29 / 40
5.真実と選択②
しおりを挟む
アンブレラはレイヴンを人間に染めた佐丸を一瞥して、冷ややかに宣告した。
お前はもう死神として失格だと言われたようで、レイヴンは唇を噛み締める。反論しようにも言葉が出てこなかった。
当たり前だ。
これは卒業試験で、自分は死神候補生として人間の魂を回収する義務がある。それなのに、初めて触れた人間の世界に興味を持って人間の食べ物まで口にしてしまった。
佐丸と一緒に過ごしたあの煌めくような時間は、自分が死神であることを忘れて人間としての生を楽しんでいた。
「死神の大原則、言うてみい」
試験官として、先輩として、後輩の愚行を咎めるようにアンブレラはレイヴンを見下ろす。じりじりと焼き付くような視線を感じながら、レイヴンは死神の大原則を口にする。
一つ、回収前の魂に接触してはならない。
一つ、魂に接触した場合は必ず回収しなければならない。
一つ、人間に恋をしてはならない。
「ちゃんとわかっとるようやな」
身に染みついた掟は、レイヴンの口から淀みなく流れる。養成学校では授業の前に必ずこの大原則を復唱させられたのだ。
死神の責務や存在意義、それを決して忘れるなと常に意識させられてきた。人と同じ姿形をしていようとも、お前たちは人間ではなく死神だ、そのことを自覚しろ。その意識を魂に刻むために何度も復唱させられてきた。
自分の声で死神の大原則を口にして、レイヴンは自身が死神であることを強く意識させられる。人間と恋人ごっこをしていようとも、お前はその相手の魂を回収する死神なんだ。
その現実を突きつけられて、レイヴンはアンブレラの顔を見ることができない。
「ま、不幸中の幸いといったとこやけど」
だが、空気を変えるようにアンブレラが突然両手を叩いて立ち上がった。アンブレラの拘束から解放され、レイヴンは身体を起こす。顔を上げると不自然な笑みを浮かべるアンブレラがレイヴンを見下ろしていた。
「まだ間に合う」
何が、と問う暇もなくアンブレラの傘がレイヴンの契約印を貫いた。
予測していなかった言葉に虚を突かれた形だ。金属の冷たさがレイヴンの皮膚に触れたと思った次の瞬間には、熱した鉄を押し付けられたような熱さが胸に広がった。
「う、あ……ッ!?」
強い衝撃がレイヴンの身体に走り、直後に耳の奥で何かが砕ける音がした。同時に、ベッドで眠っていた佐丸の身体が大きく跳ねた。苦しげに息を吐きながら、胸を掻き毟るように身悶えている。
「佐丸……っ!」
何が起こったのかわからなかった。けれど佐丸が苦しんでいることだけはわかる。レイヴンは自身の胸の痛みも忘れて立ち上がろうとする。
「レイヴン」
だがそれはアンブレラが許さなかった。感情のない声で名前を呼ばれ、レイヴンはその場から動けなくなる。拘束魔法をかけられたのだと気付き、レイヴンは苦々しくアンブレラを睨む。
「佐丸に、何をしたんだ……」
レイヴンの視線を受け止めて、アンブレラは呆れたように溜め息を吐いた。
「何もしとらんて。お前とそこの人間の、契約を解除しただけや」
「……は?」
「一つ、回収前の魂に接触してはならない」
唐突に、アンブレラが死神の大原則を口にする。
「なぜなら、人間と死神の間に契約が結ばれてしまうから。……ま、よくある事故やな。死神の大原則っちゅーんは、これまでの結果の積み重ねで作られたモンなんや。因果関係が逆やねん」
笑いながら、アンブレラはベッドに腰を下ろした。レイヴンは思わず身を乗り出そうとする。しかし身体は動かない。アンブレラが手を伸ばせば届く距離に、佐丸がいる。
「死神の長いながーい歴史の中でな、どうしても人間に接触してしまう死神はいるんや。どれだけ気を付けても後を絶たない。さてどうしたもんかとお偉いさん方は考えたんやろね」
佐丸は少し落ち着いたのか、額に汗を滲ませて荒い呼吸を繰り返している。アンブレラの手がブランケットを剥ぎ取り、乱れた佐丸のシャツを捲り上げた。
「傷だらけやねぇ、可哀想に」
薄っぺらい佐丸の身体には、無数の痣や傷が残っている。全て、鹿瀬に付けられたものだろう。こんな風に暴かれたくなかったはずだ。
「やめろ、アンブレラ……」
「だから死神の大原則なんちゅーもんを作って俺らを掟で縛った」
