【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第八章 さよならの森の中で

第五話 天使の奇策

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 岩永チームが進んでいるのは、鬱蒼とした森の中だ。
 夕たちのチームと戦ったあと、何チームかと戦ったが、ほぼ勝ってきた。
 実力が拮抗しているなら、HPとエネルギーを削れるだけ削って逃げるのも手段の一つだが、実力に差があるなら倒して勝ち進むのも上策だ。
「暑いなあ…」
 岩永が呟いて、ネクタイをゆるめた。
 上着をはためかせて、涼もうとするがあまり意味がない。
「確かに、何戦もやっとると汗掻くわ…」
 優衣も同感らしく、上着の裾を掴んだ。
 脱ごうか迷っているらしい。
「そ?
 俺はそんなでもないけど」
「お前はさっき上着ぬいだからやろ」
 優衣につっこまれ、流河はけらけら笑う。
 つっこみを待っていたらしい。
「村崎くん暑くない?」
「そう言われれば…」
「見た目、涼しそうな森なのにね」
 外観だけなら周囲を覆う風景は、日差しは木々で遮られ、気温の低そうな森なのだが、実際の気温はそれなりだ。
「まあ、どこにおっても一定の気温が保たれとるからなあ」
「まあね」
 トリプルツリー内はどこでも同じ気温だ。
 フィールドが変わるごとに大きな気温変化があると、長時間そこで戦う生徒達が身体を壊してしまうからだ。
「せやけど、上着脱ぐとサラリーマンみたいやしなあ…」
「………」
 岩永の呟きを聞いて、流河と優衣はなにか言いたげな顔で村崎を見上げた。
「…なんや」
「いや?
 …なんか既に高校生くらいのお子さんがおる中間管理職、みたいな?」
「うんうん」
 そう見える、と流河と優衣は言う。
 上着ぬいだらそう見える。
「……ほんなら言わせてもらうが、流河、御園」
 村崎は一度息を吐いてから、二人を見下ろして、
「お前ら、マフィアっちゅうよか、ホストに見えてしゃあないんは儂だけか?」
 上着があってもなくても、と村崎は真顔で言う。
「……あ、言われてみれば」
 岩永が思わずといった風にこぼした。
「マフィアに見えなくもないけど、どっちかっちゅうたらホスト?」
「……そういうご意見は想定内だよ」
 流河はふっと笑って、腕を組む。
「だいたい、同じテーマでも全員が似合うってわけじゃないんだから。
 岩永くんだって、一歩間違ったらマフィアじゃなく、どっかの芸能人のマネージャーじゃない」
「……うわあ、自分でも思ったけど、そういうこと言うなや」
「言われていやなら俺たちに言うな」
 流河の横で優衣がうんうんと頷く。
 岩永と村崎は顔を見合わせ、小声で話す。
「つっこんだらあかんかってんな」
「…ああ。ただ、最初の言い出しっぺは確か流河と御園…」
 村崎の口を素早く岩永がふさぐ。
「一言多い」
「…すまん」
「そんなに統一感がないならさ、黒スーツじゃなくて白スーツにしたらよかったのに」
 小声で話し合う岩永と村崎、遠目にそれを見やっていた優衣に対して言った流河の一言に、三人全員が同時に手を打った。
「それもそうや」
「流河、もうちょっとはよ気づこうや」
「俺のせいなの…?」
 気づかなかったのは君たちもじゃないか、と流河は言いたげだ。
「そういえば、白倉たちのチーム、暑そうな衣装やったよな」
「……まあ、着物は暑いだろうね」
 夕くんたちはそれなりに楽かなあ、と呟く。
 まあ、あれもあれで、白衣ぬいだら仮装じゃなくなるけど、白野は涼しそうだ。
「それにしても、よく考えたらうちのチーム、俺だけなんだよね」
「なにが?」
「関西弁じゃない人間が」
「ああ」
 歩を再開しながら、雑談を続ける。
「まあ、いつも一緒だし、馴染んでるからいいんだけど、ふと気づくと俺だけ浮くよね」
「まあなあ。けど、気にすることか?」
 優衣が同意しながらも、そんな気にすることやないやろ、と言う。
