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イブなのに!
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風邪をひきました。
よりにもよって、クリスマスイブに。和司さんと過ごす初めてのクリスマスイブに。
何となく朝から喉がいがいがするなぁと思ってたんだけど、お昼をちょっとすぎたあたりでうっすらと寒気がしてきて。
気のせい、気のせいと思ってたら、勘の鋭い和司さんにばれた。
「ちょっとひたい貸して」
強引に引き寄せられて、彼の顔がどんどん迫ってくる。ちょっと待って、と言う間すらなくて、ひたいとひたいが合わさる。
「じっとして! ――ん。ちょっと高い、かな? 微熱ありそう」
「全然元気で……」
「嘘だ」
弁解の言葉は途中で遮られた。なんで嘘だって言い切れるんだろう?
「そう言えば時々喉の辺りをさすってたよね。朝から喉が痛かったんでしょ」
和司さんはそう言いきった。さすってた覚えはないけど、痛かったのは事実だ。図星を指されて黙り込んだ私を、彼は怒った顔で覗き込む。
「ゆ、き、の? ……じゃあ答えなくていいよ。口、開けて」
「えっ? な、何ですか、いきなり!」
「良いから、口開けて」
こんな往来でですか? が急に立ち止まった私たちを、道行く人が迷惑そうにチラ見していくこの状況で……ですか?
「急になに言いだすんですか。嫌です!」
そっぽを向いて抵抗した私に、和司さんが深々とため息をついた。呆れられちゃったかな? 不安に思ってちらっと彼のほうを見たら……すぐそばに彼の顔がありました。触れるぐらい近くて
「うわ!?」
って色気のいの字もない奇声を発しながら、素で驚いた。心臓に悪い。
「予定変更。今からドラッグストアへ行きます。異議は受け付けない」
強引に腕を引っ張られて、一路ドラッグストアへ。
買い物かごに、体温計やら水枕やらをぽいぽいと放りこむ彼。
「ねぇ、雪乃がいつも使ってる風邪薬やのど飴教えて」
「ビタミン剤いる? 栄養ドリンクは? この濡れてるマスクって喉に良さそうじゃない?」
色々と気を使ってくれるんだけど、私はかごに次々と放りこまれる商品の、その品数の多さにびっくりですよ。一体いくら買うつもりなの!?
「スポーツドリンクはこれでいい? お粥なら食べれる? あ、野菜ジュースは?」
いやいや、そんなに要りません。お粥なら自分で作れます。って言うか……
「寝込むほどじゃないですから!」
「ダメ。こういう時の雪乃ほど信じられないものはないからね」
でもでもでも! 本当に大したことないのになぁ。せっかくのクリスマスイブを寝て過ごすなんて嫌だ。
――和司さんと寄り添って、お喋りしながら、静かに夕食を……って楽しみにしてたのに。
しょんぼりする私の頭を、和司さんが小突いた。
「ほら。会計して帰るよ? 先に車に戻ってる?」
私は首を横に振って、和司さんのコートの裾を掴んだ。彼は困ったような顔でちょっと笑った。
しんと静まった寝室で私はひとり横になっていた。
遠くから買って来たものを片付けている物音が聞こえる。和司さんに任せきりで申し訳ない気分になる。けど、ここで起き出したらものすごく怒られそうなので、落ち着かない気持ちを抱えながら、天井を眺めたり窓の外を眺めたりしている。
抜けるような青空が見える。冬の青空は、なんだかあっけらかんと明るくて大好きだ。個人的にはホワイトクリスマスより、このほうがずっといいと思っている。
ああ。やっぱり喉、痛いなぁ……。そう思いながら目を閉じたら、控え目なノックと、私の名前を呼ぶ小さな声が聞こえた。
きっと、私が寝ていた場合のことを考えてくれてのことだろう。
「はーい」
掠れた声にならなくて良かった。
「ホットミルク作って来たよ」
え? お茶は完璧に淹れられるのに何故か料理苦手で、目玉焼きを爆発させる和司さんが!? ホットミルク?
