臆病者の転生ヒストリア〜神から授かった力を使うには時間が必要です〜

たいらくん

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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード58 治療とアリアの思惑

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「おはようございます。クライヴ様」

 女性の声と共にカーテンが開けられ一瞬で身体中に光を浴びる。

「おはよう。――すまないが今日の予定は?」
 
 オレはスッキリと目覚めて、キリッとした表情でメイドに予定を確認した。

「えっ? 旦那様から治療に専念するようにとの事です……」

(ん? 何かが違う……………………)

「アアアァァ! すいません、すいません、すいません」

 久しぶりのメイド、貴族の部屋という環境と寝ぼけていたオレは完全に帝国時代の皇子としての振る舞いをしてしまった。平民としては失礼な行為だ。

「寝みぃ、坊主。お前どうしたんだ。侯爵様の真似事か? まぁ子どもは憧れるよな貴族様に」

 ザックも目を覚まして、その考えなしの発言が今のオレには神様、ザック様でその言葉に乗っかった。

「すみません憧れていたので、つい真似事をしてしまいました。ごめんなさい」

 メイド達は微笑ましい顔でオレを見て、身体を丁寧に拭いてくれた。

(うわ、身体中が草と漢方をすり潰した臭いがする…………でも最高級の薬草だから何も言えないです…………)

 身体を拭き終えると、メイドさん達は朝食を運んでくれた。

(あ……パンが柔らかい……この世界で初めて食べたよ……スープが具沢山……美味しい……チーズがある…………アレおかしいなぁ涙が止まらないや)

 朝食が少しだけ前世に似ていたので食べていると前世の事を思い出して自然と涙が出ていた。

 メイドさん達は具合が悪いのか心配してかけたが、美味しくて涙が出たと伝えたら、メイドさんはうっすら目に涙を溜めて頭を撫でられた。

(どういう状況? もしかして同情されてる?)

 朝食後、ザックは仕事に出かけていき、代わりにローブを着た十人組が部屋に入ってきた。
 どうやら本当にアーロン様は回復魔法を使える者を五十名集めたそうだ。
 最高級の薬草を左腕に塗りたくられ、ひたすら回復魔法を唱えられ左腕が暖かい。
 一時間ごとに次の十人組みが現れて同じ事の繰り返し、間に昼食一時間やトイレ休憩が入り、八時から十五時半まで治療タイム、そして最後は副え木で固定だ。

 しかし変化は確かに感じられる。
 ローブ集団のおかげで呼吸をしたり、揺れるだけで骨に響いて痛かった左腕が、呼吸をしても痛みを感じなくなり、歩いても激痛がマシになっていた。

(凄い! これなら案外早く治りそうだな)

 そしてオレは忘れそうになっていたモーガン達に現状を知らせる事ができないかメイドさんにお願いしたら、手紙なら学生寮に届ける事ができるとの事だった。
 急いで道具を借りて、モーガンに手紙を書いた。

【親愛なるモーガンへ。
 今あなたは心配してますか、それとも対して気にして無いでしょうか? オレは今ウィンゲート侯爵家にお世話になり治療に励んでいます。
 あの時別れた後、診療所で診てもらうと左腕は思っていたよりも重傷で医者に匙を投げられました。
 その時、ザックさんと言う侯爵家の護衛の人に出会い、現在に至るです。
 多分フィーネが心配しているので侯爵家に侵入するのだけは止めろと伝えてください】

(まぁこんな感じで良いだろう)

「綺麗な字ですね。それに最後の一文はどういう意味でしょうか?」

 オレは後ろを振り向くとターコイズブルーのドレスを着た真顔のアリア様が立っていた。

(えっ? 扉を開ける音だけじゃなく足音一つありませんでしたけど……)

「学院で勉強したので字が書けるようになりました。最後の一文は仲間で早とちりする奴がいてバカなんで何するか分からないんです」

 オレは転生してすぐに読み書きはできるようになっていた。神様の恩恵か……つまりアリア様に嘘をついた。フィーネの事は真実だ。
 オレの言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ目つきが鋭くなった。

「それでは、これからしばらく学院に通えないので、私達と一緒に家庭教師に教えてもらうのはどうでしょうか?」

 アリア様はオレを気にしているのか、この好意を無下にはできない……

(たぶんオレには必要無いと思うが……仕方ない)

「ありがとうございますアリア様。そこまで気にかけていただき、感無量です」

 そしてオレは一週間後アラン様とアリア様と一緒に家庭教師の授業を受ける事となった

 左腕の回復も順調で、左腕が何かに当たらない限り痛みはない。

「それでは今日は計算の問題をしましょうかね。クライヴ君には無理しなくて良いからね」

 いかにも勉強できますって感じのマダムがオレを気にして優しい言葉をかけてくれた。

「普段学院で習っているのとあまり変わり無いですけど……頑張ってください」

 アリア様はオレに声をかけてくれるが、やっぱりその笑顔は不自然さを感じる。オレを試しているような気がする……

(まぁ学院と変わらないレベルなら、七割ぐらいで良いかな)

……………………………………………………

「それでは皆さんの採点をしますね」

「アラン様八十二点」

 アラン様は満足そうな顔をしている。

(ん? その点数で貴族が満足するのか?)

