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第八章 さよならの森の中で
第七話 東方不敗
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若松と雪代、もう一人の仲間は後ろに下がって見ているだけだ。
参戦してくるつもりはないらしい。
なめられているのか、それともそれほどに自分に勝機がないのか。
おそらく後者だと、戦う前から、悟ってしまっている。
それでも確かめずに旗を巻くことはできなかった。
吾妻は顔を上げて、思い切り地面を蹴った。
手のひらに生み出した炎を放つ。
狭いお化け屋敷の通路の壁を這って、化野に向かった。
化野はゆったりと笑って、迫ってきた炎に手を伸ばす。
瞬間、炎は跡形もなく消えた。
吾妻は目を瞠ったが、ある程度想定できたことだ。
こんな恐ろしいプレッシャーを与える、白倉たちすら恐れる存在。
SSランクの能力者。
ならば、これくらいやってのけるだろう。
意識をすぐに立て直し、指先を宙に持ち上げた。
化野は自分から仕掛ける気はないのか、間合いの向こうに佇んでいるだけだ。
指先に集まった業火に更に力を集める。
指を十字を切るように動かした。
業火の塊が、竜の形を取って化野に襲いかかる。
かなりの力を込めた。
いくらSSランクの能力者でも、簡単に防げないくらいの力を。
化野は悠然と笑って、
「ああ、ちょうどいいね」
と呟いた。
右手を持ち上げ、踊らせるように動かした。
口を開けて突進してきた炎の竜を誘うように。
化野を燃やすはずの炎の竜は、化野の手の舞いに勢いをそらされたように、天井に向かって方向転換し、お化け屋敷の壁に激突した。
そのまま天井や壁を食い破るように暴れた竜に、お化け屋敷は一瞬で粉々に破壊された。
吾妻は咄嗟に壁を攻撃して壊し、外に逃げている。
本物のように燃え上がったお化け屋敷の建物。
破片が次々落ちてきて、炎は全体を包み込んでいる。
化野達は、どうしたのだろう。
うっすらわかっている。
これで終わるはずがない。
だって、あの攻撃をいなした。
あんな、強力な攻撃をあっさりと。
吾妻は全身を炎で覆い、手のひらに炎の弾を生み出した。
それを空に向かって撃ち出す。
空に上った業火は、一瞬で爆発して、無数の矢となって地上に降り注いだ。
これならどこにいても、攻撃から逃げられないはずだ。
「もうちょっと周囲に気を配らないと駄目だよ」
柔らかい女のような声に、吾妻は凍り付いた。
真後ろ、間近で響いた。
思わず振り返ってその場から大きく飛び退く。
化野は自分の真後ろに佇んでいた。
「君一人じゃないだろ?
俺はいいけど、この近くにいる白倉たちを巻き込んだらいやだろうに」
腕を組んで、余裕たっぷりに言う。
警戒しきって、自分を睨む吾妻の顔を見上げた。
怯えを含んだ吾妻に微笑みかける。
なんでだ。
なんの能力も発動した気配はない。
超能力を使った様子はない。
なのに、どうしてそこに何事もないように佇んでいられる?
今、空から自分が放った炎の雨が降り注いでいるのに。
まるで、ただの雨程度の煩わしさすら感じていないように。
「どうしたの?
もうちょっとがんばってくれないと」
彼はあくまで優位に言う。
楽しそうに。
「仮にもSランクでしょう?
一撃くらいはいれてもらわないと困るな。
君には期待しているんだから」
「……っの!」
全身が震える。
さっきよりひどい恐怖に。
逃げ出したい。
でも、そう簡単に負けたくない。
大きく踏み込んで、逃げもしない化野に向かってつっこんだ。
間近まで接近しても彼は腕を組んだまま動かない。
笑っている。
腕を振り上げ、拳で顔面を狙ったが、首を動かしただけで避けられる。
間髪入れず蹴りを腹目掛けて放つが、腕一本で簡単に弾かれた。
驚愕どころじゃない。
自分より遙かに小さいのに。
白倉よりも小柄で、華奢だというのに、まるでそよ風のように受け流される。
繰り出したパンチを躱し、化野は片手で吾妻の腕を掴むと、片手だけで吾妻の巨躯をあっさり持ち上げ、放り投げた。
地面に身体を打ち付けられても、吾妻は意地で素早く起きあがる。
駄目だ。
普通の攻撃じゃ通用しない。
でも、自分の力は炎。
拳や足にまとわせるような、岩永たちみたいな使い方は、
そこで、不意に頭をよぎったのは、今朝見た悪夢だった。
あの、自分は、どんな力の使い方をしていた?
自分を見つめていた化野が目を軽く瞠る。
おや、と言いたげに。
再び自分につっこんできた吾妻に、軽く一歩さがって拳を構える。
吾妻が放ったパンチを、軽く拳で弾いて顔面に正拳をたたき込んだ。
「へえ」
感心したように呟く。
化野の拳は、吾妻の顔面すれすれの位置で止まっていた。
拳の皮膚が、強力な熱によって悲鳴のような音を立てた。
「そういう使い方もできるんだ」
化野は眉一つ寄せずに、吾妻の身体を覆う灼熱の透明な壁に押しつけた拳の指先を一つ、起こして弾くように力を込める。
それだけで強力な灼熱の壁は破壊され、吾妻の身体は大きく背後に吹っ飛んだ。
吾妻は一回転して、どうにか地面に着地する。
「力任せだけじゃないんだね」
呼吸も静かで、汗一つ掻いていない。
穏やかに笑う化野を見ながら、息があがるのを苦しく感じた。
エネルギーもHPもかなり削られてしまったのに、化野には一撃もいれられない。
身体が重い。
「もっと鍛えれば強くなるよ」
にっこり微笑んだ化野の姿が、瞬き一回の間に眼前に移動していた。
化野が胸ぐらを掴む。
反射で化野の顔を掴もうと突きだした手のひらに、咄嗟に熱を込めた。
あの自分がやったように、炎そのものではなく、鉄すら溶かす灼熱の力を。
避けなかった化野の顔に触れた手のひら。
しかし、化野は微動だにしない。
指の隙間からいつもの笑みが見えた。
胸ぐらを掴んだ片手だけの力で、化野の背後に放り投げられる。
そのまま地面に倒れ込んだ。
「うん、想像よりはよかった。
なかなかだよ」
まだ燃えているお化け屋敷を背中に、悠然と佇む化野。
その余裕は崩れない。
「でも、その力の使い方は、誰に教わったんだい?
失礼だけど、君はそこまで頭を使わなくないかな?
元々の頭脳はいいみたいだけど、攻撃になるといまいち力業に頼りがち。
それが君だよね」
そうだ。
自分はずっと、ただ力任せに力を放つしか知らなかった。
それで勝ててしまったから。
NOAに来て、それだけでは勝てない相手がいると知った。
白倉に出会った。
強くなりたいと思った。
地面に手を突いて、足を踏ん張って必死に起きあがる。
「答える、義務はない…」
負けたくない。
たとえ、勝ち目がゼロでも。
一瞬で吾妻の全身を覆った業火は、今までとレベルが違う。
エネルギー全てをつぎ込んだ、全力の一撃だ。
これを躱されたら負ける。
そもそも、エネルギーが底を突く。
どのみち負けだ。
白倉達と一緒に戦えなくなる。
でも、自分にだって意地はあった。
空を赤く染めるほどの大火。
化野は見上げて、暢気に目を細めた。
「あんたは、倒す!」
叫んで、空を覆うほど大きく溢れた業火を、拳を振るって放つ。
化野に向かって加速した業火は、あの時波すら倍返しを諦めたほどの強大さだ。
でも、時波にも通用しなかった。
結果は、本当はわかっていた。
化野は笑って、指先を持ち上げる。
指先に触れた業火は、吾妻の意志と裏腹に勢いを失い、化野の周囲を指先の示すままに踊った。
「駄目だよ。
まだ終わってないのに、自分からリタイアしちゃ」
化野は指先を自分に向ける。
「はい、主人のところにお帰り」
化野の優しい声音に従い、吾妻が放った業火は吾妻に猛スピードで襲いかかった。
防ぐ力もない。空っぽだ。
そのまま避けられずに巨大な炎を全身に喰らう。
リタイアを覚悟した。だが、痛みや衝撃はない。
ふと瞼を開けると、あの炎は吸い込まれるように自分の体内に入り込んだ。
お化け屋敷を覆う炎も、誘われるように自分に集まって身体に吸い込まれていく。
気づくと周囲のどこにも炎はなく、お化け屋敷はどこも壊れていないままで、化野は離れた位置に佇んで笑っていた。
吾妻は呆然としながら気づく。
底を尽きたはずのエネルギーが、体内に満ちている。
全く枯れていない。
「君が今、使った分の力は全て君に返したから。
リタイアは心配しなくていいよ」
「……あんたは」
かすれた声しか出ない。
一度放った攻撃を、身体の中に戻すなんて、岩永ですら出来ない芸当のはずだ。
「いったい…」
「君は、もっと強くなれるだろう。
なってもらわなくては困る」
化野は後ろ手に腕を組んで言った。
「だから、まだ早いよ」
化野の後ろに、姿が見えなくなっていた若松や雪代達が現れた。
全く動じていない表情で、化野の後ろに佇んでいる。
「俺の力を知るには、まだ早すぎる。
今はまだ、なにも訊かないでいなさい」
柔らかい声。なのに背筋を恐怖が走った。
瞬間、吾妻の背後から飛び出した閃光の矢が、化野に向かう。
吾妻がハッとして間近を見ると、自分を庇って立つ白倉と藍澤の姿。
化野に襲いかかった閃光は、化野の手が示すままに吾妻達の方へと返る。
その閃光が急に弾けた。
視界をくらます眩しさに目を瞑った刹那、顔の真横を通り過ぎた光の矢が、化野が放った閃光とぶつかりあって散った。
自分の傍に、時波が佇んでいる。
「…そんな怖い顔しないでよ」
化野は苦笑する。
時波に対してだ。
「なにもしないよ。
本戦で戦いたいんだ」
「…こちらもそう願っている」
時波は低い声で言い、化野を睨んだまま姿勢を正した。
「うん、楽しみにしているよ。
じゃあ、行くよ」
化野は肩越しに若松たちを振り返り、一見無防備に背中を向けて歩き出した。
若松達もあっさり背を向けてその場から離れていくが、誰も攻撃は放たない。
四人の姿が見えなくなったころ、時波が長い息を吐いた。
安堵の息に見えて、吾妻は驚く。
あの時波が、安堵するなんて。
びっくりしていると、唐突に頬を手で包まれ、身体の正面を向かされた。
白倉が自分を真っ直ぐ見つめて、瞳を潤ませて、
「…この、馬鹿…」
と、心底安心したように小さな声でなじった。
さっきから、村崎が怖くて困っている。
志津樹がなにを自分に言ったか気にしているのだ。
さっき、志津樹が別れ際に岩永の耳元で、
「そういえば、兄さんとキスしました?」
と小声で言ったから。
理解に数秒要した岩永は真っ赤になった。
その反応に、志津樹は目を瞠る。
心底意外そうな眼差しを離れた位置にいた兄に向けて、
「そっか、出来たんだ。っていうか、手出したんだ」
と感心したように呟く。
そして、いい笑顔で「じゃまた」と明るく言い、高尾達と一緒に森の奥に進んでいってしまった。
なに話してたんだ、と高尾たちに質問されながら遠ざかる背中をぽかんと見送っていると、いつの間にか傍に立っていた村崎が真顔で、
「なに言われた……?」
と低い声で尋ねてきたのだ。
でも、言えるわけがない。
「岩永くん、素直に言っちゃえば?」
流河が村崎の視線を気にしながら、そう囁いてきた。
「…やけどなあ」
「なに言われたの?」
そう問われると、岩永は困る。
古びた洋館のフィールドだ。
無人の洋館の廊下を歩いていると、時折外でカラスの鳴き声がする。
「…まあ、おおよそ想像つくけど」
「なら訊くなや」
「うん」
岩永はまた顔が赤くなってないか気になった。
そろりと少し前を歩く村崎を見上げると、肩越しに村崎と視線が合って、思わずそらしてしまう。
参った。
そりゃ、キスはした。
でも、あのときみたいに、自分は素直にはなれない。
村崎の視線が、問いかけられるのが怖い気がして、俯いた。
村崎が怖いわけじゃない。
少し、期待してしまっている自分が怖いから。
また流河がなにか言ってくるだろう。
そう覚悟しながら無言で歩いていたが、なんの声もかからない。
そういえば、誰の話し声もしない。
おかしい。
そっと顔を上げると、流河や村崎、優衣の姿が見えた。
自分の少し前を歩く格好で、一時停止したように固まった姿が。
「……え?」
一瞬、理解できなかった。
村崎も流河も、優衣も全く動かない。
中途半端に足をあげたまま。
「…村崎?」
名前を呼んだが、村崎は軽く自分の方を見たまま反応しない。
瞬きすらしない。
「…流河、優衣…」
流河も優衣も、動かない。
時間が止まったみたいに。
なんだこれは。
白昼夢じゃあるまいし。
まさか誰かの攻撃か?
でも、胸が騒ぐ。
ざわざわと、異常にうるさくざわめく。
なんだろう。
この感じを、自分は知っている。
「よう」
馴染んだ声がした。
聞き慣れた声。
でも、村崎じゃないし、流河じゃないし、優衣でもない。
白倉でも、吾妻でも、夕でもない。
誰の声か理解した瞬間、心臓がものすごい速さで脈打ち始めた。
自分の口を手で押さえる。
いつも、自分のこの口から出ている、低い声だ。
ゆっくりと、声のした方を振り向く。
見たくない。
なぜか、泣きたくなるような恐怖がする。
絵画が飾られた廊下の壁にもたれて、腕を組む男と視線が合った。
微笑む唇。
灰色のパーカーを着た、男らしい顔立ち。
高めの身長。
自分と全く違わない、顔、身体、声。
自分そのものの。
「久しぶり。
俺の“ドッペルゲンガー”」
夢で見た。
夢のはずの、もう一人の自分。
じゃあ、これも、今も、―――――夢なのか?
参戦してくるつもりはないらしい。
なめられているのか、それともそれほどに自分に勝機がないのか。
おそらく後者だと、戦う前から、悟ってしまっている。
それでも確かめずに旗を巻くことはできなかった。
吾妻は顔を上げて、思い切り地面を蹴った。
手のひらに生み出した炎を放つ。
狭いお化け屋敷の通路の壁を這って、化野に向かった。
化野はゆったりと笑って、迫ってきた炎に手を伸ばす。
瞬間、炎は跡形もなく消えた。
吾妻は目を瞠ったが、ある程度想定できたことだ。
こんな恐ろしいプレッシャーを与える、白倉たちすら恐れる存在。
SSランクの能力者。
ならば、これくらいやってのけるだろう。
意識をすぐに立て直し、指先を宙に持ち上げた。
化野は自分から仕掛ける気はないのか、間合いの向こうに佇んでいるだけだ。
指先に集まった業火に更に力を集める。
指を十字を切るように動かした。
業火の塊が、竜の形を取って化野に襲いかかる。
かなりの力を込めた。
いくらSSランクの能力者でも、簡単に防げないくらいの力を。
化野は悠然と笑って、
「ああ、ちょうどいいね」
と呟いた。
右手を持ち上げ、踊らせるように動かした。
口を開けて突進してきた炎の竜を誘うように。
化野を燃やすはずの炎の竜は、化野の手の舞いに勢いをそらされたように、天井に向かって方向転換し、お化け屋敷の壁に激突した。
そのまま天井や壁を食い破るように暴れた竜に、お化け屋敷は一瞬で粉々に破壊された。
吾妻は咄嗟に壁を攻撃して壊し、外に逃げている。
本物のように燃え上がったお化け屋敷の建物。
破片が次々落ちてきて、炎は全体を包み込んでいる。
化野達は、どうしたのだろう。
うっすらわかっている。
これで終わるはずがない。
だって、あの攻撃をいなした。
あんな、強力な攻撃をあっさりと。
吾妻は全身を炎で覆い、手のひらに炎の弾を生み出した。
それを空に向かって撃ち出す。
空に上った業火は、一瞬で爆発して、無数の矢となって地上に降り注いだ。
これならどこにいても、攻撃から逃げられないはずだ。
「もうちょっと周囲に気を配らないと駄目だよ」
柔らかい女のような声に、吾妻は凍り付いた。
真後ろ、間近で響いた。
思わず振り返ってその場から大きく飛び退く。
化野は自分の真後ろに佇んでいた。
「君一人じゃないだろ?
俺はいいけど、この近くにいる白倉たちを巻き込んだらいやだろうに」
腕を組んで、余裕たっぷりに言う。
警戒しきって、自分を睨む吾妻の顔を見上げた。
怯えを含んだ吾妻に微笑みかける。
なんでだ。
なんの能力も発動した気配はない。
超能力を使った様子はない。
なのに、どうしてそこに何事もないように佇んでいられる?
今、空から自分が放った炎の雨が降り注いでいるのに。
まるで、ただの雨程度の煩わしさすら感じていないように。
「どうしたの?
もうちょっとがんばってくれないと」
彼はあくまで優位に言う。
楽しそうに。
「仮にもSランクでしょう?
一撃くらいはいれてもらわないと困るな。
君には期待しているんだから」
「……っの!」
全身が震える。
さっきよりひどい恐怖に。
逃げ出したい。
でも、そう簡単に負けたくない。
大きく踏み込んで、逃げもしない化野に向かってつっこんだ。
間近まで接近しても彼は腕を組んだまま動かない。
笑っている。
腕を振り上げ、拳で顔面を狙ったが、首を動かしただけで避けられる。
間髪入れず蹴りを腹目掛けて放つが、腕一本で簡単に弾かれた。
驚愕どころじゃない。
自分より遙かに小さいのに。
白倉よりも小柄で、華奢だというのに、まるでそよ風のように受け流される。
繰り出したパンチを躱し、化野は片手で吾妻の腕を掴むと、片手だけで吾妻の巨躯をあっさり持ち上げ、放り投げた。
地面に身体を打ち付けられても、吾妻は意地で素早く起きあがる。
駄目だ。
普通の攻撃じゃ通用しない。
でも、自分の力は炎。
拳や足にまとわせるような、岩永たちみたいな使い方は、
そこで、不意に頭をよぎったのは、今朝見た悪夢だった。
あの、自分は、どんな力の使い方をしていた?
自分を見つめていた化野が目を軽く瞠る。
おや、と言いたげに。
再び自分につっこんできた吾妻に、軽く一歩さがって拳を構える。
吾妻が放ったパンチを、軽く拳で弾いて顔面に正拳をたたき込んだ。
「へえ」
感心したように呟く。
化野の拳は、吾妻の顔面すれすれの位置で止まっていた。
拳の皮膚が、強力な熱によって悲鳴のような音を立てた。
「そういう使い方もできるんだ」
化野は眉一つ寄せずに、吾妻の身体を覆う灼熱の透明な壁に押しつけた拳の指先を一つ、起こして弾くように力を込める。
それだけで強力な灼熱の壁は破壊され、吾妻の身体は大きく背後に吹っ飛んだ。
吾妻は一回転して、どうにか地面に着地する。
「力任せだけじゃないんだね」
呼吸も静かで、汗一つ掻いていない。
穏やかに笑う化野を見ながら、息があがるのを苦しく感じた。
エネルギーもHPもかなり削られてしまったのに、化野には一撃もいれられない。
身体が重い。
「もっと鍛えれば強くなるよ」
にっこり微笑んだ化野の姿が、瞬き一回の間に眼前に移動していた。
化野が胸ぐらを掴む。
反射で化野の顔を掴もうと突きだした手のひらに、咄嗟に熱を込めた。
あの自分がやったように、炎そのものではなく、鉄すら溶かす灼熱の力を。
避けなかった化野の顔に触れた手のひら。
しかし、化野は微動だにしない。
指の隙間からいつもの笑みが見えた。
胸ぐらを掴んだ片手だけの力で、化野の背後に放り投げられる。
そのまま地面に倒れ込んだ。
「うん、想像よりはよかった。
なかなかだよ」
まだ燃えているお化け屋敷を背中に、悠然と佇む化野。
その余裕は崩れない。
「でも、その力の使い方は、誰に教わったんだい?
失礼だけど、君はそこまで頭を使わなくないかな?