「爆発……しなかったんですね、牛乳」
つい本音が漏れた。
和司さんがむっとしたように眉を吊り上げて、唇を尖らせた。
「俺だって進化してんの」
そこは進化じゃなくて進歩じゃないのかな。なんて思ったけど、今度は黙っておいた。……なんて思うのには、照れ隠しの意味も含まれている。
素直に喜べない自分の子どもっぽさが恥ずかしい。
手渡されたホットミルクには蜂蜜が入っていて、甘くて美味しい。ふうふうと冷ましながらゆっくり飲む私の横で、和司さんはブラックコーヒーを飲む。
ベッドの端に腰を下ろした彼は、静かな目で窓の外を眺めている。私も彼に倣うように外を見る。
葉を落とした枝が、冷たい北風にゆらりゆらりと身を揺らしている。寒そうな光景を温かい場所から眺める。それは贅沢なことだ。ぼんやりと考えているうちに、ホットミルクはなくなっていた。
「ごちそうさまでした」
なんだか飲み終わるのが勿体ないくらい、優しくて静かな時間だった。
「お粗末さまでした。――じゃあ良い子で寝てて?」
ベッドから彼の重みが消えた。それが無性に寂しい。具合が悪くなるとどうしてこう人恋しくなっちゃうんだろう。うつしたら大変。本当なら早く部屋を出て貰って、出来るだけ私に近づかないで欲しいって言わなきゃいけないのに。
「雪乃?」
困ったような彼の視線の先を辿ると……。私、しっかり彼のシャツの裾を掴んでました。
「あ。ごめんなさい!」
慌てて手を離した。やだ、私ってば何やってるんだろ。いつもはこんなことしないのに、今日に限って二回も!! 寂しいって思ったけど、ちょっとこれは子供みたいで恥ずかしい。
「構わないよ。ちょっとこれだけ置いてくるから待ってて」
和司さんはマグカップを持って出て行った。そしてすぐにまた戻ってくると、私の横に潜り込む。
ふかふかのベッドが和司さんの重みで沈んで、そちら側に私の体も転がる。
「うつっちゃいますよ!?」
咎めても、良いから良いからと言うだけで取り合ってくれない。
「ダメです!」
言いながら和司さんと反対方向に体を向ける。少しでも私の息がかからないように。なのに! な の に ! あろうことか和司さんは後ろから、私をぎゅっと抱きすくめてきた。
だから! 近づいちゃ駄目だって言ってるのに。
もう一度注意しようとした私の耳の傍で、囁いた。
「俺、丈夫だからさ。風邪になんか負けないし。まぁ雪乃の風邪なら喜んで貰いたいんだけどね。っていうか、雪乃が他のやつに風邪うつしたらそれはそれで腹立たしい」
腹立たしいってなに!?
「さっき買ってもらったマスクつけますから、ちょっと離して下さい」
彼の言うことがよく分からなかったけれど、どことなく不穏な気がしたので、私は慌てて話題を変えたのだけれど……
彼の腕が阻むので体が起こせず、サイドテーブルに置いてあったマスクが取れない。
「和司さん! これじゃ、起きられな……」
「起きる必要ないよ。はい、どーぞ」
途端、ミントの良い匂いが漂った。片手で器用にマスクをつけてくれた和司さんは、私が暴れて少しずれた掛け布団を元のように戻してくれる。
「少し眠ったほうがいいよ」
背中から感じる和司さんの大きな体と熱が心地いい。
こんな昼間から眠れないと思ってたのに、安心からかゆるゆると眠気が襲ってくる。
「――ん……。和司さん……。一緒にいてくださいね……」
意識がはっきりしてたら言わないことを、夢うつつの私はつい口に出していた。甘え過ぎで恥ずかしい、なんて思う気持ちはもうどこかに行っててる。
後ろからふっと笑う気配がした。
「そばに、いるよ。だから安心して寝ると良い。起きたらきっとだいぶ良くなってるよ。――おやすみ」
おやすみって返事を返す気力はなくて。そのまま眠りに落ちた。
**********
「おやすみ」
そう言うと、雪乃は幸せそうに笑って眠りに落ちた。
それを確かめたうえで、俺は彼女の髪をゆっくりと撫でた。さらりとした細い髪が、指の間を零れた。
『せっかくのクリスマスなのに……』って雪乃は落ち込むけどね。実は俺にとってはそんなことどうでもいい。
無理をして元気に振る舞う雪乃とクリスマスを祝うより、こうしてのんびりしていたほうが俺は幸せなんだ。――そう言っても、彼女は俺が無理しているとしか考えてくれないんだろうけどな。
意地っ張りで、頑固で、思い込みが激しくて、ドジで……って言うと、なんだか嫌な女みたいに聞こえるかも知れないけど、雪乃は可愛い。それが惚れた欲目だとしても、そうじゃないとしても、どうでもいい。
