【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第X章 踊れ!悪魔の腕の中で

第四話 それでおしまい?

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 俺が俺のまま、あなたを愛し続けるために。
 正気ではいられなかった。
 狂うしかなかった。
 狂ってでも、あなたを想い続けたかった。


 抱きしめようと持ち上げた腕は、そのまま身体の脇に降りた。
「…静流?」
 自分を抱かない村崎の腕をいぶかって、“岩永”は顔をその胸からあげた。
「俺に会いたかったやろ?」
 自分を見上げる笑顔。
 なにも違わない、あの日の彼だ。
 彼は、本当に岩永なのだろう。
 でも、自分が手を取った、彼ではない。
「会いたかった」
 村崎が素直に答えると、“岩永”は嬉しそうに微笑む。
「やけど、それは、“昔”の儂やった」
「……」
 村崎が口にした言葉に、“岩永”は首を傾げた。
「お前に記憶があったら、覚えとってくれたら、あの日のように呼んでくれたら。
 ずっとずっと願っとったことや。
 夢でもかまわんくらい、嬉しいとは思う。
 …昔なら」
 静かに、悲しげに語る村崎を見つめて、理解が追いつかないように、“岩永”は掴んだ村崎の服を離す。
「…もう、“目の前”のお前を一番に愛しいとは思えへん」
 まだ、真っ直ぐに、記憶がいらないとは言い切れない。
 もし、岩永に記憶が戻るなら、なんでもするかもしれない。
 けれど、そのために、自分が選んだ彼が殺されるならば。
「今のままでいい」と望んだ。その彼が消えるならば。
「記憶があっても、その手は儂が掴んでええもんやない。
 お前を好きやったのは、昔の儂や。
 今の儂やない」
「…なんで?」
 やっと言葉を発した“岩永”の表情は、悲しそうに揺れていた。
「思いこんで、ふさぎ込んで、見もせんで、決めつけて拒絶しつづけた。
 やのに、ずっとずっと、傷付いても諦めんでいてくれた。
 好きになってくれた。
 …あいつしか、抱きしめたない。
 あいつしか、愛したいと思わへん」
「……」
「悪い」
 自分を見つめて、静かに謝る村崎の顔を、信じられないものを見るように、“岩永”は見上げた。
 村崎が不安になって手を伸ばすと、振り払われた。
 顔を上げた“岩永”は、涙のにじんだ瞳で村崎を睨み、右手を振るった。
 一瞬でまとった風が吹き荒れる。
 だが、“岩永”の身体を二重の風が絡め取って拘束する。
 村崎が“岩永”の背後を見ると、夕と明里、流河がいた。
「この状況の原因らしいからね。それ」
 流河が、風に絡め取られた彼を視線で示す。
 村崎の背後で靴音がして、村崎はゆっくり振り向いた。
 自分の知っている、あの岩永が不安げな顔で自分を見上げていた。
 腕や足に残る火傷の跡。片足を引きずって、村崎に近寄った。
「…どないした?」
 安心させるように微笑みかけると、岩永は泣きそうなほど安堵して、駆け寄ってきた。
 村崎の肩口に軽く抱きつく。
 すぐ離れた。
「これも岩永クンなんだよね…?」
 流河が理解しきれない顔で彼を指した瞬間、突風が吹き荒れた。
 あっさりと自分を拘束する風を破って、“岩永”は床に着地した。
 流河が傘を構えて、床を蹴る。
 硬度の強いものに傘を変換し、飛びかかる。
 背後から夕の風が援護した。
“岩永”は笑って、右手で放った吹雪で風を凪ぎ払う。
 流河が振り上げた傘を片手であっさり防ぎ、鳩尾に蹴りをたたき込んだ。
 岩永が温度操作の力を操って、同じように発生させた吹雪を放つ。
