【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第六章 DEAR

第六話 ワンダフル・エース

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 東エリアの電気が一度に落ちた。
 丁度東エリアにいた夕たちは、驚いて、周囲を見回す。
 外灯はおろか、あらゆる店の照明、アトラクションの全てが機能していない。
 わかるのは、ZIONならではのアトラクションの外観。
 最初に入ったアトラクションのように、リアルな建物の形と近づけば変化する風景。
 それらが全て、ただの鉄の建物になっている。
 これは異常だ。
「故障?」
「ZIONに限ってか?」
 夕の言葉に、優衣が納得がいかないと言う。
 NOAと同じセキュリティとシステムの高さを誇るZIONだ。
 まず、故障などありえない。
 特にここは東エリア。超能力を使ったアトラクションが多い。
 エリア全体の故障が起これば、一体何人の客を命の危機にさらすことになるか。
 空は大分暗くなってきた。
 赤い夕陽が建物に隠された地平線に沈むところだ。
「…他のエリアは無事な様子だが…」
 時波が視線を動かし、他のエリアを遠目に見て判断する。
 時波はあのあと、優衣や夕たちに見つかり、なぜここにいるのか尋ねられた。
 時波は適当に誤魔化すというマネができなかったため、ずっと黙っていた。
「おーい!」
 向こうから、一人の男が駆け寄ってきた。
 時波と一緒にいた、見知らぬ男。
「原因不明の停電らしいんだが」
「原因不明?」
 時波に問い返され、藍澤は小声で、
「詳しいことをまだ話せないって感じだ。
 …多分だが、愉快犯かなんかの仕業じゃないか?」
 と言った。
 夕や明里、優衣や流河が顔を険しくする。
「ZIONのセキュリティとシステムは鉄壁だから、内部犯あたりだな」
「…そうだな。他に思いつかない」
 顔を見合わせて頷きあった時波と藍澤に、夕たちが慌てる。
「どうする気?」
「決まってる。そいつらを捕まえるんだよ」
 藍澤は面識のほとんどない夕に、笑って言い切った。
「お前らも超能力使えるんだろ?
 協力しろ」
「俺は管理塔に行ってみる。
 藍澤、この近辺のアトラクションを見てきてくれ」
「了解」
 手早く分担を決めて、時波は駆け出した。
 藍澤も走り出す。
「迷ってる暇じゃないね。協力しよう。
 あとで問いつめればいいでしょ」
 流河がみんなを見渡して言う。
 迷ったが、結局は全員頷いた。
 流河は藍澤を追って地面を蹴る。
 藍澤は白倉と吾妻、村崎と岩永が入ったアトラクションの前に来ていた。
 心配だった。
 逃げられることを、予想はしていたのに、ショックだったのもある。
「ねえ」
 背後から声がして、驚いて振り返る。
 立っていたのは、先刻出会ったばかりの明るい髪色の男。
「手伝うよ。なにしたらいいかな?」
「あ、ああ。
 とりあえず、中に入ってみよう。
 システムが稼働していないなら、力で無理矢理開けられるはずだ」
「なら、俺の力が都合いいよ。まかせて」
 流河は不敵に微笑んで、腕をまくる。
 ただの白い鉄の建物にしか見えないアトラクション施設は、さっきまでは大きな木の森と古びた洋館の姿だった。
「どんな力なんだ?」
「見てて」
 藍澤の問いに、流河は笑う。
 手を取ってのない扉に当てて、物質の変換を命じる。
 空気に変わった扉が消える。
「どうやったんだ?」
 目を見張って驚いた藍澤に、「物質変換って力なの」と簡潔に答える。
「こんな具合で扉を退かしていけるから、ついてきて。
 君の力は?」
「放出系だ」
「じゃあ、愉快犯が見つかるまでは手を出さないでね」
 中に入って、ただ広いだけの鉄の壁に覆われた空間を抜ける。
 長い通路が現れる。
 ところどころを塞ぐ鉄の壁を、変換して消し、駆け抜ける。
「そういえば、君って藍澤涼太クン?」
「時波に聞いたのか?」
 暗闇で目を凝らし、注意深く周囲を見渡しながら、藍澤は尋ねる。
 流河が鞄から二つ、サングラスを取りだして、指で触れてから片方を手渡してくれた。
 意味がわからないながら、彼の力の便利さを目の当たりにしていた藍澤は素直にかける。
「わ」と感嘆の声が漏れた。
 赤外線スコープのように、視界がクリアに見える。
「すごいな」
「でしょ」
 同じようにサングラスをかけて、流河は眼前に現れた扉をまた消す。
「あとね、俺が聞いたのは、時波クンじゃないよ。
 今日より以前に一通り知ってた。
 君が制御できなかった力が、吾妻クンの右目を怪我させたってこと」
 藍澤が息を呑む。弾かれたように流河を振り返った。
「そして、君が未だ危険な状態の暴走キャリアだってこと、くらいかな?」
 藍澤の方を見て、流河は微笑む。
「お前、一体…」
「ただのNOAの情報通だよ。ラッキー流河こと流河理人」
 明るい口調で誤魔化すような言葉を吐くが、誤魔化したわけではないと藍澤はなぜかわかった。



