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第六章 DEAR
第八話 DEAR
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「そういえば、本当、いつ出会ってたの?」
ZIONは吾妻たちの協力もあり、迅速に愉快犯を抑えることが出来たことから、その日も変わらず八時のパレードが催された。
ZIONならではの、特殊な仕組みで動く鮮やかなフロートが、全てのエリアのメイン通りを一周する。
東エリアでそのまま見ることにした流河は、かき氷を二つ買ってきて、片方を飲食店の屋外の椅子に座ってパレードを見ていた時波の前に置いた。
「…いちご」
「かき氷っていったらオーソドックスにこれでしょ?」
向かいの椅子に座った流河は、自分の分のいちごかき氷にスプーンを差し入れる。
「宇治金時がよかった…」
若干不満そうな時波だったが、文句は一言だけで、スプーンを手にとってすくって食べ始めた。
「まあまあ。
で、いつ、藍澤クンと出会ってたの?」
「お前は知っているものだと思っていた」
「買いかぶられたなあ」
時波はかき氷を食べながら、流河を見遣る。
流河は明るく笑うだけだ。
「…NOAの重鎮の孫がよく言う…」
「じいさんはあくまでじいさんだよ。
俺の情報は、自分で地道に集めてるんだから。
俺は一度でも理事の孫って立場を利用したことないよ」
「だろうな」
時波は無表情で同意する。
最初からズルをしていないことなどわかっていたのだろう。
彼なりの会話の楽しみ方だ。流河もわかっていたので、小さく笑う。
「藍澤が東京に来て、割とすぐだったな。
会ったのは」
「そんなに早く?」
流河が僅かに驚いたところで、岩永と村崎がパレードが通る道の傍からこちらに駆け寄ってきた。
「なんの話?」
「時波クンが、いつ、藍澤クンと知り合ったかって話。
彼がこっちに引っ越してすぐだって」
「へぇ」
相づちを打ってから、二人の手の中にあるものを見て、岩永が「かき氷」と呟いた。
「食べたいなら買うてくるぞ?」
「あ、うん」
村崎の申し出に、岩永はナチュラルに頷いてしまってから、ハッとした。
「今更自分で買うとか言うなや」
時波と藍澤の話に注意が行き過ぎていて、うっかりしていた。
村崎は馴れたのか、そう言い置いて、かき氷を販売している店の方に歩きだした。
「岩永クン、うっかつー」
「うっさいな」
はやしたてる流河から視線を逸らして、岩永は素っ気ない。
その赤い耳が、パレードの明かりだけが照らす夜の中でも目立つ。
視線で促す岩永に、時波は一瞬躊躇った。
「時波?」
「いや、俺があいつと出会ったきっかけが、」
言いにくそうな時波の様子に察して、岩永は「だいじょうぶ」と笑った。
そして、恥ずかしそうに、遠くの店の前にいる村崎を指さした。
「やから」
大丈夫だ、と心から微笑む姿に、時波は安堵した様子だ。
「…一年前の事件から、自分が暴走キャリアだとわかったからな。
俺は二つ目が危険な力だとすぐにわかったし、だから最初は白倉と一緒じゃなく、地下施設の方に回されたんだ」
「そっか、時波の二つ目って危ないもんな」
俺も大概やけど、と言って岩永は腕を組む。
「そこで、一つ目の力の完全覚醒のために、この街を頼ってきたという藍澤に出会ったんだ。
最初は驚いた。
一つ目が暴走キャリアということにも、その力の特異さにも。
正直、俺も妬けたものだ」
時波は苦笑を浮かべて、流河を見つめる。
お前だけじゃない、と。
流河は肩をすくめる。
「だからこそ、吾妻に出会って驚いた。
藍澤から話は聴いていたし…」
「…藍澤クンは、NOAからの誘いをずっと断っていたの?」
吾妻が転校してきたのは今年の四月。