元々の頭脳はいいみたいだけど、攻撃になるといまいち力業に頼りがち。
それが君だよね」
そうだ。
自分はずっと、ただ力任せに力を放つしか知らなかった。
それで勝ててしまったから。
NOAに来て、それだけでは勝てない相手がいると知った。
白倉に出会った。
強くなりたいと思った。
地面に手を突いて、足を踏ん張って必死に起きあがる。
「答える、義務はない…」
負けたくない。
たとえ、勝ち目がゼロでも。
一瞬で吾妻の全身を覆った業火は、今までとレベルが違う。
エネルギー全てをつぎ込んだ、全力の一撃だ。
これを躱されたら負ける。
そもそも、エネルギーが底を突く。
どのみち負けだ。
白倉達と一緒に戦えなくなる。
でも、自分にだって意地はあった。
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結果は、本当はわかっていた。
化野は笑って、指先を持ち上げる。
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「駄目だよ。
まだ終わってないのに、自分からリタイアしちゃ」
化野は指先を自分に向ける。
「はい、主人のところにお帰り」
化野の優しい声音に従い、吾妻が放った業火は吾妻に猛スピードで襲いかかった。
防ぐ力もない。空っぽだ。
そのまま避けられずに巨大な炎を全身に喰らう。
リタイアを覚悟した。だが、痛みや衝撃はない。
ふと瞼を開けると、あの炎は吸い込まれるように自分の体内に入り込んだ。
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底を尽きたはずのエネルギーが、体内に満ちている。
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リタイアは心配しなくていいよ」
「……あんたは」
かすれた声しか出ない。
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「いったい…」
「君は、もっと強くなれるだろう。
なってもらわなくては困る」
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「だから、まだ早いよ」
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「俺の力を知るには、まだ早すぎる。
今はまだ、なにも訊かないでいなさい」
柔らかい声。なのに背筋を恐怖が走った。
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時波に対してだ。
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本戦で戦いたいんだ」
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安堵の息に見えて、吾妻は驚く。
あの時波が、安堵するなんて。
びっくりしていると、唐突に頬を手で包まれ、身体の正面を向かされた。
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「…この、馬鹿…」
と、心底安心したように小さな声でなじった。
さっきから、村崎が怖くて困っている。
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と小声で言ったから。
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と感心したように呟く。
そして、いい笑顔で「じゃまた」と明るく言い、高尾達と一緒に森の奥に進んでいってしまった。
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と低い声で尋ねてきたのだ。
でも、言えるわけがない。
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「…やけどなあ」
「なに言われたの?」
そう問われると、岩永は困る。
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「なら訊くなや」
「うん」
岩永はまた顔が赤くなってないか気になった。
そろりと少し前を歩く村崎を見上げると、肩越しに村崎と視線が合って、思わずそらしてしまう。
参った。
そりゃ、キスはした。
でも、あのときみたいに、自分は素直にはなれない。
村崎の視線が、問いかけられるのが怖い気がして、俯いた。
村崎が怖いわけじゃない。
少し、期待してしまっている自分が怖いから。
また流河がなにか言ってくるだろう。
そう覚悟しながら無言で歩いていたが、なんの声もかからない。
そういえば、誰の話し声もしない。
おかしい。
そっと顔を上げると、流河や村崎、優衣の姿が見えた。
自分の少し前を歩く格好で、一時停止したように固まった姿が。
「……え?」
一瞬、理解できなかった。
村崎も流河も、優衣も全く動かない。
中途半端に足をあげたまま。
「…村崎?」
名前を呼んだが、村崎は軽く自分の方を見たまま反応しない。
瞬きすらしない。
「…流河、優衣…」
流河も優衣も、動かない。
時間が止まったみたいに。
なんだこれは。
白昼夢じゃあるまいし。
まさか誰かの攻撃か?
でも、胸が騒ぐ。
ざわざわと、異常にうるさくざわめく。
なんだろう。
この感じを、自分は知っている。
「よう」
馴染んだ声がした。
聞き慣れた声。
でも、村崎じゃないし、流河じゃないし、優衣でもない。
白倉でも、吾妻でも、夕でもない。
誰の声か理解した瞬間、心臓がものすごい速さで脈打ち始めた。
自分の口を手で押さえる。
いつも、自分のこの口から出ている、低い声だ。
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