【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第X章 踊れ!悪魔の腕の中で

第一話 曖昧な記憶の確かな思い出

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「そういえば、予選、来週からですね」
 夏休みも間近のNOA学園内。
 トレーニングルームや戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉は休日でも使用許可が出ており、今日も多くの生徒が利用していた。
 今日は時波が転校生の藍澤と用事があるため、チームごとでの練習ができない白倉は、トレーニングルームに来ていて、そこで出会った。
 同じチームの夕と一緒にトレーニングルームに来ていた明里は、練習の後にシャワールームにやってきた。
 夕は同じチームの、明里からすれば先輩である二人となにやら話し込んでいたが、おそらくあの二人が無理矢理巻き込んだのであろう。チームメイトのその先輩二人は、特別キャラの濃い先輩だからだ。常識人の夕がしょっちゅう振り回されているのを明里は見てきた。
 一人シャワールームに来れたのも、夕が自ら盾となり、助けてくれたからだ。
 大丈夫やろか、と思いながら、明里は個室から出てきた白倉にそう話を振った。
 白倉もシャワーを浴びに来ていて、ズボンだけ身につけた状態で明里の方を向き、「ああ」と優しく笑った。
 明里は嬉しくなって、話を続ける。
「予選は仮装して戦いますから。
 衣装、なに系にするか決めました?」
「ああ、まだ。
 だって、急遽藍澤クンも入ることになったし、なにより吾妻に俺に時波に藍澤クン。
 美形は美形でも系統がばらっばら」
 白倉が自らを美形と言い切ったことには明里は反応しない。
 白倉は謙遜する方が白々しいほどの美形だからだ。
「確かに、美形は美形でも、同じタイプの美形やないんですよね。みなさん」
「な?」
「久世先輩とかが同チームやったら、白倉先輩と似てはるんですが」
 明里は三年一組に所属する先輩の名前を出した。
 久世は確かに白倉と似たタイプの美形だ。
「久世クンは、いつものメンバーだって」
「俺もそう訊きましたよ」
「久世クンの後輩からだろ。付き合いいいなあ」
「あいつ、俺が関西人やからボケたらツッコんでくれると思っとるんですわ」
 困ったようにため息を吐いた明里に、白倉は笑って「でも構ってやるんだろ?」と言う。
「やっぱり、明里は優しいな」
 白倉は綺麗に微笑んで褒めてくれた。
 恥ずかしい以上に、嬉しい。
 明里は白倉に憧れている。
 NOAの初等部にいたころから、憧れていた先輩だ。
 最強と呼ばれて戦う白倉の姿に、強く惹かれ、尊敬した。
 初等部の校舎は中等部と高等部校舎から離れていたし、中等部に上がってからも、生徒会長であり慕う者の多い白倉に話しかけることは困難だった。
 白倉はあまり相手にしていないが、ファンクラブだってある。
 話してみたい。でも。
 そんな風に迷っていた明里を、白倉と引き合わせてくれたのが、戦闘試験で知り合った夕だった。
 戦闘試験では手も足も出なかったが、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉を出て接してみればひどく優しく人のいい夕を、気づけば好きになっていた。

(…て、それは今はええねん)

