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3.きらめく世界⑤
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「そ、豚肉と野菜を混ぜたものを饅頭で包んで蒸したやつ」
説明しながら、佐丸は豚まんを二つに割ってみせた。中からぶわっと湯気が出て、レイヴンは顔を仰け反らせながら「うわっ」と驚いた声を上げた。しかしその湯気から良い匂いがすることに気付いたのか、すぐに鼻をひくつかせる。
「美味そうだ」
「だろ。食べてみる?」
死神に味がわかるかどうかは不明だが、興味深そうにしているレイヴンを見ると食べさせてみたくなる。佐丸は半分に割った豚まんをレイヴンに差し出して、「あ」と声を上げた。
そういえば、レイヴンは物体に触れないのだった。レイヴンもそのことを思い出したのだろう、目の前に差し出された豚まんを悲しそうな顔で見つめている。
その顔が必死すぎてなんだか可哀想になり、佐丸はレイヴンに手を差し出した。
「さっきは失敗したけど、もう一回試してみる? 実体化」
感情の同化が上手くいくかわからない。契約を結んだばかりで、お互いに相手のことは何も知らない。知っているのはレイヴンが死神で、佐丸が自殺志願者だった、ということだけだ。それでもなぜか、今なら上手くいきそうな気がしていた。
レイヴンの言動は人間からしたら予想外で、突拍子も無いことばかりだ。今日一日一緒にいただけで子守をしているような忙しさだった。恋人からはほど遠く、これじゃ契約違反だろうと言いたくなることも多かった。
それでも、レイヴンと一緒にいて「楽しい」という気持ちを思いだした気がしたのだ。感情を揺さぶられて、振り回されて、ひどく疲れたとしても。
それは、別れた元恋人やブラック企業にいたときとは正反対の気持ちだった。
「レイヴンは今日、楽しかった?」
佐丸の手をじっと見つめるレイヴンに、問いかけてみる。それが同調の合図だと気付いたのか、レイヴンは佐丸の手を握り「ああ、楽しかった」と素直に頷いた。佐丸はレイヴンの手を強く握り締めた。レイヴンも同じように、佐丸の手を握り返してくれる。
二人は見つめ合いながら、お互いの感情を確かめようとする。その真剣な眼差しに、佐丸は口元を緩めた。豚まんを食べるためだけにこんなに真剣になっていることが馬鹿らしくて、くだらない。
なんだかすごく、楽しい。
繋いだレイヴンの手がじわりと暖かくなっていく。
お互いに「楽しい」という感情が同化されたのか、目の前にいるレイヴンの輪郭が実体を伴った物に変化していく。
レイヴンは「死神は契約者には触れる」と言っていたため、目に見える姿に変化はないと思っていた。だが、なるほど実体化してみれば、確かにレイヴンの姿は死神でいるときよりも実在性が増している。
不思議な気持ちのまま、佐丸はレイヴンの手をそっと離した。手を離しても姿が消えないということは、感情が同化している限りレイヴンは実体化を保つことができるのだろう。
初めて実体化に成功したレイヴンは、存在を確かめるように手を握ったり開いたりしている。その手が不意に、佐丸の頬に触れた。丸みを帯びた頬を、レイヴンの人差し指が突いている。
「……こら。食べさせないぞ」
「はっ、それは困る」
何をしているのか、とひと睨みするとレイヴンは降参するように両手を挙げた。ずいぶんと素直な態度で笑ってしまう。そんなに豚まんを食べたいのか。
佐丸は緩む頬を隠しもせず、レイヴンの口元に豚まんを近付けた。
「……ほら。あ、待った」
何の疑いも無く口を開けたレイヴンが豚まんに齧り付く直前、佐丸は不意にその手を引っ込めた。不満そうなレイヴンの目が佐丸を睨む。
説明しながら、佐丸は豚まんを二つに割ってみせた。中からぶわっと湯気が出て、レイヴンは顔を仰け反らせながら「うわっ」と驚いた声を上げた。しかしその湯気から良い匂いがすることに気付いたのか、すぐに鼻をひくつかせる。
「美味そうだ」
「だろ。食べてみる?」
死神に味がわかるかどうかは不明だが、興味深そうにしているレイヴンを見ると食べさせてみたくなる。佐丸は半分に割った豚まんをレイヴンに差し出して、「あ」と声を上げた。
そういえば、レイヴンは物体に触れないのだった。レイヴンもそのことを思い出したのだろう、目の前に差し出された豚まんを悲しそうな顔で見つめている。
その顔が必死すぎてなんだか可哀想になり、佐丸はレイヴンに手を差し出した。
「さっきは失敗したけど、もう一回試してみる? 実体化」
感情の同化が上手くいくかわからない。契約を結んだばかりで、お互いに相手のことは何も知らない。知っているのはレイヴンが死神で、佐丸が自殺志願者だった、ということだけだ。それでもなぜか、今なら上手くいきそうな気がしていた。
レイヴンの言動は人間からしたら予想外で、突拍子も無いことばかりだ。今日一日一緒にいただけで子守をしているような忙しさだった。恋人からはほど遠く、これじゃ契約違反だろうと言いたくなることも多かった。
それでも、レイヴンと一緒にいて「楽しい」という気持ちを思いだした気がしたのだ。感情を揺さぶられて、振り回されて、ひどく疲れたとしても。
それは、別れた元恋人やブラック企業にいたときとは正反対の気持ちだった。
「レイヴンは今日、楽しかった?」
佐丸の手をじっと見つめるレイヴンに、問いかけてみる。それが同調の合図だと気付いたのか、レイヴンは佐丸の手を握り「ああ、楽しかった」と素直に頷いた。佐丸はレイヴンの手を強く握り締めた。レイヴンも同じように、佐丸の手を握り返してくれる。
二人は見つめ合いながら、お互いの感情を確かめようとする。その真剣な眼差しに、佐丸は口元を緩めた。豚まんを食べるためだけにこんなに真剣になっていることが馬鹿らしくて、くだらない。
なんだかすごく、楽しい。
繋いだレイヴンの手がじわりと暖かくなっていく。
お互いに「楽しい」という感情が同化されたのか、目の前にいるレイヴンの輪郭が実体を伴った物に変化していく。
レイヴンは「死神は契約者には触れる」と言っていたため、目に見える姿に変化はないと思っていた。だが、なるほど実体化してみれば、確かにレイヴンの姿は死神でいるときよりも実在性が増している。
不思議な気持ちのまま、佐丸はレイヴンの手をそっと離した。手を離しても姿が消えないということは、感情が同化している限りレイヴンは実体化を保つことができるのだろう。
初めて実体化に成功したレイヴンは、存在を確かめるように手を握ったり開いたりしている。その手が不意に、佐丸の頬に触れた。丸みを帯びた頬を、レイヴンの人差し指が突いている。
「……こら。食べさせないぞ」
「はっ、それは困る」
何をしているのか、とひと睨みするとレイヴンは降参するように両手を挙げた。ずいぶんと素直な態度で笑ってしまう。そんなに豚まんを食べたいのか。
佐丸は緩む頬を隠しもせず、レイヴンの口元に豚まんを近付けた。
「……ほら。あ、待った」
何の疑いも無く口を開けたレイヴンが豚まんに齧り付く直前、佐丸は不意にその手を引っ込めた。不満そうなレイヴンの目が佐丸を睨む。
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