「慣れたら問題ないって」
「優衣くんが言う?」
「俺やから言うとんねん」
 優衣のやけに自信たっぷりな言い方に、流河は首を傾げる。
「俺、普段は風雅とかとおるもん。
 あいつらみんな東京弁やで」
「…あ、そっか」
「しかも、俺はボケやっちゅうとるのに、毎回ツッコミやらされるし、俺がボケてられるんは夕相手だけやわ。
 あいつ骨の髄からツッコミやから」
 なるほど、夕といると楽は楽らしい。
 毎回からカしているが、もしかしたら部屋では違うのかもしれない。
 彼らはルームメイトだ。
「…優衣くん、俺たちと一緒のときも割とツッコミじゃない?」
「ああ、うん。
 やけど、お前らの場合は、もう一人ツッコミ要員おるし」
 優衣の言葉に、流河は己を指さしてみる。
 優衣は頷いた。
「待て。
 俺と村崎がボケ?」
「大半はな」
「…ええ?」
 岩永は「自覚ない」と呟く。
 自覚はないだろうし、ツッコミなことも多いが、記憶がない部分もある岩永は割とボケるのだ。
 あと自分たちがつっこむのは村崎とのことが多いしなあ、と優衣と流河は思う。
「それはそうと、そろそろ誰かと会うんやない?」
「…ああ」
 頭を切り換えてもらおうと優衣は言ったが、岩永と村崎はまだ納得がいかない様子だった。
「って、言っていたらほら」
 流河は正面に向き直って、扇子を取り出し大きく振るう。
 空から向かってきた炎がかき消された。
「来たしね」
 岩永と村崎、優衣も気づいていたらしく、森の奥を見据えている。
 森の奥から姿を見せたのは、女一人と男三人のチームで、顔見知りだった。
「あ、綾ちゃん、やったっけ?」
 岩永が目を瞠る。
 深紅のゴシック系のドレスを身にまとった藍澤綾と、黒い執事の衣装の高尾、志津樹にもう一人。
 藍澤綾は名前の通り、藍澤の妹だ。兄より先にNOAに編入してきたと知っている。
「はい。藍澤綾です。
 そういえばあのあともお会いする機会ありませんでしたね」
 綾はぺこり、と会釈をしてから微笑む。
「ああ、なんやかんやで……似合っとんなあ」
「ありがとうございます」
 綾はにっこり微笑んで、ドレスの裾をつまんでみせた。
「村崎くんが言うから、多分みなさんだろうなあとは思いました」
「ようわかったな」
 岩永が志津樹を見て感心したように言う。
 志津樹は照れくさそうに笑った。
「そういえば君たち、藍澤のチームと戦った?」
「いいえ、まだ会えてなくって」
 流河の問いに、高尾が首を横に振って答えた。
 彼らが藍澤と戦うのを楽しみにしていたのは知っている。
「あいつらの仮装おもしろいで」
「あ、会ったんですか?」
「速攻俺らが逃げた」
 初っぱなやったから、と岩永は笑って言う。
「ま、確実に勝ち残ってるやろ」
「ですね」
 会話の区切りがついたのを察して、綾たちは距離を取って構える。
「村崎くんはお兄さんと戦いたがってましたから」
 綾が振り返らず言うと、志津樹は頷く。
「……ほな、やろか」
 岩永が村崎の顔を見ると、彼も同じ顔をしていた。
 村崎も気持ちは同じらしい。



 吾妻を先頭にして、進むのは街中だ。
 NOAのある街そっくりの街並。
 一番人通りの多い大通りだ。
 ただ、違うのは人気が全くないこと。
 道の端に並ぶのはコーヒーショップやファーストフード、本屋やCDショップ、百貨店など。
 吾妻が先頭なのは、さっきの戦闘のあとから、様子がおかしいからだ。
 白倉を視姦かというほど見つめ、頬を染める、気持ち悪い様子。
 どうも、女版白倉の幻覚を見せられたらしいが。
「全く、あとで若松に叱ってもらうようだな」
 時波は我慢ならないらしく、ぶつぶつ文句を言っている。
「しかし、赤目くんもこんな状態を予測できなかっただろうし」
「いいや、予想できてしかるべきだ。
 こいつのアホさ加減はNOAにいればわかるはずだ」
 時波は気が収まらないらしく、赤目に対して怒りを燃やしている。
