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第十五話 なにひとつ逃がさない。
しおりを挟む「ふふふ。本当にファーナの言う通り。君はその姿のままのほうが簡単に人を騙せたと思うよ。でも、そこまで思い至らなかったのが、君の浅はかさ。つまり、敗因だね」
「うっ、うるさいぃ! 俺は……俺は……」
手のひらサイズになってしまった魔物は、片手で体を、もう片手で尻尾を掴まれていて逃げられない。はたから見ると、エドガルトがいたいけな子猫を苛めているようだ。
「ねぇ、パルウム・ヨクラートル。君もなかなか人前に出てこない魔物だから、こうして捕獲できたのは貴重な体験だけど……でもファーナを喰うとか言っていて腹立たしいし、目障りだから殺していい?」
「な、ななな、なんでそんなこと俺に聞くんだ! おまえ、おかしいぞ、人間!」
「いや、だって、そのほうが恐怖心を植え付けられていいかなって思って」
即座にネタ晴らしをしたら脅しの意味がない。
単純にからかっているだけなのだろうが、魔物にはそれがわからないようだ。殺されると思ってガタガタと震えはじめた。
ますます、子猫を苛めているようにしか見えなくなってきた。
「お待ちください、エドガルト様!」
いたたまれなくなったファーナが割って入った。
たとえ相手が魔物だと言え、必要以上にいたぶるのは見ていて楽しいものではない。
どうやらエドガルトは相当腹に据えかねているようだが、なんとか矛を収めてほしい。
ファーナはエドガルトが冷静な判断を下せるよう、合理的な理由をとっさに思い出した。
「その者は私の身に降りかかった呪いについて、なにか知っているようです。どうか殺さないでください」
「そうなの? じゃあ、殺せないな。残念」
ファーナの嘆願でエドガルトはあっさりと殺意を撤回し、魔物の体を自分の目の高さまで持ち上げた。
「ファーナのおかげで命拾いしたね、君。でも、このまま野放しというわけにはいかない。またファーナを襲わないとも限らない」
「しっ、しない、しない、しないから!」
答える魔物の目は泳いでいる。
ほとぼりが冷めたら襲う気満々だと言っているのと変わらない。
「へぇ……見え透いた嘘を吐くなんて、ふてぶてしいねぇ。やっぱり、殺そ……」
「ひぃ! お助けっ」
自分を二度と襲わないように釘を刺そうとしてるだけで、エドガルトに殺意はない。
そうファーナは理解していたが、しかしエドガルトから感じるのは紛れもない殺気だ。
間違いがないとも限らない。念のため止めようとして、おずおずとエドガルトの名を呼んだ。
「エドガルト様、あの……」
「わかっているよ、ファーナ。君を怖がらせたこいつがどうしても許せなくてね。でも、遊ぶのはもうやめる。――パルウム・ヨクラートル、僕に忠誠を誓え。契約で縛りでもしない限り、おまえの言葉は信用できない。ここで死ぬか、僕に従属するか、ふたつにひとつだ。さぁ、今すぐ選べ」
「ぐ……ぐ……畜生! わかったよ、契約する! すればいいんだろ」
やけくその返事に、エドガルトはにんまりと満足げな笑いを浮かべた。
「我が声に従え」
「っ……あああ!?」
エドガルトが呪文を唱えた途端、魔物は困惑の声を上げた。
苦痛を感じているわけではないが、体の隅々まで作り変えられていくような感覚が起こったのだ。
「はい、契約完了。これで君は僕に逆らえない。分かったかい、ニャー?」
「あ? そのニャーってなんだ?」
「君の新しい名前だよ。いい名前だろう?」
猫に似ているから『ニャー』。
絶対そうだ――と、先ほど「ギー」と鳴くから「ギィ」と名付ける現場を目の当たりにしたユリアンとツェラは察する。
「そんな変な名前、嫌だ! 嫌だったら嫌だ!」
「だったら、ニャーンとミャーとミャーンの中から選べ」
「なんで、猫の鳴き声みてぇな名前ばっかなんだよ!」
エドガルトはにっこり笑って答える。
「君の外見が子猫そっくりだから。なんだ選ばないのかい? ならニャーでいいね。決まり。よろしく、ニャー」