 彼は指先で操った風で、簡単に防いで、更に岩永の身体を吹き飛ばした。
 明里が闇の矢を放つが、指先一つで掻き消された。
「…相手にならんなあ」
“岩永”が退屈そうに呟く。
「弱すぎや」
 笑って、自分を軸に巨大な竜巻を発生させた。
「ほな、こっちも行くで?」
 微笑んで、夕や流河、明里を見た顔は、やはり岩永そのものだ。
 放たれた竜巻は、壁や天井を破壊しながら突き進む。
 夕と明里が攻撃を放つが、竜巻にぶつかった瞬間、空気のように消えた。
 夕と明里は驚愕する。
 流河が傘を持ってつっこんだ。
 傘を振るう。直に竜巻を攻撃すれば、多少は弱まるはずだった。
 当たった瞬間、傘は塵と変わった。流河の身体を一気に襲って、吹き飛ばす。
「流河!」
 岩永が起きあがって、名前を呼んだ。
 物質変換した傘だ。そうそう壊されない。
 吾妻と戦った時だって、最後まで原形をとどめていたのだ。
 相手の攻撃を防ぐだけの強い、“最初”の発動力を、流河は持っている。
 なのに、あんなあっさり。
「やから、ランクがちゃうんやって」
“岩永”は歌うように言う。
「お前ならわかるやろ?
 制御装置をつけとるから、ランクがこいつらと並ぶんや。
 俺は、そないなもんつけてへんもん」
 岩永を示して、彼は言う。
「ああ、それとも、外したことないから、わからんか」
 軽く馬鹿にして、“岩永”は指先を頭上にあげる。
「待ってくれ!」
 その指が、腕がぴくりと動きを止めた。
 村崎の声に反応した。
「なに?」
 村崎を見る表情は、愛しい恋人を見る優しい顔そのものだ。
 先ほどまでの冷め切った顔とは全然違う。
「お前は…なんなんや?」
 岩永の記憶を持っている。なのに、岩永ではない。
 でも、岩永と同じ力を持つ。
 彼は言葉を探すように、顎に手をやった。
 瞬間、背後に迫った流河の振るった扇子が、その肩を掠めた。
 思ったより深く刺さって、肩から血が溢れた。
 顔をしかめることもなく、振り返ることもなく、“岩永”は片手で流河の顔面を弾く。
 二本の指先で軽く。なのに、流河の身体は数メートル先まで吹っ飛ばされた。
「…なん…」
 夕と明里が驚愕に声を漏らした。
 流河をあっさり倒したことに。そして、彼の向こうにいる、自分たちの知る岩永の、肩が一瞬で裂けたことに。
 血が流れ出る肩を押さえて、岩永はうろたえた。
「あー、もしかして、さっきもあったやろ?
 攻撃受けてへんのに怪我したん。
 ほら、右手首と、両方の二の腕と両足」
“岩永”が自分の腕を指して、同じ顔をした相手に尋ねた。
 村崎が伺うように岩永を見る。岩永が茫然としたまま頷いた。
「俺が怪我したからや。
 俺が怪我すれば、あんたにも伝わる。同じ怪我を負う」
“岩永”は、自分の手首に指先を当てた。
 今はなんの傷もない白い肌。そこを、自ら発生させた風でざっくりと切り裂いた。
 同じように、なんの攻撃も受けていない岩永の手首が裂けて、大量に血が落ちる。
「こういうこと」
 自分の血を舐めて、彼は微笑む。
 そして、驚きに声すら失った夕たちや、村崎を見てから、指先を振るう。
 瞬間、光の粒子が“岩永”の全身を包んで、たちどころに全ての傷を癒した。
 岩永はおそるおそる、自分の手首や肩を見る。
 傷がない。消えている。
「で?
 俺と戦う? 傷付ける?」
 彼は笑って、周囲を見回す。
「そいつも、傷付けるってことやけど」
 自分に集まった視線に、岩永は首を左右に振った。
 構わないでいい。自分のことなんて。
 だから、戦って。
 そう願うのに、その通りにはならない。
 その場に風が吹く。彼が操る風だ。
 炎をまとって、燃え上がる。