それ以前に藍澤はこの街に来ていたのに。
「最初は、ゆくゆくは入るつもりでいたようだ。
ただ、来たばかりの頃は藍澤の力は制御が効かないことも多かったから、とてもNOAで学べる状態ではなかった」
「そうか。戦闘試験があるもんな」
「だから、能力が安定してから、と見送っていた。
だが、吾妻が転校してきたと知って、転入を断ってしまった。
だから、ずっと説得していたんだが、吾妻に許されないことには無理だとわかったから、会わせようと思って」
「それで、今日、ここに呼び出したわけね」
時波は頷く。
「無事、うまくいってよかった」
「うん、よかったね」
見たこともないような優しい表情をした時波を見つめて、流河と岩永は笑う。
そんな顔、白倉か仁王絡みじゃないと、見ないぞ、と思いながら。
「藍澤クンはすぐ転入してくることになるだろうし…そうだ。
チーム戦は間に合うのかな?」
「藍澤は制御の面ではもう全く問題はないし、NOAに来れば暴走の心配もいらないしな…。
チーム戦に間に合うなら、…」
流河の言葉に初めて考えたという様子で、時波は言う。
岩永は遠目に、パレードの通る道の傍にいる白倉と、吾妻、藍澤を見る。
「大丈夫やない?
お前が誘う前に、吾妻が誘うわ」
「…だな」
岩永の台詞を受けて、時波は微かに嬉しそうに口元を緩ませた。
一緒のチームで戦いたい。
そういう顔をしている。
「そういえば、」
流河は、こちらに二つかき氷を持って歩いてくる村崎を見ながら、呟く。
「白倉クンは、平気かな?」
おどけて尋ねた。
「なにが?」
「いやまあ、相手は親友だしねぇ…」
また、白倉たちを見遣って、流河は考える。
「問題ないだろう。
吾妻でさえ、俺達を本気で疎んじてないんだ」
意外にも時波の方が答えをくれた。
本心からの言葉に、流河は「そっかぁ」と手を打った。
納得した。
「実は、お前を傷付けたくないからもあったんだ」
視界を色鮮やかでリアルなフロートが通り過ぎていく。
浮かんでは消える花びらを蒔く踊る木や、月をモチーフにした宙に浮かんだ輝く球体。
それらを眺めながら、藍澤は言った。
「俺の力は、あの頃は本当に危なかったから、お前の傍にいて、お前をまた傷付けるのが怖かった。
だから、離れたんだ」
「…言ったら、僕が拒むこと、わかってたの?」
「ああ」
藍澤は笑って頷く。
「自分なら防げるから、とか駄々こねられるのがわかりきっていたから、なにも言わずにこっちに来たんだが…あとから、電話くらいすべきだと気づいた」
「本当に」
吾妻は座り込んで、声を挙げて笑った。
今は傍にいるからこそだ。
藍澤も笑う。
そこで、藍澤は気づいて、吾妻の肩を叩く。
白倉を指さした。
吾妻の左側にいた白倉は、少しむすっとしている。
「機嫌なおしとけ」
そう言って、藍澤は軽い足取りで時波たちの方へ向かう。
藍澤に嫉妬したと察した吾妻は、白倉の頭を優しく撫でる。
「心配しなくても、僕は白倉一筋だよ」
「そんなんわかってる…」
白倉はそう言いながら、拗ねている。
吾妻が黙ったので、不安になって、白倉は吾妻を見上げた。
吾妻は見るからに頬を紅潮させ、感動していて、白倉が驚く暇なく覆い被さった。
ぎゅうっと抱きしめて、髪に顔を埋める。
「あーっ、可愛いっ!
白倉、本当に可愛いねっ!」
「ええっ!? そこで感激すんの!?
お前おかしくない!?」
「だって、白倉があんまりにも可愛いから!」
苦しいほど抱くので、白倉は手で押し返すが、全く意味がない。
吾妻は肩をきつく掴んで、自分の腕の中に閉じこめる。
「白倉に妬いてもらえるなんて、役得だよ…。
涼太はえらい…」
「え、偉いポイントそこ…?」
白倉はさっきから、困惑してしまう。
藍澤を褒めるポイントがずれていないか。
「じゃ、なに?
