【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第六章 DEAR

第二話 夏の遊園地

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「吾妻!」
 約束の日。
 吾妻の部屋の扉が開いて、中に元気よく入ってきたのは白倉だった。
 吾妻はびっくりする。
 白倉とは確かに一緒に暮らしている。
 しかし、毎日の着替えは別々の部屋で。そう決めたのは吾妻だ。
 吾妻の理性が保たないからだ。
 白倉が明らかな寝間着で吾妻が着替える寝室に飛び込んできたので、吾妻は上半身裸で固まった。
 ぶっちゃけ、下半身も下着しか身につけてない。情けない格好だ。
「白倉…?」
「吾妻に見立ててもらおうと思って」
 とてもかわいらしく笑って、白倉は二着の服を吾妻に向けた。
 どちらもデザイン的には申し分ないが、片方は大人っぽく、片方は可愛らしい。
「どっちがいい?」
 にこにこ邪気なく訊いてくる白倉には悪いが、服を着たい。
「…白倉」
「ん?」
 白倉の肩をぽん、と掴み、その瞳を見下ろす。
「僕、着替えるから、ちょっと待って?」
「うん、待ってる」
 白倉があっさり頷いたのでホッとしたが、すぐにハッとした。
 白倉は「そこで」待つ気だ。全く部屋から出ていかない。
「いや、白倉、部屋から」
「えー? 見てたら駄目?」
 白倉は小首を傾げて拗ねた口調で訴える。
「吾妻は俺の身体、隅々まで見たじゃん」
「え、いやそうだけど」
「俺も吾妻の全部見たい!」
 熱烈に告白されることも、普段ならうれしい。
 しかし、下着一枚ではやはり格好が付かない。
「しらくら」
「なあ、吾妻…」
 白倉は持参した服を置くと、憂い顔で近づいた。
 吾妻は思わずバックしてしまう。寝台に足があたり、もうさがれないと悟る。
 白倉は構わず前進して、吾妻の身体にしなだれかかった。
 やばい。やばい。朝だから余計。
 勃ったらすぐばれるじゃないか。
「俺、魅力ない?」
 しかし、愛しい白倉が不安げに尋ねれば、自分の情けなさなど棚の上。
 吾妻は肩を掴んで、首を左右に振った。
「とんでもない!
 白倉は世界一魅力的だよ!」
「…ほんと?」
「本当に!」
 吾妻は大きく頷くが、白倉はまだ不安そうだ。
「だって、吾妻、一緒にお風呂入ってくれなかった…」
「う」
「俺の裸、もう見飽きたんだ…」
 悲しそうに視線を逸らした白倉の身体を、思わず抱きしめる。
 白倉がびっくりした。
「違うよ! 魅力的すぎるから、一緒に入れなかったんだよ!」
「…吾妻?」
 自分の裸の胸に当たる、柔らかい髪の感触。
 堪らなく愛おしい反面、下半身が刺激される。我慢だ。
「白倉の身体、見たら、…そんな、することしたくなってしまう」
「……あ」
 白倉も理解したのか、ボッと赤くなる。
「…だけど、僕にはまだ刺激が強い」
「…」
 白倉の肩を離すと、白倉は俯いて、少し離れる。
 離れてくれてホッとしたはずなのに、胸が痛んだ。
 不意に白倉が顔を上げる。
 耳まで赤い。
「じゃあ、吾妻…俺って、女より美人?」
 上目遣いにそんなこと訊いてきた。
「へっ!?」
 吾妻は声が裏返る。
「今まで吾妻が出会った、誰よりも、美人?」
「……」
「魅力、ある?」
 瞳を潤ませ、頬を赤くして、白倉は問う。
 寝間着のボタンを外して、胸元をはだけさせて。
「白倉っ!?」
「俺、吾妻にとって、一番魅力ある?」
 吾妻はすごく慌てるが、もう下がれない。
 ベッドに座ってしまうと、白倉が吾妻の膝の上に乗り上げた。
「教えて?
