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第八章 さよならの森の中で
第六話 幸せな一幕/無意味な警告
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鬱蒼とした森の中だ。
視界が効かなくて嫌だ、と久遠がぼやいた。
「あのー、喉かわいたんで、自販機探しません?」
「おう、そうだな」
赤目の言葉に、久遠が真っ先に賛同する。
「俺も喉かわいたしよ。
探そうぜ。
一つのフィールドに一個はあるはずだし」
「…そうじゃの」
久遠と赤目の意見に、九生も頷く。
山居の顔を見ると、彼は心得たように同意した。
「ついでにさー、飲み物だけじゃなく、お菓子の自販機も欲しいよな」
「チーム戦本番に、暢気に菓子食っとったら負けるぜよ」
また彼らしいことを言い出した久遠に、いつものことだと思いながら九生はつっこむ。
「というか、去年も久遠くんはそんなこと言ってませんでした?」
「ああ、そういえば」
山居の言葉に、九生も赤目もぽん、と手を打つ。
去年もこの四人は同じチームで、ベスト4まで残ったのだ。
「だったら、媒体ですって言い張ってお菓子持ち込めばいいじゃないっすか」
「土岐也…。
余計な入れ知恵すんな」
森の中を進みながら言う赤目に、九生は呆れたようだ。
山居があとを追いながら、
「そもそも、久遠くんの能力的にそれは通用しないのでは?」
と言う。
久遠の能力は「音」。確かに通用しない。
「ああ、それもそうじゃな」
「ああ、そっか。いい手だと思っちまった」
「…久遠…」
しまったそうだった、と悔しがる久遠を、九生は本気で呆れた顔で見つめる。
「いや、お前らの媒体だって言い張れば…」
「無理じゃて。
俺は媒体いらんもん」
九生は手を左右に振ってそう返す。
「私も、鏡以外の媒体は必要ありませんし…」
「俺も媒体いらねっす」
ついで山居と赤目が手を振ったので、久遠は頭を抱えてしまう。
「媒体使えよ!」
「使える能力なら使っとるぜよ」
「同じく」
「っす」
能力的に使えないんだからしかたない、と九生、山居、赤目は言う。
「俺は幻惑と爆破が能力だし、媒体はどうやったって使えませんよ。
山居先輩だってそうでしょ」
「そうですね…」
赤目の言葉に眼鏡を押し上げながら、山居は頷く。
「九生くんは『電磁波』ですから。
余計必要ありませんしね」
「強いて言うなら人間が媒体でしょ」
「こら土岐也。
不穏な言い方すんな」
それやと他人を駒にしとるみたいじゃろ、と九生は言うが、本気ではない。
赤目が冗談のつもりで言ったことはわかっている。
この四人も初等部からNOAに在学していたため、付き合いが長い。
「それじゃと化野みたいじゃろ…」
「うわ、そうだ。しまった」
それでも嫌そうに言った九生に、赤目は思わず口を押さえる。
「化野くん、能力も反則だけど人格も反則だからなあ…」
「久遠、お前そんなん言ったの化野に知られたら怖いぞ…」
「…内緒にしてくれよ」
久遠も言ったあとに失言と気づいたのか青くなる。
九生は「神に祈っとけ」とぞんざいに返したが、つられて自分も背筋を震わせた。
「あ、自販機見っけ!」
そのとき、赤目が木々の向こうに自販機を見つけたため、三人そろってそちらを向く。
今の会話は自分たち以外聞いてないみたいだし、ここでやめとこう、と頷き合った。
「俺、いっちばーん!」
喉の渇きをやっと癒せる、と喜び勇んで駆けだした赤目を、先輩三人が追う。
赤目は本物そっくりの木々の隙間を抜け、自販機の前に飛び出して、凍り付いた。
「あれ、土岐也」
そこにいた、真っ白い司祭の衣装をまとった化野を見て、思わず後ずさる。
「おーい、土岐也…っ!?」
後からやってきた九生や久遠、山居も彼を見て固まった。
静かに青ざめる。
「やあ。みんな。
勝ち残れてるみたいでなにより!」
爽やかに笑って手を振る化野に、四人はそろって「今からリタイアするかもしんない」と思ってしまった。
白い司祭の衣服を身につけた化野は、まるでなにかの「教主様」みたいだ。
「そんな顔しなくても、とって食ったりしないさ。
飲み物買いに来たんでしょ?
どうぞ」
にこやかに自販機の前から退いてみせた化野に、四人は互いに顔を見合わせる。
「安心しろ。
こいつは不意打ちだけはしない。
わかってるだろうに」
化野に対して真っ黒い牧師の格好をした雪代が、淡々と言いながら手に持ったお茶の缶を口に運んだ。
「…まあ、それもそうじゃの」
「確かに…」
九生と山居は、確かに化野は不意打ちはしないと思ったので、素直に自販機の前に進み出た。
赤目と久遠もそう思ったのか、若干警戒を緩める。
化野ほどの実力があると、不意打ちをすれば簡単に終わってしまうから、つまらない。
以前聞いたことがあるし、事実彼はやらない。
若松と雪代もだ。
「よう、若松。
なんでこの暑いのにホット飲んでんだよ」
化野達と同じチームの若松の持っているコーヒーの缶を見て、久遠は思わずつっこんだ。
「うわ、ほんとだ。
見てるほうが暑苦しい」
「やかましい。
アイスしかないのに押したらホットだったのだ」
若松の言い分に、九生は眼前の自販機を一通り見やった。
確かに、夏だけあってアイスしかない。
例外で汁粉(ホット)があるが、それ以外はみんなアイスだ。
「それは災難…」
「ちなみに押したのは朔螺だがな」
「………」
思わず同情した九生は、さらっと余計な情報を差し込んできた雪代の言葉に黙り込んで、久遠や山居、赤目と一緒に化野の方を見る。
「超能力でホットにしたとか…」
「自販機に誤作動起こさせたとか…」
「細工したとか…」
「あっはっは。
いい度胸だねお前ら。まとめて相手しようか?」
化野はやはり爽やかに笑って爽やかに言ったが、九生たち四人は咄嗟に後ずさった。
「冗談だよ。
久遠のさっきの発言も冗談にしてあげる。
だから、ちょっと耳貸してよ」
「…は?」
化野は笑って九生を手招いた。
九生はおそるおそる化野に近づく。
その後ろで久遠が、
「…さっきのって…聞こえてたのかよ……」
と震えながら呟いた。
「地獄耳っすね」
「まあ、神様は人間界の言葉は全部聞こえて覚えていると言うからな」
ぼそっとした赤目の呟きを拾って、雪代はさらっと言う。
赤目が雪代に、なにか言いたげで、でもなにも言えないというような視線を向けた。
この人が一番、化野をぞんざいに扱っているというか、一番怖い物知らずだと思う。
今、ほとんど適当に言っただろう。
「なんじゃ一体…」
手招かれるまま、森の奥に歩いていった九生は、化野が生い茂った木々の向こうを指さしたので、そちらを見て首を傾げた。
木々の隙間から、ある二チームの姿が見える。
岩永のチームと、確か村崎の弟と藍澤の妹のチーム。
どうやら戦いの最中ではない。
漏れ聞こえる会話の内容から察するに、試合は中断したといったところか。
和やかな雰囲気だから、お互いのために決着を本戦に延ばしたといった感じだな。
自分が白倉たちにやったのと似た感じか。
「これが?」
もう一回首を傾げた九生に、化野はにっこり笑う。