白倉は九生や時波にかわいいって思ってる?」
「え? 思うよ?
嵐も」
腕の中にいるまま、素直に答えたら、吾妻は表情を硬くした。
「…ふーん」
さっきの上機嫌はどこへやら、むすっとして手を離した吾妻に、白倉は慌てる。
「ちょっと、吾妻!
俺は、なにも恋愛じゃなくて…ただっ」
弁明するが、吾妻は背中を向けたまま、振り向かない。
「なあ、ほんとに、お前だけが特別で、」
嘘じゃない。
別格だと、九生たちにも言ったけれど、どんどん吾妻の方が重くなっていって。
吾妻ばかりが、頭の中に住み着いて。
いつも、吾妻のことばかり考えている。
「……こっち向いて」
泣きそうになって、小さな声で呟く。
吾妻の服を摘むと、吾妻はあっさり振り返った。
びっくりした白倉の頭をまた撫でてから、目の前にスマートフォンを出した。
「これ、くれるんでしょ?」
吾妻のブラックのスマートフォンには、白倉が買った狼のストラップがついていた。
もしかして、さっき振り向かなかったのは、これをつけていたのだろうか。
「うん…」
ホッとして、嬉しくなって、口元が緩む。
「白倉も、つけて」
優しく命じられて、胸が一瞬高鳴った。
白倉は、鞄からストラップを取り出すと、一緒に出したスマートフォンにどうにかつける。
そして、吾妻に見せた。
吾妻が嬉しそうに笑う。
「なんで、ウサギなの?」
「え?
なんか、ほわほわ~っとしとるとことか、寂しがりなとこが?」
「俺、ほわほわしてるっけ…?」
白倉は本気で不思議になる。
「僕の前ではよくしてる」
吾妻はさらっと断言する。
恥ずかしくなった。
向こうで、岩永が手を振って呼ぶ。
そろそろ帰ろうと言うんだろう。
返事をしてから、吾妻は白倉の手を繋いだ。
白倉の顔を見て、悪戯に微笑む。
“しばらく、この力は、内緒な?
――誠二”
不意打ちで、しかもテレパシーで心に直に響いた名前に、白倉は心臓が大きく震えて、吾妻を見上げた。
泣きそうな、ひどく赤い顔をして。
吾妻は抱きしめたい思いを堪えて、笑い続ける。
「行こう」
白倉の手を握って、歩きだす。
“心の中では、こう呼ばせてね?
時波たちが聞いたら、うるさそうだから”
心の中に響く吾妻の声。
暖かくて、愛おしさに満ちた声。
頬の赤みが引かない。それを問いつめられたらどうする気だ。
“いや?”
白倉の心の葛藤が伝わるらしく、吾妻が問いかけた。
「嫌なもんか」
思わず、口から本音が出た。
吾妻も流石にびっくりする。
それから、僅かに頬を赤らめた。
“なら、俺も呼ぶからな?”
