カナヘビ姫と風変わりな婚約者

永久(時永)めぐる

文字の大きさ
10 / 34

第十話 絶対に忘れさせたりしない。

しおりを挟む
「しかも、今朝、僕がここを通った時はなんともなかった。おそらくこの魔物が狂ったのは、その後だ。半日の間に何か変わったことはなかったかな? ねぇ、僕が言いたいこと、わかる?」

 心を見透かすような目で見られ、ツェラはとっさに視線を逸らした。

(まさか、そんなこと……。なんの関係が?)

 話の流れから察すれば、彼はファーナが城を出たせいだと言いたいのだろう。
 だが、人ひとりの行動が、魔物にまで影響するとは思えない。

「ファーナ姫の失踪に……関係があると仰りたいのですか?」

 なにも答えない彼女に代わりにユリアンが尋ねると、エドガルトは我が意を得たりと頷いた。

「人の顔を、そっくり他の動物に変化させるなんて生半可な呪いじゃない。相当に強い呪いだ。強い呪いはそれだけで酷い瘴気をまき散らすし、弱い魔物ほどその瘴気に敏感だ」

 弱い個体ほど敏感というのはなんとなく納得できる。人間にでも言えることだ。
 ユリアンはふむふむと頷き、感心したようにエドガルトの話に聞き入った。

「影響を受けて活性化する。城には歴代の宮廷魔術師がかけた結界と、歴代の王の加護があるから、姫の呪いは外へ漏れなかったんだろう。僕だって話を聞くまでそんな呪いが発動しているなんて知らなかったくらいだ」

 エドガルトのよどみない説明を熱心に聞くユリアンの隣で、ツェラは見る間に顔を青ざめさせた。

「ファーナ様が城を抜け出したために、呪いが周囲に漏れ、無害なはずの魔物が暴れ出したと……そういうことでしょうか?」
「その可能性もある、という話だよ。ツェラ」

 可能性と言いつつ、しかしエドガルトの目は確信していると言っているように見えた。

「でもね、確かめないことには可能性は可能性のままだ。当たっているとも、違っているとも言えない。このまま放っておけば、もっと多くの魔物が凶暴化して人を襲うかもしれない。君はそれでいいの?」

 狡い質問だ。
 『いい』なんて言えるわけがない。
 下級とは言え、ツェラも貴族の娘だ。領民を……ひいては国の民を守るのは自分たち貴族の役目だと、幼いころから叩き込まれている。

「魔物が活性化した理由を考えるうえで、僕が今思い当たるのはファーナの出奔だけだ。まずそこから確かめるべきだろう。というわけで、教えてくれるね? 彼女の行き先を」
「……全て、お話いたします」

 脳裏に浮かぶ主の姿に詫び、ツェラは肩の力を抜いた。
 これ以上、黙ってはいられない。

「そうしてもらえると助かるよ。面倒がなくていい」

 何気ない一言にひやりとした冷たさを感じ、ツェラはエドガルトの本性を見た気がした。
 彼女がファーナの侍女を命じられたのは三年前で、エドガルトはすでに魔法学院の学生になっていた。 長期休みのたびにファーナを訪れていたとはいえ、やってくるのは年に一、二回。
 そのたびに彼はファーナに優しい笑顔と甘い言葉を囁き、侍女である自分すらそばに控えているのはお邪魔なのではないかと心配になるくらい、仲睦まじく過ごしていた。
 美しくて優しく、ファーナをひたむきに愛する王子――その印象は、今日、ほんのわずかな時間で崩れてしまった。
 王子という地位も、魔法使いという職業も、ただ優しいだけでは務まらない。わかっているつもりになっていたが、認識が不足していたようだ。

「被害が少ないうちになんとかしないといけないからね」
「ありがとうございます」
「礼なんて言わなくていい。正直なところ、僕はこの国の民がどうなろうと別に構わないんだ。だが、民が傷つけば、ファーナが悲しむ。彼女が僕以外の誰かのために心を動かされるなんて、不愉快だ」

 執着をあらわにした彼の言動に、ツェラはぞっと鳥肌を立てた。

 ――ファーナ様はとんでもない方に見染められたのではないか?

 ファーナとともに、きゃあきゃあとはしゃぎながら、エドガルトの来訪に向けて準備を整えた、そんな過去の記憶がよみがえる。

「殿下。恐れながら、いまのお言葉はちょっと……」

 低い声が割って入る。声の主は先ほどツェラとユリアンに声をかけてくれた護衛だ。

「え? 僕、なにか間違ったこと言った?」
「はぁ。誠に申し上げにくいのですが、その……少し怖いです。ファーナ姫の前では決して仰いませんように」
「ファーナの前では言わないよ。僕だってそのくらい知ってる! ファーナはいないんだし、少しぐらい本音を漏らしたっていいじゃないか」

 子どものようにむくれるエドガルトに向かい、護衛は困ったような顔をしつつも引き下がることなく苦言を呈する。

「しかし、もう少し言動に気を付けていただかないと、どこでどのように噂され、それが姫のお耳に入るとも限りませんし……」
「それって、このツェラかユリアンが告げ口するってこと? それなら大丈夫だよ! ――ね? ツェラ? ユリアン?」