「方舟の仕事だよ。
君、ちょっと岩永の様子、見ててよ」
潜めた声でそう言われ、九生は目を瞠った。
「は…?」
「ちょっとねえ、そろそろ干渉して来そうなんだ」
化野の言葉に、九生は薄々察しながら訊いた。
「干渉って…」
「もちろん、あいつらだよ」
あいつら、なんて誰か聞く必要もない。
自分には記憶隠蔽はかかっていない。
「それはつまり、山居たちも巻き込んでええっちゅうことか?」
「やむを得なかったらそうしていい。
俺はもう一人を見に行くからさ」
化野はやっぱりにこやかに笑って、若松達のほうに歩き出す。
「もう一人…?」
背中にぶつかった九生の疑問に、彼は肩越しに振り返る。
「吾妻、だよ」
まるで楽園か天国をイメージしたようなフィールドだ。
天上という感じで、足下に白い雲。白い通路に階段の、白い風景。
大きな雲が通路を横断したり、階段の傍に浮かんでいたりする。
空は青い。
その大きな雲の陰に隠れて、休憩していたのは夕のチームだ。
点在する自販機で無料で買えるジュースを片手に、一息つく。
「哲也はいつ目ぇさますねん…」
「よっぽど流河さんの一撃が効いたんでしょうね」
缶コーヒーを飲みながら、明里が言う。
床に寝かされている間久部を見下ろして、白野はため息を吐いた。
「やけど、大丈夫かしら」
「まあ、どっかのチームと出くわしたらやばいよな…」
夕は「あー、はよ起きてくれ」とぼやく。
HPやエネルギーが尽きていないなら、味方全員が気絶もしくはリタイアしていない限りは、気絶はリタイアにならない。
それにしても、困る。
不意に靴音がして、夕達三人は咄嗟に息を潜めた。
雲の向こうの階段を上ってきたのは、なんともメルヘンな格好をした美形二人だ。
背中に気を失っているらしい味方を担いでいる。
久世たちだ。
夕はホッとした。
向こうも戦いを挑むどころではないらしい。
久世はめざとくこちらに気づいて、五十嵐を背負う勇賀になにか話しかけた。
そして二人そろってこちらを向いて、近寄ってくる。
「そっちも味方が気絶中?」
「ああ、見ての通り」
夕は気を抜いて答えた。
ここで戦いを挑む奴らではない。
「よかったって言ったら変だけど、助かった。
ここでちょっと休ませてもらってもいい?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとう」
久世はにこやかに笑って、背中から美野をおろして、そっと横たえる。
勇賀も五十嵐を下ろした。
「御園達は何戦くらいしたの?」
「五、六かなあ」
「俺達も同じくらい」
久世と勇賀もその場に腰を下ろす。
勇賀は被っていた長い帽子を取ると、軽く頭を振った。
久世はのんびり笑っている。
「最後の相手で?」
「そう」
「俺達も、さっきの相手でね。
なあユウ」
「ああ」
元々穏やかな人間がそろったチームだ。
ただ、久世はその中では妙に個性が強いが。
「誰?」
「流河にやられた」
夕が答えると、久世は「ああ」と納得した声を上げる。
「まあ、流河も強いからね」
接近戦うまいし、と言っている。
「そっちは?」
「吾妻………」
逆に聞き返され、久世は迷わず答えてから、眉を寄せる。
勇賀の方を向いて、困ったように、
「吾妻……なのかな?
白倉?」
「実行犯は白倉だろ」
尋ねられて、勇賀はさらっと言い切る。
久世もそうだよな、と頷いた。
「え、白倉が? 頭突きで?」
「それは流河さんの場合でしょ」
意味がわからず夕がそう言うと、明里がすかさずつっこむ。
「体当たりかな」
久世がまた迷いなく答えるから、夕は更に混乱した。
あの白倉が体当たり?
「まあ、予想外の攻撃でね、参ったよ」
「あ、…ああ、うちも」
夕はその話がすごく気になって、返事がおざなりだ。
久世は気にせず伸びをして、それから不意に、
「そういえば、御園と明里って恋人だけど、することしてる?」
と前触れなく訊いたので、夕と明里は飲みかけたジュースを吹き出すところだった。
「はあ!?」
「いや、なんとなく気になってさ」
久世は悪びれない。
勇賀は慣れているのか、暢気にあくびをした。
「……って」
夕は困惑して、明里の顔を横目で見る。
その頬も、明里の頬もかすかに赤い。
「まあ、やることやってるのは見ればわかるんだけど」
「なら訊くなぁっ!」
素早くつっこんだ夕を見上げて、久世はのんびりとしている。
「俺見ればだいたいわかるんだよ。
でも確認してみたくなるっていうかさ」
「百発百中だから遊んでるんだよクゼは」
勇賀がフォローにならないことを言ってまたあくび。
夕と明里はなんだか疲れてしまった。
「ついでだし、ちょっとこういう話してもいい?」
「…いやって言ってもするだろう?」
「うん」
即答した久世に、「ちょっとは悪びれろ」とは思うが言わない。
無駄だ。
「でさ、岩永と村崎はどうだろう?
俺的にはまだやることやれてないと思うんだよ。
あの二人、一回は最後までやってるだろうから、微妙だけど」
「確実にやってないわ。
ほんと悪びれないな」
夕は見ればわかるだろ、と思う。
特に岩永の態度。
あの純情が、やることやったあとに普通に村崎と接せるものか。
「まあそうだよね。
あ、じゃあさ、吾妻と白倉は?」
久世はとにかく暇なのだろう。
しばらくこの話をする気らしい。
もう間久部が起きるまでつき合うしかないな、と夕は腹をくくった。
「あの二人はやっただろ。
ちゅうか、事後見てもうたし」
「ええ?
うそ。
やってないって」
久世は声のトーンをあげて、否定する。
「あれはやってない」
「いや、やったあとを見た」
「最中見てないでしょ?」
「さらっとえぐいこと言うな!」
目をつり上げる夕に対し、久世は納得がいかないように繰り返し「ないよ」と言う。
「吾妻が言ったの?」
「え…」
「やったとか、白倉手込めにしたとか」
「…ほんま言葉を躊躇しませんね…」
明里が傍観者として聞きながら、思わずそう呟く。
久世はかまわず、「言ってないだろ?」と念を押す。
「…まあ」
夕は頷くしかない。
確かに、あの独占欲の塊が「白倉は俺のもの」と今まで以上に言い張ったりしないし、変化は少ない気がしているが。
「やってないよ。
確認してみなよ。
勝手に思いこんでるだけだって」
どこからその自信が来るのかわからないが、久世は自信満々だ。
押されるように夕は頷きながら、久世とその向こうの勇賀を見た。
「そういや、自分らもつき合うてるんやろ?」
いまいちそのイメージがないが、確か久世と勇賀も恋人同士のはずだ。
いつも美野や五十嵐といった幼なじみと一緒だから、恋人の印象がないが。
「ああ、そうだね」
「つき合ってるぜ」
二人はさらっと答えた。
照れもしない。
男前な態度に、夕達の方が戸惑う。
「やることやってんの?」
「そりゃあねえ?」
「つき合って結構経つしなあ」
なあ?と頷き合う二人は全くそれらしさがない。
女役がどっちかだいたいわかるのだが、その久世も全く動じない。
「おおらかなんだな…」
としか言えない。
他になんと言えと。
「でも、一応記念日とか気にするんですか?」
明里がなんとなく気になって尋ねた。
「記念日ってつき合った日とか?