 思わず夕との馴れ初めを回想しそうになって、自分の思考にストップをかける。
「仮装といえば、吾妻先輩は知ってはるんですか?」
「あー、そういやしらんかも」
「教えてあげへんとびっくりしますわ」
「そうだな」
 白倉ははは、と笑った。
 チーム対抗トーナメント予選で仮装が必須となるのは、多くは見通しの悪いことも多い戦闘フィールドでの同士討ちを避けるためだ。
 ジャージや私服だと、たまたま同じ柄を着ていたりすると誤認する生徒が多いため、考案された。
「去年は同じチームだったけど、なかなか楽しかったな」
「あれは反応よかったですよね」
 去年、白倉と明里は同じチームで戦った。夕と岩永もだ。
 その時選んだ仮装が「執事」で、これは周囲の評判もよかった。
 ぶっちゃけ、暑かったけど。
「せやけど、一番すごかったんは化野先輩らのチームでしたよね…」
 明里が、ふ、と遠い目をして言った。白倉も思いだしたのか、ああ、と呟く。
「化野先輩がヴァンパイアで、雪代先輩が鎌まで用意した死神。若松先輩が人狼。
 雪代先輩と若松先輩も怖かったですけど、化野先輩がいっちゃん…」
「あー、化野クン、カラコンに牙までフル装備やったもんな…」
 あれは俺も怖かったわ、と白倉。
「ぶっちゃけ、何度『それはヴァンパイアやなく魔王や』って言いそうになったか…」
「言わんでよかったな。その瞬間に殺られるぞ」
「ええ…」
 二人揃って遠い目をしたあと、ため息を吐く。
 それから、二人揃って周囲を見回し、シャツも着ていた明里がシャワールームの外を確認した。
「大丈夫です、おりません」
「そか。よかった…」
 化野は神出鬼没だ。噂をしたら十中八九背後にいる。噂をしたら背後を振り向け。決して油断はするな。
 それが化野に対するキャッチフレーズである(本人公認)。
 白倉はホッと息を吐いた。瞬間、スマートフォンが鳴る。
 明里は「まさか今回は音声で!?」と恐怖に震えたが、白倉はぱっとスマートフォンを取りだして、画面をタップし耳に当てた。その頬はうっすら赤い。
 それを見て、相手が吾妻だと察する。安心した。
 見えない恋人を思い浮かべているのか、白倉の顔は可愛らしいと言ってもいいくらいの笑顔で、可憐ですらある。
 正直、吾妻と白倉の出会いには「はあ!?」と目を剥いたし、白倉との交際を勝負に賭けたことにも憤ったが、自分たちの想像以上に真摯で純愛だった吾妻に、今ならしかたないか、とは思える。
 電話が終わったらしく、白倉はスマートフォンを耳から離し鞄に仕舞う。
 ほわほわとお花が飛んでいそうな顔だ。
「…幸せそうっすね」
「あ、ごめん」
「いえ、ええですよ」
 明里は首を左右に振って微笑む。
「先輩が幸せそうやと、俺も嬉しいし…」
「明里…」
 言った傍から恥ずかしくなって、明里は視線を逸らす。
「…あ、のな、」
 すると、白倉まで恥ずかしそうにして、明里に向き直った。
「頼みがあるんだ…」
 耳まで赤くした白倉の様子に、明里はびっくりした。
「頼み…?」
「ていうか、相談…?」
 白倉の言葉に、更に驚く。
「岩永先輩や、夕さんは…」
「明里じゃないと駄目なんだ…」
 恥じらって小さな声で頼む白倉の姿に、明里は感動した。
 まさか、白倉に頼ってもらえる日が来るなんて。
 しかも、岩永や夕じゃなく、自分じゃなければダメ。
 嬉しい。
「はい、俺でよかったら」
 内心感激していた明里はうっかりしていた。忘れていた。
 具体的に四つの事柄を。
 一つ目は先日のデートで目の当たりにした白倉と吾妻のバカップルっぷりを。
 二つ目は白倉がどうやら天然魔性らしいことを。
 三つ目は、さっき白倉が電話していた相手が吾妻だということ。
 そして、白倉が顔を赤くして“恥ずかしがって”いるのはなぜか、ということ。

「あんな、…男が初めて抱く恋人に言われて、うれしいことってどんなんだろ…?」

 と、様子だけなら大変愛らしく尋ねられ、明里はフリーズした。
 その後、変に息を吸い込んでしまい、げほげほとせき込んで、白倉がびっくりする。
「だ、大丈夫か!?」
「…平気です」
 どうにか咳を収めた。「あんたが言う台詞やない」という言葉も収めた。
「…ええと、つまり、吾妻先輩との初めてのセックスのときに、吾妻先輩を喜ばすにはどないしたらええか、っちゅうことっすか…」
「うん」
 恥じらった白倉には悪いが、そんなのわからない。
 だって、明里は吾妻をほとんど知らないのだ。
 まともに話したのだって、先日のデートの時が初めてだ。
 そして、自分に白羽の矢が立った理由もわかった。
 岩永は記憶がないし、夕は抱かれる気持ちなんてわからない。
 しかし、なにか答えなければならない。引き受けたからには。
 ぶっちゃけ、デートの時の様子だけでも、吾妻が白倉を溺愛してるのはわかったから、白倉が言うことなら「別れよう」以外の言葉ならなんでもおいしくいただくんじゃないのか。
「……ほな、こう言ったらええと思います」
 明里は息を吸い、覚悟を決めて白倉の目を見つめて大真面目に言った。