 俺以外、もう余所見出来ないって。俺じゃないと満足出来ないって」
「……」
 自分こそ訊きたい。
 俺が初恋なら、その誘惑テクの色っぽさはなんだ。
 どこから学んできた。
 赤面でフリーズした吾妻を下から見上げて、白倉はふわりと可愛らしく微笑んだ。
 なのに、魔性が潜んでいるように見える。
 そのまま、下から重ねられたキスに、吾妻は衝動的にその肩を抱きしめ、深く貪った。



 じっ、と鏡の中の自分を見て、悩む。
 そんなことを何回繰り返しているのか。
 朝、起きてきて気づいた流河は、笑って、鏡の前に立つ岩永の背中をひっぱたいた。
「うわっ」
 案の定、気づいていなかったらしくびっくりして、自分を振り返った。
「なぁに?
 服装チェック?」
「……」
 流河が尋ねると、岩永は顔をうっすら染めて、視線を逸らした。
「うん。いいんじゃない?
 夏らしくて良い良い」
「…さよか」
 シンプルな柄のシャツとジーンズ。
 岩永らしい服装だし、そのいかにも穏やかで真面目そうな顔立ちに派手な格好は浮くから、このくらいシンプルな方がいい。
 いや、派手な格好もそれはそれで似合うだろうが、明らかに年齢詐称の上、堅気に見えなくなるし。

(似合うだろうけど、そんな格好したら芸能人かモデルと勘違いされるよねー。
 岩永クンにしろ、白倉クンにしろ…。
 吾妻クンなんか絶対やばい!)

 流河はそう思う。
「平気だって」
 まだ不安そうな岩永の肩を抱いて、耳元で囁く。
「いくら村崎クンでも、いきなり脱がしやしないから」
「脱が…はぁっ!!?」
 岩永は一瞬、理解が及ばなかったらしく聞き返しかけ、理解後真っ赤になって声を跳ね上げた。
「村崎クンだから、それはないって」
「……」
 ナイナイ、と手を振る流河を睨んで、岩永は赤くなった頬を押さえた。
「まあ、万一あったとしたら」
「あってたまるか」
 流河の言葉を否定したのは、いつの間にか部屋に入ってきていた村崎だ。
 憮然とした顔で、流河の背後に立っている。
「おはよ。
 んー、いい朝だねっ。俺、てるてる坊主をつくってあげてたんだよ。
 そう、君たちのタメ。なんせ俺はラッキー流河だから――――…」
 笑顔を浮かべて語りだした流河を無視して、硬直している岩永の手を掴むと、村崎は部屋の扉に向かう。
 ぱたん、と閉まった扉の音を聞いてから、流河は振り返って、ふふ、と笑った。
「ラッキー流河だから、尽力は惜しまない、んだよね?」
 最後の言葉は問いかけだ。
 流河の影が伸びて、一人の男が室内に現れる。
「尽力ゆうか、お節介、やな」
 御園優衣だ。服装は、どこかにお出かけするような、ちゃんとした物。
 部屋着ではない。
「では、六人が出かけたのを見計らってレッツゴー。
 なんかわくわくしない?」
「そうか?
 俺は、もし決定的シーンを拝んだらと思うと楽しいわ」
「わくわくしてんじゃん」
 優衣に突っ込んだあと、流河はふと腕を組んで、真顔になる。
「でもよかったのかな?