「正確には、吾妻にはなに言っても効果がないから、赤目ってやつに八つ当たりしてるんじゃないか?」
「ああ…」
 藍澤の予想には白倉も納得してしまう。
 確かに、この状態の吾妻にはなにを言っても無駄そうだ。
 吾妻はずっとぽやーんとした緩い笑みを浮かべて、幸せそうに心ここにあらず。
 あんまり怖いから、強引に鬼の面をかぶせてそのままだ。
 本気でそのうち開かずの間から変な装置を持ってきそうで怖い。
「にしても、そろそろしゃんとしてもらわないと困るんだがな…」
 内心同意する。
 いつ、実力のあるチームと出会うかわからない。
 なのにいつまでも吾妻がこれでは困る。
「とりあえず、いったん作戦を練ろう」
 時波が足を止めて、白倉達を振り向く。
「俺達のチームは、前衛と後衛をいつも変えているから、それだけでも決めておかないと」
「ああ」
 白倉も吾妻も、藍澤も時波も、みんなやろうと思えば前衛も後衛もやれるから、いつも出会ったチームによって変えていた。
 いったん、暫定でもそこを決めておくべきだ。
「俺と白倉はチーム戦には慣れているから、暫定なら前衛でもいいとは思う」
「まあ、俺や吾妻は不慣れだからな…」
 下駄も思ったより動きにくいし、と藍澤。
 そこで、白倉はうん?と思う。
「吾妻!?」
 前を歩いていた吾妻は気づいていないのか、ずかずか進んでいってしまって、背中が遠くにある。
「あいつ、どこまでアホなんだ…」
「とりあえず追おう」
 呆れている時波を促し、藍澤は地面を蹴る。
「吾妻! おーい!
 聞こえへんのー?」
 走りながら、白倉は叫ぶが吾妻は止まらない。
 どころか、走り出して更に距離を開けようとする。
「吾妻!?」
 本当にどうしたんだ。
 後ろから来た時波がぐいっと白倉の肩を掴んで後ろに引っ張った。
「時波?」
「追わないほうがいい」
「…え?」
 白倉も、藍澤も意味がわからなくて戸惑った。
 遠くに見える吾妻は地面を思い切り蹴って、二階建ての建物の屋上に上ってしまう。
「よく考えたら、ああいった頭が半分よそに行ったような状態が一番危ない。
 あいつの術中に落ちやすい」
「……あ」
 時波の言いたいことがやっとわかって、白倉は一声漏らした。
「あいつらも同じブロックだろう」
「…そうだった。しまった忘れてた」
 顔を引きつらせて呟く白倉は、吾妻が佇む屋上に姿を現した四人の男達を見上げる。
「『忘れてた』ってひどいなあ」
 爽やかな、綺麗な声音がのんびりと響く。
「そこまで存在感薄いつもりはなかったんだけどな。
 君たちにも勝ちたくて、試合に誘ったりしてたんだよ?」
「ああ、そうだったな。忘れてた、は嘘」
 また、なんともメルヘンな衣装だ。
  ウサギの耳をつけ、懐中時計を首に掛けた、よく映画などで見る『ウサギ』そのままの衣装を身にまとったのは、一年生の生徒。
 全身着ぐるみ状態で、『チェシャ猫』がモチーフとわかる格好の二年、五十嵐。猫耳つき。
 やたら長い帽子をかぶった『帽子屋』がモチーフらしい勇賀春風。
 そして、赤と白を基調とした王子様的な衣装を身にまとい、ハートの飾りの付いた杖を手に持つのが久世小虎。
「…思い出したくなかった、かな」
「おや、ひどいな、白倉は」
 久世はにっこり微笑んで、柔らかい声でそう言った。



 久世の横に立つ吾妻は静かなまま、全く口を利かない。
 その吾妻の肩を軽く掴んで、久世は微笑む。
「にしても、随分隙だらけだったよ。
 おかげで操りやすかった」
「…あー、ちょっと、頭おかしくなっててな」
 白倉は痛そうにこめかみを押クゼてから、久世を見上げる。
「ところで、その格好は、不思議の国のアリスか?」
「そうだよ」
 見ればわかるが、あえて白倉は尋ねた。
 ウサギに帽子屋にチェシャ猫に、
「…ただ、久世くんは、なに?」
 久世だけ、なんの仮装かわからない。
 時波と藍澤も同意らしく、頷く。
「ああ、ハートの女王をやるつもりだったんだけどね。
 でも俺が女装したらおかしいじゃない?