「…村崎?」
 明かりが完全に落ちた通路。
 さっきから、村崎は自分を抱きしめたまま、動かない。
「村崎。…なんか、故障っぽいし」
 言外に離して欲しいと言うが、村崎の腕の力は増すばかりだ。
「すまん。もうすこし…。
 まだ、離せん」
 耳元で聞こえる、苦しそうな低い声。
 胸が切なく、じんわりとうずく。
「…儂が全部悪かった」
「もうええ」
「すまん」
 もうええ、と何度も呟いた。
 村崎は、ただ自分をきつく抱く。
 村崎の言葉をずっと、覚えていた。
 そう呼んでいた、と聞いただけの呼び名。
 実際、呼んでいる人は今もいる。
 でも、あの日から、資格がないんだと思い知って、決して言えなくて。
 本当は呼びたかった。
 だから、村崎が自分を受け入れてくれた時、本当は少し期待したんだ。
 今なら、呼びたいと言ったら呼ばせてくれるかもしれない。
 優しく微笑んで、構わないと言ってくれるかもしれない。
 でも、自分の言った言葉を気にも留めていないような、村崎の言葉に、胸になにかがつっかえた。
 自分が呼びたいと言ってもいないのに、あの日のことをもう一度話してもいないのに。
 呼んで欲しいなんて言われて、言ってはいけないとわかっていたのに、苦しくなった。
 心の中、村崎を問いつめる自分の声がする。
 なんでそんなこと言えるんだ。覚えてないのか。なんで自分が呼べなかったと思ってる。
 言いたくない。嫌われたくない。やっと手に入った村崎の傍。
 失いたくないのに、胸の中で一杯になって、とうとう飛び出した。
「…まだ、手放したない」
 村崎の声がする。
「もう、手放せへん。
 お前を、もう二度と、手放せへんのや」
「…村崎?」
 悲しそうな声。
 喉から絞り出したような、響き。
「…お前にこれからも、同じような思いさせて、そのたび泣かせてしもても、もう今更離せへん。
 …なんでも言うてええ。儂にぶつけてかまへんから。
 …傍におってほしい」
 我が儘だと思った。
 傍にいられるだけで贅沢なんだから。
 だから、村崎を責めたりしたらいけない。
 そうしたら、嫌われてしまうと、思っていた。
「…嫌わないでくれなんて、言わんでくれ。
 …傍におって欲しいのは、儂の方や。
 …嫌われたないと、必死なのはこっちや」
 心臓に直接響くような、苦しみを伴った言葉。
 泣きそうになった。
「言っても、ええん?」
 すがるように口にした。
「ああ」
 村崎は頷いてくれる。
「鬱陶しいこと言い出すかもしれんで?」
「ああ」
 手を動かして、村崎の背中に回す。
「…俺、ほんまはめっちゃめんどくさいもん」
「ああ。そんなん、とっくに知っとる」
 少し、村崎が笑った気配がした。優しく。
「そんなお前が、好きなんや」
 ダメだ、泣く、と思ったけど、堪えずに泣いた。
 村崎の肩に顔を埋めて、声を殺して。
 村崎が気づいて、背中を優しく撫でる。
 嗚咽が漏れた。
 我が儘を言って、泣きたくなったら言って、間違っていると思ったらそう言っても、村崎は傍にいて欲しいと言ってくれる。
 村崎の、あの日の言葉の、本当の意味をやっと知った。
 こんな情けない部分も、みっともない姿も、女々しいぐちゃぐちゃした気持ちも、それら全部ひっくるめた今の自分で、いいんだと、言ってくれたんだ。
 全部うまくやれなくてもいい。
 自分の傍にいてくれるなら。
 村崎がそう言っている気がした。
 そして、全く同じことを、自分も村崎に願ってる。
 胸に沸く幸福を噛みしめて、ゆっくりと呼吸をした。