 九生クンたちにも言ったのにね?」
「あいつら、思ったより普通やったなあ。
 てっきり尾行したがると思ったのに」
 優衣はなんとなく流河を真似て腕を組み、昨日の時波を思いだした。

『すまん。先約があるんだ』

 と、真顔で答えていた。
 白倉と吾妻のデートより優先な先約。一体なんだろう。
 時波だから、嘘ではないのだろうが。



 NOAからバスで十数分。
 NOAに負けず劣らずの巨大な敷地にあるのは、当たり前ながら遊園地。
 しかし、外からは中が見えない。
 敷地を覆うのは巨大な壁だ。
 入場口は高い門で、そこに券売機などがあり、受付の係員がいるところは遊園地だが。
 優衣いわく、「超能力使用モードと、普通に遊ぶモードが選べるから」と言っていた。
「つまり、超能力使用モードと普通モードやと、外観もちゃうってことかな?」
「かも」
 NOAの学生は全員無料だ。
 学生証が「一日優待券」になるらしい。
 入場口をくぐると、普通の遊園地の風景が並ぶ。
 観覧車にジェットコースター。大きな城や、いろいろなお店。
「どういうこと?」
 吾妻の問いに、岩永はぽん、と手を打つ。
「吾妻、ほら、トリプルツリーの構造しらんから」
 夕がああ、と納得する。
「トリプルツリー?」
「トリプルツリーはハイテクと超能力技術の結晶やから。
 バトルフィールドは、鬼ごっこの時、“校舎”やったけど。
 あれ、“墓場”とか“洋館”とか“遊園地”とか選べるんよ?」
「…え?」
 吾妻は意味が理解できずに、混乱する。
「ようあるやろ?
 仮想現実みたいなゲーム。
 プログラムを、そのまま実体化する技術やな。
 トリプルツリーはそれを超能力技術とかで可能にして、フィールド内の状態を様々に変えられるわけ」
「鬼ごっこの時は、設定が“校舎”だったから教室とか廊下とか中庭があったんだよ?」
 真顔で説明する岩永と夕に、吾妻はおぼろげに理解する。
「……つまり、あの廊下や壁や中庭も、全部、プログラムってこと?」
「イエスザッツライト」
 岩永が頷くと、吾妻は軽く眩暈を起こしたらしく、傍の白倉に抱きついた。
 白倉はよしよしと背中を撫でてやる。
「やから、このZIONも、そういうことやないんかなって」
「アトラクションの建物や、施設内は空まで。
 全部プログラムが管理しとるんちゃう?
 まるごと戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉みたいな」
「…あー」
 だから、モードによって、アトラクションの建物の外観が違う、ということか。
「……ってことは、これも、普通モードならちゃうってこと?」
 通りかかったアトラクションの建物を見上げて、岩永が足を止めた。
 流石に驚いた様子で、指さす。
 吾妻や白倉も足を止めて、茫然と見上げた。
「……ん? ちょっと待って?
 さっきまで空晴れとらんかった?」
 吾妻がハッとして周囲の空を見渡す。
 さっきまで雲一つない晴天だったはずなのに、空は黒く濁った暗雲だ。
 遥か向こうまで、日差しの見えない重い雲。
 しかも、空をカラスやコウモリが飛んでいる。響く鳴き声は不吉だ。
「…ちょっと待って…」
 夕が明里や吾妻たちを制し、追って来ないよう言ってから、一歩一歩そのアトラクションから遠ざかる。
「あ」
「なに?」
「ここまで来るとめっちゃいい天気」
 夕は、五十メートル離れた位置で止まり、空を見渡した。
 白倉や岩永、吾妻や明里も半信半疑で、そこまで離れてみる。
「うあ、マジや」
 夕のいる位置まで離れて、空を見ると雲一つなく晴れた青。
 カラスやコウモリは一匹も見えない。
 また、アトラクションに近寄っていくと、徐々に徐々に雲ってきて、アトラクションの傍は真っ暗だ。
「…凝っとんな」
 明里はそうコメントした。それ以上なんと言えと。
「で、これはなんのアトラクション…?」
 夕がアトラクションの看板を覗き込んだ。
 看板の説明も、変わるのだろうか。モードで。と思う。
