ゲームの世界で始める憧れのファンタジー生活

朝乃 永遠

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3章 青の精霊と精霊教会

79話

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「やっと青の精霊を開放することができましたね」
「く、呉羽ちゃん?」

「大丈夫ですよ焔さん、舞依さんたちなら無事ですから」
「へ?」

 その言葉に焔が振り返ると、舞依たちを捕えていたはずのローブの女性たちは、他のローブの者たちによって拘束されていた。

「これは……?」
「私の配下の者たちを紛れ込ませていたんです。信者たちを仲間にしていた教会ですから潜入するのは簡単でしたよ」
「呉羽ちゃん、君はいったい……」

 そこに呉羽の配下の者が近づいてくる。

「呉羽様、教会の者たちは全員拘束しました」
「ありがとう」
「いえ、我らが呉羽様のためですから」

 その人物の表情を見ると、それはまるで焔が詩乃を見ているときの表情と同じようなものだった。
 それはつまり、この者たちはそういう理由で呉羽の配下に入っているのかもしれない。

 そう思うと焔の緊張は解け、急いで床に転がっている優花の元へむかう。

「優花ちゃんっ! 大丈夫か!」
「う、うう……」

「俺がわかるか?」
「ほ、焔さん……」

 優花は気を失う前の出来事を思い出したのか、焔の胸元に抱きついて震えている。
 その後ろでは呉羽が青の精霊の石を前に何かを始めようとしていた。
 舞依たちも焔の元に駆け付け、その様子を見守っている。

「さあ、青の精霊、今度は私と契約して、私の中に眠りなさい」

 そう言って呉羽はその精霊の石に触れる。
 すると石と呉羽の体が青い光に包まれていく。
 やがて石は完全に光となり、そして呉羽の胸元に吸い込まれていった。

 どうやら呉羽と青の精霊の契約が完了したらしい。
 フローラ牧場で緑の精霊の力を見ている焔は、この状況があまりよくないものだということは理解できた。

 魔族が狙うあの強力な力が特定の人物と契約されてしまうことの恐ろしさ。
 ただでさえ焔よりもステータスが高い呉羽が、精霊の力まで使い始めたらどうなるのか。

 焔がステータスを覗き見ると、レベルは上限突破のギフトのおかげで120まで上昇している。
 ステータスもさらに上昇し、もはや汐音の力を使わないと太刀打ちできるような数値ではなかった。

 その様子を見ていた呉羽の配下の者たちから大歓声があがる。

「呉羽様バンザ~イ!」
「さすが我らのロリ魔王様!」
「バンザ~イ、バンザ~イ!」

 呉羽をたたえる配下の者たち。
 その中に気になる言葉が混ざっているのを焔は聞き逃さなかった。

「ロリ……魔王?」

 焔はそう口にしながら、呉羽のことを見た。

「そう、私は魔王、ここには精霊の力を得るために来ていた」
「そんな、じゃあ俺たちの仲は嘘だったっていうのか?」
「そういうわけじゃありませんよ、私は焔さんのこと結構気に入っていますから」

 呉羽の言葉は焔には意外なものだった。
 本当のところでは、嫌われてはいないにしても好かれてもいないだろうと焔は思っていた。

「それはうれしいことだけど、こんなことをした目的はなんなんだ?」
「精霊教会は危険だから、そして精霊の力も危険」

「俺たちは仲間でいられるのか?」
「それはわかりません。だって私は魔王だから、勇者や冒険者とは戦わないといけない使命があるので」

 その言葉を聞いて、優希が言っていた魔王のことを思い出す。
 この地域を狙っているという真面目な魔王の話。

 もしそれが呉羽のことなのだとしたら、やりたくてこんなことをしているわけではないのだろう。
 それでも役目を果たそうとする以上はここを支配下に置こうとするのは避けられない。

 その内容によっては、焔は呉羽と戦わざるを得なくなる。
 今ならまだギリギリ汐音の力で倒すことができるだろう。
 ただ焔は呉羽と戦うという事態を考えたくもなかった。

