僕達は何処にも行けない

kou

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2話

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「……まあ、今日はこんなもんか。次は歌川か。教室出た時に声かけてくれや」
「はい。……今日はありがとうございました」
「おう。まあ、悩めよ」

 五十嵐先生とはそれからいくつかの言葉を交わし、二者面談は終わった。
二者面談に大した時間を掛けていたわけではないのに、僕は精神的に大分疲弊していた。
僕は五十嵐先生に頭を軽く下げて教室を後にする。扉を開けると椅子に座って順番待ちをしていた歌川さんの姿が目に入る。歌川さんのそわそわとした様子は前よりも酷くなっていて余計に目に付いて怪しいことこの上ない。

「終わったから次どうぞ」
「う、うん……。ちなみどんな事聞かれた?」

 腹を括れていない様子の歌川さんは、縋るような目で僕に聞いてきた。

「それはこれから分かると思うよ」

 往生際の悪い歌川さんを僕は突き放す事にした。今はあまりわいわいと喋りたい気分じゃない。

「そこをなんとか……」

 とうとう拝み始めた歌川さんに僕は折れた。相手をするのが面倒くさくなったとも言う。

「うーん。まあ、怒られはしたよ」
「えぇ!?」

 些か過剰に思える程歌川さんは驚いた。

「……驚きすぎじゃない?」
「だって君、成績結構良い方でしょ? 私切れられるんじゃない?」
「ないと思うよ。五十嵐先生って無意味に叱責する人じゃないし。歌川さんって、進路がまだ決まってるわけじゃないんだよね? 今はまだどうするか迷ってるんだっけ?」
「え? うん、色々考えてる事はあるんだけど」
「なら多分大丈夫じゃないかな」
「へ? それってどういう……」
「おーい歌川ぁ! そこにはおらんのか!?」

 どうも長々と話し過ぎたようだ。痺れを切らした五十嵐先生の野太い声が教室の扉を越えて聞こえてきた。歌川さんは反射的に大きな返事をして立ち上がり、そのまま壊れたブリキの玩具のようなぎくしゃくした動きで教室に入っていった。

そして僕は一人取り残される。今日の二者面談は歌川さんが最後だ。
僕達のクラスがある新校舎の三階は三年生のクラスが全て詰め込まれている。他のクラスの二者面談も佳境か或いは終わってしまっているのか、僕から見える廊下には殆ど人影は見えない。
いつまでもぼけっと突っ立ているわけにはいかない。僕は直ぐにその場を離れる事にした。
別に逃げているわけでもないのに、逃げるような足取りで。

 つい先ほどまで今行われていた二者面談は既に朧げなものになっている。
まったく集中していなかったというわけでもないのに、フィルター越しに聞くようにぼやけてしまっている。その中で何故か、ああいう事、という先生の言葉だけが耳に明確に残っている。

「っ!」

 ぼんやりと廊下を歩いていると、突如、開けっ放しの窓から突風が飛び込んできて僕を顔を撫でていった。何の気に無しに視線を窓の外に向けると新緑が生い茂った木が幾本も立っている。
学校の敷地内に植林された桜の木だ。毎年、入学式や卒業式の時期に映える桃色の花弁はもうない。花見の時期は終わり花びらが散ってしまって久しい。
気づけば、『彼』が交通事故でこの世を去ってから一カ月以上が経過していた。

親友が、死んだ。
四月上旬、初々しい新入生達が新しい環境に戸惑っている、そんな時期に彼は死んだ。
その頃にはまだ、桜が咲いていた。
時間は誰にだって平等に流れていく。
当初は重苦しい雰囲気だった僕の教室も大分落ち着きを見せている。彼の死を現実のものとして認め乗り越えたということもあるが、何せ受験という目の前に聳え立つ現実があるのだ。皆自分のことで掛かり切りで、過去の事をどうこう考える程暇ではないのだろう。
それが残酷な事だなんて思わない。誰だって自分の事が第一で、他は二の次だ。
けれど僕達にとって終わってしまったことではなく、不思議な事に今なお続いている話だ。

「よ、終わったか」

 一階に降りると埃臭い靴箱で達哉が壁にもたれ掛かって携帯を弄りながら僕を待っていた。放課後の時間から僕の二者面談が終わるまで結構な時間があったかと思うが、随分律儀な事だ。……多分、逆の立場なら僕も待っているだろうけれど。

「待たせてごめん」
「大して待ってねえよ」

 達哉は自分の靴箱から薄汚れた学校指定のスニーカーを取り出して、早く行こうぜと催促する。それに僕は適当に返事を返し緩慢な動作で靴を履き替えた。
 外に出ると薄暗く、今にも街灯の明かりがつきそうだ。部活動に熱心な高校であればまだ練習を続けていそうな時間帯だが、どんな部活動でも県予選で大抵三回戦までには消えていくこの弱小高校では部活動生も既に帰宅を始めている生徒が多い。

「今日の面談どうだった? お前進路って決まったんだっけ?」
「五十嵐先生からはお叱りを受けたよ。もっと真面目に考えろって」
「お前が叱られるのは珍しいな。優等生で外面だけは良いのにな」
「……達也は?」
「ん?」
「進路だよ」

 校舎から少し離れた自転車置き場に向かう道中、僕は徐に隣に向かってそう問いかけた。少し前は三人だったのに、今では二人になった。馬鹿な話を振ってくる友人がいなくなったから、自然と交わす言葉は少なくなった。そのせいでぎくしゃくしている、というわけではないけれど、今では薄い壁が其処にあるような気がする。

「とりあえず大学には行くつもりだけど。お前だってそうだろ?」
「今のところはね。……学部もなにも決まってないけど」
「経済か法だっけ? 面談でこの間の模試の結果返ってきてたろ、判定はどうだった?」
「地元の国立大学書いてたんだけど……」

 先生から渡されたA3サイズの紙は無造作に鞄に突っ込まれている。全国模試ではなく、あくまで学校独自で作っているモノなので模試の判定にどこまで信憑性があるのか疑問だ。
流し見程度に眺めていた判定項目のアルファベットを思い出す。

「第一志望がA判定だったかな」
「この時期にA判定あれば十分じゃね? 推薦も狙えるんだろ?」

 僕の学校での生活態度は真面目な方だと自負している。授業をサボったりすることもないし、達哉のように居眠りだってしない。定期テストの順位も、上から数えた方が速い程度には成績優秀だ。
三年間の平均評定は推薦試験を狙える程度にはある。
しかし、どうなんだろう。自分の人生を左右する重大なものなのに、どこか現実味がない。
海に揺蕩う海月のように、半透明でふわふわしていて捉えどころがなく。

「まあ、一応は。でも軸が定まらないっていう感じでさ。……大学に進学した後は?将来の夢って何かある?」
「なーんも考えてねえや。まあ、教員免許でも取ろうかなとは思ってるけど。教師一本でとは思わんなぁ。採用試験も結構な倍率っていうし」

 肩を竦め、能天気を装って笑う達哉に安堵を覚えてしまって自己嫌悪が胸に奔る。
こいつも僕と似たような感じだ、なんて身勝手に思ってしまって、自分がどうしようもなく醜い人間のように感じてしまうのだ。

「そういうお前はどうなのよ?」
「まったく何も。将来何がしたいかも分からない。そういうのがちょっと僕も不安でさ」
「そりゃ俺もだし。つーか大抵そうじゃねえの?」
「……それは、そうかもしれないけど」

 達哉の言う通り、高校三年生で既に目指す道が決まっている生徒は決して多数派ではないのだと思う。僕達が通う高校に在籍する生徒は良くも悪くも平凡な生徒が多い。
三年生に上がる直前、いきなり突きつけられた進路調査票を悪戦苦闘しながら書いていたクラスメイトも多かったから、きっと僕だけが特別というわけでもない。
けれども唐突に終わり、そして新しく始まったらしい人生に対して、果たして僕の人生とはなんなのだろうか、と思わずにはいられない。そしてそんな事を考えてみると自分の人生とやらが急激にあやふやなものになり始めて、様々な考えが脳を駆け巡るのだ。
それらは最終的に一つの問いかけに帰結する。

僕はどこに行って、どうやって生きるのだろう―――。
そんな、とても曖昧な問いかけだ。
それはもしかして、いや間違いなく現実逃避というものなんだろうけど。
元凶たる彼はこの世界にもういない。何時もは三つだった足音は二つになってしまった。後ろを振り向けばいつもいた姿はもうない。
彼は、もう一人の旧友は一月前にこの世を去った。
けれどもおかしな事に。本当におかしなことに、死んだはずの彼は―――別の世界で生きているのだという。
僕だって死んでも生き返るなんて今日日小学生でも思わない幼稚な考えを持っているわけでも、特殊な死生観を持っているわけでもない。文字通り、彼は一度死に新しい人生を歩んでいるのだという。
……誰に聞いても一笑されるような与太話を真に受ける方がどうかしている。
だからその話が真実だと感じている僕は、きっとどうかしているのだろう。

「ねえ」
「何?」
「あれってさ、本当なのかな」

 あれ、というあやふやな言葉が示すものは明確だ。僕よりも幾分高い位置にある顔をのぞき込むと、様々な感情が入り混じった複雑な表情が目に入った。その中には微かな怒りの感情が感じ取れた。僕は達哉が聞いて欲しくないことを聞いているという自覚はあった。けれど聞かずにはいれなかった。

「逆に聞きたいんだけど、お前は信じてるのかよ」

 声色には明確な怒気が込められていた。けれどもその怒りはまっとうなものだ。
あれは悪戯というには悪辣すぎる代物で、普通の価値観を持っているなら到底許容できるものではない。でも達哉も薄々と感づいているはずだ。あれは悪戯じゃなくて紛れもない本物だと。

「あんなの普通は信じられないよ」
「だろ?ありえないって、普通に考えて」

 達哉が笑い飛ばすように言った。 僕だってあれはタチの悪い悪戯じゃないかと思いたかった。
けど、違うんだ。きっと違う。あれは悪戯じゃなくて本物なんだって。
……表面上の言葉では否定しながらも天秤は理性の方には傾いていない。
或いは達哉もそれを理解しているのかもしれない。
けれどこれまでの常識と理性がそれを受け止めることができず。
躍起になって否定しているのは、ともすれば自分に言い聞かせているかのようだ。
その気持ちは本当によく分かる。だって普通は信じられない。

「―――アイツが異世界に転生しただなんて、信じられるわけねえだろ」
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