…どうだろ。覚えてはいるけどね」
久世はやはり淡々としている。
まるで友達同士みたいな態度で、こちらがどうしたらいいかわからない。
しかし、勇賀が真顔で、
「覚えてるぜ。当たり前だしな。
一応告った台詞も覚えてるし」
と簡単に言いながら、久世の顔を見やる。
「好きならそのくらい普通じゃね?」
さらっと男前に言い切った勇賀に見つめられ、久世は一瞬黙ったか、無表情で立ち上がる。
「普通だってさ。
あ、俺、ジュース買ってくる。
ユウ、なにがいい?」
なんともないように笑って、ジュースの種類を訊いた。
勇賀は自然に「コーヒー」と答える。
「わかった」
久世も普通に頷いて、雲に隠れた向こうにある自販機の方に歩いていった。
「……照れたんかな?」
夕は小声で明里に囁く。
「かもしれませんね…」
しかし、表情一つ変わらないのは、すごい。
「…あー」
座っていた勇賀が不意に声を上げて、立ち上がる。
「やっぱ他の飲み物がいいや。
俺、そう言ってくるから二人頼むわ」
「あ、ああ…」
さっさと久世を追いかけた勇賀の背中を見上げて、夕と明里は、
「……ラブラブ?」
「…かもですね」
と囁き合った。
自販機の前に佇み、美野と五十嵐の分を買ってから、自分の分の紅茶を押す。
落ちてきた紅茶の缶を拾って、勇賀が頼んだコーヒーのボタンの上で指が止まった。
恋人らしくないのは知っている。
いつも、美野たちが一緒だし、それでいいと思っているし、勇賀だって甘い言葉は言わないし。
そういうつき合いだ。
「初めてじゃないか?」
あんなこと言ったの。
しかも人前で。
「…人の気も知らないで」
独占欲でも一丁前にあるんじゃないかと期待するじゃないか。
「ま、そんな他意あるわけがないけど」
「なにがだよ」
油断して呟いた瞬間、背後で勇賀の声がして驚いてしまい、思わずコーヒーではないボタンを押してしまった。
「…あーあ、しまった」
「なにが?」
自販機は一度に四本、四人分しか買えないのに。
落ちてきたのはホットの汁粉だった。
「ユウがおどかすから…ユウの分汁粉だ」
「えぇ? おいおいなにしてんだよ」
勇賀は汁粉の缶を受け取って「熱っ」と漏らす。
顔が赤くないか、久世は気になってしかたない。
「まあいいか」
勇賀はそう呟いて、それから真っ直ぐ久世を見つめた。
「で、なにが『人の気も知らないで』?」
「趣味悪いなあユウ。そこまで訊いてるなら声かけなよ」
「悪い。で?」
ごまかす気だったが、ごまかされてはくれないらしい。
「…ユウって、普段鈍いし、全然気にしないのに、変に意地悪じゃない?」
「…意地悪に入るのかよこれが。
自分の問題だろうが」
「そうだけど、聞き流していいんだよ。いつもみたいに」
はい終わり、と久世は一方的に言って、勇賀の横を通り過ぎる。
「聞き流したことないけどな、いつも。
お前が逃げるから逃がしてるだけで」
背後で響いた真剣な声音に、足が思わず止まった。
心臓の音がうるさい。
振り返れない。
唐突に肩を掴まれ、引っ張られて振り向いてしまう。
瞬間、唇をかすめるように奪ったキスに、息が止まる。
持っていたジュースが二本、下に落ちた。
「じゃ、無事勝ち残ったらお前からもな」
勇賀はもういつも通りの笑みを浮かべていて、さらっと言って落ちた缶を拾うと、久世を置いて歩き出した。
久世は呆然とその背中を見送って、赤い顔を押さえて、呟く。
震えた声。
「全く……人の気も知らないで」
白倉達は、吾妻を二人がかりで担いで、自販機の設置してあるフィールドに移動していた。
校舎そっくりのフィールドで、いるのは教室の一つだ。
吾妻を床に寝かせて顔を見ていると、横から時波が話しかけてきた。
「今、どのくらいエネルギー残ってる?」
「…どうだろ。
まだまだ余裕な感じはするけど」
「俺もだ」
もうしばらくは戦える、と白倉は言う。
「藍澤は?」
「俺もだな」
藍澤は白倉達の向かいに座って、缶コーヒーに口を付けた。
「しかし、それはそのままなのか?」
時波が不意に疑問に思ったように、白倉の頭を指さした。
白金の髪の隙間には、白い狐の耳。
尻尾もそのままだ。
「ああ、着脱可能みたいやけど」
「さすがに本気で生やすのは無理だからなあ」
藍澤は笑った。
藍澤の能力で生み出した狐耳と尻尾。
白倉は頭に手をやって耳をひょいと外してみせる。
バンドで留めているだけの耳なので、すぐ取れた。
「なんで耳なんか生やそうと思ったんだ?」
時波はあの台詞だけで充分だろう、と言う。
「だけど、あのあとああやって攻撃に使う気でいたから」
体当たりアタックのことだ。
白倉は微笑んで、
「可哀想じゃん?
だから、せめて喜ばせてあげなって」
と無邪気に言う。
藍澤と時波は無言になって、吾妻に同情した。
「ああ、だけど大変だっただろうから、終わるまではつけといてやろうかな」
白倉はそう結論つけたらしく、耳をまた装着した。
そのタイミングで、下からうめき声が漏れた。
「吾妻?」
白倉はぱっと顔を輝かせて、吾妻をのぞき込む。
「…う…ん……」
吾妻は瞼を閉じたまま眉を寄せてから、小さく声を漏らして瞳を開けた。
そして、自分を見下ろす耳付きの白倉を見上げて、数秒固まり、
「…白倉っ! 怖かった!」
腹筋で起きあがって、白倉の首に腕を回して抱きついた。
「よしよし。
ごめんなあ」
「いや、僕も悪かったけど、びっくりした~…」
白倉は優しい声で、吾妻の背中を撫でながら頷く。
「ほんとごめんなあ。
他に勝つ手段が浮かばなくて、ひどいことしたよな……」
白倉の声のトーンが不意に沈む。
吾妻はハッとして、白倉の顔をのぞき込んだ。
「ごめんな…恋人を攻撃に使うなんて、俺恋人失格だ。
ごめんな吾妻。嫌わないで…」
白倉は瞳を揺らして、顔を手で覆ってしまう。
「白倉!」
吾妻は大慌てで白倉の両肩を掴み、思わず顔を上げた白倉と瞳を合わせる。
「僕はそんな狭量な男じゃないよ」
「……吾妻」
「大丈夫。しかたないって、わかってる。
白倉が自分を責めることない」
微笑んだ吾妻を見上げ、白倉はゆらゆら瞳を揺らす。
「…吾妻…!」
そして、感極まったように吾妻の名前を呼び、ひしっと抱きついた。
吾妻もしっかり抱きしめ返す。
「ありがと…。
吾妻、ほんとかっこいい…」
「白倉のためだよ」
「…うん。
だけどな、嘘はないんだよ?」
白倉は軽く身を離して、吾妻の目を熱っぽく見つめる。
「今日終わったら、抱いてって……」
その視線と台詞、上目遣いのアングルに、頭の狐耳。
吾妻は完全にノックアウトされて、耳まで真っ赤になる。
「…ほ、本当に?