「呉羽ちゃん、使命だとかそんなのいいじゃないか。俺の知り合いにも魔王やってるやつがいるけど自由に生きてるぞ」
「私にはそんなことできません。存在する理由がわからなくなります」

「存在するのに理由なんているのか、自分の好きなようにやりたいことをして、やりたくないことはしなくていいんだよ」
「好きなこととか、やりたいこととか、私にはわかりません」

 そこで呉羽は空を見上げた。

「この世界がゲームの世界ではなくなったのだと、なぜか私にはわかりました。きっと魔王という役割を演じなくても、この世界は回り続けるのだと」

 どういう理由で呉羽がそれを知ったのか焔にはわからなかったが、呉羽は沙織たちと同じくゲーム内の存在でありながら、リアルとゲームのふたつの世界の存在を認識している。

 それも沙織たちと違うのは、最初からそういう立場にいたわけではないのに途中で気付いているというところだ。

 自分の住んでいる世界が実はゲームの世界なのだと、いきなり認識する人間など現実にいるだろうか。
 呉羽はそれを認識できたらしかった。

「自由になったとしても何もできなかった。私が魔王であることに変わりはないし、人と一緒に生きていくことなんてできない。私には今まで通り魔王という役割をこなすことしか思いつかなかった」
「呉羽ちゃん……」

 本人の意思とは関係なく、突然ゲームの世界を認識して自由に放り出されてしまうこと。
 自由というのは人間が求めるもののひとつではあっても、自由というものが苦痛になるものもいる。

 何かに従うことでしか生きたことのない者がいきなり望まずに自由を手に入れても、それは迷路の中にいきなり置いていかれるようなものかもしれない。
 自由を喜べないこと、それ自体が焔には理解できるようで理解できないものだ。

 自由が保障された世界で生きているものが、奪われた自由を取り戻すのとは違う。
 これは当事者にしか本当の意味では理解できない気持ちなのだろう。
 焔はなんとか呉羽を開放できるような言葉を探すが、いくら考えても見つけられなかった。

「ぐあっ」
「え?」

 そんな時、焔の背後から苦しむような声が聞こえる。
 焔が振りむくと、呉羽の配下の者が教会のローブの女性に切りつけられていた。
 その女性は呉羽に突き飛ばされた代表格のような変態の女性だった。

「ふふふ……」
「あんた自分の状況がわかってるのか? この戦力差であがいたって無駄死にするだけだぞ。それとも俺たちならそこまでしないと思ってるのか?」

「ふふふ、状況がわかっていないのはあなたたちでしょう? 私たちは精霊教会、精霊の力の研究はどこよりも進んでいるんですよ」

 そう言って女性は胸元から宝石の付いたペンダントを取り出す。
 ペンダントを空にむかって掲げると、その宝石は青白く怪しい光を放ち始める。
 焔が見たその女性の目は今も光を失っており、表情はとても人間のものとは思えないほど歪んでいた。

「やっぱり操られているんだよな? いったいいつからだ……」

 せめて優花と一緒に楽しそうに話をしていたあの時は正常だったと焔は信じたかった。

「キャッ」

 しかしそんなことを考えている間もなく、今度は呉羽が苦しみ始める。

「呉羽ちゃん!?」
「うう……」

 胸をおさえてその場に崩れる呉羽を焔が支える。
 呉羽の体からも青白い光が放たれていた。
 取り込んだ精霊の力がペンダントの宝石に反応して暴走をしているのだ。

 その影響はすぐに他のところにも表れていく。
 空は暗くなり、雨が降り始め、すぐに豪雨へと変わっていった。
 海も荒れ始め、風も強くなっていく。

 もはや立っているのもやっとなくらいの大嵐状態になっていた。
 ペンダントの光は消え、持っていた女性はすでに気を失って倒れている。
 呉羽の配下の者たちは捕えた教会の者を連れて撤退を始める。

 焔はいったん舞依たちにも教会へ戻るよう指示をしようとした。
 だがその時、とんでもないものが焔の目に飛び込んでくる。

 それはまるで映画で見るような大きな大きな津波だった。
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