心で伝えた言葉の意味が、吾妻はすぐにわからなかったらしい。
岩永達と合流する。
時波が、繋いだ手を見て睨む。
吾妻の心に緊張が走ったのを感じてから、白倉は念じた。
届け。そして転べ。
“財前”
心に響いた自分の名前に、吾妻は思わずつんのめった。
流石に驚いた時波を横目に、白倉はこっそり吹き出して、吾妻を見下ろして、それから明るく微笑んだ。
可愛らしい笑顔を見せられてはなにもいえない。
吾妻はしょうがない、という表情で、立ち上がって白倉の頭を撫でて、時波に手を退かされた。
「帰るぞ」
時波はそれだけ言って背中を向けたので、吾妻が負けじと繋いだ手を、白倉は握り返してみた。
伝わる温もりと、感情。
いつまでバレずに隠せるか。
それ以上に毎日が今以上に楽しみに感じて、笑った。
ZIONは吾妻たちの協力もあり、迅速に愉快犯を抑えることが出来たことから、その日も変わらず八時のパレードが催された。
ZIONならではの、特殊な仕組みで動く鮮やかなフロートが、全てのエリアのメイン通りを一周する。
東エリアでそのまま見ることにした流河は、かき氷を二つ買ってきて、片方を飲食店の屋外の椅子に座ってパレードを見ていた時波の前に置いた。
「…いちご」
「かき氷っていったらオーソドックスにこれでしょ?」
向かいの椅子に座った流河は、自分の分のいちごかき氷にスプーンを差し入れる。
「宇治金時がよかった…」
若干不満そうな時波だったが、文句は一言だけで、スプーンを手にとってすくって食べ始めた。
「まあまあ。
で、いつ、藍澤クンと出会ってたの?」
「お前は知っているものだと思っていた」
「買いかぶられたなあ」
時波はかき氷を食べながら、流河を見遣る。
流河は明るく笑うだけだ。
「…NOAの重鎮の孫がよく言う…」
「じいさんはあくまでじいさんだよ。
俺の情報は、自分で地道に集めてるんだから。
俺は一度でも理事の孫って立場を利用したことないよ」
「だろうな」
時波は無表情で同意する。
最初からズルをしていないことなどわかっていたのだろう。
彼なりの会話の楽しみ方だ。流河もわかっていたので、小さく笑う。
「藍澤が東京に来て、割とすぐだったな。
会ったのは」
「そんなに早く?」
流河が僅かに驚いたところで、岩永と村崎がパレードが通る道の傍からこちらに駆け寄ってきた。
「なんの話?」
「時波クンが、いつ、藍澤クンと知り合ったかって話。
彼がこっちに引っ越してすぐだって」
「へぇ」
相づちを打ってから、二人の手の中にあるものを見て、岩永が「かき氷」と呟いた。
「食べたいなら買うてくるぞ?」
「あ、うん」
村崎の申し出に、岩永はナチュラルに頷いてしまってから、ハッとした。
「今更自分で買うとか言うなや」
時波と藍澤の話に注意が行き過ぎていて、うっかりしていた。
村崎は馴れたのか、そう言い置いて、かき氷を販売している店の方に歩きだした。
「岩永クン、うっかつー」
「うっさいな」
はやしたてる流河から視線を逸らして、岩永は素っ気ない。
その赤い耳が、パレードの明かりだけが照らす夜の中でも目立つ。
視線で促す岩永に、時波は一瞬躊躇った。
「時波?」
「いや、俺があいつと出会ったきっかけが、」
言いにくそうな時波の様子に察して、岩永は「だいじょうぶ」と笑った。
そして、恥ずかしそうに、遠くの店の前にいる村崎を指さした。
「やから」
大丈夫だ、と心から微笑む姿に、時波は安堵した様子だ。
「…一年前の事件から、自分が暴走キャリアだとわかったからな。
俺は二つ目が危険な力だとすぐにわかったし、だから最初は白倉と一緒じゃなく、地下施設の方に回されたんだ」
「そっか、時波の二つ目って危ないもんな」
俺も大概やけど、と言って岩永は腕を組む。
「そこで、一つ目の力の完全覚醒のために、この街を頼ってきたという藍澤に出会ったんだ。
最初は驚いた。
一つ目が暴走キャリアということにも、その力の特異さにも。
正直、俺も妬けたものだ」
時波は苦笑を浮かべて、流河を見つめる。