 岩永の嗚咽が収まった頃、がたん、と近くの通路から音がした。
 村崎はただごとではないと察したらしく、岩永の身体を解放して、背後に庇う。
「…故障、ならスタッフやが」
「なんか、ちゃう感じやな…」
 喉が変な風に張っていて喋りにくい。鼻をすすって、岩永は声を出来るだけ聞き取りやすいように発した。
 通路を走ってきたのは、見知らぬ男だ。
「あ、あんたたち…」
 暗闇ではよく見えないが、茶髪のあの男だ。
 時波と一緒にいるところを、先刻見た。
「あんた、確か時波と…」
「藍澤だ。とりあえず、一緒に来てくれ。
 愉快犯の仕業確定って感じでな、追いかけてる」
「なんやて?」
 藍澤はそのまま背中を向けて駆け出す。
 岩永と村崎は顔を見合わせ、追いかけた。
「愉快犯って…」
「なんか、リストラになるから、仕返しみたいな…。
 そういう話をさっきスタッフに会って聞いたぞ」
 藍澤の言葉に、岩永と村崎は呆れた。
「超能力を使えたらNOAの生徒らしいな。この街は。
 そう思われて、あっさり協力求められたぞ」
「あんたは違うん?」
「ああ」
 足が速い。夕ほどではないが、ついていくのが大変だ。
 それはおそらく男がこの闇でも迷いなく走るからだ。
「あんた、」
「おっと」
 藍澤が足を止める。
 広い空間に出た。
 高い天井。螺旋状に伸びた階段の上の方に誰かがいる。
「スタッフ、じゃないな」
 懐中電灯なども持たずになにかしているなら、スタッフじゃない。
 こちらに気づいた相手が、身動きした。
 こちらに放たれたのは、超能力。
 光が矢となって、自分たちを狙ってくる。
 三人は散って避けたが、追尾機能があるのか、追ってくる。
「しゃあない」
 岩永が足を止める。
 藍澤が「危ない!」と叫んだ。
 身体を大きく動かして、村崎や藍澤に向かう矢もカバーするほど大きな円を指で描く。
 その円の中に光の矢は全て吸い込まれた。
「…な、今の…」
「吸収の力や。まあ相手の攻撃は俺に任せろ」
 驚いた藍澤に、岩永は笑った。
「なるほど、本当になんでもあるなあ…」
 驚嘆したまま、藍澤が言う。
 階段の手すりに手をつき、飛び降りた男が、向こうの通路に逃げようと走る。
「逃がすかよ」
 藍澤が不敵に口角をあげる。
 右手の人差し指を男の背中に向けて、銃弾を撃つように引き上げる。
 指先から放たれたのは、蒼い閃光。
 違う。蒼い業火だ。
 青く燃えた矢が男を追い、背中の傍までたどり着くと、八つに分散して、男を取り囲んだ。
 悲鳴を上げる男を閉じこめ、鳥籠のように格子の線を描く。
 そして、巨大な鳥籠の形のまま、炎は消えた。
「…マジか」
 岩永は驚愕した。
 炎は消えたのではない。
 鳥籠を形取る鉄に変わって、男を今も閉じこめている。
「あんたの力の方が、希有やな。
 どないなっとんねん」
「どっちもどっちだろ。吸収なんて見たことない」
 藍澤はしれっと答える。
「…いーや、そっちの方が希少やな」
 岩永は意地でも譲らない。
 姿や、性質を変えられる、変幻自在の蒼い炎。
 こんな力、見たことがない。
 流河の物質変換の上を行く。
「…あんた、一体」
 藍澤は、苦笑した。
 その言葉、さっき言われたよ、と呟く。
「藍澤涼太。
 ただの普通の高校三年生だ」