 アトラクションの建物の外観といえば、あちこち壊れたりさび付いたり、血のシミがついたりしているおどろおどろしい要塞。
「……なんか、ゾンビ出そうな…」
 岩永が見上げて呟いた。
 いかにもゾンビのガンシューティングゲームとかのフィールドになる秘密基地とか、生体研究所とか、要塞。そんな感じだ。
「…えーっと、超能力を使って襲ってくるモンスターを倒し、奥を目指しましょう。
 倒した数だけポイントとして加算されます。
 制限時間内にボスを倒した方には豪華賞品を――――」
「ほんまにゾンビゲームか」
 夕が読み上げた看板の説明に、白倉がつっこむ。
「確かに、これは一般人やと全く遊べませんね」
「モード分けするわけや」
「入るんか?」
 村崎の問いに、顔を見合わせる。
「俺らは入ろっかなーって」
 夕と明里が答える。
「俺も」
「じゃ、俺も」
 吾妻と白倉も以下同文だ。
「嵐って、お化け屋敷嫌いやったよな?」
「あーでも、反撃してええんやろ? なら平気やわ」
 村崎の問いに岩永はあっさり返答。
 こうなれば決まったようなものだ。
 アトラクションの建物の扉を押し開く。
 壊れて使われていないホテルのフロントのような受付で、説明を受け、奥に進むと、フィールド内に進む入り口があった。
 扉が六つある。
 一つの扉には、通路の広さから、一度に三人まで、と制限があった。
「ほな、二人ずつに分かれようか。
 三組に分かれられるし」
「えっ」
 夕の提案に、異を唱えるような声を挙げたのは、岩永一人。
 その後、なんとも言えない空気が流れた。
「嵐…。お前、そんな嫌がってやるな…」
「え、いや…」
 白倉がため息混じりにつっこむ。
 岩永も察したらしく、気まずそうだ。
「まあ、とにかく出口で会おう。
 あるいはどっかで出くわすだろ」
「おう」
 白倉は吾妻の手を引っ張って、扉の一つに手をかける。
 夕はそこから二つ離れた扉を選んだ。
 残された岩永と村崎は、なんとなく顔を見合わせてしまう。
「……、」
 岩永は視線を逸らして、俯いてから、もごもごとなにか言う。
「…ん?」
「いや、…やない、ねんで?
 村崎と二人なんが…」
 よく見ると耳まで赤い。
 そんなことはわかっているが、言葉で訊くと、暖かくて嬉しいものだ。
 村崎は微笑んで、岩永の頭を撫でる。
 それだけで彼は緊張する。
「ああ、わかっとる」
「……は、ずかしいだけで」
「ああ」
「…ヤ、やないで」
 村崎ははっきりと頷いた。
 嬉しいと、心底思う。
「…」
 岩永が、おずおずと視線をあげて、自分を見上げた。
「…なに、笑とんの?」
 恥じらって尋ねるから、愛おしい気持ちのままに、
「幸せやなあ、と思っとっただけやで?」
 と答えたら、岩永は首まで真っ赤にして、壁まで逃げた。
「やから一気に進めんな!」
「……今の、“進めた”ことになるんか……?」
 村崎は本気で疑問になってしまった。
 これが“進めた”ことになってしまうなら、なにも出来ないぞ?と。




 人気のない通路。
 鉄の壁や床には、いたるところに血の染みがある。
 奥の方から、断末魔が聞こえてきたりして、雰囲気はばっちりだ。
「吾妻?」
 白倉がふと視線を向けると、吾妻は頬を赤く染めていた。
「なに?」
「…や、」
 吾妻は視線を下に傾けて、自分の左手を見た。それを掴む、白倉の細く白い手。
「…白倉が、ずっと握ってるから」
 嬉しそうな吾妻の言葉に、白倉は頬を赤く染めて、手を離す。
「あ」
 吾妻はあからさまに残念がった。
「…嫌だった?」
 白倉は視線を前に向けて、拗ねた口調で問う。
 吾妻は白倉に向き直ると、白倉の肩を掴んで、自分の方を向かせた。
 顔を逸らす白倉の頬を手で包んで、額をくっつけた。
「…まさか。すごくドキドキして、うれしかったよ?」
 至近距離の白倉の顔が、かあっと染まる。
「だから、また繋いで?」
「……」
「白倉が嫌でも、僕は繋ぐ」
 キス出来そうな距離で、微笑んで言い切る吾妻を、白倉は必死に見つめる。
「な?」
 笑って、顔を離した吾妻に、白倉は思わずしゅん、と沈んだ。
「白倉?」
 なんで悲しそうな顔をする?