期待していい…?」
「…う、うん。
だって、そもそも、試合がなかったら、抱いていいって言ったじゃんか…」
白倉は恥ずかしそうに視線を逸らして、指先で吾妻の胸に触れる。
「…白倉………」
「だから、な…」
「……うん」
どきどき高鳴る心臓の音が聞こえる。
白倉にも聞こえていないだろうか、と吾妻は甘い心配をする。
「…優しくするよ」
「……吾妻はいつもやさしい…」
白倉はゆっくり首を振って、かわいらしく微笑んだ。
「いつもやさしくて、大好き…」
「白倉のこと好きだから、優しいんだよ」
「…うれしい」
「僕も」
藍澤と時波は無言でその光景を見ている。
小声で、
「あれ?
吾妻をだますためじゃなかったのか?」
と尋ねた藍澤に、
「白倉は最初から本気だ」
と時波が小声で返した。
「…あ、あのな」
白倉は言いかけて恥じらったように口を閉じる。
吾妻の親指がそっと、唇に触れた。
「なに?」
優しく甘い問いかけに、白倉の顔がかあっと染まった。
「…あ、あの、」
「うん」
「…俺のこと、どんだけ好き?」
真っ赤になって期待して、少しだけ不安そうに。
そんなかわいいことを尋ねる白倉を今すぐ抱きしめて「可愛い!」と叫んでしまいたい。
しかし、出来る恋人はここでちゃんとはっきり愛情の大きさを示してやらねば。
「もちろん、世界一」
「…俺を好きっていうライバルが現れたら?」
「渡さない」
「…吾妻を好きって子がいたら?」
おずおずと口にする白倉を外野として見ていて、藍澤は内心、「いないだろ。この馬鹿見てたら」と思う。
外見で惚れても、この白倉馬鹿っぷりを見たら冷める。
そういう自分も、もう切り上げて頭を一発叩きたい。
「白倉しか、僕には見えない…!」
「吾妻…!」
「白倉だけが僕の世界だよ。
なんも心配しないでいいよ。
世界で一番好きだよ…誠二」
「…俺も」
白倉は嬉しそうにはにかんで、吾妻の胸元にそっと抱きついた。
吾妻は優しく背中を包み込む。
完全に二人の世界だ。
時波は白倉の合意だから、止めないんだろうなと諦めていたら唐突に吾妻の頭を思い切りはたいたので藍澤も驚いた。
「!?」
「…今、白倉をなんと呼んだ…?」
吾妻が頭を押さえて言った文句も気に留めず、時波は地を這うような声で言う。
「今、白倉をなんと呼んだ?」
繰り返された問いに、吾妻は遅蒔きに、二人きりのそれもテレパシー時にしか使わない呼び名を呼んでしまっていたと気づく。
青ざめた。
「…吾妻、いいか?
百歩譲って白倉をお前に任せているが、お前を完全に認めたわけではない」
「…はい」
思わず姿勢を正してしまう。
「お前の行い次第で許そうと考えているんだ。
だがな、つき合って二ヶ月で名前は早い」
「…」
傍観者として見守る藍澤は、「二ヶ月なら遅くないか?」と思う。
「…わかったな?」
「…以後気をつける」
「よし」
吾妻はこくこく頷きながら、二人きりの時だけにしようと心に誓う。
呼ばないという選択肢はない。
「全く、そもそも行為に及んだということ自体がまだ早いというのに」
時波はぶつぶつ言いながら、座り直してお茶を口に含む。
吾妻と白倉は顔を見合わせて、似たような顔をした。
困ったような、言いにくそうな顔。
藍澤はそれを見て、顎に手を当てる。
時波の気が自分たちから離れたと判断して、白倉は吾妻の黒い着物の裾をきゅっと掴む。
「ん?」
「あのな?」
小さな声で、頬を染めて白倉は言う。
「初めての時は普通がいいけど……何回かしたら、これつけたまんまでもいいよ?」
「……」
白倉の恥ずかしそうな言葉に、吾妻は理解が及ばなくて固まる。
「…だから、この耳とか、吾妻が好きなら…」
察して、と白倉は真っ赤になって吾妻の着物を引っ張る。
理解した瞬間、吾妻は素早く鼻を押クゼた。
「…あ、ごめん。
ティッシュいる?」
「…や、なんとか大丈夫」
興奮のあまり鼻血が出そうになったらしい。
「……本当に?」
「え? …うん」
白倉は赤い顔ながら、頷く。
「……がんばる。
絶対優勝しよう…」
「あ、うん」
白倉の手を握って、鼻を押さえたままかっこいい声で宣誓した吾妻を見て、藍澤は思う。
優勝したらとか言ってないし、そんな目標掲げたら他の奴に失礼だろう、と。
でもバカップルっぷりに疲れているので、つっこまない。
それに、今の話を聞いていなかった時波に気づかれてはいけない。
時波は、二人は最後までした仲だと思ってるみたいだけど、どうも違うみたいだから。
吾妻も目覚めたので、フィールドを移動し始める。
校舎フィールドの廊下を歩いていると、途中から風景が変化した。
陽炎のように揺らいで、ふっと変わる。
次に現れたのは遊園地だった。
ジェットコースターや観覧車、空中ブランコやメリーゴーランド。
全て正常に動いているのに、不気味に感じたのは、人の歓声が全くないからだ。
人気もない。
「注意して進むぞ。
フィールドが変わった直後が出くわしやすい」
「ああ」
先頭を歩く時波の声に、藍澤が頷いた。
白倉も頷く。
その身体には、狐の耳と尻尾が揺れている。
吾妻が喜ぶなら、と健気につけていてくれるのだ。
藍澤にグッジョブと思った。
「…ん?」
吾妻は不意にミラーハウスの向こう側を見て、思わず足を止める。
今、誰かの姿が見えたような。
白倉や時波は気づいていないのか歩みを止めない。
なぜか気になってしまい、少し見るだけだ、とそちらに歩を進めた。
ミラーハウスを過ぎ、更に進むとお化け屋敷らしい洋館が見えた。
その中に入っていく背中を見つけて、思わず後を追った。
薄暗いお化け屋敷の廊下を歩いていくのは、化野と若松、雪代。
その少し後ろを、角や障害物に隠れながら追った。
『怖い者知らずも過ぎると破滅するっすよ。
くれぐれもあの人の逆鱗に触れないでください。巻き添え喰うのは勘弁ですから』
赤目が意味深なことを言うから、気になってしまったじゃないか。
しかし、強いとは思うが、そんな怯えるほどではないと思う。
今だって、自分に気づいていないし。
(そういえば、ここまでに誰かと戦って来ただろうし)
参考までに誰のチームと戦ったか、心を読んでみるか。
そう思った瞬間、化野が肩越しに振り返った。
妖艶に笑んだ彼と視線が合う。
「――――っ」
身体を襲ったとんでもないプレッシャーに、吾妻は小さく声を漏らしてしまう。
心臓がドッドッ、と速く鳴り始めた。
身体が動かない。
声が出ない。
前に一度感じたことがある。
恐怖だ。
化野はゆっくり向き直って、微笑む。
若松たちは最初から気づいていたのか、驚きもしない。
「いけない子だね。吾妻。
今、俺の心を読もうとしたね?」
女みたいに高い声が、優しく言うのに、背筋を襲うのは逃げ出したい衝動。
「…見逃してあげてもよかったのに、飛んで火にいる夏の虫だ。
二度とそんなことがないように、教えてあげないと」
女みたいに華奢な化野を前に、全く動けなかった。
「さあ、おいで。
特別に遊んであげるよ」
化野は楽しそうに手招く。
