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2.不慮の契約⑥
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「……こいびと?」
「そう、恋人。どうせ捨てようとした命なんだから、どうなろうともうどうだっていい。だけど一方的に言われっぱなしっていうのは納得いかないし、最後くらい良い思い出残したいんだよね。死ぬならちゃんと恋をして死にたい。それに俺、レイヴンの顔はすごく好きだし」
「ちゃんと恋をして」と、どこか諦めを含んだ投げやりな溜め息と共に、佐丸の顔がレイヴンに近付く。目を閉じてキスを求める佐丸の唇を、レイヴンの手が押し留めた。
「死神は、唇から魂を奪う」
「……そうなの? じゃ、俺が死ぬときはレイヴンにキスして貰えるんだ」
何がおかしいのか、佐丸はレイヴンの唇を見つめたまま小さく笑った。怖くないのか、とレイヴンは不思議な気持ちになるが、佐丸としてはもう自分の命は捨てたも同然なのだろう。この先の一ヶ月は、死ぬまでの余興なのかもしれない。
「恋人になって」という願いを叶えることは簡単だ。しかしレイヴンは死神の大原則を思い出していた。【人間に恋をしてはならない】。佐丸の願いはこの大原則に反するものではないかと思うと、簡単に返事はできない。
「……俺の恋人になってくれないなら、横浜には連れて行かない」
その迷いを感じ取ったのか、佐丸が冷たく言い放った。
「は!? なぜだ!!」
「だって、横浜に行くならデートで行きたいもん。デートするなら恋人相手じゃなきゃ駄目でしょ」
レイヴンは佐丸が作ったミニチュア模型に視線を向けた。大観覧車は既に動きを止めている。
「その観覧車、夜になったらライトアップ……ピカピカ光って綺麗だよ」
レイヴンの視線に気付いて、佐丸は誘うように餌を撒く。
「この模型に入ってないけど、海が見える公園とか中華街っていう面白い場所もあるのにな」
「う……ぐ……」
佐丸の言葉は人間の世界を知らない死神にとってはとても魅力的だ。
「横浜だけじゃなくて、日光とか京都にも連れて行ってあげるのに。観光地だからきっと楽しいし、美味しいものだっていっぱいあるよ。そこに僕の作ったミニチュアがあるけど、僕の恋人になってくれたら、本物を見せてあげるのに」
横浜のミニチュア模型の隣には、日光と京都を模した物がある。
人間学の授業で、日本の観光名所として京都の名前は聞いたことがあった。寺社仏閣が並び立つ古都、水鏡に映る金閣寺が綺麗で、八つ橋が有名だ。佐丸と恋人になれば、その京都にも連れて行ってくれるという。
「………………っ、う、う~~……」
レイヴンは頭を抱えながら必死に己の欲望と戦う。佐丸の提案は非常に魅力的だ。人間界の観光名所には興味がある。それに、佐丸が作ったというボトルシップとミニチュア模型にも心が惹かれている。あんなものは今まで見たことがなかったのだ。
死神養成学校で人間の世界について学ぶことはあっても、精巧な箱庭の世界があることなど教わらなかった。そしてその緻密な世界が人間の手によって作られていることに、レイヴンは心を動かされた。
しかもその模型には、原型となった場所があるというのだ。
見てみたい、という気持ちが抑えきれず、
「わかった。なる。佐丸の恋人に」
レイヴンは欲望に負けてしまった。自分の意思の弱さを嘆きたくなるが、それでも【人間に恋をしてはならない】、その大原則さえ守れば問題ないはずだと言い聞かせる。
「よしっ、それじゃあ明日は横浜デートだね。観覧車にも乗せてあげる」
レイヴンの答えを聞いて、佐丸は笑顔を見せた。誘導された気がして仕方がなかったが、レイヴンはもう深く考えることは止めにした。
これは契約なのだ。たった一ヶ月だけの、仮初めの恋人関係だ。
「明日、本当に連れていってくれるんだな?」
「うん。だってレイヴンは今日から俺の、恋人だもんね。それが契約でも、ちゃんと約束は守るよ」
佐丸は自らの左胸に手を当てて、レイヴンを上目に見つめた。
