臆病者の転生ヒストリア〜神から授かった力を使うには時間が必要です〜

たいらくん

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序章

エピソード15 帝国との決別

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 どこからか差し込む朝日と、頬を突くような冷たい風でオレは目を覚ました。やっぱり今日も筋肉痛だ。
 周りを見渡すと、窓は割れてカーテンは引き裂かれてリビングへのドアも壊されていた。
 リビングに向かうと壊れた椅子が隅の方に置かれており、傷ついたテーブルとあまり傷のない椅子だけが部屋の中央に置かれている状態だった。
 まだ昨日の惨劇が色濃く残っていた。
 テーブルで母さんとヒュンメルが険しい顔をして何か話していた。

「ヴァネッサ様、イーサン皇子からの手紙には今夜決行できるように手配を済ましているとの事です」
「そうですか…… こちらも前々からマクウィリアズ王国のローズ様に近況を伝える手紙を送っておりまして、この夏頃から本格的に亡命に向けての協力依頼を了承していただきました」
 
 ん、亡命?
 その言葉で寝ぼけていた頭がフル回転した。

「母上、亡命とは一体何事ですか?」

 確かに昨日は死の恐怖を感じだけど、この離宮から逃げて他国に亡命するのも決死の覚悟がないと無理ですよ? それを今日言いますかね? 自分達だけ準備をしてきて、決意したって顔しているけど、こっちは寝耳に水ですよ? 全く心の準備が出来てませんからね。

「スノウ、驚かずにお母さんの言う事を聞いてね。 何度も命の危険に晒されて来たけど、本当に危険な状態なの! お母さんとヒュンメルと一緒に、この国から逃げる事にしたの」
「母上! 何をいきなり!」
「もうそれしか道がないの!」

 初めて見せる母さんの強い口調で深刻さが伝わった。
 話が進まないと思ったのか、ヒュンメルが間に入って計画をオレに教えてくれた。

「スノウ様、実は前々からスノウ様はダイアナ王妃や王妃派貴族から狙われておりまして、私が護衛としてついておりました。
 そしてイーサン皇太子からの提案でダイアナ王妃に感づかれないように、スノウ様の身を案じて私と一緒に戦う術を身に付ける訓練や、他国への亡命を見据えて自国だけでなく様々な国の歴史等を教えておりました。
 私がスノウ様へお送りした剣も、ご自身の身を守っていただく為に特注品をご用意しました」

「そうだったんだ……兄さんはそんな事を考えていたなんて全く知らなかったよ」

「イーサン皇子は、スノウ様にこの事を伝えると何年間か分からないが限られた幸せな時間を壊してしまうとおっしゃられていました」

 はぁ…… やっぱりイーサン兄さんは凄い人だよ。  
 もう一度会いたいよ…………

 感傷に浸っていたがヒュンメルは話を続けた。

「決定的になったのが、教会の復旧での功績です。 あの出来事でダイアナ王妃はかなりご立腹されておりましたので、確証はありませんが貴族達を使って誘拐をしようと考えたのではないかと思います」

「また謁見の間での帝王の【次期帝王に相応しいとも言える働きであった】とのお言葉で更に状況は悪化し、ダイアナ王妃から明確な殺意と刺客を送り込まれる事になりました」

「ヒュンメル、ちょっと頭を整理させてくれないかな」

 あぁ頭痛に吐き気に寒気がぁ~ 風邪かなぁ?
 風邪だったら良いのになぁ……

 そんな事を考えていたら母さんが追い討ちをかけて来た。
「だから時間がないの! 昨年からこの日の夕方にイーサン様が社交会を行うように準備を進めて来たの、そこには名のある貴族のご子息やご令嬢が招待されており離宮の警備は薄くなるの!
 離宮にいるダイアナ王妃のスパイのメイド二人はヒュンメルが既に買収して大丈夫よ。また監視兵に関してはイーサン様の護衛兵が数分程度引きつける事になっているから、その隙を狙い離宮付近の外壁の側にある街の外に繋がっている地下水路を通って逃げるのよ。
 後は外に用意していた馬車に乗ってマクウィリアズ王国まで亡命する事になるわ。
 向こうではローズ様が嫁いだランパード辺境伯家に頼り、国境付近まで駆けつけてくれる手筈になっているのよ」

「母上、地下水路を開ける鍵はどうするのですか?」

「スノウ様、今夜スパイのメイドより鍵をもってくるよう手配しております」

 オレの疑問にヒュンメルは答えた。
 後はオレが腹を括るしかない。

 そしてみんなで今夜の脱出の為に昼食を食べた。
 それぞれ想う事もあるだろう。
 
「ヒュンメル! 今夜の為に護衛も大事な任務ですが休める時は身体をしっかり休めなさい。私はスノウと共に体力を回復させる為に休んでおります。何かあればすぐに伝えにきなさい」

 そう母さんとヒュンメルに告げると、母さんが優しい声で言った。
 
「じゃあ、今から一緒に寝ましょう」
 
 ベッドに行こうと母さんは手を握ろうとしてくれたが、オレは少し気恥ずかしさから手を握るのに躊躇していた。
 母さんは優しそうな笑みを浮かべながらオレの手を握ってくれたが、母さんの手は震えていた。