「…世界の差?」
 白倉は茫然と呟いた。
 自分を抱き上げた“吾妻”を見下ろす。
「よく漫画であるでしょ?
 並行別世界。パラレルワールドってやつ。
 選択肢、その時言った言葉、行動一つ違っただけで、未来が大きく変わることもある。
 選択肢が一つ違うだけでも、未来が劇的に違った世界。
 僕とあいつは、そういう“ここと途中まで同じ選択肢で、途中から違った選択肢を選び、変わった世界”から来たってことね」
 彼は楽しそうに笑う。
 白倉を下から覗き込み、微笑む。
「だから、僕はあいつと違って、すごく強いよ?」
「…なんで?」
「なんでて」
 白倉は首を横に振る。
 なんで、世界を横断してこれる。なんで、わざわざ違う世界に行く?
「…僕の世界では、岩永は記憶がある。
 暴走してないからね。未然に覚醒することができた」
「…!」
「だから、未来が大きく変わってるよ」
“吾妻”はそれだけ言って、白倉を抱きしめた。
「だから、一緒に行こう。白倉」
 きつく、抱かれた。
「会いたかった。一緒に、僕と行こう」
 夢を見るような口調で呟いた吾妻は、すぐに周囲に灼熱の壁を発生させた。
 その壁にぶつかって、熱を浸食し、凍らしていくのは、吹雪だ。
 流河や、岩永が生み出す吹雪とはレベルの違う、強力な吹雪。
 熱の元である炎が、凍り付いて、“吾妻”の周囲に氷の壁を作っていく。
 白倉の足下から出現して、白倉の身体をかっさらい、一気に廊下の端まで飛んで離れたのは、優衣だった。
「白倉!」
 ひどい火傷を負いながらも、吾妻は駆け寄ってきて、白倉を見てホッと息を吐いた。
「ご託はいい。
 てめぇがこの世界には不要だってことに変わりはねぇからな」
 吹雪を放った主が、微かに憤りを滲ませた声で言う。
“吾妻”はそちらを向いて、やっかいそうな顔をした。
「風雅か…」
「ここには、その白倉しか頭にねぇ吾妻で間に合ってんだ。
 自分の巣に帰れ」
 風のように吹雪をまとわせて、佇む風雅を見つめ、“吾妻”は笑う。
「だけど、こっちは間に合ってないよ」
「そんなん、知ったことかよ。
“リヴァイアサン”」
 風雅の口から出たフレーズに、“吾妻”は顔をしかめた。