お前だけじゃない、と。
流河は肩をすくめる。
「だからこそ、吾妻に出会って驚いた。
藍澤から話は聴いていたし…」
「…藍澤クンは、NOAからの誘いをずっと断っていたの?」
吾妻が転校してきたのは今年の四月。
それ以前に藍澤はこの街に来ていたのに。
「最初は、ゆくゆくは入るつもりでいたようだ。
ただ、来たばかりの頃は藍澤の力は制御が効かないことも多かったから、とてもNOAで学べる状態ではなかった」
「そうか。戦闘試験があるもんな」
「だから、能力が安定してから、と見送っていた。
だが、吾妻が転校してきたと知って、転入を断ってしまった。
だから、ずっと説得していたんだが、吾妻に許されないことには無理だとわかったから、会わせようと思って」
「それで、今日、ここに呼び出したわけね」
時波は頷く。
「無事、うまくいってよかった」
「うん、よかったね」
見たこともないような優しい表情をした時波を見つめて、流河と岩永は笑う。
そんな顔、白倉か仁王絡みじゃないと、見ないぞ、と思いながら。
「藍澤クンはすぐ転入してくることになるだろうし…そうだ。
チーム戦は間に合うのかな?」
「藍澤は制御の面ではもう全く問題はないし、NOAに来れば暴走の心配もいらないしな…。
チーム戦に間に合うなら、…」
流河の言葉に初めて考えたという様子で、時波は言う。
岩永は遠目に、パレードの通る道の傍にいる白倉と、吾妻、藍澤を見る。
「大丈夫やない?
お前が誘う前に、吾妻が誘うわ」
「…だな」
岩永の台詞を受けて、時波は微かに嬉しそうに口元を緩ませた。
一緒のチームで戦いたい。
そういう顔をしている。
「そういえば、」
流河は、こちらに二つかき氷を持って歩いてくる村崎を見ながら、呟く。
「白倉クンは、平気かな?」
おどけて尋ねた。
「なにが?」
「いやまあ、相手は親友だしねぇ…」
また、白倉たちを見遣って、流河は考える。
「問題ないだろう。
吾妻でさえ、俺達を本気で疎んじてないんだ」
意外にも時波の方が答えをくれた。
本心からの言葉に、流河は「そっかぁ」と手を打った。
納得した。
「実は、お前を傷付けたくないからもあったんだ」
視界を色鮮やかでリアルなフロートが通り過ぎていく。
浮かんでは消える花びらを蒔く踊る木や、月をモチーフにした宙に浮かんだ輝く球体。
それらを眺めながら、藍澤は言った。
「俺の力は、あの頃は本当に危なかったから、お前の傍にいて、お前をまた傷付けるのが怖かった。
だから、離れたんだ」
「…言ったら、僕が拒むこと、わかってたの?」
「ああ」
藍澤は笑って頷く。
「自分なら防げるから、とか駄々こねられるのがわかりきっていたから、なにも言わずにこっちに来たんだが…あとから、電話くらいすべきだと気づいた」
「本当に」
吾妻は座り込んで、声を挙げて笑った。
今は傍にいるからこそだ。
藍澤も笑う。
そこで、藍澤は気づいて、吾妻の肩を叩く。
白倉を指さした。
吾妻の左側にいた白倉は、少しむすっとしている。
「機嫌なおしとけ」
そう言って、藍澤は軽い足取りで時波たちの方へ向かう。
藍澤に嫉妬したと察した吾妻は、白倉の頭を優しく撫でる。
「心配しなくても、僕は白倉一筋だよ」
「そんなんわかってる…」
白倉はそう言いながら、拗ねている。
吾妻が黙ったので、不安になって、白倉は吾妻を見上げた。
吾妻は見るからに頬を紅潮させ、感動していて、白倉が驚く暇なく覆い被さった。
ぎゅうっと抱きしめて、髪に顔を埋める。
「あーっ、可愛いっ!
白倉、本当に可愛いねっ!」
「ええっ!? そこで感激すんの!?
お前おかしくない!?」
「だって、白倉があんまりにも可愛いから!」
苦しいほど抱くので、白倉は手で押し返すが、全く意味がない。
吾妻は肩をきつく掴んで、自分の腕の中に閉じこめる。
「白倉に妬いてもらえるなんて、役得だよ…。
涼太はえらい…」
「え、偉いポイントそこ…?」
白倉はさっきから、困惑してしまう。
藍澤を褒めるポイントがずれていないか。
「じゃ、なに?