 長い通路を抜けると、コンピューターが周囲を壁面まで覆う部屋に出た。
「多分、ここがこのアトラクションのコントロールルームやけど…」
 全く人がいないというのはおかしい。
 ここのスタッフが一人は必ずいるはずだ。
 吾妻は扉のタグをよく見て、納得した。
「ここはサブルームだよ」
「って、万一のときのために、システムを制御する予備の部屋?」
「多分」
 だから、人がいないのだ。
 軽くいくつかの機械を見て回って、誰かが動かした痕跡を見つける。
「多分こっちからシステムをいじったんじゃない?
 誰かが」
「…詳しいことがわからんな。
 とにかく、こっから一旦出るか」
「ああ」
 頷き合って、自分たちが来たのとは逆の扉を目指す。
 その時、機械の影でなにかが動いた。
 暗闇に馴れてきたし、吾妻にはテレパスの力がある。
 すぐに人がいるとわかった。
「誰!?」
 鋭い声をかけると、影が素早く動いて、出口に向かった。
 その反応で、それが「システムに介入した」誰かだと察する。
 炎を放つ構えを取った吾妻の腕に、白倉が飛びついて制止した。
「白倉っ!?」
「アホッ!
 まだメインシステムと繋がっとるかもしれない機械がたくさんあるんだぞ!?
 一個でも壊したらどうする!?」
「あっ」
 サブコンピューターなら、普通はメインシステムと繋がっていない。
 回路が遮断されていれば、多少なら大丈夫だろうが、万一まだ繋がっていたら、一つでも壊れればこの館内にいる人間全てがなんらかの被害を受けるのだ。
 失念していた吾妻は、一言漏らして手を握りしめた。発動を収める。
 その隙に、不審者は反対の出口から逃げていった。
「ごめん。白倉、ありがとう」
「うん。別にいいよ。
 じゃあ追おう」
 白倉に向けて微笑むと、見えたらしく白倉が笑い返した。
 吾妻にはそれが見えた。
 白倉が腕から手を離したのを見て、吾妻は白倉の手を握る。
 白倉がびっくりした。
 そのまま繋いで、走り出す。
「こうしてこ。不安なの」
 全く怯えていない、無敵な者の口調で吾妻は言う。
 つまり一緒にいたいだけだ、と教えられた気がして、白倉は頷いた。
 サブルームを出ると、またひたすら長い廊下が続く。
 少し向こうに明るく光る四角い扉が見えた。
 おそらく外に続く扉だ。本来の受付があった場所だろう。
 そこに出る寸前、吾妻が足を急に止めた。
 白倉は顔を吾妻の背中にぶつけて小さく呻く。
「あ…」
 何事だと問う前に、別の通路からその扉に走っていった男の姿に察した。
 吾妻は理解ったのだろう。
 藍澤がこちらに向かってきたことを。
 藍澤は一瞬、こちらを見た。
 立ち尽くす吾妻を振り返って、すぐに正面に視線を戻す。
 そのまま外に向かった。
 白倉には見えた。
 藍澤がほんの刹那、悲しそうな瞳をしたのが。
「白倉!」
 藍澤と同じ通路から続いて顔を出したのは、岩永と村崎だった。
「嵐!」
 白倉は名前を呼んで、駆け寄る。
 吾妻も我に返って、後を追った。
「無事やったんか。よかった。
 ちゅうか、ここにおったんやな…」
 知らなかったという岩永に、白倉は自分も知らなかったと言う。
「今のヤツは、」
「なんか途中で会うたんやけど、ごっつい超能力使うヤツやったで?
 それでNOAの生徒でもないらしい」
 白倉が尋ねた言葉を遮って、岩永は言う。
「…なんか、」
 時波の知りあいらしい、と言おうとして、白倉は口をつぐんだ。
 吾妻の前で言っていいのだろうか。
 吾妻は藍澤に会いたいと、手を引っ張って欲しいと言った。
 だが、さっきのように、顕著に怯える姿を見ると、いけないと頭ではわかるのに白倉まで竦む。
「…とりあえず、追うよ」
「ああ」
 生まれた沈黙を断ち切って、吾妻がそう言ったことに驚いた。
 岩永はなにも知らない。だから普通に頷いた。
 白倉は、今度は自分から吾妻の手を握る。
 浅黒い、骨張った手。
 吾妻が微かに驚く。

“大丈夫?”

 心の中で問いかけた。
 案じた調子も伝わったのか、吾妻が安堵に口を緩ませた。

“うん。白倉が、こうしてくれれば”

 心の中に返ってくる、優しい言葉。
 甘えたことを言う吾妻を、かわいいとすら思う。

“大丈夫だからな”