 火柱を避けて、床を蹴った流河を援護して、夕の風が周囲を踊る。
 うまく流河の動きを補佐して、夕自身が風の力で超速移動をするように、彼を一気に“岩永”の傍らに運んだ。
 振り上げた足。足を覆う衣服を変換して、鋭い刃に変え、彼の腕を狙う。
 が、当たる寸前に、流河は動きを止めた。
 躊躇う流河の姿を、楽しそうに見つめて、“岩永”は人差し指を流河に向けた。
 瞬間、指先から放たれた真空刃が流河の胸から肩を切り裂き、吹っ飛ばす。
「流河!」
 悲鳴に近い声で流河の名を呼び、夕は一気に移動する。
 流河の落下予測地点に回り込み、身体を受け止めた。
「夕さん!」
 明里の声にハッとした瞬間には、背後に“岩永”が回っていた。
 反射で背後に放ったかまいたちは、“岩永”の頬を掠めるに終わった。
 凍り付いた夕の胸元に、水弾がたたき込まれる。
 夕は呻いて、床に倒れ、動かなくなった。
「…ゆ」
 掠れた声で夕の名を呼んだ明里は、自分の眼前に立った“岩永”を見上げて、絶望したように四肢を硬直させる。
 攻撃をしなければ。彼は夕を傷付けた。
 だけど、岩永をも傷付ける。
 できない。
 混乱した明里に、“岩永”は優しく微笑みかけた。
 持ち上げた足で、明里の顔を蹴り飛ばした。吹雪をまとった蹴りだ。
 床に崩れ落ちた明里の上体が、凍り付いている。
「…なんや、随分、愛されとんなあ?」
“岩永”は嘲笑って、傍に倒れていた夕の背中を踏みつけた。
「みんな、一撃くらい入れられる機会はあったんに、お前のためにできひんかったんやで」
 自分と全く同じ顔。同じ瞳に見つめられ、岩永は茫然とした。
 なにも言えない。
 自分がいなければ、戦えた。みんな戦えた。
 自分さえいなかったら。
「嵐」
 闇に沈みかける思考を引っ張るように、自分を庇って立つ村崎が強く名を呼んだ。
「お前の所為やない」
「…村崎」
 自分の前に立つ、大きな背中。
 いつも、この背中に助けられてきた。
「お前がいて、苦しかったことなんか一回もあらへん。
 これは、お前の所為やない」
「…むら」
 はっきりと言い切る、教えてくれる村崎の言葉に、泣きそうになる。
 そう言う村崎だって辛いのに、自分を思いやるその優しさに、なにも返せない現状が悔しかった。
「…ほんま、愛されとるわ」
“岩永”は面白くなさそうに呟く。
 夕の背中を踏む足に重心をこめると、夕が呻いた。
「…なんでや?」
 村崎は悲しささえ滲む声で、“岩永”を見つめる。
「お前が、嵐に変わりがないなら、なんでそないなことができる?」
「…?」
 彼はただ首を傾げた。
「夕はんも、流河も、明里も、みんな大事やったはずや。
 お前はそういうヤツや。やのになんで、そんな風に傷付けられる!?」
 胸を抉るような、痛ましい声だった。
 なのに、“岩永”は理解していないような顔で、笑った。
「静流。それ、静流が言うこと?」
「…?」
 馬鹿にしたように、笑う。
「静流かて、なにもせぇへんかったやんか。今。
 流河たちが死にそうになっとんのに、見物しとったやん?