小動物にも牙はある――レイヴンは佐丸のまん丸とした瞳を見つめながら、そんなことを考えた。
「そう、恋人。どうせ捨てようとした命なんだから、どうなろうともうどうだっていい。だけど一方的に言われっぱなしっていうのは納得いかないし、最後くらい良い思い出残したいんだよね。死ぬならちゃんと恋をして死にたい。それに俺、レイヴンの顔はすごく好きだし」
「ちゃんと恋をして」と、どこか諦めを含んだ投げやりな溜め息と共に、佐丸の顔がレイヴンに近付く。目を閉じてキスを求める佐丸の唇を、レイヴンの手が押し留めた。
「死神は、唇から魂を奪う」
「……そうなの? じゃ、俺が死ぬときはレイヴンにキスして貰えるんだ」
何がおかしいのか、佐丸はレイヴンの唇を見つめたまま小さく笑った。怖くないのか、とレイヴンは不思議な気持ちになるが、佐丸としてはもう自分の命は捨てたも同然なのだろう。この先の一ヶ月は、死ぬまでの余興なのかもしれない。
「恋人になって」という願いを叶えることは簡単だ。しかしレイヴンは死神の大原則を思い出していた。【人間に恋をしてはならない】。佐丸の願いはこの大原則に反するものではないかと思うと、簡単に返事はできない。
「……俺の恋人になってくれないなら、横浜には連れて行かない」
その迷いを感じ取ったのか、佐丸が冷たく言い放った。
「は!? なぜだ!!」
「だって、横浜に行くならデートで行きたいもん。デートするなら恋人相手じゃなきゃ駄目でしょ」
レイヴンは佐丸が作ったミニチュア模型に視線を向けた。大観覧車は既に動きを止めている。
「その観覧車、夜になったらライトアップ……ピカピカ光って綺麗だよ」
レイヴンの視線に気付いて、佐丸は誘うように餌を撒く。
「この模型に入ってないけど、海が見える公園とか中華街っていう面白い場所もあるのにな」
「う……ぐ……」
佐丸の言葉は人間の世界を知らない死神にとってはとても魅力的だ。
「横浜だけじゃなくて、日光とか京都にも連れて行ってあげるのに。観光地だからきっと楽しいし、美味しいものだっていっぱいあるよ。そこに僕の作ったミニチュアがあるけど、僕の恋人になってくれたら、本物を見せてあげるのに」
横浜のミニチュア模型の隣には、日光と京都を模した物がある。
人間学の授業で、日本の観光名所として京都の名前は聞いたことがあった。寺社仏閣が並び立つ古都、水鏡に映る金閣寺が綺麗で、八つ橋が有名だ。佐丸と恋人になれば、その京都にも連れて行ってくれるという。
「………………っ、う、う~~……」
レイヴンは頭を抱えながら必死に己の欲望と戦う。佐丸の提案は非常に魅力的だ。人間界の観光名所には興味がある。それに、佐丸が作ったというボトルシップとミニチュア模型にも心が惹かれている。あんなものは今まで見たことがなかったのだ。
死神養成学校で人間の世界について学ぶことはあっても、精巧な箱庭の世界があることなど教わらなかった。そしてその緻密な世界が人間の手によって作られていることに、レイヴンは心を動かされた。
しかもその模型には、原型となった場所があるというのだ。
見てみたい、という気持ちが抑えきれず、
「わかった。なる。佐丸の恋人に」
レイヴンは欲望に負けてしまった。自分の意思の弱さを嘆きたくなるが、それでも【人間に恋をしてはならない】、その大原則さえ守れば問題ないはずだと言い聞かせる。
「よしっ、それじゃあ明日は横浜デートだね。観覧車にも乗せてあげる」
レイヴンの答えを聞いて、佐丸は笑顔を見せた。誘導された気がして仕方がなかったが、レイヴンはもう深く考えることは止めにした。
これは契約なのだ。たった一ヶ月だけの、仮初めの恋人関係だ。
「明日、本当に連れていってくれるんだな?」
「うん。だってレイヴンは今日から俺の、恋人だもんね。それが契約でも、ちゃんと約束は守るよ」
佐丸は自らの左胸に手を当てて、レイヴンを上目に見つめた。
小動物にも牙はある――レイヴンは佐丸のまん丸とした瞳を見つめながら、そんなことを考えた。
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