お前はもう死神として失格だと言われたようで、レイヴンは唇を噛み締める。反論しようにも言葉が出てこなかった。
当たり前だ。
これは卒業試験で、自分は死神候補生として人間の魂を回収する義務がある。それなのに、初めて触れた人間の世界に興味を持って人間の食べ物まで口にしてしまった。
佐丸と一緒に過ごしたあの煌めくような時間は、自分が死神であることを忘れて人間としての生を楽しんでいた。
「死神の大原則、言うてみい」
試験官として、先輩として、後輩の愚行を咎めるようにアンブレラはレイヴンを見下ろす。じりじりと焼き付くような視線を感じながら、レイヴンは死神の大原則を口にする。
一つ、回収前の魂に接触してはならない。
一つ、魂に接触した場合は必ず回収しなければならない。
一つ、人間に恋をしてはならない。
「ちゃんとわかっとるようやな」
身に染みついた掟は、レイヴンの口から淀みなく流れる。養成学校では授業の前に必ずこの大原則を復唱させられたのだ。
死神の責務や存在意義、それを決して忘れるなと常に意識させられてきた。人と同じ姿形をしていようとも、お前たちは人間ではなく死神だ、そのことを自覚しろ。その意識を魂に刻むために何度も復唱させられてきた。
自分の声で死神の大原則を口にして、レイヴンは自身が死神であることを強く意識させられる。人間と恋人ごっこをしていようとも、お前はその相手の魂を回収する死神なんだ。
その現実を突きつけられて、レイヴンはアンブレラの顔を見ることができない。
「ま、不幸中の幸いといったとこやけど」
だが、空気を変えるようにアンブレラが突然両手を叩いて立ち上がった。アンブレラの拘束から解放され、レイヴンは身体を起こす。顔を上げると不自然な笑みを浮かべるアンブレラがレイヴンを見下ろしていた。
「まだ間に合う」
何が、と問う暇もなくアンブレラの傘がレイヴンの契約印を貫いた。
予測していなかった言葉に虚を突かれた形だ。金属の冷たさがレイヴンの皮膚に触れたと思った次の瞬間には、熱した鉄を押し付けられたような熱さが胸に広がった。
「う、あ……ッ!?」
強い衝撃がレイヴンの身体に走り、直後に耳の奥で何かが砕ける音がした。同時に、ベッドで眠っていた佐丸の身体が大きく跳ねた。苦しげに息を吐きながら、胸を掻き毟るように身悶えている。
「佐丸……っ!」
何が起こったのかわからなかった。けれど佐丸が苦しんでいることだけはわかる。レイヴンは自身の胸の痛みも忘れて立ち上がろうとする。
「レイヴン」
だがそれはアンブレラが許さなかった。感情のない声で名前を呼ばれ、レイヴンはその場から動けなくなる。拘束魔法をかけられたのだと気付き、レイヴンは苦々しくアンブレラを睨む。
「佐丸に、何をしたんだ……」
レイヴンの視線を受け止めて、アンブレラは呆れたように溜め息を吐いた。
「何もしとらんて。お前とそこの人間の、契約を解除しただけや」
「……は?」
「一つ、回収前の魂に接触してはならない」
唐突に、アンブレラが死神の大原則を口にする。
「なぜなら、人間と死神の間に契約が結ばれてしまうから。……ま、よくある事故やな。死神の大原則っちゅーんは、これまでの結果の積み重ねで作られたモンなんや。因果関係が逆やねん」
笑いながら、アンブレラはベッドに腰を下ろした。レイヴンは思わず身を乗り出そうとする。しかし身体は動かない。アンブレラが手を伸ばせば届く距離に、佐丸がいる。
「死神の長いながーい歴史の中でな、どうしても人間に接触してしまう死神はいるんや。どれだけ気を付けても後を絶たない。さてどうしたもんかとお偉いさん方は考えたんやろね」
佐丸は少し落ち着いたのか、額に汗を滲ませて荒い呼吸を繰り返している。アンブレラの手がブランケットを剥ぎ取り、乱れた佐丸のシャツを捲り上げた。
「傷だらけやねぇ、可哀想に」
薄っぺらい佐丸の身体には、無数の痣や傷が残っている。全て、鹿瀬に付けられたものだろう。こんな風に暴かれたくなかったはずだ。
「やめろ、アンブレラ……」
「だから死神の大原則なんちゅーもんを作って俺らを掟で縛った」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる