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1章 憧れのゲームの世界へ

26話

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「あの、もうあなたたちも自由にしていいんだと思います。自由って難しいですけど、俺たちもこれからどうやって生きていこうって考えてるところですから、一緒に見つけていきませんか」
「は、はい」

 焔はつい熱く語り、詩乃ママの手を両手で握る。
 突然だったためか、その顔が少し赤くなっていた。

「わ、私、その、男の人に手を握られるの初めてで……、照れてしまいますね」
「え、詩乃ちゃんというお子さんがいらっしゃるのでは?」

「そうなんですけど、設定上なので、私の人格としては男性とそういうことは経験がなくてですね……」
「何ですって……、では今まで一度も男性とお付き合いをしたことがないと?」

「……はい」

 ここに恋人いない歴イコール年齢のママさんという神秘が誕生していた。

「あの詩乃も懐いているようですし、焔さんさえよければあの子のパパになっていただけませんか?」
「うえええええ!?」

 焔は驚きのあまりとんでもない声を出してしまっていた。
 他のみんなもぽかんとしたり、固まったりしていた。

「ダメだよお母さん、お兄ちゃんは私が大きくなったら結婚してもらうんだから! ねっ、お兄ちゃん」
「いつそんな話になったんだ……? いや、それはうれしい話なんだが」

 どこからか湧いてきた結婚話に焔はついていけず、置いてけぼりをくらう。
 焔は詩乃のことをかわいいと思ってはいるが、それと恋愛や結婚とはまた別の話だ。

「ふふふ、詩乃、この焔さんがそんなに長い間フリーでいるはずないでしょう? 本当に欲しいなら今すぐその小さな体で焔さんの愛を受け入れないと」
「ちょっと! 娘さんに何まずいこと吹き込んでるんですか!」

「それもそうか、そういえばお兄ちゃんはロリコンさんだって聞いたかも。ってことは今の状態が一番勝てるかもしれないってことだ!」

 詩乃はすかさず焔の左腕に抱きついてすり寄ってくる。

「残念ね、焔さんはデータによるとロリコンというよりは守備範囲がかなり低めに広いだけ。別に年上がダメなわけじゃないのよ」

 そして詩乃の母はどこがソースなのかわからない謎の情報を公開しながら、こちらは焔の右腕に抱きついて大きく柔らかいものを押しつける。
 舞依や汐音以外の女性との身体接触に耐性のない焔は、ついその谷間に目を奪われ、その感触に戸惑って固まってしまう。

「お母さん、なにしてるの! がおおおおお!」

 焔の表情から自分との反応の違いを感じ取ったのか、詩乃は母の胸を鷲掴みしながら引き離していく。

「ふたりとも、俺のために母娘で争わないで!」

 今までの人生で一度も彼女のいたことのない焔には、突然起きた自分の取り合いを前にして何もできなかった。
 そんな焔の代わりに、ここまで見守っていた他の者たちが次々と詩乃たちの目を覚まさせようとする。

「お兄ちゃんは私にとってはかっこいいお兄ちゃんだけど、世間一般的にはイケメンじゃないと思うよ」
「私も焔の顔は結構好みだけど、イケメンとは違うと思う」

 舞依や千歳は褒めながらけなすという謎の言葉を放つ。

「あわわ……」

 夏海は何もできずにおろおろとしている。

「あなたきっとシステムエラーが起きているんだわ、だってこれよ」
「これとはなんだ、別に俺がかっこいいとは思わんが失礼だぞ」

 そして明日香はまったく曇りのない悪口を言った。
 さすがの焔も少し反論してしまう。

「おかわいそうに、あなたの目はバグっているのね」
「なっ」

 それに対して少し怒りを押し殺したような声色で詩乃の母が明日香を攻撃する。
 目がバグっているとは、なかなか聞かない言葉だった。
 これがデジタル世界の悪口というものなのだろうか。

「それじゃあママさんの目にはこの男がイケメンに映っていると?」
「はい、とても素敵だと思います。かっこいいというよりはかわいいのかもしれませんが、今までの人生で一番です」

「へ、へえ……、そもそもこの世界にいながらどれくらいの男と出会ったっていうんですかね」
「焔さんが初めてです」

「比較対象なし!? それじゃあ焔さんが一番なのは当たり前じゃないですか」
「でも私には大量のデータがありますので、それと見比べても焔さんが一番素敵ですね」

「そのデータ大丈夫ですか? それともあなたの目がバグってるんじゃないですか?」
「うふふ、それならバグったままで結構ですわね」

「おおう……」

 明日香はもはやここまでといった感じでガクッとうなだれた。
 隣で聞かされていただけの焔も、かなりの精神ダメージで相当に消耗してしまっていた。

「まあまあ俺のことはどうでもいいので、部屋に案内とかしてもらえると嬉しいんですが」
「ああ、私としたことが申し訳ございません」

「いえ、ママさんの気持ちはすごく嬉しかったですし……」
「沙織です」

「へ?」
「私のことは沙織とお呼びください」

「沙織さんですか、わかりました」
「ではこちらへ、お部屋は階段の上ですので」

 沙織は先頭を歩いて焔たちを案内する。
 二階に上がるといくつかの部屋があり、それぞれに名前が表示されていた。

「みなさんのIDごとにお部屋を割り当てさせていただいております。初期設定ですので後から交換していただいても結構ですよ」
「一人ずつ部屋があるんですか? なんかすいません」

「いえいえ、長く暮らしていくのならプライベートな空間は必要でしょう。どうぞ自分の家だと思ってお使いください」
「ありがとうございます」

 まさかの全員に個人部屋という好待遇に焔たちは少し驚いていた。

「えっと明日香さんでしたね、明日香さんはこちらのお部屋をお使いください」
「え、そんな私にまで……、ありがとうございま……って物置かい!」

 NPCである明日香にはここに部屋が割り当てられてない。
 そんな明日香にも部屋を用意してくれたのだが、開けてびっくり、ただの物置だった。

「あ、ごめんなさい、間違えました。こっちでしたわ」
「今のわざとですよね……」

 沙織はその物置の隣の部屋へ行き、ドアを開いた。

「この部屋でよろしいでしょうか」
「え、普通にいい部屋……。いいんですか?」

「はい、どうせ空いてますし、ご自由にお使いください」
「ありがとうございます」

 さっきまでけんかしてたふたりとは思えないやわらかな空気だった。
 沙織は部屋のドアについているパネルに手をかざすと、そこに明日香の名前が表示された。
 こうやって部屋に住人を登録しているようだ。

 しかしこれで七部屋あるうちの五つがうまってしまうことになる。
 こんなことで大丈夫なのだろうか。
 そこはやはり元々がゲームということなのか。

「ちなみに私の部屋はここです。鍵は開けておきますので夜でもいつでもいらしてくださいね」
「いやいやそんなことはとても……」

「あ、でも詩乃ちゃんには手を出しちゃダメですよ? 保安システムにデリートされるかもしれませんから」
「ひぃ、そんなのあるんですか?」

「ふふふ、さあどうでしょう? 試してみては?」
「いえ、遠慮しておきます……」

 そういえばこの世界で死んだらどうなるんだろうと焔は思った。
 頭のどこかで、この世界には死なんてものは存在しないのだと勝手に思っていた。
 ゲームの世界なのだから、死んでも生き返ったりするのだと。

 ただ今は状況が変わってしまっているから、あまり軽く考えない方がいいのかもしれないと焔は思った。
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