「白倉、遅いね~」
「だったら自分の部屋で待ったらどうなのさ」
 一方、202号室。
  流河と岩永の部屋には、部屋の主である岩永はおらず、流河しかいない。
 代わりに、岩永の恋人である村崎と、白倉の恋人で隣の部屋の吾妻が来ていた。
 リビングのテーブルを囲んで椅子に腰掛け、暇つぶしにいろいろ話していた時に、吾妻がそんなことを言い出した。
「だけど、退屈だよ」
「なら、一緒に行けばよかったのに」
 流河は紅茶の入ったカップに口を付けながら、淡々と突っ込んだ。
「俺は行くって言ったよ。
 だけど……」
 吾妻はそこで口ごもる。
 なにかあるのだろうか。
「なんかあるの?」
 親切心で尋ねると、吾妻は乙女のように頬を赤らめ、
「汗かいた白倉の姿見ると、押し倒したくなるから…」
 と言った。流河はげんなりする。
「ごめん。それ、目をぎらぎらさせて言う台詞。頬を赤らめて言う台詞じゃないよ」
「な、失礼だよね!? 僕は純粋に白倉を愛してるよ!?」
「でもそれは欲望だよ。キミ最近以前にもまして欲望ダダ漏れじゃないか。
 そのうち時波クンか九生クンにがつんてやられても知らないよ」
 流河の鋭いジャッジに、吾妻は「う…」と気圧されて、俯いた。
「…そういえば、最近は村崎クンもダダ漏れてたよね」
 流河は不意に、矛先を村崎にも向けてきた。
 村崎は当惑する。
「…そないあからさまやないと思うが?」
「欲望はね?
 キミの場合は恋心がダダ漏れなんだよ。だから岩永クンが緊張するんじゃん」
 痛いところをつかれて、村崎は反論できない。
「まあ、そうし向けた身としては、熱々な方がいいんだけど…」
「なら僕たちも許容してよ!」
「白倉クンと吾妻クンの激甘バカップルの所為で村崎クンたちまで許容できなくなるんだよ」
 鋭い反論に、吾妻もうっ、と呻いて黙る。
 項垂れた巨体の二人を見下ろして、流河はちょっといい気分だ。
「なんだろ。久々に今日の俺はキレがいいなあ」
 少し悦に浸りたい気分だったが、流河にナルシストの気はないので、一瞬だった。
 へこんでいる吾妻と村崎を見ると、やっぱり申し訳なく思える。
 声を明るくして、話題を変えた。
「それは置いといて。
 この前のデート楽しかったね」
「お前はデートやないやろ」
 話題が変わった途端、村崎につっこまれたが、これくらいなら痛くない。
「君たちが、だよ。
 かわいかったんでしょ? 君たちから見た白倉クンとか岩永クン」
 てっきりバカップル発言が来ると思って、待ちかまえて言ったから、吾妻と村崎が揃って表情を険しくしたことについていけなかった。
「今のは聞き捨てならないね…流河」
「同意見やな。今のは聞き流せんぞ」
 吾妻も村崎も地の底を這うような低い声だ。
 なんだろう。今の台詞のどこに気分を害するワードがあったっけ?
 困惑する流河を前に、吾妻と村崎は椅子を蹴倒して叫んだ。
「白倉は誰から見ても、いつでも、現在進行形未来まで愛らしいよ!?
 “僕から見て”“この前の”ってなに!?」
「嵐にかわいくないときがあるんか?」
 鬼のような表情で二人が言い放った台詞を聴いて、流河は茫然とした。
 そのあと、がくんとテーブルに倒れ込んだ。
 長いため息を吐く。
「あのさあ…」
 ゆっくりと起きあがって、二人に向き直った顔は引きつっている。
 もちろん「やだこの二人、付き合ってらんない」って意味だ。
「キミたち馬鹿でしょ!? アホでしょ!?
“君たちから見て”でいいんだよ! 限定で!
 俺達まで白倉クンと岩永クンかわいいね、守りたくなるねって思ってたらおかしいわけ!
 ってゆーか君たちそれいやでしょ!?」
 勢いよく立ち上がり、吾妻と村崎を指さして大声で反論する。
「な…流河、白倉のこと“襲いたい”って、白倉のことそんな目で見てたの!?」
「空耳アホ耳大概にしなよ!? んなこと言ってないよ!
 んなこと思ってんのキミだけだ!」
「…流河、いくらお前でも…」
「村崎クンもか!? もういやだよ俺さばききれない!
 誰かたすけて!」
 頭を抱えて床にしゃがみ込んだ流河は、随分疲れている様子だ。
 叫び疲れと精神的疲労らしい。
 実は村崎の場合、最初の文句以外はわざとだ。若干申し訳なくなってきた。
「……お―――い、なにこれ、なんで流河泣いてんの?」
 やっと部屋に帰ってきた岩永が、扉の傍で半ば唖然として話しかけてきた。
 流河が「救世主!」と叫んで立ち上がり、岩永に抱きついたので、村崎は殺意を覚えたが、流河は気づかなかった。