白倉は九生や時波にかわいいって思ってる?」
「え? 思うよ?
嵐も」
腕の中にいるまま、素直に答えたら、吾妻は表情を硬くした。
「…ふーん」
さっきの上機嫌はどこへやら、むすっとして手を離した吾妻に、白倉は慌てる。
「ちょっと、吾妻!
俺は、なにも恋愛じゃなくて…ただっ」
弁明するが、吾妻は背中を向けたまま、振り向かない。
「なあ、ほんとに、お前だけが特別で、」
嘘じゃない。
別格だと、九生たちにも言ったけれど、どんどん吾妻の方が重くなっていって。
吾妻ばかりが、頭の中に住み着いて。
いつも、吾妻のことばかり考えている。
「……こっち向いて」
泣きそうになって、小さな声で呟く。
吾妻の服を摘むと、吾妻はあっさり振り返った。
びっくりした白倉の頭をまた撫でてから、目の前にスマートフォンを出した。
「これ、くれるんでしょ?」
吾妻のブラックのスマートフォンには、白倉が買った狼のストラップがついていた。
もしかして、さっき振り向かなかったのは、これをつけていたのだろうか。
「うん…」
ホッとして、嬉しくなって、口元が緩む。
「白倉も、つけて」
優しく命じられて、胸が一瞬高鳴った。
白倉は、鞄からストラップを取り出すと、一緒に出したスマートフォンにどうにかつける。
そして、吾妻に見せた。
吾妻が嬉しそうに笑う。
「なんで、ウサギなの?」
「え?
なんか、ほわほわ~っとしとるとことか、寂しがりなとこが?」
「俺、ほわほわしてるっけ…?」
白倉は本気で不思議になる。
「僕の前ではよくしてる」
吾妻はさらっと断言する。
恥ずかしくなった。
向こうで、岩永が手を振って呼ぶ。
そろそろ帰ろうと言うんだろう。
返事をしてから、吾妻は白倉の手を繋いだ。
白倉の顔を見て、悪戯に微笑む。
“しばらく、この力は、内緒な?
――誠二”
不意打ちで、しかもテレパシーで心に直に響いた名前に、白倉は心臓が大きく震えて、吾妻を見上げた。
泣きそうな、ひどく赤い顔をして。
吾妻は抱きしめたい思いを堪えて、笑い続ける。
「行こう」
白倉の手を握って、歩きだす。
“心の中では、こう呼ばせてね?
時波たちが聞いたら、うるさそうだから”
心の中に響く吾妻の声。
暖かくて、愛おしさに満ちた声。
頬の赤みが引かない。それを問いつめられたらどうする気だ。
“いや?”
白倉の心の葛藤が伝わるらしく、吾妻が問いかけた。
「嫌なもんか」
思わず、口から本音が出た。
吾妻も流石にびっくりする。
それから、僅かに頬を赤らめた。
“なら、俺も呼ぶからな?”
心で伝えた言葉の意味が、吾妻はすぐにわからなかったらしい。
岩永達と合流する。
時波が、繋いだ手を見て睨む。
吾妻の心に緊張が走ったのを感じてから、白倉は念じた。
届け。そして転べ。
“財前”
心に響いた自分の名前に、吾妻は思わずつんのめった。
流石に驚いた時波を横目に、白倉はこっそり吹き出して、吾妻を見下ろして、それから明るく微笑んだ。
可愛らしい笑顔を見せられてはなにもいえない。
吾妻はしょうがない、という表情で、立ち上がって白倉の頭を撫でて、時波に手を退かされた。
「帰るぞ」
時波はそれだけ言って背中を向けたので、吾妻が負けじと繋いだ手を、白倉は握り返してみた。
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あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
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【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
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【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
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