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プロスペロ王国編(ミカエル視点)
初恋を実らせるには
しおりを挟む遠くから私をさがす声を聞いて、時間切れを残念に思いつつ、シャランに話しかけた。
「残念。もう少し話していたかったけど、もう戻らないと。」
シャランも探している声を聞き、慌てて謝罪してくる。
「あ、お引き留めして申し訳ありません、ミカエル様。」
「私がシャランと話したかったんだよ。明日を楽しみに、もうひと頑張りするよ。」
「僕も楽しみにしています。朝食の後、お迎えに向かってよろしいでしょうか?」
お伺いを立てるように、こちらを見上げるシャランへ、私は心からの笑顔で頷いた。
「勿論。待っているよ。それでは、おやすみ。シャラン……良い夢を。」
「おやすみなさい、ミカエル様。良い夢を。」
月明かりの下、淡く発光して見える微笑みに見送られ、名残惜しく思いながら、うんざりする場へと戻ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
───翌朝
私は昨夜のシャランとのやり取りを反芻していた。
朝食を摂り終えた私は、のんびりと紅茶を飲みながら、ふと思い付いた事を側にいる乳兄弟に尋ねた。
「エイデン、お前はどうやって婚約者の心を手に入れたんだ?」
他人に興味の無かった私は、エイデンの婚約者の事を、名前ぐらいで詳しくは知らない。
挨拶は何度かしたことがあるが、さほど接点はなかった。
唐突な質問に、一瞬動きが止まったエイデンだが、昨夜の私とシャランのやり取りから感じ取ったのだろう。
コホン、と小さく咳をしてから話してくれた。
「私の場合は幼なじみなので、ミカエル様とシャラン殿下とは異なるかもしれませんが……。」
「構わない。参考に出来るところもあるだろう。」
「ご存知の通り婚約者は五歳年下で、最初は妹の様に思っておりました。お互いの家を行き来していたので、信頼関係が既に出来ていましたね。」
「ところで何でその言葉遣いなんだ?」
思わず首をかしげた私に、エイデンは照れ隠しの癖で頭をガシガシ掻きながら言い放った。
「恥ずかしくて、まともに話せるか! そうだな。手紙のやり取りもマメにしたし、贈り物も自分で考えて選んだな。」
「手紙と贈り物か。」
確かに、親しい者にはその様な事をしている。
シャランに自分で考えた物を贈る……良いな。
「何より話し合うことです。──特に学園に通っていると、お互いに不安があるんだ。」
「ふむ?」
「徐々に女らしくなっていくミラに、気が気じゃなくて、学園では弟に頼んで目を光らせておいた。でも、弟はミラの2つ上だからな。丁度、弟の婚約者とミラが同じ年で良かったよ。
一匹害虫がうろついた時、塵も残さず燃やし尽くそうと思ったがな……。」
「そう言えばお前、学園の卒業パーティーでひと暴れしてたな。私が祝辞を終えて帰った後に。」
以前、エイデンが物凄い形相で、何かを企んでいたのを思い出した。婚約者絡みだったのか。
「怪我の功名というか、お陰でミラの不安が払拭できた。羽虫共がミラに事実無根の事を吹き込んでいたみたいで、随分泣かれましたよ。」
「外部からの干渉も注意が必要か。」
これは、しっかりと対策しておいた方が良さそうだな。シャランを他の者に奪われるなど、私こそ雷撃で相手を屠るかもしれん。
「まずは誠実に言葉と態度で信頼して貰う事ですね。」
「エイデンも大変だったんだな。」
「これからのミカエル様程ではないですよ。」
「全力を尽くす。」
エイデンの話で、まずは羽虫の排除を早急に考えることにした。昨晩のシャランの話を聞いて、ある考えが浮かんだのだ。
今後、シャランにも話して一緒に進めたい。
「───人間嫌いと言われたミカエル様の初恋が実るのを祈りますよ。」
エイデンが乳兄弟の顔から側近へと意識を切り替えた時、コンコン、とノックがされた。
「第三王子シャラン殿下がお出でになりました。」
「通せ。」
シャランの名を聞くだけで胸が高鳴る。
入り口から銀髪が目に入ると、私は自然と笑みを浮かべた。可愛いらしい大きめの猫目を緩めて、私に微笑みかける。
「ミカエル様、おはようございます。昨夜はゆっくり眠れましたか?」
「おはよう、シャラン。もちろん、良い夢をみたよ。」
「ふふっ、良かったです。」
私が、昨夜のやり取りを思い出させ、軽くウインクしてみせると、楽しげに笑ってくれた。
可愛い。
ハーフアップにされている髪から覗く耳を愛らしく飾っているピアスが見える。
「そのピアス、とても似合っているよ。……うん、やはり制御用のピアスだね。シャラン、今後は身に付けていると良い。
出来れば、私の前では外していて欲しいのだけど、無理強いはしないよ。」
「そうなんですね!……でも、可愛らし過ぎて恥ずかしいです。
ん? ミカエル様の前で、ですか? 」
小首を傾げるシャランも可愛い。耳に可憐な夏椿のピアスが光る。やはり、制御用の装飾品だった。
確かに男性が身に着けるには、華奢だが、シャランの容姿には、よく似合っていた。
あの愛らしい笑顔を、シャランを大切に思っているもの達にはともかく、あの貴族どもに見せてやる必要はない。
しかし、私には、あのキラキラと輝く笑顔をずっと見せて欲しい。苦しんでいたシャランに対して我が儘なのは理解しているが、私の恋心はあの笑顔を求めている。
「今日は庭園をご案内します。特にこれが見たいとか、ありますか?」
「任せるよ。いや、強いて言えば、シャランのお気に入りの場所が良いな。」
するとシャランは、少しはにかんで応えた。
「実は、そちらにお茶の準備をさせています。では、参りましょうか。」
休日には一般開放もされる庭園とは反対側、貴族階級の者でなければ入れないエリアは、華やかで珍しい品種が多く見られる。
王妃主催のお茶会等もここで行われるらしい。
あまりにも詳しいので、花が好きなのか聞いてみたところ、おばあ様の影響とのことだった。
「おばあ様の母国、ヤマティ皇国は自然を愛する国だと聞きました。幼い頃は散策をしながら、植物の名前と花言葉を教えて貰ったので、その影響です。」
「本当に仲が良かったのだな。今回の外遊でもヤマティ皇国を訪問したんだ。良かったらお茶を飲みながら、その時の事を話そう。」
「良いのですか? 是非お聞きしたいです。」
制御用のピアスを着けていた為、魔力の煌めきは無かった筈なのに、私にはシャランの笑顔が眩しくて仕方がなかった。
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