「母上、今日からお姫様じゃなくなりますね」

「スノウも皇子じゃなくなるわ。でも私にとっては可愛くて小さな王子様よ」

「すぐそう言ってからかわないで下さい」

「フフフ、臆病のスノウがこの二年間ですっかり大きくなったのね。お母さん少し寂しいなぁ」

 やたらと母さんが話したがる。
 これから亡命する不安をお互い感じているから、何か話さないと落ち着かない。
 亡命したらどんな生活をするか、何がしたいかなど等これからの新しい生活について雑談していた。
 母さんに包まれている安心感からか徐々に目が閉じてきた。
 そしてオレの耳に、優しい母さんの心地良い声が語りかける。
 
「これからの楽しい未来が待っているから、安心してお休み」

 その言葉でオレは眠りについた。


 そして亡命計画予定の夜が訪れた。

 しっかり睡眠が取れたので全身の筋肉痛は回復していた。これが若さのパワー!
 そんなマッスルポーズを決めていたら、母さんが不思議そうな顔でオレを見ていた。
 ここは何事もなかったように切り替える。

「母上、王宮の方がなんだか騒がしいですね」

「そうね、今はダンスパーティーの最中かしら」

「ボクは余り良い思い出はないですが、母上は大切な思い出がたくさんありますね」

 オレと母さんは帝国を離れる事に名残惜しそうに言った……

 そしてしばらくするとヒュンメルが玄関前からこちらに歩いてくる。

「ヴァネッサ様、スノウ様、準備が整いました」

 玄関のドアを開けると、監視していた兵はこの場所から居なくなっていた。
 そして四人いたメイドの内二人が倒れていた。
 どうやらこの二名が買収したスパイで、他の二名のスパイを気絶させていた。

「ごくろうであった」

 ヒュンメルはメイド達にそう言って鍵を受け取った。

「表は目立ちますので、裏側から出ましょう」

 ヒュンメルは松明を持ち先頭に立って進んでいき、その後ろを母さんとオレが物音を立てないように続く。
 壁までの二百メートルの距離がとても遠く感じ、監視にバレないか鼓動が早くなる。

「シッ! お静かに、城壁の上に監視兵が二名おります。気づかれぬよう進みましょう」

 ヒュンメルは監視兵の視界に入らぬよう松明の灯りに気をつけて足を進めた。
 オレ達も監視に気をつけて地下水路がある壁に向かった。


 …………がそこには地下水路へ続く扉が見当たらなかった……

「いったいどう言う事なんだ」

 ヒュンメルは動揺していた。
 あるはずの扉が見当たらない事に……

 しばらく周囲の壁を手当たり次第触れながら僅かな変化にも気付けばと調べていた。
 時間だけが過ぎていく。
 早くしないと監視兵に部屋から脱出した事が気付かれてしまう。
 焦りの中、オレは一箇所だけ壁の先に空気を感じる場所に気付いた。

「ヒュンメル、母上、こちらの壁から空気の流れを感じます」

 急いでヒュンメルと母さんが駆けつける。

「そんな以前はこんな壁など無かったはずだ! ヴァネッサ様、壁は薄いですが、穴を開けるとなると時間がかかってしまい、音で気付かれる恐れがあります」

「何とかならないの! 他の計画はヒュンメル!」

 母上も焦りながらヒュンメルに問い詰める。

「できる限りの手を尽くしました……正面からの突破では目立ち過ぎます。城壁に登ってロープで外に蔦っていく事も考えましたが、兵達の休憩室を通らないといけない為、現実ではありません……」

 何でこんな事に! 確かに地下水路への扉はあったはずだ! ヒュンメルが一週間前に確認したと言っていた。
 まさか!
 あの刺客の【今日は一旦退くが、既に逃げる事は出来まい】という言葉を思い出した。
 襲撃に目を向けさせている間に、薄い石壁で地下水路への扉を隠していたのか。
 
 誰も現状を打破する事が出来ず時間だけが進む中、母さんが何かを決心した。

「ヒュンメル! スノウをお願いします」
「母上いったい何を?」
「必ずやスノウをランパード辺境伯の元へ送り届けるのです」
「母上? ボクの言った事に答えて下さい!」

 すると母さんはオレを優しく抱きしめた。
 
「スノウごめんなさい。時間がないの……」
 
 母さんはいったい何を言っている? 突然の発言でオレの頭がフリーズしている。

 ヒュンメルはオレの身体を抱えて壁から離れる。

 母さんは何かを唱えて、大きな火の玉が出現した。
 その火の玉が地下水路が隠されている薄い壁に当たると大きな爆音とともに壁が崩れて地下水路への扉が現れた。
 
 そして、母さんは地面に膝をついて苦しそうに呼吸をしていた…………
 オレはあんなに待ち望んだファンタジーならではの魔法を初めて目にする事が出来たが、喜びではなく胸が苦しくなった。

 そして二回目に見た魔法は忘れる事ができない程脳裏に焼きついた…………
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