 だから妥協して『ハートの王子様』ってことで」
「…ってことでって……」
 白倉も時波もなんとコメントしたらいいかわからない。
 藍澤はまだ久世という人間をよく知らないためなにも言えない。
 そんな爽やかな笑顔で言われてもうざいだけだ。
「さしずめ、吾妻はトランプ兵かな」
「……着物に下駄履いた鬼が?」
 満足げに言う久世を見上げて、白倉は呆れた。
 吾妻の格好は着物に下駄だし、顔にはさっき、ゆるんだ顔が怖いからと鬼の面をかぶせていたし、どう間違ってもトランプ兵じゃない。
「…むしろ落ち武者のほうがいいんじゃないか?」
「矢とか刺さってないだろ」
「そのままでいいじゃないか。
 祠壊したら出てきたみたいな妖怪で」
 真顔で言った時波につっこむ白倉。彼らを見やって藍澤がのんびり口を開く。
「だってよ。
 俺もトランプ兵には見えねえわ」
「うん、ちょっと、怖いよね…」
 勇賀と一年の美野という生徒が久世に真面目に言う。
 久世は「それもそうだね」とあっさり受け入れた。
「じゃあ、吾妻は不思議の国の妖怪ということで」
「…人の話を聞いてたか?」
 白倉は本気でそう思う。
 そもそもそんな格好の鬼、不思議の国には絶対いない。
 そもそも妖怪自体いない。
「…君は相変わらずよくわからん男だなあ」
「どうも」
「顔だけみたら素晴らしく王子様なのに」
「ありがとう。白倉もだよ」
「…褒めてないから、そう言われるといらっとする」
 久世は驚いた顔をして「そうなの?」と真剣に尋ねる。
「どうしようユウ。
 俺普通に喜んじゃった」
「いいんじゃね?
 美形ってとこだけ顔面そのまま受けとっとけば。
 あとは適当に脳内補正しときゃいいんだ」
「そっか」
 勇賀のあんまり本気で考えてなさそうな答えに、白倉と時波は小声で、
「そうやってお前が止めないから」
「久世くんがどんどんうざくなるんだって…」
 とつっこむ。
 久世がああなのは、勇賀が全くストッパーになろうとしないからもあるな、と思う。
 あの四人は幼なじみだ。
「じゃ、そろそろ試合を始めようか。
 吾妻を返して欲しかったら、自力で奪い返すんだね」
「端からそのつもり」
「そう」
 身構えた白倉、時波、藍澤を見下ろし、久世は微笑んで屋上の床を蹴る。
 吾妻と勇賀、五十嵐に美野も続いた。
 無人の道路に着地してから、久世は「おっと」と思い出したように呟いた。
「このままじゃつまらないよね」
 そう言って、指先でぱちんと音を鳴らす。
 そして吾妻の顔から鬼の面を取った。
 吾妻はびっくりしたような顔をして、周囲を見回す。
 自分が白倉たちに向かい合う形で、久世たちの側にいることに混乱したが、身体が全く思い通りに動かない。
「し、白倉っ!? なにこれ!?」
 腕も足も全く動かない。
 動くのは首から上だけだ。
「お前はアホだなあ」
「えっ!?」
「久世くんの能力について教えとかんかった俺らも悪いけど、そないあっさり引っかかりよって」
 白倉は心底呆れたような表情で吾妻を見つめる。
 吾妻は余計焦った。まさか白倉怒ってる?とうろたえる。
「久世くんの能力は『魅惑』」
 白倉の説明の途中で、久世は指先を軽く振るった。
「うわっ!」
 瞬間、吾妻の足は力強く地面を蹴って、白倉に向かって突進した。
「特定の人物の身体を自在に操るのが、能力や。
 こないな風に」
 全く逃げない白倉の間近まで接近して、吾妻の足は勝手に振り上げられる。
「白倉!」
 避けてくれ、という願いのままに名前を叫ぶと、下から見上げてくる顔がとても美しく微笑んだ。