「吾妻、お風呂あがった」
 翌日の七月七日。
 寝室でドキドキそわそわしながら待っていた吾妻は、がばっと顔を上げて、風呂場の扉の前に立つ白倉の元に駆け寄った。
 まだ日の高い昼間だが、室内はカーテンが引かれていて蛍光灯の明かりのみだ。
 白倉はシャツにハーフパンツ姿で、肩にタオルがかかっている。
 湿った髪の毛から、雫が時折落ちる。
「白倉、…ほんとうにいいの?」
 吾妻は肩を優しく掴んで、尋ねた。
 白倉は耳まで赤く染めて、こくりと頷く。
「吾妻にはたくさん我慢させてしまったし…」
「僕のことはいいよ。それより、白倉が無茶してないかが心配」
 切に訴える吾妻の声に、白倉は口元を綻ばせた。
「吾妻…。
 俺、そんな吾妻だから、かまわないって思う…」
「…白倉」
 あまりに愛らしい台詞に、吾妻の頬まで赤くなる。
 白倉は上目遣いに吾妻を見上げて、
「あんな、俺、はじめてだから…」
 と、たどたどしい口調で言った。
 吾妻の胸がドキンと高鳴る。
 こういうシチュエーションの常套句なら「はじめてだからやさしくして」だ。
 夢の見過ぎだロマンが過ぎると言われようが、吾妻はそれを白倉が言ってくれたらどんなにいいだろうと思ってきた。
 期待に胸を膨らませる吾妻を、潤んだ瞳で見つめて、白倉は桜色の唇を開く。
「はじめてだけど、がんばるから、がんばって吾妻に応えるから…」
 なにやら違う方向に行った台詞に、吾妻は微かに肩すかしを食らった気分だ。
 しかし、その判断こそが甘かったと実感する。
「…目一杯、可愛がってな…?」
 上目遣いの瞳は潤み、頬は赤く、吾妻の服をちょい、と摘んだ頼りない指先。
 破壊力は今までで最強。吾妻の心拍数は一気に高まり、鼻血を噴いてもおかしくないほど頭に血が上った。
「…吾妻?」
 白倉はきょとん、として壁に向かった吾妻を振り返る。
 吾妻は壁に手を付き、頭をがつん、と自ら打ち付けた。

(落ち着け。落ち着くんだ財前!
 いくらお許しが出ても相手ははじめて。男に抱かれるんがはじめてと違って、他人とセックスすること自体がはじめての純潔!
 欲望のままに行動したら絶対無茶させる!
 せめて、せめて欲望は五十%に抑えるんだ!)