「勝手に決めるな! それから喉を撫でるなー! 俺は猫じゃねぇ!!」
と喚くわりに、ニャーはエドガルトに喉元を指で撫でられて、心地よさそうに目を細める。
「ギィ、よかったね。君に仲間ができたよ」
「ギー」
いつの間にかギィはエドガルトの肩にちょこんと乗っている。先ほどは腕を大きくして尻尾のふりをしていたが、すでに大きさは元に戻っている。
「あ? それ、なんだ? 魔物か?」
「そうそう。さっき君は、この子が化けた尻尾に騙されたんだよ」
「へ? 尻尾? え? 魔法使いには尻尾、ないのか!?」
「そう。騙したんだ。ごめんね」
ここまで純朴でよく魔物として生きて来られたものだと、エドガルトは苦笑を浮かべた。もう少し狡猾な魔物に見つかりでもしたら、あっという間に騙されて喰われてしまうだろう。
だからこそ、この種は個体数が少なく、また基本的には人間ではなく森の動物や鳥を捕食するにとどまっているのだろう。
彼は興味深げにニャーを眺めつつ、そう結論付けた。
「な、なにじろじろ見てんだよ!」
「ニャーを怒らせてみたかったから。かな? そうやってフーフー言って毛を逆立ててると本当に子猫みたいだ」
「なんだってぇぇぇ! こんのぉー!!」
戯言で煙に巻き、エドガルトはニャーを、ギィと反対側の肩に乗せた。
「ふたりとも、使い魔同士、仲良くね」
「ギー!」
「ふんっ! ま、まぁ、気が向いたらなッ」
二匹の答えに満足げに頷くと、エドガルトはファーナに向き直った。
途端、ファーナは狼狽えて視線を彷徨わせ、結局深くうつむいた。
「さて、雑事も片付いたことだし……」
「あ? ザツジってなんだ? 俺のことか!? 俺の悪口か!?」
肩の上でニャーが怒りに毛を逆立てた。
「おやおや。言葉の意味がわからなくても、悪口はわかるんだね、感心、感心」
「馬鹿にすんなあああああッ」
「あー……はい、はい、はい」
「はいは一回だろ! 人間のくせにそんなこともわからんのか!!」
ニャーとエドガルトが会話をすると、どうやらすぐに脇道に逸れてしまうようだ。当事者を除いた全員がそう悟り、これでは先が思いやられると内心でため息をついた。
「ところでファーナ。もうすぐ日も暮れるね」
ニャーとの会話などなかったかのように、エドガルトは唐突に話を振った。
「え!? あ、はい。そうですね……」
突然話しかけられたファーナは飛び上がらんばかりに驚き、しどろもどろに答えた。
「夜通し駆けて君を追いかけるつもりだったから、残念ながら野営の用意は持っていないんだ。急いで近くの村か町に向かって、宿を取りたいんだけれどいいかな?」
ファーナはこくりと頷いた。
彼の隙をついて逃げられるとも思わないし、ここはもう逃亡計画を諦めてしまうしかないのだろう。
まさか行動開始から一日も経たないうちに捕まってしまうとは……。
ずさんな計画ではあったけれど、ここまでとは情けない。
ファーナは目深にかぶったフードの下できゅっと唇を噛んだ。
「じゃあ、早速出発しようか」
言うなり、エドガルトはファーナの手を繋いだ。
ファーナの手に、力強く大きな指が絡む。彼女は驚くのと同時に、どこかで安堵を覚えた。
「エドガルト様!?」
困惑に揺れる声で、エドガルトを呼ぶ。
が、顔を見られたくなくて頭は上げられないし、ゆえに彼の顔は見られない。
エドガルトがどんな表情をしているのかうかがい知れず、それがとても不安だ。
「ねぇ、ファーナは馬車がいい? それとも僕の馬に一緒に乗る? あの馬車は乗り心地悪そうだけど、でもこのまま手をつないで一緒に乗っていられるのは楽しそうだ。だから、ファーナの好きな方を選んで?」
そんな冗談とも本気ともつかないことを言いながら、エドガルトはファーナの頭をポンポンと優しく撫でる。
昔から、ファーナが何か失敗をして落ち込むたび、エドガルトは今と同じように頭を撫でて慰めてくれた。そのことをふいに思い出し、涙が込み上げた。
フードの奥から、小さな雫がひとつ音もなく落ち、乾いた土に吸い込まれた。
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