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学園の感謝祭にて
学園の感謝祭にて・2 ◇俯瞰視点
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出し物のコンセプトが『来場者の皆さんに、楽しく、帝国の歴史を知って貰う』という、実に高尚なものであるのだが、そこはそれ、喫茶店である事にも変わりが無いのだから。
当然ながら、来場者へ宣伝する必要もあるだろう。
次男の在籍するクラスは校舎内でも、特に奥まった場所に位置しているのだ。
せっかく作成した『歴史あるあるコースター』が日の目を見ないのは辛いものだ。
次男達が今いる場所は、彼等の学級教室ではない。
そこよりももう少し、出て来た所。一階の廊下の途中に設けられているサロンだ。
ここから中庭やグラウンド、温室等の様々な場所へと抜けられる為、それなりに人通りの多い場所ではあった。
そのサロンの一角までわざわざ出て来てから、普通の靴からピンヒールに履き替えたのは一応、次男の足を気遣っての事だ。
これから校舎内のめぼしい場所を一通り、『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』の仮装をした次男は、喫茶店の宣伝をしながら練り歩く予定なのだから。
「レイモンド様、はいっ。これをお持ちになってくださいっ。」
張り切った声の女子生徒から、喫茶店の宣伝がデカデカと書いてある大きな扇を差し出された次男は、観念したような無表情でそれを受け取った。
次男の反対側の手は先程、次男にピンヒールを履かせていた、茶髪の男子生徒の掌に重ねられている。
履いている靴のヒールが十五センチもあるのだ。
それをサポートする為のエスコート姿勢だった。
「あっ、レオナルド先輩だ。」
周囲の生徒が発した言葉に釣られて、次男もそちらを振り返った。
見れば確かに、長男が軽く手を上げて挨拶しながら、こちらに来る所だった。
学園を卒業した長男が見物に来てくれた事で、周囲の生徒達の反応は歓声半分、緊張半分といった様子だ。
ごく自然な態度で近付いて来た長男だが、ふと次男の方に顔を向けた際に一瞬だけ動きが止まった。……かのようにも見えた。
すぐに次男から視線を逸らし、周囲の後輩達を見回したので、それに気が付いた者はいなかったようだ。……当の次男以外には。
「レオナルド先輩、わざわざ見に来てくれたんだ~。」
「ん、あぁ……まぁな。」
物怖じしない生徒が話し掛け、今回の出し物である喫茶店のコンセプトについて自慢気に披露しだした。
その間、次男は置物のように全く動かずにいた。
視線を長男に向ける事も、逆に他所へと逸らす事も無く。まるで自分が背景の一部になろうとしているかのようだった。
長男は後輩の話に応じながらも、やはり次男が気になるようだ。
チラチラと視線が次男の方に向いては、素早く戻している。
「……ところで、先輩。こちらのレディが喫茶店の宣伝で、校舎内をグルっと回って来るんですが……。せっかく来てくれたんだから、先輩がエスコートしてくださいよ。」
一頻り話した茶髪の生徒が長男の背中を、仮装した次男の方へと押す。
レディと紹介された、女装中の次男を見る長男の顔は、普段あまり見ないような戸惑いを浮かべていた。
何かを話し掛けたいような雰囲気がありつつも、グッと堪えているようだった。
「………。」
「………。」
無言で見詰め合う、長男と女装した次男。
目を細めた次男は唇を薄く吊り上げ、開き直ったように妖艶な笑みを浮かべた。
「……お、っ……。オレで……良ければ、喜んで………。」
一瞬、見惚れたように声を詰まらせた長男は、後輩生徒からの依頼を快諾した。
ぎこちなくも浮かべる笑顔は愛想笑いかも知れないが、そもそも長男が愛想笑いを浮かべる事自体が珍しい。
エスコートされてやろうと、次男は自分の手を乗せてやる準備をした。
だが長男は片手を差し出さなかった。
通常のエスコートであれば男性側は片手を差し出し、女性側はその手に自分の手を乗せるものだ。
だが長男は、一旦は手を差し出したものの、次男の破廉恥な姿を改めて眺めた後。
女装した次男に向かって曲げた肘を示し、そこにしがみ付くよう誘導したのだ。
やり場の無い手をギュッと握り締める次男の顔には、乏しい表情の中に戸惑いが滲み出ているようだ。
慣れないピンヒールで立ちっぱなしの足がプルプルと微かに震え出している。
らしくもない長男の様子には、周囲の後輩も戸惑わずにいられない。
厳しくも硬派なイメージのある、あの、長男がだ。
これではまるで、初対面の女性との距離感がおかしいプレイボーイではないか。
当然ながら、来場者へ宣伝する必要もあるだろう。
次男の在籍するクラスは校舎内でも、特に奥まった場所に位置しているのだ。
せっかく作成した『歴史あるあるコースター』が日の目を見ないのは辛いものだ。
次男達が今いる場所は、彼等の学級教室ではない。
そこよりももう少し、出て来た所。一階の廊下の途中に設けられているサロンだ。
ここから中庭やグラウンド、温室等の様々な場所へと抜けられる為、それなりに人通りの多い場所ではあった。
そのサロンの一角までわざわざ出て来てから、普通の靴からピンヒールに履き替えたのは一応、次男の足を気遣っての事だ。
これから校舎内のめぼしい場所を一通り、『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』の仮装をした次男は、喫茶店の宣伝をしながら練り歩く予定なのだから。
「レイモンド様、はいっ。これをお持ちになってくださいっ。」
張り切った声の女子生徒から、喫茶店の宣伝がデカデカと書いてある大きな扇を差し出された次男は、観念したような無表情でそれを受け取った。
次男の反対側の手は先程、次男にピンヒールを履かせていた、茶髪の男子生徒の掌に重ねられている。
履いている靴のヒールが十五センチもあるのだ。
それをサポートする為のエスコート姿勢だった。
「あっ、レオナルド先輩だ。」
周囲の生徒が発した言葉に釣られて、次男もそちらを振り返った。
見れば確かに、長男が軽く手を上げて挨拶しながら、こちらに来る所だった。
学園を卒業した長男が見物に来てくれた事で、周囲の生徒達の反応は歓声半分、緊張半分といった様子だ。
ごく自然な態度で近付いて来た長男だが、ふと次男の方に顔を向けた際に一瞬だけ動きが止まった。……かのようにも見えた。
すぐに次男から視線を逸らし、周囲の後輩達を見回したので、それに気が付いた者はいなかったようだ。……当の次男以外には。
「レオナルド先輩、わざわざ見に来てくれたんだ~。」
「ん、あぁ……まぁな。」
物怖じしない生徒が話し掛け、今回の出し物である喫茶店のコンセプトについて自慢気に披露しだした。
その間、次男は置物のように全く動かずにいた。
視線を長男に向ける事も、逆に他所へと逸らす事も無く。まるで自分が背景の一部になろうとしているかのようだった。
長男は後輩の話に応じながらも、やはり次男が気になるようだ。
チラチラと視線が次男の方に向いては、素早く戻している。
「……ところで、先輩。こちらのレディが喫茶店の宣伝で、校舎内をグルっと回って来るんですが……。せっかく来てくれたんだから、先輩がエスコートしてくださいよ。」
一頻り話した茶髪の生徒が長男の背中を、仮装した次男の方へと押す。
レディと紹介された、女装中の次男を見る長男の顔は、普段あまり見ないような戸惑いを浮かべていた。
何かを話し掛けたいような雰囲気がありつつも、グッと堪えているようだった。
「………。」
「………。」
無言で見詰め合う、長男と女装した次男。
目を細めた次男は唇を薄く吊り上げ、開き直ったように妖艶な笑みを浮かべた。
「……お、っ……。オレで……良ければ、喜んで………。」
一瞬、見惚れたように声を詰まらせた長男は、後輩生徒からの依頼を快諾した。
ぎこちなくも浮かべる笑顔は愛想笑いかも知れないが、そもそも長男が愛想笑いを浮かべる事自体が珍しい。
エスコートされてやろうと、次男は自分の手を乗せてやる準備をした。
だが長男は片手を差し出さなかった。
通常のエスコートであれば男性側は片手を差し出し、女性側はその手に自分の手を乗せるものだ。
だが長男は、一旦は手を差し出したものの、次男の破廉恥な姿を改めて眺めた後。
女装した次男に向かって曲げた肘を示し、そこにしがみ付くよう誘導したのだ。
やり場の無い手をギュッと握り締める次男の顔には、乏しい表情の中に戸惑いが滲み出ているようだ。
慣れないピンヒールで立ちっぱなしの足がプルプルと微かに震え出している。
らしくもない長男の様子には、周囲の後輩も戸惑わずにいられない。
厳しくも硬派なイメージのある、あの、長男がだ。
これではまるで、初対面の女性との距離感がおかしいプレイボーイではないか。
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