」
私にこんな思いをさせた報いは受けさせる。
だってこちとら彼氏いない歴年齢分の女。あんな熱烈に口説かれてなにも感じないなんて無理。
なら、少しくらい私の動揺を思い知れ、と思うのだ。
そして翌日、皇居の謁見の間にて。
玉座に座した皇帝と、皇后。その姿を離れた場所に傅いて見上げた神子とその一行を見下ろし、皇帝は朗々と口にする。
「長きに渡る旅、ご苦労であった。
邪龍を滅ぼしたそなたたちの働きによって我が国は救われた。
従って、それに見合った褒美をそなたたちに授けよう。
なんでも申してみよ」
皇帝の言葉に神子とその一行は黙り込む。
誰から言い出したらいいのか迷っているのだ。
「ふむ、そう言われては言い出しにくいか。
では、拳術士・神露」
「は」
「そなたから申してみよ」
「えー、僕は故郷の塾が栄えればそれでいいので、可能であればあのような塾をこの国の各地に設立していただけないかと」
「なるほど。承知した」
指名されて答えたのは傅いた体勢では地面につくほど長い真紅の髪を持った美青年だ。
次いで皇帝が指名したのは、人形師・宝生。
肩までの長さの黒髪の青年だ。
「私は、美しい人形を一体作っていただければと。
浄瑠璃で出来た、美しい人形を」
「承知した。
では、道士・柳嵐。
そなたの願いを申してみよ」
「…僕は」
皇帝に名を呼ばれ、柳嵐は一瞬まり亜を見た。
頬を染め、布を被りながら、うわずった声で、
「家が、欲しく思います」
「家?」
「はい。これから安全に暮らしていける家を、一つ」
それにまり亜は「おや、意外に堅実な願いだ」と思った。
「神子と結婚させて欲しい」とか言い出したらどうしようと思っていた。
「揃いも揃って欲のないことだ。
では、神子・まり亜」
「は、はい」
「そなたの願いを申してみよ」
『元の世界に帰してください』
そう言うだけでいい。そうすれば願いは叶う。
元の世界に帰れる。家族に会える。なのに、
柳嵐の昨日のあの言葉が、まなざしの熱が、頬に触れた手の感触が、後ろ髪を引っ張って痛い。
ここで非情に「帰りたい」と言える人間だったらよかったのだろう。
「ええと、そのお願い、保留にしちゃ駄目ですかね?」
気づいたらそう言っていた。
皇帝が目を丸くする。ほかの仲間たちもだ。
柳嵐は目を見開いて、まり亜を見つめていた。
「その、すぐに浮かばないので、ひとまず保留、で………………駄目ですか?」
「…全く、そなたたちはそろって欲がない」
ややあって皇帝は困ったように笑ってみせた。
「良かろう。そなたの願いは保留とする。
叶えたい願いが定まった時は、申せ」
「はい、ありがとうございます」
まり亜は深々と頭を下げながら、横目で柳嵐を見た。
驚きに染まった碧い瞳と視線がかち合う。
口パクで文句を言ってやった。
『あなたのせいですからね、この馬鹿』
その唇の動きを読み取ったのか、柳嵐は頬を真っ赤に染めて、それから恥ずかしそうに布を被ってうつむいた。
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