俺は彼女の体を抱き直した。 小さな体は、微熱を発しているんだろう、いつもよりも暖かい。彼女の向こうに見える窓からは快晴の空と、葉を無くした枝が見える。
ゆらゆらと揺れるそのこずえを眺めているうちに、俺も段々と眠くなってきた。
こんなクリスマスがあっても良いじゃないか。
次に目を覚ました頃、彼女は元気になっているかもしれない。そうしたら二人でのんびりと食事をしよう。
雪乃は料理をしたがってたけれど、こんな日まで雪乃に料理をさせっぱなしと言うのは、ね。そう思って出来合いの物をある程度買ってきているから、俺でも用意ぐらいは出来る。足りなければ買い足しに行ったって良いしな。
つらつらと考えていたら、いつの間にか俺も眠りに落ちていた。
**********
目を覚ますと、だいぶ日が暮れていた。けれどこの時期にまだ真っ暗じゃないなら、それほど遅い時間じゃないはず。
隣にいたはずの和司さんは見当たらなくて、なんとなく寂しい気分で寝がえりを打った。
喉の痛みは相変わらずだったけれど、寒気もだるさも、関節の痛みもなくなっていた。私はのろのろと起き上がってリビングに向かう。明かりはついていたけれど、誰もいない。テーブルの上に一枚のメモがぽつんと置かれていた。
『雪乃へ 足りないものを買いに行ってくる。何かあったら連絡して 和司』
いつ出てったのかな? もうそろそろ帰ってくるのかな? そんな気持ちを持て余しながら、寝室に戻って布団を被る。和司さんのいない部屋は広くて……寂しい。
団子虫みたいに丸まって布団に潜る。小さい頃、拗ねた時によくこんな格好したなぁ。懐かしい。
そんな格好でじっとしてると、すぐに玄関の鍵が回る音が微かに聞こえた。それから近づいてくる足音。床に置かれるレジ袋のがさりという音。
「雪乃? 起きてる?」
置いてきぼりが悔しくて、返事はしなかった。
すると、いったん遠ざかる足音が聞こえて、また戻ってくる。
今度はノックも無しにドアが開いた音。
「雪乃、起きてんだろ? って! 何その格好!」
吹き出す声が聞こえた。何って拗ねてるんですが! 理不尽だって分かってますけど、拗ねずにはいられないんですっ。
「どう? 具合よくなった?」
笑いを堪えているような口調だ。ベッドに重みが加わったから、きっと腰をかけたんだろう。
「一度起きたんでしょ。具合どう? 辛い?」
丸くなった私の背を、布団の上からぽんぽんと叩く。
具合はかなり良くなったし、辛くはない。ただ拗ねてるだけです。もぞりと動いたら、思いっきり布団を剥がれた。
「何してるの、雪乃」
「……拗ねてます」
我ながら子供っぽいと思うんですけど。
「何で?」
「秘密です」
秘密って何だよ! って突っ込まれたり、問い詰められたりして、結局白状しました。目が覚めたら一人ぼっちで、それがすごく寂しかったからだって。
からかわれるかと思ったら、予想に反してぎゅーっと抱き締められた。やっぱり和司さんの思考は良く分からない。こんな子供っぽいことして喜ばれるなんて。てっきり叱られると思ったのに。
用意が遅れた分、ちょっとだけ夕食の時間も遅れたけど、それでも楽しいクリスマスイブだった。
初めて二人で過ごすクリスマスだからって張り切ってたけど、実はそんなに気合い入れる必要なんてなかったんだね。
和司さんがいてくれれば、それだけでいいんだ。
翌日には私もすっかり回復していて、そして結局和司さんにはうつらなかった。
丈夫さには自信があるって言ってたけど、私はうつしちゃったんじゃないかって不安だったのでホッとした。
和司さんはちょっと不満そうにしてたので、元気が一番だと思う、と言ったら
「雪乃は分かってないなぁ」
と呆れたように肩をすくめられてしまった。
-----------------
2016.8.12 再掲載にあたり加筆修正を加えました。
初出:2012.12.24
よりにもよって、クリスマスイブに。和司さんと過ごす初めてのクリスマスイブに。
何となく朝から喉がいがいがするなぁと思ってたんだけど、お昼をちょっとすぎたあたりでうっすらと寒気がしてきて。
気のせい、気のせいと思ってたら、勘の鋭い和司さんにばれた。
「ちょっとひたい貸して」
強引に引き寄せられて、彼の顔がどんどん迫ってくる。ちょっと待って、と言う間すらなくて、ひたいとひたいが合わさる。
「じっとして! ――ん。ちょっと高い、かな? 微熱ありそう」
「全然元気で……」
「嘘だ」
弁解の言葉は途中で遮られた。なんで嘘だって言い切れるんだろう?
「そう言えば時々喉の辺りをさすってたよね。朝から喉が痛かったんでしょ」
和司さんはそう言いきった。さすってた覚えはないけど、痛かったのは事実だ。図星を指されて黙り込んだ私を、彼は怒った顔で覗き込む。
「ゆ、き、の? ……じゃあ答えなくていいよ。口、開けて」
「えっ? な、何ですか、いきなり!」
「良いから、口開けて」
こんな往来でですか? が急に立ち止まった私たちを、道行く人が迷惑そうにチラ見していくこの状況で……ですか?
「急になに言いだすんですか。嫌です!」
そっぽを向いて抵抗した私に、和司さんが深々とため息をついた。呆れられちゃったかな? 不安に思ってちらっと彼のほうを見たら……すぐそばに彼の顔がありました。触れるぐらい近くて
「うわ!?」
って色気のいの字もない奇声を発しながら、素で驚いた。心臓に悪い。
「予定変更。今からドラッグストアへ行きます。異議は受け付けない」
強引に腕を引っ張られて、一路ドラッグストアへ。
買い物かごに、体温計やら水枕やらをぽいぽいと放りこむ彼。
「ねぇ、雪乃がいつも使ってる風邪薬やのど飴教えて」
「ビタミン剤いる? 栄養ドリンクは? この濡れてるマスクって喉に良さそうじゃない?」
色々と気を使ってくれるんだけど、私はかごに次々と放りこまれる商品の、その品数の多さにびっくりですよ。一体いくら買うつもりなの!?
「スポーツドリンクはこれでいい? お粥なら食べれる? あ、野菜ジュースは?」
いやいや、そんなに要りません。お粥なら自分で作れます。って言うか……
「寝込むほどじゃないですから!」
「ダメ。こういう時の雪乃ほど信じられないものはないからね」
でもでもでも! 本当に大したことないのになぁ。せっかくのクリスマスイブを寝て過ごすなんて嫌だ。
――和司さんと寄り添って、お喋りしながら、静かに夕食を……って楽しみにしてたのに。
しょんぼりする私の頭を、和司さんが小突いた。
「ほら。会計して帰るよ? 先に車に戻ってる?」
私は首を横に振って、和司さんのコートの裾を掴んだ。彼は困ったような顔でちょっと笑った。
しんと静まった寝室で私はひとり横になっていた。
遠くから買って来たものを片付けている物音が聞こえる。和司さんに任せきりで申し訳ない気分になる。けど、ここで起き出したらものすごく怒られそうなので、落ち着かない気持ちを抱えながら、天井を眺めたり窓の外を眺めたりしている。
抜けるような青空が見える。冬の青空は、なんだかあっけらかんと明るくて大好きだ。個人的にはホワイトクリスマスより、このほうがずっといいと思っている。
ああ。やっぱり喉、痛いなぁ……。そう思いながら目を閉じたら、控え目なノックと、私の名前を呼ぶ小さな声が聞こえた。
きっと、私が寝ていた場合のことを考えてくれてのことだろう。
「はーい」
掠れた声にならなくて良かった。
「ホットミルク作って来たよ」
え? お茶は完璧に淹れられるのに何故か料理苦手で、目玉焼きを爆発させる和司さんが!? ホットミルク?