 そいつだけ守って!」
“岩永”は足を軽く持ち上げて、思いきり降ろした。
 夕の背中を強く蹴る。
 夕の口から血が零れた。
「やめ…」
「静流かて、そいつだけ優先して、こいつら見捨てたやん?
 やのに、自分だけ聖人面?
 俺と静流、どこが違う?
 …同じやと思うけど。
 大事な人間以外、どうでもいい人でなし」
 村崎が声を詰まらせた。息を呑む。
「そやなかったら、あんだけ長い間、全てからそっぽ向いて過ごせへんもんな?
 どうでもよかったんやろ?
 そいつに気づくまでの一年近く。全てが煩わしかった。
 俺と同じや。
 大事な者さえ手に入れば、入らなければ、他なんて世界にいらへん人でなしや」
 早口で、攻撃的に村崎を責めた“岩永”の声が途切れる。
 彼の頬を、風が掠めた。
 村崎の横を通り抜けた岩永が放った風だ。
「ええ加減にせぇや」
 低く這う声が、憤りを滲ませて響く。
「少なくとも、お前と村崎は違う」
 怒りに冷めた表情で、自分自身を見つめた岩永を、村崎は戦慄して見ていた。
 こんな風に、岩永が怒った姿を見たことはない。
 こんな風に、触れると火傷しそうなほどに、怒った姿は。
「嵐!?」
 岩永は一瞬で、一気に彼に近づいた。
 温度操作の力で、床を撃ち、反動で一気に近づいたのだろう。
 彼が嘲笑う。
 背後に飛んで逃げ、その手に吹雪を纏わせた。
「お前のレベルじゃ、俺には及ば――――」
 勝利を確信した声が、途切れる。
“岩永”は我が身を疑った。
 四肢が、動かない。
 身体が自由にならない。
 この感覚は、覚えがある。
 背後に、今更に気配を感じた。
 微かに、どうにか振り返った視界に映る、九生の姿。
 脳への干渉。
「余計な…!」
 瞬間的に高めた力で、全身を覆う。
 吸収の力に吸い込まれて、九生の力が消える。自由が戻る。
“岩永”は視線を正面に戻して、息を呑んだ。
 眼前に立つ、手を振り上げた自分の姿がある。
「お前はもう少し、仲間のありがたみを思い知れ」
 構える暇もない。
 胸から肩に掛けて、深く切り裂いたかまいたちに、血を吐いてその場に倒れ込んだ。
「嵐!」
 村崎が悲痛な声で叫び、岩永に駆け寄る。
 岩永の身体には、彼が負ったような深い傷はない。
「さっき、こいつを攻撃したときに、傷が跳ね返らへんかったからな。
 多分、俺がこいつを攻撃する分には、なにも跳ね返ってこうへんって踏んだ」
 逆も同じやろうけど、と岩永は疲労の濃い声で呟く。
 足が震えている。
 村崎が腰を抱いて支えると、身を預けてきた。
 あの吾妻に負わされた怪我は治っていないのだ。相当きつかっただろう。
「…なんで、わざわざ、世界をまたいで来た」
 岩永は静かな口調で尋ねる。
「なんで。
 そっちにも、…村崎はおるやろう…?」
 床に倒れたまま、彼は目を閉じた。
「……お前には、わからん」
 ぽつりと、そう呟く声が聞こえた。
 地面が不意に揺れた。
 地響き。
 壁の向こうから、光が迫ってくる。
 目映い閃光。
 目を、思わず閉じた。