 ひたすらに甘やかしたくて、そう伝えた。



 脱出ゲームのアトラクションから逃げ出して来た男は、地面を蹴って宙を舞った。
 飛行能力を持っていたのだろう。
 そのまま一気に仲間が待つZIONの裏口まで行くつもりだったが、正面に突如現れた少年に、目を瞑った。
 金髪の、高校生くらいの男は同じように空を飛び、にっこり微笑んで振り上げた手を、男の頭に振り落とした。
 ただの拳の一撃ではない。風の超能力をまとった攻撃に、男は地面まで吹っ飛ばされた。
「おとなしゅうした方が身のためっすわ」
 落下予測地点に回り込んでいたのは黒髪の少年だ。
 彼は、男の肩を踏みつけて、頭上から淡々と言う。
「お仲間は、期待するだけ無駄っすよ」
 こちらの胸中を読んだような言葉に、男はぎくりとする。
「もう捕まっとります」
 少年は微かに微笑んだ。
 男を見下ろしたまま。
 少年は片手の指先を、オーケストラの指揮者のように振るう。
「もう、俺の“時間”なんで」
 瞬間、落ちていた東エリアの照明が一気に回復した。
 アトラクションも、本来のリアルな外観を取り戻す。
 正常に稼働している証拠に、近づけば花が咲き乱れる森では、美しい花吹雪が舞う。
 アトラクションはもとより、飲食店も、他の店も、空調や機械が全て正常に働き出した。
 男は混乱した。
 東エリアの全てを統括する管理塔のシステムを狂わせてきたのに、こんな早くに、全てが正常に復活するはずがない。
「“夜”は、俺の時間なんです。
 やから、俺が頼めば、全てが助けてくれるんです。
 ZIONのシステムを完全に直してくれって」
 男は得体の知れない雰囲気を感じ取って、震えた声で「だれに」と尋ねる。
 少年は不敵に笑う。
「夜空。月。星。夜の空気。影。闇。全て。
 夜は、俺の世界。
 夜の全てが、俺に従う。
 俺は支配系の能力者です」
 聞いたことがある。
 限定された空間や時間で、世界の王者となる力を持つ能力者。
 一定の世界で、絶対的な力を誇る「世界を操る」能力者だ。
 少年の言うとおりならば、少年は「夜」という「世界」で、世界のコントロール権を掌握する、夜の世界の王者。
 帳が降りてから、夜が開けるまで、空も風も、なにもかもが彼に従うのだ。
 敵うはずがない。
 男は起きあがることをやめて、目を閉じた。

「さっすが光! ナイス!」
 夕が親指を立てると、明里は無表情でピースサインをする。
「ただ、夜以外では暗闇くらいしか操れませんけどね。
 戦闘試験はいっつも明るいうちやから、つまんないっすわ」
「まあそれは仕方ない」
「…チーム戦、夜にやらんかなあ」
「無理だって」
 夕は笑って手を横に振る。
 明里も本気ではない。
 夕に褒められると、微かに頬が赤らむ。
 明かりが戻ったとはいえ、空は暗い。ここは傍に明かりもないし、見えていないと安心しているのだろう。
 実際、夕は結構夜目が効くし、視力もいいのだが。
 黙っておこう、と思う。
「すごいな。もう制圧したのか」
 口笛が聞こえて、二人は振り返る。
 そこには、先ほど出会った、藍澤という男。
 かけていたサングラスを外して、どうしようと悩んでみせたが、夕達に視線を戻して笑う。
「恐ろしい力持ってるんだな。
 さっき会った奴も怖い力を使っていたが」
 夕は内心、岩永あたりだな、と思う。
「えーと藍澤さん、もご苦労様でした」
「いや、あまりなにもしてない」
 藍澤は明るく謙遜して、二人の傍を通り過ぎた。
「おい、どこ行く気…」
「このどさくさに帰るよ。
 俺はNOAの生徒じゃないし、ややこしいことに巻き込まれたくはない」
「…」
 夕と明里は顔を見合わせる。
「時波はええんか?」
「あいつは、まあ、…あとで連絡して」
 藍澤は苦笑して、頭を掻いた。
 明里は「あ」と小さく呟いた。
 藍澤が見えない方向から、歩いてきた男の姿が見えたからだ。
「そうして、また逃げるのか?」
「時波さん…」
 時波だ。
 明里の言葉を聞くまでもなく、藍澤は気まずい顔をする。
「白倉に聞いてないんだろう?」
「…しかしだな」
「せめて聞いて決めろ」
 時波は藍澤の反論も意に介さない。
 事情を知らない傍目にも、時波の方が筋が通っていると思えた。
 それは、時波が全く後ろめたさを持たず、堂々と発言するからだ。
 比べて、藍澤は今にもここから去りたいという雰囲気。
 それだけでも察しが付く。
 靴音が近づいてきた。
 藍澤が身を震わせて、一度ぎゅっと瞳を瞑った。
 それから、おそるおそる振り返る。
 吾妻と白倉が立っている。
 吾妻は藍澤と視線を交わしたが、堪えられないように逸らしてしまう。
 それを見て、藍澤は寂しそうに笑った。
「それが答えだろ」
 時波にそう言って、背中を向けてしまう。
「藍澤!」
 時波の声も聞かずに、走り出す藍澤の姿を、吾妻は見れずにいた。
 けれど、繋ぐその手から感じる意志は、引き留めたいと願っている。
 白倉には伝わるから、吾妻の手を離した。
「俺、捕まえてくるわ!」
 大声で宣言して、藍澤の後を追いかけて駆け出す。
「頼む!」
 全てを察しているわけではないだろうに、阿吽の呼吸で頷いた時波が、吾妻に向き合った。
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