 いきなり話を振られ、ふたりは反射的にこくこくと頷いた。

「うんうん。だよね。言わないよね。だって僕、ツェラの恩人だしね! 恩人を裏切るような真似しないよね。ついでに、恋人の恩人を裏切るような真似もしないよね!」
「こっ、恋人!?」
「恋……人……」

 明るく釘を刺されたはずなのに、ふたりの意識はその脅迫ではなく『恋人』の言葉に持っていかれた。

「違います! 私たちはそんな……」
「そうです。彼女の言う通りです。我々は幼馴染なだけで!!」
「はははは! 隠さなくていいよ、僕にはお見通しだからね」

 訂正を試みても、エドガルトは聞く耳を持たない。皆まで言うな、全てわかっていると言いたげな目でふたりを見て、肩を竦める。

(その、『認めないのは照れ隠しかい? やれやれ、困ったものだねぇ』って態度はなんなのー!)

 ツェラは二の句がつげず、口をパクパクさせながら心の中で叫んだ。

「君たちは恋人同士なんだよ。ツェラはファーナの了解を得て、今日は午後から休みを取った。ユリアンとふたりで遠乗りに出かけるためだ。楽しい逢瀬の途中で魔物に襲われ、たまたま通りかかった僕たちがそれを退治した。そういうことだ・・・・・・

 ふいに真面目な口調になったエドガルトが言う。
 その意図を即座に理解して、ふたりはハッと目を見開いた。
 ファーナの逃亡にツェラとユリアンは加担していない――つまり、ふたりを罪に問わないという意味だ。

「エドガルト様……ありがとうございます」
「礼はいいと、さっきから言っているだろう。ツェラが侍女をやめたらファーナが悲しむ。ユリアンが罪に問われたらツェラが落ち込み、それを見たファーナが心を痛める。ファーナが君たちのことで悩むなんて、僕は嫌だ」
「それでも、お気遣い感謝いたします」

 エドガルトは面白くなさそうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
 顔色ひとつ変わっていないが、なんとなく照れ隠しをしているような気がした。
 思うほど悪い人ではないのかもしれない、と思い直したツェラだが……

「だから、本当に君たちのためじゃないと言っているだろう。それよりも早くファーナの居場所を教えるんだ。こうしている間に、ファーナの身になにかあったらどうする。もし彼女が少しでも傷つくようなことがあれば……その時は許さないよ。生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやろう」

 目が完全に本気だ。
 にぃ、とつり上がった唇が怖い。
 やっぱり悪い人かもしれない……そう思いながら、端正な美貌を誇る王子を見つめた。そのツェラの視界の端で何かが動いた。
(今のなに?)
 一瞬目の錯覚かと思ったが、違うようだ。
 黒い影は王子の腕を這いあがり、肩にちょこんと乗って動きを止めた。枯れ木が小さくなったような形をしたソレは、枝を腕のようにくねらせ、根を足のように使って肩に乗っている。
 見たこともない生き物だ。

「早いな。もう目が覚めたのか」

 エドガルトがこともなげに肩の異形に話しかけた。するとそれは、彼の言葉が理解できているかのように

「ギー!」

 と一声鳴いた。

「そうか、そうか。おまえの名前は今日からギィだ。よろしくな、ギィ」
「ギー!」

 ギーと鳴くからギィか。安直な決め方過ぎていっそ清々しい。

「あのっ、エドガルト様、それは……?」
「これ? さっき君を襲った魔物。本来はこんなに小さいんだよ。可愛いでしょう?」

 そういうとエドガルトは可愛くてたまらないといった手つきで、幹にあたる部分をすりすりと撫でた。
 途端、ギィと名付けられた魔物は心地よさそうに赤く光る眼を細める。
 襲われたばかりで可愛いなんて思えないツェラは、引きつった笑いを浮かべ「はぁ……」と曖昧な返事をした。

「もう絶対に君を襲ったりしない。って言うか、僕やファーナを傷つけようとするヤツ以外は襲わない。早くギィにファーナのことを覚えさせなきゃね。ほら早く、ファーナの居場所、教えて」

 話す覚悟はとうに決めていたのに、話があちこち飛ぶから言い出せずにいた。
 ツェラは居住まいを正して口を開いた。

「ファーナ様は北へ向かっておられます」
「北へ? 北になにがある?」
「王家直轄のシュティレ領が。フェアゲッセン城に行くつもりでおりました。私は明日、途中のヴァールという町で合流する予定でした」
忘却フェアゲッセン城? それはまた大層な名前だね」

 ツェラが答えた途端、護衛が地図を広げ、彼女の告げた城や町を確認した。エドガルトは護衛の指し示す場所を確認すると大きく頷いた。

「今から急げば、夜のうちにはヴァールに着くだろう。みんな、行こうか。彼女に忘れられたらたまらないからね」

 言うや否やエドガルトは愛馬にまたがり、護衛たちもそれに続く。

「ツェラ、ユリアン、ぼさっとしないで。行くよ?」
「えっ!?」
「俺たちもですか!?」
「当然。ほら早くして。一度、城下街に戻って君たちのその酷い姿をどうにかしないといけない。ぼんやりしていると、その格好のままヴァールまで行くことになるよ?」

 なにを言っているんだと言わんばかりのエドガルトに急かされて、ふたりは慌てて馬に飛び乗った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...