「…リヴァイアサン…?」
 吾妻は、風雅の言葉をそのまま呟いた。
 彼のことだろう。
 どういう意味だ。
「詳しくは考えんな。
 どうせ、朝には覚えてねぇ話だ」
 風雅は“吾妻”から視線を逸らさないまま、淡々と答える。
“吾妻”を中心に竜巻が起ことた。
「懲りねぇな!」
 風雅が放った吹雪は、風すら凍てつかせる。竜巻が、その形のまま凍り付く。
 巨大なオブジェのようだ。
「吾妻!」
 優衣が鋭く自分の名を呼んだ。
 吹雪と竜巻で視界が一瞬奪われていた。
 自分の傍に立っていたはずの白倉の姿が、ない。
 自分が立つ場所より、少し離れた廊下の中央。
 白倉を抱きしめた、もう一人の自分の姿。
 彼は無邪気に微笑んで、白倉の顔を見つめて、その唇に深く口付けた。
 白倉は目を閉じている。意識がない。
「またすぐに迎えに来るから…待っててね」
 彼は子供のように、優しい笑顔を浮かべて、腕の中の白倉に囁きかけた。
 その姿すら見えなくなる。手を伸ばした。
 目映い白い閃光が、視界を覆い尽くす。



 手を天井に伸ばした姿勢で、眼が覚めた。
 岩永は茫然として、寝台に身を起こす。
 いつもの見慣れた、202号室の自分の寝室。寝台の上。
 時計の針は七時丁度。
 窓の外は明るい。朝だ。
 寝間着に覆われた自分の全身が、汗で濡れている。
「……え」
 見えるところに怪我はない。
 身体の痛みも、怠さもない。
 唖然とした。
 寝台から飛び降りて、リビングに向かう。
「あ、おはよ」
 テーブルにカップを用意して、紅茶を煎れていた流河が振り返って、笑った。
「……」
「どしたの?」
 いつも通りの流河だ。
 何事もない様子。どこにも怪我は負っていない。
「…昨日、……なんかあったっけ?」
「昨日? 開会式があったじゃん?
 どしたの?」
「…開会式?」
 岩永はすぐに理解できなかった。
 流河は心底怪訝そうな顔で、「チーム戦の開会式」と言う。
「…え」
 岩永は茫然とした。
 寝室に戻って、サイドテーブルの上の携帯を掴み、フリップを開く。
「…七月、十六日…」
 今日の日付だ。
 そう表示されている。
 あの出来事は、七月七日だった。
 でも、今日はその九日後?
「…流河」
 心配になったのか、寝室まで顔を覗かせた流河に、尋ねる。
 喉が渇いているのは、朝だからか。眠っていたからか。
「七夕の日ってなにかあったっけ?」
 掠れている岩永の声に、やはり怪訝な顔をしながらも、流河は「抜き打ち検査があったよ」と答えてくれた。
「ほかには…」
「……村崎クンと吾妻クンのバカップルが痛くって~…?」
 心底悩んだ流河の声に、岩永は息を吐いて、呼吸を整えた。
「ごめん。ぼけてたみたい」
 流河を見て、安心させるように微笑む。
「怖い夢でも見たの?」
 流河はホッとして、笑ってくれる。
「多分。ごっつやな夢」
「そっか。そりゃ大変だ」
 普通の談笑に切り替えてくれる流河に感謝しながら、岩永はクローゼットの戸を開く。
 シャワーを浴びて、すっきりしよう。
 ただのリアルすぎる夢だ。
 着替えを用意して、シャワールームに入って服を脱ぐと、やっぱり身体のどこにも怪我も、痕もなかった。
 ただの夢だ。
 今日、チーム戦の予選があるから、試合があるから、変な風に気が高ぶっただけだ。
 そうに違いない。



「誠二!」
 朝、先に起きた白倉は、冷蔵庫の戸を開けたところで名前を呼ばれてちょっとびっくりした。
 目を丸くして、頬を赤らめる。
 寝室の扉を開いて、猛突進してきた吾妻に抱きしめられ、いきなり深いキスをされる。
 びっくりしながらも応えた。
 だって、テレパシー以外では名前を呼ばないようにしていたのに。
「…どうした?」
 長いキスが終わったあと、唇を解放されたが、きつく抱きしめられた。
「誠二…」
 吾妻は泣きそうな声で自分を呼ぶ。
「僕のこと好き?」
「はあ?
 そんなん当たり前だろ…」
「ほんと?」
 吾妻は泣きそうな、思い詰めた顔で自分を見下ろす。
「…ああ」
 白倉の胸まで、なぜか痛くなって、心から答えた。
 吾妻の頬に手を当てる。
「大好き。吾妻…」
 囁いて、自分からキスを贈った。
「…怖い夢見た」
「ああ、夢だ。本物はこちら。
 俺は、ここにいるだろ?」
 震える吾妻の身体を抱きしめて、あやすように言った。
 こんな大きな身体で、それでも夢が怖いなんてかわいいところもある。
 どんな夢を見たのか。蜘蛛の出る夢に違いない、なんて思った。
「…夢、だね…」
 吾妻は目を閉じて、白倉の肩口に顔を埋めた。


 夢だ。
 ただの、リアルすぎる夢。
 身体に傷なんてなかった。
 日付だって違う。
 みんななにも知らない。
 だから夢だ。
 ああ、よかった。


「…大体の奴らの記憶隠蔽はしばらく保つじゃろうが、吾妻と岩永は怪しいぜよ。
 違う世界の自分と出会った本人だから。
 簡単な弾みで記憶が戻ってもおかしくないぜ」
 100号室。
 化野の部屋のリビング。椅子に座った九生が、重苦しい口調で言う。
「記憶隠蔽に協力させられたんだから、そろそろ詳しい事情が聞きたいところなんじゃが?」
 指でテーブルの上を叩く九生を見遣って、化野は微笑む。
「せめて、チーム戦が終わってからにしないかい?」
「今のまんまじゃ、チーム戦に集中できんから来たんじゃが?」
 九生が椅子から立ち上がって、睨む。
 化野は穏やかに笑っている。本当にあの日が夢のように。
「俺の力でもお前より、強力な記憶隠蔽ができるんだよ」
 彼はそう言う。
「真実を知った傍から、夢にしたいなら、今でもいいよ」
 神のように美しく微笑む化野を見つめて、九生は唇を噛みしめた。悔しそうに。
    
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薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

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