「誰が逃げるか!」
 吾妻の蹴りを腕で防いで、白倉は片足で踏ん張って、力一杯の蹴りを吾妻の鳩尾にたたき込んだ。
 吾妻がうめき声を漏らして軽く吹っ飛ばされる。
「よくもあっさり操られてしまって、覚悟しろ吾妻?」
 白倉は妖艶に笑み、狐のお面をかぶってしまうと、拳をごきごきと鳴らす。
 離れた位置でせき込む吾妻に親指を立てる。
「かわいさあまって憎さ百倍。
 徹底的にフルボッコだ!」
「……えええええええっ!!?」
 どうにか呼吸が整った吾妻だったが、全く予想外の白倉の台詞に、目を見開いて大声で叫んだ。
 時波が白倉の横を通り過ぎて、右手を振るう。
「白倉は本気だぞ。諦めるんだな」
 そう言って、三日月型の閃光を放った。
 ブーメランのように空気を切って走る閃光は吾妻の側を通り過ぎ、勇賀に向かった。
 勇賀は軽い足取りで避けて、手のひらに生み出したオレンジの球体を放り投げる。
 球体は空を舞って、藍澤と白倉の頭上に落ちてくる。
 白倉と藍澤はそれぞれ逆の方向に飛んで避けた。
「ユウ!」
 久世の鋭い声を聞くまでもなく、勇賀は大きく飛んでその場から離れている。
 勇賀が立っていた場所を猛スピードで過ぎたのは三日月型の閃光。
 ブーメランの形状ということは、追尾式ということだ。
 勇賀もわかっている。
 帽子を押クゼながら高く宙に飛んで、手に再びオレンジの球体を生み出す。
「美野!」
「合点!」
 勇賀の声に答えた美野が放ったのは、濃い水蒸気の塊だった。
 勇賀の球体と同時に閃光に接触し、大きな音を立てて爆発する。
 同時に、白倉と藍澤が避けたオレンジの球体も地面にぶつかって弾けた。
 粉塵が舞う。
 勇賀の操る球体は、灼熱の塊だ。
 それに圧縮した大気を混ぜ込んだ、いわば爆弾。
 それが一気に吹き飛んだ。
 白倉の周囲を踊るのは、真空の刃。
 左手を一閃すると、応えるように刃が八つに分裂して、空を切って走り出した。
 久世に向かうそれを、彼をかばうように立った吾妻の撃った業火が防ぐ。
 吾妻の表情は非常に焦っている。
 久世の魅惑を解きたくても、解けないのだ。
「よーし、行きます!」
 美野が元気よく叫んだ。
 一気にその場を覆ったのは深い霧の渦。
 久世や勇賀、美野や吾妻の姿が見えなくなる。
「藍澤、吹っ飛ばすぞ」
「了解」
 時波の言葉に頷き、藍澤は蒼い炎を手のひらに生み出す。
 時波は同時に、あの三日月の閃光を放つ。
 閃光は意のままに動き、地面すれすれを走って霧を凪ぎ、藍澤の業火はかまいたちに変貌して霧を吹き飛ばす。
 霧の中から現れた久世たちの姿目掛け、白倉は圧縮された念動力の塊を撃った。
 回転して戻ってきた三日月の閃光が久世や勇賀の身体を凪いだが、全く手応えがなく、彼らの姿は揺らいで消えてしまう。
 面の下、白倉の唇が笑んだ。
 白倉の頭上から襲いかかったのは、吾妻と五十嵐。
 二人が力を放つより早く、白倉が先ほど久世の幻に向かって撃った念動力が、戻ってきて吾妻と五十嵐の身体を宙に飛ばした。
「まあ、わかっちゃうよね。手の内なんてばれてるし」
 久世は時波から離れた位置に佇んで呟き、手を振るう。
 顔を歪めたままの吾妻と五十嵐の身体は綺麗に回転し、地面に着地する。
 久世が操ったのだ。
「でも、肉体のダメージは無意味だよ。
 痛かろうが、俺の力に効力はない」
「それは残念だ」
 時波は真顔でそう言う。
 吾妻と五十嵐が構える。
 彼らに向かうのは藍澤だ。
 蒼い炎を操り、吾妻の炎をさばいた。
