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本編●主人公、獲物を物色する

ぼくはまるで空気のようだ

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そこは、大きくて豪奢な建物の裏側のようだった。

裏側といっても、単純に建物の正面から反対側にあるんじゃなく、出っ張りのようにエル字に曲がった部分の陰になるような。
出入口の扉の上にある車寄せが結構大きめで、馬車を降りてすぐ中に入れば、誰からも簡単には姿を見られないようになっている。
建物の陰に隠れるような位置だが、その扉や周囲の壁も立派な装飾が施されており、ここが単なる裏口じゃないという事を示していた。

今日の予定通りなら、本当は、ぼくは母とここで食事を摂るはずだったのに。
正面から堂々と入り、豪華なレストランに案内されている頃だったのに。



「さ、どうぞ。こちらへ。」

馬車を降りたぼくと母を出迎えたのは、司祭服を纏った小太り……いや、結構太った……アドル的な感覚では、それなりに『凛々しい』な司祭だった。
そう。神殿で母を口説いていた、あの司祭だ。
彼の名前がウェラン、という事は、神殿を出る時に聞いた。

ウェラン司祭はとても嬉しそうな様子で、小さく見える目を更に細く小さくして、笑顔を母へと向けている。
片手で扉を開け、ついでにぼくにも微笑み掛けながら、司祭は建物内へ招き入れた。

こんな風にこんな所から出入りしているのは、ぼくの顔面偏差値が『奇跡』だった事で、大至急に、だが内密に人と会う為なんだが。


正直に言おう。
ぼくの添え物感が半端じゃない。


「この入り口からなら、店にいる他の客達から姿を見られずに済みます。……普段はあまり使われないので、少々殺風景に見えるでしょうがご容赦いただきたい。」
「……司祭のお気遣いに、感謝します。」

にこやかに話すウェラン司祭に、母がとても社交辞令的に返事をする。
母の機嫌があまり麗しくなかった理由の一つが、これだった。


ぼくと母が昼食を楽しむはずだったひと時に、何故か、ウェラン司祭も一緒。


建物の中に入ってみると、廊下は落ち着いた木目の床で綺麗にはされているものの、人の気配が全く無かった。
お昼はとっくに過ぎているが、店から聞こえそうな音や声が一切ここまで届いていない。
距離的に離れているという理由以上に、何か、防音のような処理が施されているのだろうか。

ウェラン司祭は勝手知ったる場所のように、母とぼくを案内する。
あまり広いとは言えない廊下を迷いなく進んで行き、途中にあった分かれ道を曲がると、すぐ近くに階段があるのが見えた。

「急な事情があるとは言え……貴方とお昼をご一緒出来るなど、夢のようですよ。」
「それは、どうも……息子の事でわざわざ、司祭のお時間をいただ…」
「あぁ、これはいけない! この先の階段は少々、段差が急になっていましてな。……宜しければ、お手をどうぞ? カーネフォード子爵夫人?」
「……。」

これはしまった。……というポーズを取っているが。わざとらしいぞ、司祭。
実はこの階段、使わなくて済むような行き方もあるんじゃないのか、司祭。


恭しく差し出された司祭の手を、母は、しばし無言で眺めたが。

「ささ、どうぞ?」
「……では失礼して。お借りします。」

根負けして、その手を取った母。
母の心境はともかくとして、手と手を重ね合わせた二人の姿は、絵面だけは素晴らしい。
まるでそのまま一枚の絵画になってしまったように見えた。

喜色満面な司祭に連れられて階段を上って行く母の後ろから、ある意味でぼくは感嘆しながら付いて行く。


……この司祭、ほんっとに、母の事が好きだなぁ。

……母さんも、相手はそれなりに『凛々しい』な司祭なんだから、もう少しぐらいは喜んであげてもいいのにね。



階段を上りながら思い出してみると。
そう言えば、神殿内にも……ぼくが顔面偏差値を計測した時にいた、神殿の上層部……司祭とか、『麗しい』のタイプで『そこそこの中』ランクの人や、『それなりの中』ランクもいたような気がするんだ。
だがウェラン司祭は、その人達には別にどうという事も無かった。
相手が仕事の同僚だから、かな。

公私をしっかり分けられるというなら、母に対応する時の浮付き方もどうにか出来るはずだから、そういうわけでも無いのかも。

単に、ぼくの母の『麗しい』が抜きん出ているだけ、な気もするが。
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