上方びいどろ

前野羊子

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18【丁稚も預かって】

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 「ただいまー」
 朝が早い店の夜はもう皆寝てるだろうと、こっそりとよしの屋の玄関から入る。
 大店では、丁稚や手代が防犯のために交代で不寝番をしている。
 今日は手代の六郎が居た。

「瑠璃ちゃんおかえり」
「ただいま、六郎はん」

「さっきはすごかったなぁ」
「なにが?」
「隣に火ぃ付けてた侍が、刀を抜いてたのにその細い腕で投げ飛ばして」

 まだ十六歳の瑠璃は、女の中でも大きいとは言えない。

「見てたん?」
「へえ。なにやら物音がしてたんで、そこの隙間から覗いてましてん」
「いややわぁ、内緒にしといてな」
「それは無理でっせ、旦那さんと女将さんが奥で待ってはりますよ」
「うっ。とりあえず手ぇ洗うわ」

 台所の隣の、店の者が生活用に浸かっている奥の座敷では、店の夫婦と、三男の卯乃吉が起きていた。

「ただいま戻りました」
「おかえり」
「瑠璃姐さんお帰りなさい。大丈夫やったん?」
 卯乃吉が駆けよってきた。
 丁稚の前掛けをしてなかったら本当におぼこい坊だ。
「大丈夫や。おおきに」

「火事を防いでくれたんやって?本当におおきに」
 よしの屋の主人が瑠璃に頭を下げる。
「いや、用心棒にって言ってくれたのに、抜けてしもて」
 瑠璃の方こそ、よしの屋のためなら、動くべきではなかったのは確かである。
「いやいやいや、お瑠璃ちゃん、火事を防いでもらうのは何より大事や」

 江戸はよく火事が起こると言われるが、大坂は大名の蔵屋敷や各種問屋など、焼けてしまっては取り返せないものがあるので、普段から皆で防火には神経を使っている。

「隣と言えばな、明日・・・」
 と言って、明日隣のをするから、こっちの店も開けないように奉行所からの指示があったことを言う。
「わ、分かったわ」
「たぶん、こっちにも百沙衛門はんか、与力の藤岡東次郎様が訪ねてくるかもしれへんけど、こないだ白い粉を差し出しているしな、大したことないやろ」
「そうやな。茶菓子の用意ぐらいやな」
 女将のお福のせりふに頷く。
 
 まあ、すぐそこが番屋だからお茶もいらんやろうけど。と思ってはいるけど言わないでおく。


 ガタン
 ばたばたばた
「すんまへん」
「すんまへんちがう」

 また店の方で物音がする。
 一旦皆で顔を見合わせてから、音のする方に行く。

「どうしたん六郎さん?」

「瑠璃ちゃん。またこいつや」
 手代で住み込みの六郎に両腕を背中に捕らえられて黒兵衛がいる。
 いつもはのんびりした雰囲気からは信じられぬ怒り方だ。

「痛いです離してください六郎兄さん」

「何しはったんですか?」
「こいつが、皆さんの会話を盗み聞きしてて」
「ちがいます、おいらは便所に」
「丁稚や下働きが使う用の便所はそっちの離れにあるやろ」
「そっちは誰かが使ってて」
「見てきます」
 卯乃吉がパッと離れに行って帰ってくるのを待つ。

「……誰もおらんかったけど?」

「ふん。まあいいわ、ちょうど聞きたいことがあんねん。黒兵衛はんをこっちへ」
 六郎が捕まえてくれているからそのまま連れてきてもらう。
「みなさん、疲れてるやろうからもうお休み下さっていいですよ」
「いや、このままじゃ寝られへんから。それに明日は店開けへんねんから、遅なってもかまわへんよ」
 そうやったな。
「気になる」
 親子三人はこのまま。

「じゃあ、黒兵衛はん、逃げられたら困るからちょっと縛るで」
 大黒柱に丁稚を縛る。手は動けるように胴だけを。
 そういえば、昔、暴れん坊だった自分が母上にされた記憶が瑠璃によみがえる。
 “あんたは、姫やのに動きすぎどす!”って言われて。
 覚えたばかりの〈縄抜け〉ですぐに逃げていたけれど。

 さて、黒兵衛は丁稚と言っても、卯乃吉ほど幼いわけじゃない、むしろ瑠璃とそう年齢は変わらない。

 その横で、手代の六郎が文机と紙と墨や筆を出している。用意の良い・・・。
「はな、改めて黒兵衛はん。あんたは福井から来たんか?」
「いえ、おいらは江戸から」
「いつ江戸から来たん?」
「九年前になります」
「ほんならあと一年で手代になるんやな」
 丁稚は見習い期間が十年と言われている。女郎のように借金のカタに身売りされているようなものだ。しかし、きちんと読み書きそろばんや行儀作法も教わるし、衣食住も与えられるわけだから、商売の手習い代を引いて給金を親などに前払いされたと思えばいいのだ。

