【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第六章 DEAR

第七話 再約

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「藍澤!」
 名前を呼ばれて、藍澤は驚いたように足を止めた。
 東エリアと西エリアの境だ。
 周囲を覆うのは外灯の明かりや、店の傍で騒ぐ人々のざわめき、夜の暗さで葉の黒く見える木々。
「…」
 びっくりした顔で、止まっている藍澤の傍に駆け寄って、白倉は手を伸ばした。
「待って」
 藍澤の手を軽く掴んだ。
「…なんで、逃げるんだ?」
「…しかし」
 藍澤は視線を斜め下に向けた。
 白倉から逸らして。
「…吾妻と、ちゃんと話してみたらいい」
「…」
 藍澤はその言葉に息を止めてから、大きく吸い込み、唾を飲み込んで白倉の方を向いた。
「白倉、だったよな?」
「ああ。
 NOA高等部生徒会長。ちなみにSランク」
「…お前は、俺と吾妻のことを、どこまで知ってるんだ?」
 硬い表情で抑揚も少なく藍澤は尋ねる。
 その瞳の奥は、不安げだ。
「あんたと吾妻が親友ってこと。
 あんたの制御が効かなくて、吾妻は右目を怪我したってこと。
 それに責任を感じたあんたが、あいつの前からいなくなったってこと」
 藍澤は無言で、自分の顔を片手で覆う。
「そこまでわかっているなら、充分だろう?」
「充分じゃないから、追いかけてきたんだろ?」
 間髪入れずに鋭く返した。
 藍澤が息を呑む。
「俺は、吾妻から何回も、あんたに会いたいってことを聞いてきた。
 今も、あいつはあんたと話したがってる。
 引き留めたいって、ほんまは願ってるんだ」
「……そんな」
 藍澤は驚愕して、うろたえた。
 迷っているのが白倉にもわかる。
 本当は彼だって、吾妻に会いたいのだ。話したいのだ。
 でも、自分が彼の視力を奪ったと、自責するから、会えなくて。
 まるで、かつての岩永に似ている。
 村崎が好きで、でもいつも、記憶がないからと、負い目を感じていた彼。
「俺はもし、今、吾妻になんか取り返しつかない怪我負わされても、逃げられたくない。
 それなら余計、傍にいてほしい。
 逃げられたら悲しい…」
「…」
 藍澤の顔を見上げて、白倉は必死で言う。
 思わず泣きそうになった。
「吾妻は、あんたを憎んでないって言った。
 あんたに、傍にいてほしかったって言ったんだ!」
 藍澤は目を瞑って、一歩よろける。
 口元を押さえた手が、震えている。
「会ってやってくれ。
 あいつ、多分、怖いだけなんだ。
 あんたがまた、あんたを責めて、自分の傍からいなくなるのが。
 だから、」
 握りしめた藍澤の手首を、ぎゅっと更にきつく掴む。
「ここに、いて」
 精一杯微笑んで、心から願った。
 藍澤は震えた手で口元を覆ったまま、俯いてしまう。
 でも、白倉の手を振りほどかず、その場から逃げなかった。
 両足は、その場に揺るがず立っていた。
 吾妻の足音を、待つように。