「爆発……しなかったんですね、牛乳」
つい本音が漏れた。
和司さんがむっとしたように眉を吊り上げて、唇を尖らせた。
「俺だって進化してんの」
そこは進化じゃなくて進歩じゃないのかな。なんて思ったけど、今度は黙っておいた。……なんて思うのには、照れ隠しの意味も含まれている。
素直に喜べない自分の子どもっぽさが恥ずかしい。
手渡されたホットミルクには蜂蜜が入っていて、甘くて美味しい。ふうふうと冷ましながらゆっくり飲む私の横で、和司さんはブラックコーヒーを飲む。
ベッドの端に腰を下ろした彼は、静かな目で窓の外を眺めている。私も彼に倣うように外を見る。
葉を落とした枝が、冷たい北風にゆらりゆらりと身を揺らしている。寒そうな光景を温かい場所から眺める。それは贅沢なことだ。ぼんやりと考えているうちに、ホットミルクはなくなっていた。
「ごちそうさまでした」
なんだか飲み終わるのが勿体ないくらい、優しくて静かな時間だった。
「お粗末さまでした。――じゃあ良い子で寝てて?」
ベッドから彼の重みが消えた。それが無性に寂しい。具合が悪くなるとどうしてこう人恋しくなっちゃうんだろう。うつしたら大変。本当なら早く部屋を出て貰って、出来るだけ私に近づかないで欲しいって言わなきゃいけないのに。
「雪乃?」
困ったような彼の視線の先を辿ると……。私、しっかり彼のシャツの裾を掴んでました。
「あ。ごめんなさい!」
慌てて手を離した。やだ、私ってば何やってるんだろ。いつもはこんなことしないのに、今日に限って二回も!! 寂しいって思ったけど、ちょっとこれは子供みたいで恥ずかしい。
「構わないよ。ちょっとこれだけ置いてくるから待ってて」
和司さんはマグカップを持って出て行った。そしてすぐにまた戻ってくると、私の横に潜り込む。
ふかふかのベッドが和司さんの重みで沈んで、そちら側に私の体も転がる。
「うつっちゃいますよ!?」
咎めても、良いから良いからと言うだけで取り合ってくれない。
「ダメです!」
言いながら和司さんと反対方向に体を向ける。少しでも私の息がかからないように。なのに! な の に ! あろうことか和司さんは後ろから、私をぎゅっと抱きすくめてきた。
だから! 近づいちゃ駄目だって言ってるのに。
もう一度注意しようとした私の耳の傍で、囁いた。
「俺、丈夫だからさ。風邪になんか負けないし。まぁ雪乃の風邪なら喜んで貰いたいんだけどね。っていうか、雪乃が他のやつに風邪うつしたらそれはそれで腹立たしい」
腹立たしいってなに!?
「さっき買ってもらったマスクつけますから、ちょっと離して下さい」
彼の言うことがよく分からなかったけれど、どことなく不穏な気がしたので、私は慌てて話題を変えたのだけれど……
彼の腕が阻むので体が起こせず、サイドテーブルに置いてあったマスクが取れない。
「和司さん! これじゃ、起きられな……」
「起きる必要ないよ。はい、どーぞ」
途端、ミントの良い匂いが漂った。片手で器用にマスクをつけてくれた和司さんは、私が暴れて少しずれた掛け布団を元のように戻してくれる。
「少し眠ったほうがいいよ」
背中から感じる和司さんの大きな体と熱が心地いい。
こんな昼間から眠れないと思ってたのに、安心からかゆるゆると眠気が襲ってくる。
「――ん……。和司さん……。一緒にいてくださいね……」
意識がはっきりしてたら言わないことを、夢うつつの私はつい口に出していた。甘え過ぎで恥ずかしい、なんて思う気持ちはもうどこかに行っててる。
後ろからふっと笑う気配がした。
「そばに、いるよ。だから安心して寝ると良い。起きたらきっとだいぶ良くなってるよ。――おやすみ」
おやすみって返事を返す気力はなくて。そのまま眠りに落ちた。
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「おやすみ」
そう言うと、雪乃は幸せそうに笑って眠りに落ちた。
それを確かめたうえで、俺は彼女の髪をゆっくりと撫でた。さらりとした細い髪が、指の間を零れた。
『せっかくのクリスマスなのに……』って雪乃は落ち込むけどね。実は俺にとってはそんなことどうでもいい。
無理をして元気に振る舞う雪乃とクリスマスを祝うより、こうしてのんびりしていたほうが俺は幸せなんだ。――そう言っても、彼女は俺が無理しているとしか考えてくれないんだろうけどな。
意地っ張りで、頑固で、思い込みが激しくて、ドジで……って言うと、なんだか嫌な女みたいに聞こえるかも知れないけど、雪乃は可愛い。それが惚れた欲目だとしても、そうじゃないとしても、どうでもいい。