 自分はなにか失言をした?と不安になる吾妻の顔を見上げて、白倉は言う。
「そこまで顔、近づけたんなら、どさくさ紛れにキスしてけ…」
 拗ねた口調で、詰るように言う言葉の、かわいらしさといったら。
 吾妻は悶絶して、叫びたいくらいだった。
 かわいい。なんだこのかわいい生き物。
 毎回そう思ってる気がする。
 ああ、でも今朝は、すっごい色っぽかった。
「白倉」
 改めて名前を呼んで、顔を近づける。白倉の頬を、また手で包んだ。
 白倉は耳まで赤くして、吾妻を見つめて、待っている。
 そっと、優しく重ねた口付け。
 白倉の手が吾妻の首に回って、すがりつく。薄く口を開いた。
 舌を差し込んで、腰を抱く。
 数秒のキスが終わったあと、解放された唇を拭う吾妻の指を見ながら、白倉は荒い呼吸で、
「吾妻のキスってなんかやらしい」
 と言った。
「…まあ、それは」
 いろいろ言えない過去があるし、と吾妻は後ろめたい。
「…でも」
 白倉は不意に口の端を挙げた。
 可愛らしく微笑む。
「なんか甘い」
「…!」
 とびきりの笑顔で、そんな一言。
 胸がきゅんと鳴って、吾妻の顔まで赤くなる。
 やらしいのは、白倉もだなんて、言ったら怒られる。でも、そう思った。
「吾妻、」
「はい」
 名前を呼ばれて、吾妻は思わず背筋を伸ばした。
「あんな、むっちゃ大好き」
 ふんわりお花のように笑って、白倉は言う。
 すぐに歩きだして、吾妻の前を通り過ぎた。
 吾妻は慌てて追いかける。
 だって、あんな可愛い顔で、あんな愛らしい一言。
 自分だって、そんなの。
 白倉の手首を掴んで、緊張して足を止めた白倉を見下ろして、そっと柔らかい髪を撫でる。
「僕も、白倉のこと、めちゃくちゃ愛してるよ」
 白倉は吾妻を振り向かない。
 足を止めたまま、前方を見ている。
 その耳は赤い。
 かわいいと思う。
 不意に、吾妻の方を向いて、不敵に笑った。
「そんなん、当たり前。
 お前は、俺のもん」
 不敵な微笑みを浮かべる顔が朱に染まっているから、堪らなく可愛くて。
「あの日から、俺のもん」
 手を伸ばして抱きしめる。
「白倉も?」
 嬉しくて問うと、腕の中で頷く小さな頭。
「俺も、あの日から吾妻のもん」
「…うれしい」
 自分の胸に全てを預けた身体。白いうなじが見える。
 頼りない肩が、愛しい。
「白倉――――」
 もう一度キスしたくて名前を呼んだ吾妻は、忘れていた。
 ここが、アトラクションの中だということを。
 うなり声をあげながら、通路の向こうから姿を見せたゾンビ二体に、吾妻の表情が変わったのを、白倉は見た。
「わ」
 抱き上げられ、肩に掴まる。
 吾妻は白倉を抱えたまま、片手で炎を操って放った。
 断末魔が響き、炎が消えたあとには死体すらない。
「人の恋路を邪魔するとは、いけないね……」
 吾妻が呟く。
 その声が、とてつもなく低く、憎々しい響きだったので、白倉はちょっとぞっとした。
 肩から降ろしてくれ、と言えなくて、どうしようと思った。



「みんな、今どのへんやろ…」
 通路を抜けると、巨大な橋があった。