「はい、いやあのそれが無理で」
 項垂れて俯くこの子ひっかかりやすいな。
「よしの屋さんに移動になったからか?」
「・・・」
 主人と女将さんの前では言いにくいか。
「黒兵衛はんは、亡くなりはった女将さんをよく知ってはりましたか?」
「はい、それはもう。江戸から来たこちらと違う話し方のおいらは、他の丁稚や手代によく揶揄われていたのですが、女将さんだけは揶揄うことなく『そんなん、遠くから来たんやから当たり前や。せやけどぼちぼち船場の言葉を覚えなさいよ』と言ってくださいました」
「ふむふむ」
 コトリ
 卯乃吉が黒兵衛と瑠璃の前に温かいお茶を置いてくれた。
 ありがたい。
「おおきに」
「ありがとうございます」

「姐さん、ぼくやっぱりもう下がります」
「そうやな、おやすみよし」
「失礼します」

 卯乃吉は気を利かせてくれたのだ。子供が居ない方が話しやすいだろうと。敏い子だ。

「さて黒兵衛はん、あんた江戸に実家があるん?」
「いえ、おいらは・・・」
「話を変えようかな。
 うちが与力や同心の人たちと懇意にしてるの知ってるやろ?」
「はい」
「このまま、あんたを番屋か奉行所に保護してもらえるように言うから、あんたの知ってる事を全部与力の東次郎様に言いなさい。そうすれば、悪いと知ってて黙っていたことは罪にならないように、うちからもお願いしてあげるさかい。」
「でも、おいらお侍さんに脅されてて。えびす屋を裏切るようなことをすると、江戸のおっかさんを酷い目にあわすって」
「!えびす屋で雇っている侍って二人?」
「はい」
「大小曽川と福山下だけ?」

 なんや、武士道からとっくに外れてたんやな!

「そうですが」
「ならもう心配無いで。二人ともしょっ引かれて、今は奉行所の牢屋の中や」
「「「ええっ」」」
「さっき、福山下様は捕まってましたけど」
 隙間から覗いていた六郎がいう。
「火付けの現行犯やもんな。格好は侍やけど実質は牢人やから取り調べの上きつい刑罰が待ってるやろう。
 最悪切腹もさせてもらえへんかもしれんよ」
「それで、大小曽川様は?」
「あれも、辻斬りの容疑で捕まったから」
「ああ、よかった。あいつらが、女将さんを殺したようなものなんです」
「そうか。詳しくはうちじゃなくて、お上の人たちに言ってな。悪いけど今から、番屋に一緒に行ってな」
「分かりました」

 もう、今日は何人目なんやと思いながら、六郎にさっきの提灯のろうそくを入れ替えてもらって、表に出る。

「瑠璃ちゃん。わたしが一緒に行くよ。あんたが強いって分かってても、帰りは一人になってまうんやから良く無いよ」
「おおきに。んじゃ、行きまひょか黒兵衛はん」
「はい」

 そうして、よしの屋の玄関を開けたとたん、隣のえびす屋には提灯をもった百沙衛門と岡っ引きの七兵衛が居て、焦げた部分を調べていた。
「おや、丁度よかった。この黒兵衛ちゅう丁稚を奉行所で保護してもらおうと思って」
「黒兵衛?」
 百沙衛門に耳打ちをしに行く。
「もともと、えびす屋におった子やねん」
「!わかった。黒兵衛とやら、ついてきなさい。瑠璃も聞きたいことがあるからおいで」
「へえ、しょうがあらしませんな。
 っていうわけで、この刀持ってる人と出かけるから大丈夫やで六郎はん」
「そうですか。ではお願いします」
「うむ」
「あ、瑠璃ちゃんこれ」

 瑠璃と黒兵衛のやり取りを書き付けた紙を渡される。
「六郎さん、やるねぇ」
 返事は方眉を上げるだけだった。

 よしの屋に入っていく六郎を見送ってから歩き出す。
 瑠璃は黒兵衛が逃げ出さないように、胴に紐をかけて連れていた。彼のためを思ったら、逃げられる方が困るのである。
 その紐の先を七兵衛に預けて、百沙衛門と並んで歩く。
 心斎橋のよしの屋から大坂城近くの奉行所や江戸屋敷までは四半時はかかる。

「今日は大暴れだな」
「ほんま疲れたわ」
「お疲れさん、今度こそ風呂入りに来いよ」
「……」
 この似非同心の与力はどうして風呂に誘うんだろう。
 しかし今日は疲れ切っているのですごく有難い。
「百様ももう上がるんか?」
「ああそうだ」
「なら、もらいに行こうかな。家主が仕事してるのに風呂もらうのは気ぃ使うんやで」
「そうか?気にしなくていいのに」
「明日はよしの屋さんお休みやから、島田も崩したいしな」
「似合ってるから勿体無いけどな」
「ふふふ、おおきに」

 そんな会話を交わしながら、後ろにいる黒兵衛に何を思われてるのか考えるのが怖い瑠璃だった。

「ねえ、七兵衛さん」
「なんだ?」
「二人はお付き合いされているんですか?」
「一応まだらしいぜ」
「あれで?」
「あれで」

 ほら。
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