「アリア様百点」

 アリア様は特に表情を変える事は無かった。

(あっ! もしかしてアラン様は学力があまり高くないのか……)

「最後にクライヴ君ね………………」

(ん? 先生がフリーズしてるぞ)

「……七十一点だわ……」 

 先生はすごく驚いた表情をして、アラン様も面白いぐらい驚いた顔をしていた。

(オレってそんなにバカな子に見えてたんだ……)

「あなた、一体…………これは中等部後期のレベルの問題よ。平民より遥かに勉強をしている貴族の学生でも、中等部入学時なら五十点以上取れるのは二割程度よ」

「えっ?」

(さっきアリア様が普段の学院と変わらない問題って………………もしかしてアリア様に騙された?)

 オレはアリア様を見ると相変わらず一瞬だけ鋭い目をオレに向けていた。

「実は母に勉強を教えてもらってまして……」

「まぁ。クライヴさんのお母様は博識な方なのですね! お母様はどのようなお仕事をなさってたのですか?」

 アリア様がグイグイと質問をしてくる。しかもつつかれると痛い質問ばかりだ。

「アリア止めないか、クライヴが困っているだろう! どうしてお前はそんなにクライヴの事が気になるんだ」

 アラン様は少し苛ついているように見え、オレの方にも力強い視線を向けた。
 そんなアラン様に気圧されてアリア様は黙り込んでしまった

(お兄様ナイスですが……オレにも睨んでませんか? もしやシスコンでしょうか?)

 雰囲気が悪くなり、家庭教師の先生も困っている。

「慣れない事ばかりで疲れてしまいました。
アラン様。アリア様。傷を癒すために少し部屋で療養したいのですが、お許しいただけないでしょうか?」

 オレは何とか理由を作り、部屋に戻って行った。
 
「よう坊主。調子はどうだ」
「左腕に何か当たらない限り痛みは感じないよ」
「じゃあ行くか!」
「どこにだよ」
「いいからついて来いって坊主」

 そう言ってザックに連れ去られ、オレ達は庭園の奥にある小さな小屋がある芝生の広場にやってきた。

「たまには身体を動かさねぇと鈍るだろ」

 そう言いながらザックは小さな小屋を開けて木刀と木の盾を持ち出した。

「坊主! お前の得物は何にするんだ」

 優しい笑みを浮かべたザックは何の疑いもなく手合わせと言うか訓練を行う前提で話をしてきた。

(オレまだ何も言ってないんだけど、しないという選択肢はないのか……)

 オレは渋々と小屋の中を見て木の細剣を手に取った。

「じゃあいくぜ坊主!」

 ザックはやる気に満ち溢れているが、このままじゃ子どもへの暴力だ。

「オレ左腕折れてるし、闘いたくない平和を望む心優しき少年ですが?」

 あまりにもザックがやる気を出しているので、手加減してくれるのか分からずオレは足がプルプルと震えていた。

「武者振るいってやつか。日頃の運動不足を解消する簡単な手合わせだ」

「武者振るいじゃなくて本当に怖いんだよ!」

 ザックの能天気さにオレは本気で怒った。

(人と闘うのは余計に嫌だ! 相手を傷つけるのも心が折れ痛いし、オレが傷つくのも心が折れるし……)

「じゃあ行くぜ!」

 ザックの掛け声とともに、オレは半身で細剣を構え、相手に見切られぬようにつねに剣先をクネクネと動かしていた。

「ほう。坊主はいったい誰に剣術を教わったんだ? 平民で冒険者として腕を磨いても我流ばかりだぜ。お前の剣はそんな癖がないって事はどこかの流派だな」

(そりゃ見た事ないだろ。魔法が使えない帝国軍の汗と涙の結晶の帝国式剣術だ。覚える者は軍隊に所属する中堅からだぜ)

「坊主、こっちから行くぜ」

 そう言って、ザックは何の手加減もなく、右上から左下方向への袈裟切りを仕掛けてきた。

(えっ! この人バカなの? オレ怪我人そして子ども!)

 オレは剣を沿わせて受け流してザックの剣を逸らした。三割しか自信が無かったパリィだが我ながら見事にできた。

「やるじゃねえか。これならどうだ!」

 ザックの左手の盾がオレの細剣になぐりかかる。
 
「うわぁ!」

 何とかサイドステップでギリギリ躱すことができた。

 そしてオレは盾を持つ左手の手首に突きをするが……ザックは身体をコマのように回転して斜め下からの切り上げによって、オレの細剣を大きく吹き飛ばした。

「まだまだ甘いな坊主」

 凄く大人げないザックが両手を腰に当てて、強いだろと言いたそうな顔をして立っていた……

「坊主、お嬢にカッコ悪い姿を見せてしまったなぁ」
「えっ?」

 ザックが顎でそっちを見ろとジェスチャーをすると、屋敷の二階からこちらを覗くアリア様がいた。  
 そしてオレ達に気づいたのか、すぐに姿を消してしまった…………

「お嬢は普段は何事にも興味を示さずクールな子だからよ。坊主に興味があるのか分からんが、珍しいもんが見れたぜ」

(そうなんだ……良い事なら大歓迎だけど……)
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