 五十嵐が手をつきだすと、同時に藍澤が高く飛んだ。
 地面を襲ったのは、強烈な地震。
 五十嵐はためらわず宙を舞う藍澤に照準をあわせ、再び力を放つ。
 空気を振るわす攻撃が、藍澤の手前でかき消される。
「なるほど、『振動』っていう力か」
 藍澤は五十嵐の正面に着地して、五十嵐の鳩尾に蹴りをたたき込み、同時にかまいたちを生み出して遠くに吹っ飛ばした。
 藍澤の遠くで、白倉は微笑む。
 白倉の念動力が振動の力をかき消したのだ。
 吾妻が咄嗟に業火を生み出した。
 その手を炎をまとわせた手で掴み、藍澤は思い切り踏み込む。
 力一杯背負い投げられて、吾妻は地面に転がるかに見えたが、操られているからこその運動神経で地面に手をつき体勢を立て直す。
 再び飛びかかってきた吾妻を、藍澤は背後に飛んで避けながら、やっかいだな、と呟いた。
 同時に、勇賀と戦っていた時波が飛んできて、背中合わせの姿勢になる。
「あとで本当にお仕置きだな」
「本当だ」
 白倉は久世の間近までどうにか接近した。
 美野には力一杯攻撃を放ってきたから、まだフォローに回れないだろう。
「行くぞ!
 たまには一騎打ちしろ!」
「うーん、まあいいけどね」
 久世はのんびりと笑う。
 そして、白倉が繰り出した拳を軽々避けて、蹴りを持っていたハートの飾りの付いた杖で防ぐ。
 瞬間、足がうまく動かなくなった気がしてバランスを崩した白倉の鳩尾に、遠慮ない正拳をたたき込んできた。
 白倉は小さくうめきながらも、どうにか距離を取って、圧縮した念動力の塊を放つ。
 久世は笑って杖で簡単にいなすと、ボールみたいに宙に放って、杖をテニスのラケットに見立てて打ってきた。
「はい、行ったよ!」
 打たれた塊から白倉は大きく飛んで避けた。
 立っていた場所が大きく陥没する。
「…ああ、もう、やりにくっ」
「そう?
 みんなそう言うよ」
「ほんとうにな」
 久世はどこまでも爽やかで、汗一つ掻いていない。
 ある程度、自分の動きを操ってくるから、念動力を放っても自分の身体に『攻撃するな』と命令しておけば、簡単に彼は自分の力にさわれるし、ああやって簡単に返してくる。
 とてもやっかいだ。
 九生とは違った種類の『肉体支配』。
 九生が脳を操るのと違い、久世が操るのは肉体だけだ。
 肉体を支配していれば、表情を動かさないようにも出来るし、しゃべらせないようにも出来る。だが思考は操れない。
 吾妻を自由にしゃべらせているのは、自分たちにやりにくくさせるためだろう。
「…あ」
 そこで、白倉は一つの方法に気づいた。
 時間操作で一気に藍澤と時波の側に移動して、藍澤に小声で言う。
 藍澤は吾妻の身体を炎で吹っ飛ばしてから、白倉の言葉に少し笑って頷いた。
 吾妻は痛みに顔を歪めながら、向かってくる。
 藍澤の前に、白倉は佇み、吾妻を待つ。
「白倉っ、避けて…っ!」
 切れ切れの息で叫んだ吾妻を見上げて、お面を取ると藍澤に放る。
 天使のような微笑みを浮かべて、頬を紅潮させ、吾妻を見た白倉の頭にぴょこんととがった白い狐の耳が生えた。
 宮司の衣服をまとった身体に、狐の尻尾が生える。
 そして、眼前の吾妻に甘く意識した声で、
「吾妻、大好き。
 抱いてっ!」
 と叫んだ。
 久世の命令で白倉を攻撃するはずの吾妻の動きは、白倉の眼前で停止する。
 吾妻は白倉の頭に生えた耳や後ろの尻尾、白倉のかわいらしい表情を見つめて、ぼっと火が噴いたみたいに真っ赤になって叫んだ。
「可愛いっ―――――!!!」
 そのまま白倉をぎゅっときつく抱きしめる。
「吾妻。な?