俺は彼女の体を抱き直した。 小さな体は、微熱を発しているんだろう、いつもよりも暖かい。彼女の向こうに見える窓からは快晴の空と、葉を無くした枝が見える。
ゆらゆらと揺れるそのこずえを眺めているうちに、俺も段々と眠くなってきた。
こんなクリスマスがあっても良いじゃないか。
次に目を覚ました頃、彼女は元気になっているかもしれない。そうしたら二人でのんびりと食事をしよう。
雪乃は料理をしたがってたけれど、こんな日まで雪乃に料理をさせっぱなしと言うのは、ね。そう思って出来合いの物をある程度買ってきているから、俺でも用意ぐらいは出来る。足りなければ買い足しに行ったって良いしな。
つらつらと考えていたら、いつの間にか俺も眠りに落ちていた。
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目を覚ますと、だいぶ日が暮れていた。けれどこの時期にまだ真っ暗じゃないなら、それほど遅い時間じゃないはず。
隣にいたはずの和司さんは見当たらなくて、なんとなく寂しい気分で寝がえりを打った。
喉の痛みは相変わらずだったけれど、寒気もだるさも、関節の痛みもなくなっていた。私はのろのろと起き上がってリビングに向かう。明かりはついていたけれど、誰もいない。テーブルの上に一枚のメモがぽつんと置かれていた。
『雪乃へ 足りないものを買いに行ってくる。何かあったら連絡して 和司』
いつ出てったのかな? もうそろそろ帰ってくるのかな? そんな気持ちを持て余しながら、寝室に戻って布団を被る。和司さんのいない部屋は広くて……寂しい。
団子虫みたいに丸まって布団に潜る。小さい頃、拗ねた時によくこんな格好したなぁ。懐かしい。
そんな格好でじっとしてると、すぐに玄関の鍵が回る音が微かに聞こえた。それから近づいてくる足音。床に置かれるレジ袋のがさりという音。
「雪乃? 起きてる?」
置いてきぼりが悔しくて、返事はしなかった。
すると、いったん遠ざかる足音が聞こえて、また戻ってくる。
今度はノックも無しにドアが開いた音。
「雪乃、起きてんだろ? って! 何その格好!」
吹き出す声が聞こえた。何って拗ねてるんですが! 理不尽だって分かってますけど、拗ねずにはいられないんですっ。
「どう? 具合よくなった?」
笑いを堪えているような口調だ。ベッドに重みが加わったから、きっと腰をかけたんだろう。
「一度起きたんでしょ。具合どう? 辛い?」
丸くなった私の背を、布団の上からぽんぽんと叩く。
具合はかなり良くなったし、辛くはない。ただ拗ねてるだけです。もぞりと動いたら、思いっきり布団を剥がれた。
「何してるの、雪乃」
「……拗ねてます」
我ながら子供っぽいと思うんですけど。
「何で?」
「秘密です」
秘密って何だよ! って突っ込まれたり、問い詰められたりして、結局白状しました。目が覚めたら一人ぼっちで、それがすごく寂しかったからだって。
からかわれるかと思ったら、予想に反してぎゅーっと抱き締められた。やっぱり和司さんの思考は良く分からない。こんな子供っぽいことして喜ばれるなんて。てっきり叱られると思ったのに。
用意が遅れた分、ちょっとだけ夕食の時間も遅れたけど、それでも楽しいクリスマスイブだった。
初めて二人で過ごすクリスマスだからって張り切ってたけど、実はそんなに気合い入れる必要なんてなかったんだね。
和司さんがいてくれれば、それだけでいいんだ。
翌日には私もすっかり回復していて、そして結局和司さんにはうつらなかった。
丈夫さには自信があるって言ってたけど、私はうつしちゃったんじゃないかって不安だったのでホッとした。
和司さんはちょっと不満そうにしてたので、元気が一番だと思う、と言ったら
「雪乃は分かってないなぁ」
と呆れたように肩をすくめられてしまった。
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2016.8.12 再掲載にあたり加筆修正を加えました。
初出:2012.12.24
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冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
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⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
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