 鉄で出来た、無骨な長い橋。
 そこを通りながら、岩永がふと言った。
「さあなあ。
 まあアトラクションやから、危険はないにしても」
 村崎はふと、橋の下を見遣る。
 遥か下までなにもない空間が伸びている。下が見えない。
 少しぞっとする風景だ。
「なんか、下から巨大モンスターとか来そうやない?」
「ああ」
 確かに、円形の空間。その真ん中を通る橋。
 と来れば、下か上から空飛ぶモンスターが来てもおかしくはない。
「吸収の力は使えへんからなぁ…」
 岩永が残念そうに呟く。
 対超能力者戦でなければ、吸収の力は出番がない。
「大丈夫や。お前強いしな」
「…」
 フォローすると、岩永は微かに顔を赤くして、村崎を見る。
 ぽつりと、ありがと、と言った。視線を逸らして。
 村崎は思わず頭を撫でてしまう。
「なん…?」
「いや、かわええから」
 つい思う様を言ったら、岩永は後退って逃げる。
「やから、急に」
「今のは、セーフやと思うぞ…」
 口で褒める分には、セーフだと思う。
 そうでなければ、なにも出来ないではないか。
「俺的には結構アウト…」
 呟いて、岩永は向こう側の通路を目指して歩みを再開する。
 村崎は、アウトってことは、「急に進めた」ということではなく、岩永の心臓が持たないだけでは?と思った。
 なら、なんてかわいいんだろう。
 あまり恥ずかしがりでも、困るが、かわいい。
「あ」
「ん?」
 村崎がふと前を見て、漏らした声に、岩永は振り返って首を傾げた。
 前方からしたおどろおどろしい悲鳴に、ハッとして前を向く。
 そこには、天井からぶらさがっている白衣を着た女性の、死体。
 岩永の間近で、口を大きく開く。
「っ―――――!!!」
 声にならない悲鳴を上げた岩永を抱き込んで、村崎は手を振るう。
 現れた砂が、女を覆った。砂が消えれば、なにもない。
 今のは、岩永にはきつい。
 岩永は和製ホラーが嫌いだ。今のは、どっちかといったら和製ホラー系統だった。
 ばらばらの髪。白目を剥いた顔。天井からぶらさがっていることといい。
 腕の中で震えている岩永の肩を、きつく抱きしめた。
「大丈夫や」
「…あんなん、おったらあかんやん…」
 進めへん、と泣きそうな声が訴える。
 村崎は頭を何度も撫でてやる。
「ほな、儂の後ろにおったらええ」
「……」
「儂がおるから、大丈夫や」
 村崎の優しい声に、岩永の身体が弛緩していく。
 ホッと、息を吐いたのを訊いて、村崎も安堵した。
 頬を撫でて、また髪を撫でる。
 一度緊張を解いたはずの岩永の身体に変な力が入っているのは、恐怖のためじゃない。
 見ると、首筋が赤い。
 愛しくて、額に唇を押しつけると、岩永に思い切り突き飛ばされそうになった。
 村崎の方が力が強いので、ぎゅっと抱きしめて阻む。
「やからっ…やから急に進めたあかんっ!」
「これくらいは許容してくれ」
「あかんっ!」
 逃げようとする岩永の身体を抱きしめて、村崎は耳元で、
「吹っ飛んだやろ? 恐怖」
 と囁く。
「や、けど」
「第一、離れてええんか?