 抱いて?」
「いいの!?
 今日、試合終わったらだよ!?」
「うん。……吾妻のもんにして?」
 ことり、と小首を傾げてねだった白倉の仕草と言葉に、吾妻は危うく鼻血を出すところだった。
 感極まって、白倉をきつく抱きしめる。
 藍澤はこれは時波怒ってるんじゃないか、と時波の顔を見やると、彼は哀れなものを見るような目をしていた。
 藍澤は時波に尋ねる。
「…なにかたくらんでるのか? 白倉は」
「…今日は厄日だな、吾妻は」
 淡々とした時波の呟きが答えになった。
 藍澤は吾妻に同情する。
「吾妻、俺のこと好き?」
「当たり前!」
「世界で一番愛してる?」
「愛してるよ!」
 もうすっかり久世の能力から解放された吾妻の身体に白倉は抱きついて、顔を上げて綺麗に笑いかけた。
「……じゃあ、俺のためならなんでもしてくれる?」
「もちろん!」
 勇賀や美野、五十嵐は二人のやりとりの意味がわからなくて、遠目に見て首を傾げている。
 暢気だなあ、と思っているんだろう。
「じゃあ、…がんばって、な?」
 天使みたいに優しく白倉は言う。
 唐突に吾妻は身体の不自由を感じて、当惑した。
 まさか、また久世に操られたのか?
 立ったまま動けなくなった吾妻の前に佇み、白倉はにっこり、楽しそうに笑った。
「行くぞ。
 必殺! 吾妻砲発射っ!!」
 白倉が手を縦に大きく振った瞬間、吾妻の身体は宙に浮かび、そのまま大きな弾のように猛スピードで久世たちに向かって放たれた。
 思っても見ない白倉の行動に、吾妻は思わず叫んでしまう。
 念動力で吾妻の身体を覆って宙に浮かせ、飛ばす。
 念動力の応用みたいなものだが、普通はやらない。
「おい、なんかとんでもないのが来たぞ」
 勇賀は顔を引きつらせて、オレンジの球体を生み出す。
 とびきり大きな球体だ。
 美野と五十嵐も力を発動させて、吾妻に向かって放った。
 だが、こちらに空を切って突進しながら、吾妻が撃ちだした炎に全て弾かれる。
「駄目だ。逃げよう」
 久世が真顔であれはだめだ、と言う。
 勇賀も頷いて地面を蹴った。
 四人ばらばらに逃げる。
 しかし、吾妻を包み込んだ念動力は白倉に操作されて、五十嵐と美野を追尾する。
 五十嵐と美野はばらばらに逃げたはずが、合流していて、背後に迫る吾妻に青ざめた。
「うわっ!」
「美野!?」
 美野が足をもつらせて転んだ。
 美野に腕を掴まれてしまい、五十嵐もバランスを崩す。
 そこに、吾妻が衝突した。
 大きな音がして、ついで人が地面に倒れる音。
 そこには、美野と五十嵐、そして吾妻が目を回して折り重なっていた。
「………あーあ」
 勇賀はしみじみとんでもねえ、と呟いて、側に駆け寄る。
「こりゃ駄目だ。
 おーい、一時休戦にしねえか?」
 勇賀の提案に、白倉達は顔を見合わせてから頷く。
「痛み分けだな」
「随分強引な痛み分けだけどな」
 白倉の言葉に、若干驚きを引きずったまま久世が呟く。
 そして、気を失った美野と五十嵐をそれぞれ背負って、背中を向けて歩き出した。
 白倉達は伸びている吾妻に近寄る。
「まあ、少し休憩しようか。
 吾妻がこれだし」
「そうだな」
 笑顔の白倉に、時波は普通に頷く。
 藍澤は一人、
「…お前、アホだなあ」
 と吾妻にまた同情した。
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