逃げられそうも、ない。
視界が効かなくて嫌だ、と久遠がぼやいた。
「あのー、喉かわいたんで、自販機探しません?」
「おう、そうだな」
赤目の言葉に、久遠が真っ先に賛同する。
「俺も喉かわいたしよ。
探そうぜ。
一つのフィールドに一個はあるはずだし」
「…そうじゃの」
久遠と赤目の意見に、九生も頷く。
山居の顔を見ると、彼は心得たように同意した。
「ついでにさー、飲み物だけじゃなく、お菓子の自販機も欲しいよな」
「チーム戦本番に、暢気に菓子食っとったら負けるぜよ」
また彼らしいことを言い出した久遠に、いつものことだと思いながら九生はつっこむ。
「というか、去年も久遠くんはそんなこと言ってませんでした?」
「ああ、そういえば」
山居の言葉に、九生も赤目もぽん、と手を打つ。
去年もこの四人は同じチームで、ベスト4まで残ったのだ。
「だったら、媒体ですって言い張ってお菓子持ち込めばいいじゃないっすか」
「土岐也…。
余計な入れ知恵すんな」
森の中を進みながら言う赤目に、九生は呆れたようだ。
山居があとを追いながら、
「そもそも、久遠くんの能力的にそれは通用しないのでは?」
と言う。
久遠の能力は「音」。確かに通用しない。
「ああ、それもそうじゃな」
「ああ、そっか。いい手だと思っちまった」
「…久遠…」
しまったそうだった、と悔しがる久遠を、九生は本気で呆れた顔で見つめる。
「いや、お前らの媒体だって言い張れば…」
「無理じゃて。
俺は媒体いらんもん」
九生は手を左右に振ってそう返す。
「私も、鏡以外の媒体は必要ありませんし…」
「俺も媒体いらねっす」
ついで山居と赤目が手を振ったので、久遠は頭を抱えてしまう。
「媒体使えよ!」
「使える能力なら使っとるぜよ」
「同じく」
「っす」
能力的に使えないんだからしかたない、と九生、山居、赤目は言う。
「俺は幻惑と爆破が能力だし、媒体はどうやったって使えませんよ。
山居先輩だってそうでしょ」
「そうですね…」
赤目の言葉に眼鏡を押し上げながら、山居は頷く。
「九生くんは『電磁波』ですから。
余計必要ありませんしね」
「強いて言うなら人間が媒体でしょ」
「こら土岐也。
不穏な言い方すんな」
それやと他人を駒にしとるみたいじゃろ、と九生は言うが、本気ではない。
赤目が冗談のつもりで言ったことはわかっている。
この四人も初等部からNOAに在学していたため、付き合いが長い。
「それじゃと化野みたいじゃろ…」
「うわ、そうだ。しまった」
それでも嫌そうに言った九生に、赤目は思わず口を押さえる。
「化野くん、能力も反則だけど人格も反則だからなあ…」
「久遠、お前そんなん言ったの化野に知られたら怖いぞ…」
「…内緒にしてくれよ」
久遠も言ったあとに失言と気づいたのか青くなる。
九生は「神に祈っとけ」とぞんざいに返したが、つられて自分も背筋を震わせた。
「あ、自販機見っけ!」
そのとき、赤目が木々の向こうに自販機を見つけたため、三人そろってそちらを向く。
今の会話は自分たち以外聞いてないみたいだし、ここでやめとこう、と頷き合った。
「俺、いっちばーん!」
喉の渇きをやっと癒せる、と喜び勇んで駆けだした赤目を、先輩三人が追う。
赤目は本物そっくりの木々の隙間を抜け、自販機の前に飛び出して、凍り付いた。
「あれ、土岐也」
そこにいた、真っ白い司祭の衣装をまとった化野を見て、思わず後ずさる。
「おーい、土岐也…っ!?」
後からやってきた九生や久遠、山居も彼を見て固まった。
静かに青ざめる。
「やあ。みんな。
勝ち残れてるみたいでなにより!」
爽やかに笑って手を振る化野に、四人はそろって「今からリタイアするかもしんない」と思ってしまった。
白い司祭の衣服を身につけた化野は、まるでなにかの「教主様」みたいだ。
「そんな顔しなくても、とって食ったりしないさ。
飲み物買いに来たんでしょ?
どうぞ」
にこやかに自販機の前から退いてみせた化野に、四人は互いに顔を見合わせる。
「安心しろ。
こいつは不意打ちだけはしない。
わかってるだろうに」
化野に対して真っ黒い牧師の格好をした雪代が、淡々と言いながら手に持ったお茶の缶を口に運んだ。
「…まあ、それもそうじゃの」
「確かに…」
九生と山居は、確かに化野は不意打ちはしないと思ったので、素直に自販機の前に進み出た。
赤目と久遠もそう思ったのか、若干警戒を緩める。
化野ほどの実力があると、不意打ちをすれば簡単に終わってしまうから、つまらない。
以前聞いたことがあるし、事実彼はやらない。
若松と雪代もだ。
「よう、若松。
なんでこの暑いのにホット飲んでんだよ」
化野達と同じチームの若松の持っているコーヒーの缶を見て、久遠は思わずつっこんだ。
「うわ、ほんとだ。
見てるほうが暑苦しい」
「やかましい。
アイスしかないのに押したらホットだったのだ」
若松の言い分に、九生は眼前の自販機を一通り見やった。
確かに、夏だけあってアイスしかない。
例外で汁粉(ホット)があるが、それ以外はみんなアイスだ。
「それは災難…」
「ちなみに押したのは朔螺だがな」
「………」
思わず同情した九生は、さらっと余計な情報を差し込んできた雪代の言葉に黙り込んで、久遠や山居、赤目と一緒に化野の方を見る。
「超能力でホットにしたとか…」
「自販機に誤作動起こさせたとか…」
「細工したとか…」
「あっはっは。
いい度胸だねお前ら。まとめて相手しようか?」
化野はやはり爽やかに笑って爽やかに言ったが、九生たち四人は咄嗟に後ずさった。
「冗談だよ。
久遠のさっきの発言も冗談にしてあげる。
だから、ちょっと耳貸してよ」
「…は?」
化野は笑って九生を手招いた。
九生はおそるおそる化野に近づく。
その後ろで久遠が、
「…さっきのって…聞こえてたのかよ……」
と震えながら呟いた。
「地獄耳っすね」
「まあ、神様は人間界の言葉は全部聞こえて覚えていると言うからな」
ぼそっとした赤目の呟きを拾って、雪代はさらっと言う。
赤目が雪代に、なにか言いたげで、でもなにも言えないというような視線を向けた。
この人が一番、化野をぞんざいに扱っているというか、一番怖い物知らずだと思う。
今、ほとんど適当に言っただろう。
「なんじゃ一体…」
手招かれるまま、森の奥に歩いていった九生は、化野が生い茂った木々の向こうを指さしたので、そちらを見て首を傾げた。
木々の隙間から、ある二チームの姿が見える。
岩永のチームと、確か村崎の弟と藍澤の妹のチーム。
どうやら戦いの最中ではない。
漏れ聞こえる会話の内容から察するに、試合は中断したといったところか。
和やかな雰囲気だから、お互いのために決着を本戦に延ばしたといった感じだな。
自分が白倉たちにやったのと似た感じか。
「これが?」
もう一回首を傾げた九生に、化野はにっこり笑う。
「方舟の仕事だよ。
君、ちょっと岩永の様子、見ててよ」
潜めた声でそう言われ、九生は目を瞠った。
「は…?」
「ちょっとねえ、そろそろ干渉して来そうなんだ」