 頭を打ち付けて必死で自分に訴える吾妻に、白倉はひどく心配そうな視線を寄越して、吾妻の傍に立った。
「吾妻、だいじょうぶ?」
「あ、ごめん。平気だよ」
 不安そうな白倉を前にして、吾妻は我に返る。
「ごめんな。なんでもないから…」
「だけど、俺があんなこと言ったせいだろ?
 吾妻、ごめんな…。俺、勝手なこと言ったかも」
 白倉はひたすら心配そうにして、吾妻の赤くなった額を見つめた。
「そんなことない!」
 今にも手折れそうな白百合のように揺れる白倉の姿に、吾妻は肩を勢いよく掴んで抱きしめた。
「そんなことないよ! 僕の心臓の音が答えだよ!」
「…あ」
 吾妻に急に抱きしめられて、白倉は驚いたが、耳に当たる吾妻の胸から響く心音の速さに、頬が赤くなる。
「…喜んでくれた?」
 小さな声で、期待しながら尋ねる愛しい人の声。
 吾妻は真っ赤な顔で視線を合わせて、大きく頷いた。
「…すごく、ドキドキしたよ。だけど、白倉ははじめてだから、僕がしたいこと全部したら、大変だよ」
「…したいこと?」
「……あー、それは」
 吾妻は白倉から視線を逸らして、言葉に詰まる。
 こんな純情な白倉に、詳しく言えるはずがない。
「…いいのに」
 白倉が呟いた。
「吾妻になら、なにされたって俺…」
 可愛らしくか細い声が紡いだ大胆な言葉に、吾妻は思わず白倉の方を向いてしまう。
 言葉を失うほど、心臓がばくばく鳴っている。
「…吾妻にしか感じられないように、俺の身体、好きにしてもいいもん…」
「…し、らくらっ!」
 恥じらった台詞は、先ほど以上の威力だ。
 吾妻は興奮して、白倉を抱き上げると、寝台に運んで、そっと降ろした。
「あ…」
「いいね?」
 覆い被さると、白倉が僅かに怯えたように視線を逸らす。
 だが、吾妻の手に自ら手を絡め、吾妻を見上げて、小さく頷く。
「白倉…!」
 吾妻は理性の箍を外して、白倉の首筋に顔を埋めた。

「お取り込み中んとこ悪いんやけど、恒例行事なんでええかー?」

 と、いう非常に聞き慣れた、間延びした声に、一瞬沈黙が落ちた。
 白倉が先に理解して、吾妻の下から抜け出し、寝台から降りて壁に逃げた。
 真っ赤な顔で、寝室の戸口に立っている男性を見つめる。
「先生…」
「邪魔してごめんなあ。まさかこない真っ昼間っからおっぱじめとるとは思わんくて」
 悪びれた様子もなく言うのは、三年一組の担任、真鍋賢人だ。
 吾妻は非常に悲しそうな顔をして、真鍋を睨み付けた。
「あの、なんの用事?」
 白倉が未だ動揺して尋ねると、真鍋はのんびりと、
「なに言ってんねん。
 七月の恒例行事やんか」
 と答えた。
 そこで、若干冷静さを取り戻した白倉が、ああ、と呟いた。
「…寮の抜き打ち検査…?」
「そ」
 白倉と真鍋の会話を理解できず、吾妻は二人の顔を交互に見て、白倉に尋ねた。
「抜き打ち検査?」
「…うん。七月にやるんよ。毎年。
 すっかり忘れとった…」
 白倉は恥ずかしそうに笑う。
「ほな、ちゃっちゃかやんでー」
 暢気に宣言する真鍋に、「邪魔しないでくれ」と言えるわけもなく、吾妻は項垂れた。