 また出るかもしれんぞ?」
「っ!」
 少々狡い気もしたが、そうでもしないと岩永は逃げるだろう。
 岩永は身体を跳ねさせて、村崎にしがみついてきた。
「卑怯者」
「ただ可能性を言うただけや」
 しれっと言い切ると、岩永はなにか言いたげに黙り込む。
 しかし、流石にキスしたら、本気で逃げるだろうから、しない。
 本当はしたい。すごく。
 ああ、いつしたら、怒られないだろうか。



「結構来たなー」
 一方、夕と明里は三組の中では一番奥まで進んできていた。
「ですね」
 夕の言葉に頷く明里は、少しつまらなそうだ。
 明里の様子に気づいて、夕は振り返る。
「おもしろくない?」
「ちゅうか…」
 夕の邪気のない顔を真っ直ぐに見つめて、明里は真顔で、
「悲鳴あげたり逃げ回ったりする夕さんの姿が見れると期待しとったんで」
 と答えた。
「お前は俺をどんな目で見てるんだよ」
「大体こんな目で」
 夕の質問に、明里はやる気のなさそうな瞳で彼を見つめた。
「嘘吐くな。
 大体、」
 夕はそう言って、頬を赤く染めると明里を潤んだ瞳で見た。
 さながら、好きな片思い相手を見つめる乙女のように。
「――――って、目で見とるやん」
「だっれがや!」
 一瞬で普通の瞳に戻って、笑って言った夕の頭を明里は素早く叩いた。
 夕が呻く。
「いつ、俺がそない気味悪い目をしたんすか!」
「気味悪いかなあ…かわいいと思うんだけど」
「いやその目ぇした夕さんはかわいかったですけど、俺がそんな目ぇするわけがないし」
 そんな目をした記憶はない、と言い張る明里に、夕は内心「結構いつもしてる気がする」と思う。
「じゃあ、今度からキスするときにしてやろうか?」
 夕は真顔で言って、両手を組んできゃるんと形容するしかない潤んだ眼差しを作って明里を見る。
 明里はぶっ、と吹き出して、床にしゃがみ込んだ。
 声にならない程笑っている。
 ひくひく震える身体に、夕は「勝った」とガッツポーズ。
「て、そういう勝負じゃないんだってこれ。
 そもそもお前がかわいいって話なの。
 いつも顔赤くしてこんな目して見て来るから俺いっつも我慢が効かないわけ。
 だからお前ももうちょい自覚を――――おい」
 あさっての方向を見て熱く語った夕は、途中でいつもなら予定調和のように入る明里のツッコミがないと気づいて明里を振り返り、つっこんだ。
 明里は未だに床にしゃがみ込んで笑っていた。
「人の話をきちんと聴け!」
「こ、こない爆笑させたんだれすか…!!!?」
「俺だけど!
 わかった。わかったもうあんな顔はしないから人の話を聴け!」
「…ちょ、あと五分…!」
「寝起きか!」
 まだまだ復活しそうにない明里を見下ろし、夕は自分の行いを軽く後悔する。
 それから、ふと通路の向こうに視線を移して、気づいた。
「あれ…」
 奥から、なにか赤い閃光が漏れてきている。
「…なんすか?」
 やっと笑いの波が引いた明里が、立ち上がって浮かんだ涙を拭いながら尋ねた。
「奥が…」
「赤いっすね…」
 夕が指さすままに奥を見て、夕と顔を見合わせて通路の奥に進む。
 通路を抜けると、空まで空洞が伸びる広い空間。
 天井はなく、空が見えるが、それも本物ではないだろう。
 真っ黒の空に、浮かぶ赤い月。
 壁の上の方に、大きな繭がくっついている。
 時折、ドクン、と光って脈打つ。
 それ以上奥に進む扉はない。
「もしかして、ボス?」
「多分」
 この空間と、雰囲気はボスだ。
「よっしゃ! じゃあさっさと倒して――――――――」
 夕がテンションを跳ね上げて叫んだ瞬間、空間が暗くなった。
 響くのは「GAME OVER」という人工音声。
「あ、…制限時間、過ぎた…?」
 明里が今頃気づいたように呟く。
 夕はついていけない顔で固まった。
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