化野の言葉に、九生は薄々察しながら訊いた。
「干渉って…」
「もちろん、あいつらだよ」
あいつら、なんて誰か聞く必要もない。
自分には記憶隠蔽はかかっていない。
「それはつまり、山居たちも巻き込んでええっちゅうことか?」
「やむを得なかったらそうしていい。
俺はもう一人を見に行くからさ」
化野はやっぱりにこやかに笑って、若松達のほうに歩き出す。
「もう一人…?」
背中にぶつかった九生の疑問に、彼は肩越しに振り返る。
「吾妻、だよ」
まるで楽園か天国をイメージしたようなフィールドだ。
天上という感じで、足下に白い雲。白い通路に階段の、白い風景。
大きな雲が通路を横断したり、階段の傍に浮かんでいたりする。
空は青い。
その大きな雲の陰に隠れて、休憩していたのは夕のチームだ。
点在する自販機で無料で買えるジュースを片手に、一息つく。
「哲也はいつ目ぇさますねん…」
「よっぽど流河さんの一撃が効いたんでしょうね」
缶コーヒーを飲みながら、明里が言う。
床に寝かされている間久部を見下ろして、白野はため息を吐いた。
「やけど、大丈夫かしら」
「まあ、どっかのチームと出くわしたらやばいよな…」
夕は「あー、はよ起きてくれ」とぼやく。
HPやエネルギーが尽きていないなら、味方全員が気絶もしくはリタイアしていない限りは、気絶はリタイアにならない。
それにしても、困る。
不意に靴音がして、夕達三人は咄嗟に息を潜めた。
雲の向こうの階段を上ってきたのは、なんともメルヘンな格好をした美形二人だ。
背中に気を失っているらしい味方を担いでいる。
久世たちだ。
夕はホッとした。
向こうも戦いを挑むどころではないらしい。
久世はめざとくこちらに気づいて、五十嵐を背負う勇賀になにか話しかけた。
そして二人そろってこちらを向いて、近寄ってくる。
「そっちも味方が気絶中?」
「ああ、見ての通り」
夕は気を抜いて答えた。
ここで戦いを挑む奴らではない。
「よかったって言ったら変だけど、助かった。
ここでちょっと休ませてもらってもいい?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとう」
久世はにこやかに笑って、背中から美野をおろして、そっと横たえる。
勇賀も五十嵐を下ろした。
「御園達は何戦くらいしたの?」
「五、六かなあ」
「俺達も同じくらい」
久世と勇賀もその場に腰を下ろす。
勇賀は被っていた長い帽子を取ると、軽く頭を振った。
久世はのんびり笑っている。
「最後の相手で?」
「そう」
「俺達も、さっきの相手でね。
なあユウ」
「ああ」
元々穏やかな人間がそろったチームだ。
ただ、久世はその中では妙に個性が強いが。
「誰?」
「流河にやられた」
夕が答えると、久世は「ああ」と納得した声を上げる。
「まあ、流河も強いからね」
接近戦うまいし、と言っている。
「そっちは?」
「吾妻………」
逆に聞き返され、久世は迷わず答えてから、眉を寄せる。
勇賀の方を向いて、困ったように、
「吾妻……なのかな?
白倉?」
「実行犯は白倉だろ」
尋ねられて、勇賀はさらっと言い切る。
久世もそうだよな、と頷いた。
「え、白倉が? 頭突きで?」
「それは流河さんの場合でしょ」
意味がわからず夕がそう言うと、明里がすかさずつっこむ。
「体当たりかな」
久世がまた迷いなく答えるから、夕は更に混乱した。
あの白倉が体当たり?
「まあ、予想外の攻撃でね、参ったよ」
「あ、…ああ、うちも」
夕はその話がすごく気になって、返事がおざなりだ。
久世は気にせず伸びをして、それから不意に、
「そういえば、御園と明里って恋人だけど、することしてる?」
と前触れなく訊いたので、夕と明里は飲みかけたジュースを吹き出すところだった。
「はあ!?」
「いや、なんとなく気になってさ」
久世は悪びれない。
勇賀は慣れているのか、暢気にあくびをした。
「……って」
夕は困惑して、明里の顔を横目で見る。
その頬も、明里の頬もかすかに赤い。
「まあ、やることやってるのは見ればわかるんだけど」
「なら訊くなぁっ!」
素早くつっこんだ夕を見上げて、久世はのんびりとしている。
「俺見ればだいたいわかるんだよ。
でも確認してみたくなるっていうかさ」
「百発百中だから遊んでるんだよクゼは」
勇賀がフォローにならないことを言ってまたあくび。
夕と明里はなんだか疲れてしまった。
「ついでだし、ちょっとこういう話してもいい?」
「…いやって言ってもするだろう?」
「うん」
即答した久世に、「ちょっとは悪びれろ」とは思うが言わない。
無駄だ。
「でさ、岩永と村崎はどうだろう?
俺的にはまだやることやれてないと思うんだよ。
あの二人、一回は最後までやってるだろうから、微妙だけど」
「確実にやってないわ。
ほんと悪びれないな」
夕は見ればわかるだろ、と思う。
特に岩永の態度。
あの純情が、やることやったあとに普通に村崎と接せるものか。
「まあそうだよね。
あ、じゃあさ、吾妻と白倉は?」
久世はとにかく暇なのだろう。
しばらくこの話をする気らしい。
もう間久部が起きるまでつき合うしかないな、と夕は腹をくくった。
「あの二人はやっただろ。
ちゅうか、事後見てもうたし」
「ええ?
うそ。
やってないって」
久世は声のトーンをあげて、否定する。
「あれはやってない」
「いや、やったあとを見た」
「最中見てないでしょ?」
「さらっとえぐいこと言うな!」
目をつり上げる夕に対し、久世は納得がいかないように繰り返し「ないよ」と言う。
「吾妻が言ったの?」
「え…」
「やったとか、白倉手込めにしたとか」
「…ほんま言葉を躊躇しませんね…」
明里が傍観者として聞きながら、思わずそう呟く。
久世はかまわず、「言ってないだろ?」と念を押す。
「…まあ」
夕は頷くしかない。
確かに、あの独占欲の塊が「白倉は俺のもの」と今まで以上に言い張ったりしないし、変化は少ない気がしているが。
「やってないよ。
確認してみなよ。
勝手に思いこんでるだけだって」
どこからその自信が来るのかわからないが、久世は自信満々だ。
押されるように夕は頷きながら、久世とその向こうの勇賀を見た。
「そういや、自分らもつき合うてるんやろ?」
いまいちそのイメージがないが、確か久世と勇賀も恋人同士のはずだ。
いつも美野や五十嵐といった幼なじみと一緒だから、恋人の印象がないが。
「ああ、そうだね」
「つき合ってるぜ」
二人はさらっと答えた。
照れもしない。
男前な態度に、夕達の方が戸惑う。
「やることやってんの?」
「そりゃあねえ?」
「つき合って結構経つしなあ」
なあ?と頷き合う二人は全くそれらしさがない。
女役がどっちかだいたいわかるのだが、その久世も全く動じない。
「おおらかなんだな…」
としか言えない。
他になんと言えと。
「でも、一応記念日とか気にするんですか?」
明里がなんとなく気になって尋ねた。
「記念日ってつき合った日とか?