 時波は吾妻に向き直り、吾妻を真正面から見上げた。
「吾妻。
 藍澤と、きちんと話をしてやってくれないか?」
 吾妻は混乱する。
 時波が藍澤を知っていたというのも、混乱に拍車をかけた。
「NOAには、あいつが必要なんだ」
 震えそうになる唇を隠すように、手で隠した。
「…どういうこと」
「藍澤はSランクの能力者だ。
 そして、」
 時波は視線を、岩永と村崎に向ける。
 アトラクションから出てきた流河も、時波の視線を向けられてなんとなく背筋を伸ばした。
「岩永たちは見ただろうが、あいつの能力は希少だ」
「…ただの炎でしょ」
 吾妻の掠れた声を、時波は視線を戻して聞いた。
「それはお前と別れる前の話だ。
 今は違う」
「…」
 吾妻は困惑する。
 岩永達を振り向いた。
 吾妻のすがるような視線に、岩永は村崎と顔を見合わせ、おそるおそる口を開く。
「なんや、炎がいろんなもんに変化すんねん。
 鉄の鳥籠とか、…なんかまるで流河の物質変換みたいな」
「あれ、違うよ」
 岩永の言葉を、流河が否定する。
「俺も正直ショックだけどね…。
 あれは、俺の物質変換と本質が違う上に、物質変換より遥かに穎脱えいだつした力だよ」
「…どない意味?」
 流河は心底悔しそうに説明した。
 自分の能力に自負があったからこそ、それ以上の能力を目の当たりにした衝撃が強い。
「彼の力は、俺みたいに“なにか”を“変換”して、別のものを組み立ててるんじゃない。
 彼の力は、なにもないところから、様々な物質を生みだしてる。
 …正直、それって反則だと思う、力だよ」
 流河の言葉を聞いて、吾妻はただ驚いた。
 時波が頷く。その通りだと。
「お前は知らないかもしれないが、超能力というのは、なにもない場所からなにかを生み出す力では決してない。
 世界のどこかから、自分が操る権利を持っている物質を呼び出して、行使する。
 そういった力だ。
 充分反則な力でも、俺の力も九生の力も、岩永の“吸収”もこの延長線上に過ぎない」
「…涼太、は」
 吾妻は一度大きく肩を上下させるほど、大きく呼吸をして、掠れた声を出した。
「あいつは、この百年間で唯一NOAが見つけた“完全な無から有を生み出す”力の持ち主。
 なにもない場所から、0からなにかを生み出す力の、唯一の持ち主だ」
「………」
 吾妻は強く、両手を握りしめた。
 気を抜くと倒れてしまいそうだ。
「藍澤には、何度もNOAに来るよう言っているが、頷かない。
 お前を気にしている」
「…俺の所為…?」
 震えた吾妻の問いかけに、時波は初めて、微かに微笑んだ。
 柔らかく、吾妻の不安を消すように。
「それは違う。
 藍澤の気持ちの問題なんだ。
 だって、お前はあいつを恨んでいないだろう?」
 優しい時波の声音に、吾妻は呼吸を止めて、浅く息を吸う。
 泣き出すことを、堪えているように。
「時間がないんだ」
「時間?」
「あいつは、俺と同じ暴走キャリアだ」
 吾妻は衝撃を受けて、言葉を失う。
 吾妻の巨躯が、今はとても儚く見える。今にも崩れそうに見える。
 岩永は、そう思う。
「涼太、二つ力があるの?」
「いや、あいつには一つしかない。
 その一つ目の力が半覚醒なんだ。
 おそらく三分の二は覚醒しているが、残り三分の一が眠ったままだ。
 通常、そんなことはありえないし、暴走キャリアは二つ目の力が一般的だ。
 他にそんな例はないが、あいつの能力が希有なら、そういったケースもあるかもしれない」
「……」
「NOAにいれば、暴走しても被害の少ないうちに押さえられる。
 未然に覚醒させる術もある。
 だが、今のあいつは、なんの設備もない学校にいるんだ。
 …このままでは、あいつ自身が危険なんだ」
 時波は、そこで数歩吾妻から離れた。
 ゆっくりと、吾妻に向かって深く頭を下げる。
「…頼む」
「…」
 吾妻はただ、見つめるしか出来ない。
 時波が、自分に頭を下げるなんて。
「あいつと話をして欲しい。
 …死んで欲しくはないんだ」
 言い終わるのと同時、時波の肩が上から優しく叩かれた。
 時波が顔を上げると、吾妻は泣きそうな顔で笑っていた。
「死んで欲しくないのは、僕もだよ」
「…吾妻」
「恨んでるはずがない。
 ただ、ずっと会いたかった。僕ときちんと話をして欲しかった。
 …ありがとう。僕とあいつを、会わせてくれて」
 時波の瞳をしっかり見据えて大きな声で礼を言い、吾妻は走り出した。
 時波がその背中を見送って、見えなくなった頃に詰めていた息を吐いた。
 安心したように、笑っていた。



“白倉”

 走りながら、心の中、呼びかける。
 白倉はきっと、藍澤を捕まえていてくれる。

“吾妻。大丈夫。
 藍澤、ちゃんとまだいるよ”

 信頼に応えた白倉の声が、返ってきた。

“ありがとう”

 今度こそ心から礼を言う。
 白倉の微笑んだ気配が伝わった。



 東と西のエリアの境。
 まださっきの騒動から覚めない人々が集まる、広場の端の木の傍。
 藍澤は、硬い表情で自分を待っていた。
 傍にいた白倉が、笑って自分を迎えた。
「涼太」
 今度は、はっきりと、名前を呼んだ。
 ただただ、会いたい気持ちだけで。
 藍澤は目を瞑った。
「…会いたかった」
 伝わって欲しい。
 大事な思いだけを声に乗せた。
 藍澤は瞳を揺らして、視線を逸らす。
「…恨んでないのか?」
 震えたように聞こえた声に、首を大きく横に振る。
 視線の端にとらえたらしい。藍澤が息を呑んだ。
「一つだけ、恨んだとしたら、お前が僕の前からいなくなったことだよ」
「…」
「傍にいて欲しかった。
 お前が変わらず傍で笑ってくれてたなら、僕はきっと、辛いことはなかったよ」
 弾かれたように吾妻を見上げて、藍澤は口を開く。
 だが、言葉が浮かばない。
 結局、泣きそうに震えた声で、
「馬鹿じゃないか…?」
 そう言った。
「馬鹿だねえ」
「馬鹿だ」
「だけど、お前のこと気に入ってるもん。仕方ない」
 綺麗に微笑んだ吾妻に、藍澤は本気で泣きそうになった。
 本当は、自分も会いたかった。
 会わせる顔がないと、言い訳していた。
 そう思い知る。
「また一緒にいよう? NOAで、また話しよ?
 お前がいたら、きっともっと、毎日楽しい」
「……」
 目の前に差し出された、自分より大きな手の平。
 手を伸ばしたくて、でも、自分の影を一つの後悔が引き留める。
 傍に立っていた白倉が、藍澤の肩を掴んで、前に突き飛ばした。
「わっ」
 よろけた藍澤の背中を、もう一度、今度は両手で力一杯押す。
 たたらを踏んだ藍澤の手を、吾妻が掴んだ。
 触れている互いの手の温もりに、泣きそうになった。
「男なら、ぐたぐた言うな」
 吾妻が見ると、白倉は明るく笑ってそう言った。
 それから、吾妻は藍澤を見下ろす。
 彼は大きく呼吸をして、堪えられなくなった涙に、目を覆った。
「…仕方ないね?」
「ないな」
 諦めたような、気の抜けた声に、吾妻は笑った。
「じゃあ、もう、いいじゃん」
 藍澤は背筋を伸ばして、そうしてやっと笑った。
 吾妻があの日以来見ていなかった、彼の優しい笑顔。
 自分も泣きそうになって、吾妻はぐっと堪えた。
 握り合わせた手の平を、代わりに、ぎゅっと掴んだ。
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