nameless

兔世夜美(トヨヤミ)

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第十三話 最愛

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 まぶしい朝陽が、カーテンの引かれた窓から差し込んでくる。
 もぞ、とかすかに身じろぎして、ナディールはまぶたを開けると腕の中に収まった男の顔を見た。
 あどけない顔で眠るうつくしい男の身体を抱きしめ、そのやわらかな髪に触れた。
 あたたかい。心音も呼吸も正常だ。彼は生きている。
 けれどもう、彼は人間ではない。
 自分の同族。自分の血を受けて吸血鬼になった、自分の眷属。
 ほんとうにこれでよかったのかと不安になるのは、自分がそれだけ彼を愛しく思うからだ。
 あと数年の間はまだだいじょうぶだろう。けれどその先はわからない。
 吸血鬼になった彼の身体の成長は止まってしまった。何年経とうと、彼には老いは訪れない。
 自分と同じように、永遠に等しい時間を生きる。
 そんな長い寿命を持つ生き物が、長い間ひとところにとどまって生きていけるわけがない。
 きっと遠からず、彼は家族も、心を許したチームメイトも失うことになる。
 人として得るはずだった栄光も名誉もなにもかもを、自分と引き替えに。
 それでも彼は自分と共にあることを望んだ。
 だから結局、自分はしあわせなのだ。どうしようもなく。
 朝陽を受けて煌めく金色の髪を梳いていると、シンディーがちいさく声を漏らした。
 まぶたが震えて、海のような色の瞳が現れる。
「…おはよう。
 シンディー」
「………ん」
 やっぱり少しだけ不安になりながら微笑みかけると、シンディーは寝ぼけたような声を漏らし、ゆっくりと上体を起こす。
 ナディールもシーツの上に手を突いて身を起こした。
 シンディーはいつもと変わらぬ様子で軽く伸びをして、あくびをかみ殺す。
 それから自分の身体をまじまじ見下ろして、軽く口を開いて指でなにか確かめている。
「…シンディー?」
「…マジで牙がある」
「いや、吸血鬼になったんだからそりゃあるだろうな?」
「…逆を言うと牙以外変わった感じしねえな。
 マジで朝陽とかぜんぜん平気だし、…怪我したらすぐ治るのかな」
 なんかのんきに人間のときとの差を確かめているシンディーに、ナディールはなんだか拍子抜けしてしまった。
 もうちょっとなにかないんだろうか。いや、今更やっぱり嫌だとか言われても困るし、シンディーはそんなことは言わないとは思っていたけども、なんていうかもうちょっとこう。
「…あ、でも刻印そのままなんだな?」
「ああ…。
 ま、おまえはオレの眷属だしな」
「眷属?」
「オレの血を受けて吸血鬼になったから。
“主”と“贄”ではなくなったが、オレの眷属って扱いだから。
 元人間の吸血鬼はみんな誰かの眷属だからな。
 まあわかりやすく言うと、つがいってことだよ。
 人間に自分の血を与えて眷属にする=そいつを自分の伴侶にしたいって意味だし」
「へえ、そうなのか」
 シンディーはのんきに「だからベイカーが複雑だって言ってたのか」と納得している。
 ちなみに巻き込まれたチームメイトは気を失っている間にベイカーが自宅に運んだ。とはいえ、さすがに記憶はあるだろうから彼には事情を説明することにはなるだろうが。
 あの吸血鬼は死んだため、今後の生活に支障はないだろう。完全にシンディーを呼び出すために利用されただけで、一度血を吸われた以外はなにもされていなかったようだし。
「おまえマジで動じないな」
「なにを今更。
 おまえとそういう仲になるのが嫌だったら、なにもかも捨ててまで同族になりたいとか望まねえぞ?」
「…まあ、確かに」
 よく考えなくてもそうだ。それにシンディーは元々こういうやつだったか。
 恐ろしく強くてしなやかで、どこまでも気高く折れない。
 そういうシンディーだからこんなにも溺れたのだ。
「ところで、結局おまえは何してあんな恨まれてたんだ?」
「…うーん。
 あいつが消滅した今となっては正確な理由はわかんねえが、…たぶんあいつが目を付けた女をオレが餌にしたことがあったからじゃね?
 普通に声かけたら落ちたから餌にしたんだが、あいつけっこうマジで惚れてたらしいからなあ」
「確実にそれじゃねえかなにやってんだてめえは」
「いやだって百年以上前の話だぜ?」
 まさかそれをずっと根に持ってると思わねえじゃねえか、とナディールはこともなげに言うがシンディーは呆れていた。
「それ、おまえにわかるように言い直すとオレがほかの男に寝取られたようなもんだろ」
「…………………今すっげえよくわかったわ。
 なるほどそれはなにがなんでもぶっ殺したいわ。
 つか地の果てまで追いかけてぶっ殺すわそりゃ」
「そら見ろ」
 想像だけでものすごく不愉快になったのか、ナディールはなんだか恐ろしい形相になっている。
 まあ自分に会うまで奪われて困るような存在がいなかったから、恨まれている理由もわからなかったんだろうな、とシンディーは思う。
 というかナディールが餌にした人間ばかり狙ってる時点でたぶんそんなことじゃないのかと察してたが。
「ところでナディール」
「っ、な、なんだ?」
 ずい、と身を乗り出して顔を寄せたら、ナディールが息を呑んで頬を赤らめた。
「オレはおまえのもので、おまえもオレのものだろう?
 オレたちはつがいなんだから、な?」
「あ、ああ。
 …そうだ」
 にっこり微笑んで確認したら、照れたのかナディールがますます頬を紅潮させながら頷く。
 気を抜くと顔がにやけそうなのか、必死で引き締めているが喜びが隠せていない。
「じゃあ、オレはおまえの血を飲めばいいんだよな?」
「………ああ、そうだな。
 眷属が出来たら、その吸血鬼は眷属の血しか受け付けねえし、逆もしかりだからな。
 そもそもその上でつがいを作るもんだし」
「ならなんの問題もないな。
 血、飲ませろ」
「…やっぱ喉渇いたのか?」
「それもあるが、単純におまえの血が飲みたいだけだ。
 つがいだからなのか?
 すごい美味そうなにおいがする」
「…まあ、たぶんそうだろうな?
 オレもだし。
 まあおまえは元からめちゃくちゃ美味かったけど」
 つがいの血しか受け付けないのだから、美味そうに感じるのは当然のことだ。
 しかしその最大の理由は“最愛の相手の血がもっとも美味しく感じる”という吸血鬼の特性に基づいている。だから吸血鬼は愛した人間を己の眷属に――つがいにするのだから。
 だからシンディーがナディールの血を欲するのもなんらおかしなことではないのだ。
「ナディール」
 シンディーがとびきりうつくしい笑みを浮かべ、ナディールの首に腕を回す。
「ちょうだい」
「…ッ、朝からあんま煽んなよ…。
 セーブ効かねえぞ…」
“贄”ではなくつがいの場合、吸血したらどうなるのだったっけ?とナディールは知人の吸血鬼から聞いた話を思い出す。
 つがいの吸血はセックスと似たようなものだ、と言われたような気がする。
 まあ要するに、ただ血を吸うだけで収まるわけがない。
「安心しろ。
 おまえがそういう気分になったら責任持ってサービスしてやる」
「…わかったからあんまり煽らねえでくれ。
 ほんと我慢効かなくなる。
 これでも一応、おまえが人間だったときは抱き殺さねえようセーブしてたんだからな?」
「じゃあもうその必要はないじゃないか」
「…ッとに、抱き潰すからなこの野郎」
 シンディーは怯むどころか艶やかに微笑んで誘惑してくる。
 かわいい。かわいすぎて困る。理性なんてもう飛んでる。
 シンディーは「望むところだ」と言うようにナディールの唇に軽いキスを一つ落とした。
「なあナディール。
 前に言ったこと覚えてるか?」
 シンディーの問いかけに、ふっと脳裏によぎったのは出会って間もないころに彼が自分に告げた言葉だ。

『この先なにがあろうが後悔なんざしねえ。
 終わりよければすべてよしって言うんだぜ?
 オレが最終的にてめえを屈服させられればいいんだよ』

 あの不敵で艶やかな微笑みと、決して自分を恐れない心に惹かれたのだ。
「屈服とはちょっとちがうけど、…惚れさせたんだからオレの勝ちだよな?」
 シンディーは蠱惑的に首をかしげ、うれしそうに顔をほころばせて問いかける。
 ナディールは目を丸くしたが、思わず笑ってしまった。
「…っとにおまえたまんねえな」
「そういうオレが好きなくせに」
「…ああ。そうだ。
 おまえの勝ちだよ」
 目の前で微笑む最愛の男の身体を抱き寄せ、その耳元に顔を寄せた。
「シンディー。
 ――愛してる」
 満ち足りた想いでささやくと、顔を寄せてそっと唇を重ねる。
 しあわせそうにほころんだ笑顔は、今まで目にしたなによりもうつくしかった。

 彼に出会うまでその名前すら知らなかったこの感情を芽吹かせ、名を付けたのはほかでもない彼だった。
 胸を詰まらせるようなこの想いに名を付けるなら、「愛」でしかなかった。

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