…どうだろ。覚えてはいるけどね」
久世はやはり淡々としている。
まるで友達同士みたいな態度で、こちらがどうしたらいいかわからない。
しかし、勇賀が真顔で、
「覚えてるぜ。当たり前だしな。
一応告った台詞も覚えてるし」
と簡単に言いながら、久世の顔を見やる。
「好きならそのくらい普通じゃね?」
さらっと男前に言い切った勇賀に見つめられ、久世は一瞬黙ったか、無表情で立ち上がる。
「普通だってさ。
あ、俺、ジュース買ってくる。
ユウ、なにがいい?」
なんともないように笑って、ジュースの種類を訊いた。
勇賀は自然に「コーヒー」と答える。
「わかった」
久世も普通に頷いて、雲に隠れた向こうにある自販機の方に歩いていった。
「……照れたんかな?」
夕は小声で明里に囁く。
「かもしれませんね…」
しかし、表情一つ変わらないのは、すごい。
「…あー」
座っていた勇賀が不意に声を上げて、立ち上がる。
「やっぱ他の飲み物がいいや。
俺、そう言ってくるから二人頼むわ」
「あ、ああ…」
さっさと久世を追いかけた勇賀の背中を見上げて、夕と明里は、
「……ラブラブ?」
「…かもですね」
と囁き合った。
自販機の前に佇み、美野と五十嵐の分を買ってから、自分の分の紅茶を押す。
落ちてきた紅茶の缶を拾って、勇賀が頼んだコーヒーのボタンの上で指が止まった。
恋人らしくないのは知っている。
いつも、美野たちが一緒だし、それでいいと思っているし、勇賀だって甘い言葉は言わないし。
そういうつき合いだ。
「初めてじゃないか?」
あんなこと言ったの。
しかも人前で。
「…人の気も知らないで」
独占欲でも一丁前にあるんじゃないかと期待するじゃないか。
「ま、そんな他意あるわけがないけど」
「なにがだよ」
油断して呟いた瞬間、背後で勇賀の声がして驚いてしまい、思わずコーヒーではないボタンを押してしまった。
「…あーあ、しまった」
「なにが?」
自販機は一度に四本、四人分しか買えないのに。
落ちてきたのはホットの汁粉だった。
「ユウがおどかすから…ユウの分汁粉だ」
「えぇ? おいおいなにしてんだよ」
勇賀は汁粉の缶を受け取って「熱っ」と漏らす。
顔が赤くないか、久世は気になってしかたない。
「まあいいか」
勇賀はそう呟いて、それから真っ直ぐ久世を見つめた。
「で、なにが『人の気も知らないで』?」
「趣味悪いなあユウ。そこまで訊いてるなら声かけなよ」
「悪い。で?」
ごまかす気だったが、ごまかされてはくれないらしい。
「…ユウって、普段鈍いし、全然気にしないのに、変に意地悪じゃない?」
「…意地悪に入るのかよこれが。
自分の問題だろうが」
「そうだけど、聞き流していいんだよ。いつもみたいに」
はい終わり、と久世は一方的に言って、勇賀の横を通り過ぎる。
「聞き流したことないけどな、いつも。
お前が逃げるから逃がしてるだけで」
背後で響いた真剣な声音に、足が思わず止まった。
心臓の音がうるさい。
振り返れない。
唐突に肩を掴まれ、引っ張られて振り向いてしまう。
瞬間、唇をかすめるように奪ったキスに、息が止まる。
持っていたジュースが二本、下に落ちた。
「じゃ、無事勝ち残ったらお前からもな」
勇賀はもういつも通りの笑みを浮かべていて、さらっと言って落ちた缶を拾うと、久世を置いて歩き出した。
久世は呆然とその背中を見送って、赤い顔を押さえて、呟く。
震えた声。
「全く……人の気も知らないで」
白倉達は、吾妻を二人がかりで担いで、自販機の設置してあるフィールドに移動していた。
校舎そっくりのフィールドで、いるのは教室の一つだ。
吾妻を床に寝かせて顔を見ていると、横から時波が話しかけてきた。
「今、どのくらいエネルギー残ってる?」
「…どうだろ。
まだまだ余裕な感じはするけど」
「俺もだ」
もうしばらくは戦える、と白倉は言う。
「藍澤は?」
「俺もだな」
藍澤は白倉達の向かいに座って、缶コーヒーに口を付けた。
「しかし、それはそのままなのか?」
時波が不意に疑問に思ったように、白倉の頭を指さした。
白金の髪の隙間には、白い狐の耳。
尻尾もそのままだ。
「ああ、着脱可能みたいやけど」
「さすがに本気で生やすのは無理だからなあ」
藍澤は笑った。
藍澤の能力で生み出した狐耳と尻尾。
白倉は頭に手をやって耳をひょいと外してみせる。
バンドで留めているだけの耳なので、すぐ取れた。
「なんで耳なんか生やそうと思ったんだ?」
時波はあの台詞だけで充分だろう、と言う。
「だけど、あのあとああやって攻撃に使う気でいたから」
体当たりアタックのことだ。
白倉は微笑んで、
「可哀想じゃん?
だから、せめて喜ばせてあげなって」
と無邪気に言う。
藍澤と時波は無言になって、吾妻に同情した。
「ああ、だけど大変だっただろうから、終わるまではつけといてやろうかな」
白倉はそう結論つけたらしく、耳をまた装着した。
そのタイミングで、下からうめき声が漏れた。
「吾妻?」
白倉はぱっと顔を輝かせて、吾妻をのぞき込む。
「…う…ん……」
吾妻は瞼を閉じたまま眉を寄せてから、小さく声を漏らして瞳を開けた。
そして、自分を見下ろす耳付きの白倉を見上げて、数秒固まり、
「…白倉っ! 怖かった!」
腹筋で起きあがって、白倉の首に腕を回して抱きついた。
「よしよし。
ごめんなあ」
「いや、僕も悪かったけど、びっくりした~…」
白倉は優しい声で、吾妻の背中を撫でながら頷く。
「ほんとごめんなあ。
他に勝つ手段が浮かばなくて、ひどいことしたよな……」
白倉の声のトーンが不意に沈む。
吾妻はハッとして、白倉の顔をのぞき込んだ。
「ごめんな…恋人を攻撃に使うなんて、俺恋人失格だ。
ごめんな吾妻。嫌わないで…」
白倉は瞳を揺らして、顔を手で覆ってしまう。
「白倉!」
吾妻は大慌てで白倉の両肩を掴み、思わず顔を上げた白倉と瞳を合わせる。
「僕はそんな狭量な男じゃないよ」
「……吾妻」
「大丈夫。しかたないって、わかってる。
白倉が自分を責めることない」
微笑んだ吾妻を見上げ、白倉はゆらゆら瞳を揺らす。
「…吾妻…!」
そして、感極まったように吾妻の名前を呼び、ひしっと抱きついた。
吾妻もしっかり抱きしめ返す。
「ありがと…。
吾妻、ほんとかっこいい…」
「白倉のためだよ」
「…うん。
だけどな、嘘はないんだよ?」
白倉は軽く身を離して、吾妻の目を熱っぽく見つめる。
「今日終わったら、抱いてって……」
その視線と台詞、上目遣いのアングルに、頭の狐耳。
吾妻は完全にノックアウトされて、耳まで真っ赤になる。
「…ほ、本当に?