「リビングにはたいしたもんなかったなあ」
 リビングの検査を終え、真鍋は寝室の扉を開けながら言った。
「あらかじめ用意されとる以外の荷物はなかったし、しいていうならテンピュールのクッションやが」
「あれは俺が」
 白倉がはい、と手を挙げて答えると、真鍋は視線だけで「わかっとる」と言った。
「食器も清々しいほど使った形跡なかったし」
「たいがい、食堂で済ますから…」
 吾妻は覇気なく答える。
 寝室に足を踏み入れて、ざっと見渡し、真鍋は棚に手をかける。
 開いて見てみるが、やっぱり特におかしなものは入っていない。
「お前って、趣味ないんか?」
「あるにはあるよ」
「なんや?」
「白倉…」
 吾妻が顔を赤らめて言うと、真鍋は呆れた視線を寄越しただけで、寝台に向き直った。
 岩永達と違って、つっこんでくれない。
「…あとは、高校生男子ゆうたら」
 寝台の下は、長いシーツによって隠されている。
「ここにエロ本とか…」
「あっ…そこは!」
 しゃがみこんでシーツを持ち上げると、吾妻から「まさになにか隠してます」なリアクションが出て、真鍋は笑った。
 だが、すぐにその笑いは消える。なんだこれ、という表情になった。
 寝台の下のスペース一杯に、プラスチックケースが置いてある。
 引き出し式のケースを開けると、DVDでも本でもないものばかり。
「…なんやこら。
 えー、使い切った保湿リップ。空の化粧水。使い切ったマジックペンにボールペンに、壊れたシャーペン。壊れたことプ。使い切った塗り薬ケース。壊れたハサミ。使用済みらしいビニール手袋。使い古したカシミアの手袋。使い古したスリッパ。使い古した鞄、財布、くし、ハンカチ、ストラップ。壊れたキーホルダー。着古したシャツに靴下、ズボン、パーカー…」
 まだまだ出てくるそれらは、きちんとビニール袋にいれて保管されていることから、ゴミではない。
 ということは、
「お前、これ…」
 真鍋は思いきり引いた顔で、吾妻を見上げた。
 どうみても考えても、白倉が使って捨てたもののコレクション。
 立派なストーカーである。隠していたことからも、白倉は知らない。
 事実、白倉は潤んだ瞳で吾妻を見上げ、衝撃を受けたように、

「吾妻、俺がこの間あげたストールと写真は…?」

 と、真鍋の予想とはあさっての問いかけをした。
 真鍋の目が点になる。
 吾妻は大股で寝台に近寄り、自分の枕を掴むと、枕のカバーのファスナーを開けて、中からストールと写真を一枚取りだして、自信満々に言った。
「ここにあるよ!
 白倉の夢を見れるように、って枕にいれてるよ…」
「吾妻…よかった! 信じてた!」
「白倉…」
 吾妻に駆け寄った白倉を抱きしめ、吾妻は優しく髪を撫でる。
「だけど、俺のこと抱いて寝てるんだから、俺で見たらいいのに…」
「白倉、ヤキモチ妬いてる?
 ストールも写真も白倉のものだよ?」
「だけど、俺より大事にしたら、駄目…」
「当たり前だよ。僕には白倉が一番の宝物だよ…」
「吾妻…」
 見つめ合って激甘な会話を交わす二人を砂を吐きそうな顔で見つめて、真鍋はおそるおそる、聴かなくてもわかることを訊いてしまった。
「あの、ここのコレクション、全部白倉が…?」
「そう。俺が吾妻にあげてる」
「白倉公認だから」
「ほな、なんで隠して…」
 真鍋の一縷の望みを託した問いかけに、吾妻は真顔で、
「九生と時波に見つかったらいかんからだよ」
 と答えた。
 あ、そう、としか言えない。
「…そういえば吾妻、昨日俺が書いた分読んでくれた…?」
 白倉は吾妻に腰を抱かれ、腕の中に収まったまま、吾妻の胸板を指でなぞる。
「もちろんだよ。白倉がお風呂入ってる間に読んだよ」
「よかった。俺な、一緒の部屋で暮らしとるのに、吾妻に言いたいことがたくさん出てきて、あんなんになってしまう。恥ずかしい…」
「なに言うの? 僕なんかもっとだよ。
 白倉は、白倉の思うとおり、表して言ってくれたらいい。
 なんの我慢もいらないよ。僕の傍にいて欲しい…」
「吾妻…」
 目の前で、真鍋など目に入ってない様子でいちゃいちゃする二人に、猛烈な倦怠感を覚えて真鍋は床に座り込んだ。
 故に、真鍋は知る由もない。
 現在二人が交わしている話題が、二人が交際スタートしてから毎日かかさずに続けている「交換日記」の内容についてだと。
 もし岩永か夕が知ったら、こうつっこむだろう。

「お前ら、同じ部屋で一緒に寝とるんに、今更なんの意味があるんや」

 ―――――と。
 言わぬが花。
 だって、実際に知ってつっこんだら二人は、

「一緒にいるからって、伝えたいこと全部言えるとは限らないだろ?
 文字にすることで、なんでも言えるんだ…」
「それに、僕は白倉がいない間、これを読み返して幸せになれるよ」

 って答えるから。

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