期待していい…?」
「…う、うん。
だって、そもそも、試合がなかったら、抱いていいって言ったじゃんか…」
白倉は恥ずかしそうに視線を逸らして、指先で吾妻の胸に触れる。
「…白倉………」
「だから、な…」
「……うん」
どきどき高鳴る心臓の音が聞こえる。
白倉にも聞こえていないだろうか、と吾妻は甘い心配をする。
「…優しくするよ」
「……吾妻はいつもやさしい…」
白倉はゆっくり首を振って、かわいらしく微笑んだ。
「いつもやさしくて、大好き…」
「白倉のこと好きだから、優しいんだよ」
「…うれしい」
「僕も」
藍澤と時波は無言でその光景を見ている。
小声で、
「あれ?
吾妻をだますためじゃなかったのか?」
と尋ねた藍澤に、
「白倉は最初から本気だ」
と時波が小声で返した。
「…あ、あのな」
白倉は言いかけて恥じらったように口を閉じる。
吾妻の親指がそっと、唇に触れた。
「なに?」
優しく甘い問いかけに、白倉の顔がかあっと染まった。
「…あ、あの、」
「うん」
「…俺のこと、どんだけ好き?」
真っ赤になって期待して、少しだけ不安そうに。
そんなかわいいことを尋ねる白倉を今すぐ抱きしめて「可愛い!」と叫んでしまいたい。
しかし、出来る恋人はここでちゃんとはっきり愛情の大きさを示してやらねば。
「もちろん、世界一」
「…俺を好きっていうライバルが現れたら?」
「渡さない」
「…吾妻を好きって子がいたら?」
おずおずと口にする白倉を外野として見ていて、藍澤は内心、「いないだろ。この馬鹿見てたら」と思う。
外見で惚れても、この白倉馬鹿っぷりを見たら冷める。
そういう自分も、もう切り上げて頭を一発叩きたい。
「白倉しか、僕には見えない…!」
「吾妻…!」
「白倉だけが僕の世界だよ。
なんも心配しないでいいよ。
世界で一番好きだよ…誠二」
「…俺も」
白倉は嬉しそうにはにかんで、吾妻の胸元にそっと抱きついた。
吾妻は優しく背中を包み込む。
完全に二人の世界だ。
時波は白倉の合意だから、止めないんだろうなと諦めていたら唐突に吾妻の頭を思い切りはたいたので藍澤も驚いた。
「!?」
「…今、白倉をなんと呼んだ…?」
吾妻が頭を押さえて言った文句も気に留めず、時波は地を這うような声で言う。
「今、白倉をなんと呼んだ?」
繰り返された問いに、吾妻は遅蒔きに、二人きりのそれもテレパシー時にしか使わない呼び名を呼んでしまっていたと気づく。
青ざめた。
「…吾妻、いいか?
百歩譲って白倉をお前に任せているが、お前を完全に認めたわけではない」
「…はい」
思わず姿勢を正してしまう。
「お前の行い次第で許そうと考えているんだ。
だがな、つき合って二ヶ月で名前は早い」
「…」
傍観者として見守る藍澤は、「二ヶ月なら遅くないか?」と思う。
「…わかったな?」
「…以後気をつける」
「よし」
吾妻はこくこく頷きながら、二人きりの時だけにしようと心に誓う。
呼ばないという選択肢はない。
「全く、そもそも行為に及んだということ自体がまだ早いというのに」
時波はぶつぶつ言いながら、座り直してお茶を口に含む。
吾妻と白倉は顔を見合わせて、似たような顔をした。
困ったような、言いにくそうな顔。
藍澤はそれを見て、顎に手を当てる。
時波の気が自分たちから離れたと判断して、白倉は吾妻の黒い着物の裾をきゅっと掴む。
「ん?」
「あのな?」
小さな声で、頬を染めて白倉は言う。
「初めての時は普通がいいけど……何回かしたら、これつけたまんまでもいいよ?」
「……」
白倉の恥ずかしそうな言葉に、吾妻は理解が及ばなくて固まる。
「…だから、この耳とか、吾妻が好きなら…」
察して、と白倉は真っ赤になって吾妻の着物を引っ張る。
理解した瞬間、吾妻は素早く鼻を押クゼた。
「…あ、ごめん。
ティッシュいる?」
「…や、なんとか大丈夫」
興奮のあまり鼻血が出そうになったらしい。
「……本当に?」
「え? …うん」
白倉は赤い顔ながら、頷く。
「……がんばる。
絶対優勝しよう…」
「あ、うん」
白倉の手を握って、鼻を押さえたままかっこいい声で宣誓した吾妻を見て、藍澤は思う。
優勝したらとか言ってないし、そんな目標掲げたら他の奴に失礼だろう、と。
でもバカップルっぷりに疲れているので、つっこまない。
それに、今の話を聞いていなかった時波に気づかれてはいけない。
時波は、二人は最後までした仲だと思ってるみたいだけど、どうも違うみたいだから。
吾妻も目覚めたので、フィールドを移動し始める。
校舎フィールドの廊下を歩いていると、途中から風景が変化した。
陽炎のように揺らいで、ふっと変わる。
次に現れたのは遊園地だった。
ジェットコースターや観覧車、空中ブランコやメリーゴーランド。
全て正常に動いているのに、不気味に感じたのは、人の歓声が全くないからだ。
人気もない。
「注意して進むぞ。
フィールドが変わった直後が出くわしやすい」
「ああ」
先頭を歩く時波の声に、藍澤が頷いた。
白倉も頷く。
その身体には、狐の耳と尻尾が揺れている。
吾妻が喜ぶなら、と健気につけていてくれるのだ。
藍澤にグッジョブと思った。
「…ん?」
吾妻は不意にミラーハウスの向こう側を見て、思わず足を止める。
今、誰かの姿が見えたような。
白倉や時波は気づいていないのか歩みを止めない。
なぜか気になってしまい、少し見るだけだ、とそちらに歩を進めた。
ミラーハウスを過ぎ、更に進むとお化け屋敷らしい洋館が見えた。
その中に入っていく背中を見つけて、思わず後を追った。
薄暗いお化け屋敷の廊下を歩いていくのは、化野と若松、雪代。
その少し後ろを、角や障害物に隠れながら追った。
『怖い者知らずも過ぎると破滅するっすよ。
くれぐれもあの人の逆鱗に触れないでください。巻き添え喰うのは勘弁ですから』
赤目が意味深なことを言うから、気になってしまったじゃないか。
しかし、強いとは思うが、そんな怯えるほどではないと思う。
今だって、自分に気づいていないし。
(そういえば、ここまでに誰かと戦って来ただろうし)
参考までに誰のチームと戦ったか、心を読んでみるか。
そう思った瞬間、化野が肩越しに振り返った。
妖艶に笑んだ彼と視線が合う。
「――――っ」
身体を襲ったとんでもないプレッシャーに、吾妻は小さく声を漏らしてしまう。
心臓がドッドッ、と速く鳴り始めた。
身体が動かない。
声が出ない。
前に一度感じたことがある。
恐怖だ。
化野はゆっくり向き直って、微笑む。
若松たちは最初から気づいていたのか、驚きもしない。
「いけない子だね。吾妻。
今、俺の心を読もうとしたね?」
女みたいに高い声が、優しく言うのに、背筋を襲うのは逃げ出したい衝動。
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