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1.遺物と異物
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〈勇者〉を知っているだろうか。
千年以上前、突如として地上に現れた。
出自不明。誰も彼の幼少期を見たことが無い。
莫大な魔力によって、一人で千の軍を薙ぎ倒した。
心臓を射抜かれても、数日で蘇った。
その眼は、全てを見透かす。
豊富な知識を有し、社会の発展を数百年進めた。
ドラゴンと天使を地上から排斥した。
こうした伝説が今でもエリクシア国内では語り継がれている。
〈勇者〉の遺体は当初、歴史的・学術的価値から保存されたとされている。しかし、研究に、崇拝にと、一部また一部と切り離された。
多くの研究は頓挫し、その存在は伝説の中の物となった。
そして今では、多くの肉片が所在不明となり世界中に散っている。
しかし科学技術の発展により、俄に〈勇者〉の研究に進展の兆しが見えた。
◆
男は路地裏に逃げ込んだ。
夜も深く、街灯の無い所であれば撒ける可能性が高いと考えたからだ。
二つ三つ角を曲がり、街灯も付けられていないような細い道へ出た。視覚支援のコンタクトは魔力が漏れるので使えない。月明かりだけが頼りであった。
壁際に立ち止まり、周囲を見渡す。人がいないことを確認して、手に持っている鞄を見下ろした。
ジュラルミンケースである。結界は二重にかけられており、かなりのセキュリティを誇っていた。
男の使命はこの鞄を国外へ持ち出すことであった。
追手からの銃撃を受け、脚には傷が残る。とりあえずこの辺りで一晩やり過ごそう、と男は考えた。
「あら、まだこんな所に屯っていたのですね」
その声は闇の中から放たれた。
男はジリジリと後退りをする。
月明かりが声の主を照らす。
若い女性だった。
前髪は眼の上、横髪は頬の辺りで切り揃えられている。黒のワンピースに黒の厚底ブーツ。左眼には眼帯がつけられている。
日常であれば目を奪われてしまうようなスタイルであるが、男には、彼女の全てが、さながら死神ように映った。
「その手に持っている鞄を渡してください」
女はよく通る声でそう言った。
逃げるか、倒すか、男は覚悟を決める。
鞄を女に向かって投げつけた。
「うわっと」
女が鞄をキャッチする体勢をとる。隙ができた。男は懐から小刀を取り出し、女の方へ体を低くして走る。
しかし、脚の痛みによってぎこちない動きになってしまう。
女は鞄を避け、男が突き出したナイフを持つ腕を取り、その勢いのまま反対側へ投げる。女の背中を伝うように男が転がる。
男の視界は宙に投げ出されていた。
流れるように背中から地面に叩きつけられる。
「がっ!」
夜空が見える。視覚と身体にかかる衝撃がちぐはぐだった。
しかし、すぐに上下を取り戻し、立ち上がる。その際に腰に付けたホルダーから銃を取り出し、女のいる方へ銃口を向けた。鍛錬を感じさせる、流れるような動きだった。
だが、銃口の先に女はすでにいなかった。
突き出した腕の死角に潜り込み、身体を折り畳んでいる。
「遅い」
女は誰に聞こえるわけでもない呟きを放つ。
男の顎を目がけて、左脚がほぼ垂直に蹴り上げられた。
女のブーツの底に彫られている魔法が、男の護身用結界を粉砕する。そして、その勢いのまま下顎に重い靴底が当たる。
下から突き上げられた男はそのまま後ろへ倒れた。
女は倒れた男の胸をブーツで踏みつける。
「そのナリで動けるのか」
「一応訓練はしています。流石に全快状態の男には敵いませんが」
ここまでか。男はそう思った。
すべき事は一つである。拷問される前に命を絶つだけだ。
魔力を高める。男の身体に這わせた魔法陣が青白く光る。自爆の構えだった。
「ちっくしょう!」
女は怒鳴る。しかし、魔法陣には刻々と魔力が供給されている。
発光が一段と強くなる。
「さらばだ」
「ちっ」
舌打ちを一つして、女は眼帯を外した。
その左眼が、紅く、怪しく光る。
「・・・・・・なるほどね」
女は弾丸を二発、男に撃ち込んだ。肩と太ももに一発ずつ。その弾には魔法が付与されている。
男の身体に刻まれた魔法陣の要に着弾し、陣は機能を停止した。
「えっ・・・・・・」
死を覚悟した男は、命があることへの安堵と、死に損なった余白から空虚な表情になる。そして遅れてやって来た撃ち込まれた痛みに呻く。
「じゃあ、署の方でたっぷり話を聞こうか?」
女は眼帯を付け直してそう言った。
「ノカくん! 一人で突っ走るな! また、無茶をして」
女の上司と思われる男が現れた。数人の男を引き連れている。
男は無理矢理立たされ、近くに停められた車に押し込まれる。そのシルエットは糸が切れた人形のようであった。
「お前が、〈エリクシアの禁忌〉だな? その眼を見てわかったよ」
車に入る間際、男が掠れた声で言った。
「だとしたら?」
「その返事は肯定と受け取っていいな?」
「返事になってないですよ」
車のドアが閉められた。ゆっくりと静かに走り去っていく。
女はそれを右の青い眼で見送った。
千年以上前、突如として地上に現れた。
出自不明。誰も彼の幼少期を見たことが無い。
莫大な魔力によって、一人で千の軍を薙ぎ倒した。
心臓を射抜かれても、数日で蘇った。
その眼は、全てを見透かす。
豊富な知識を有し、社会の発展を数百年進めた。
ドラゴンと天使を地上から排斥した。
こうした伝説が今でもエリクシア国内では語り継がれている。
〈勇者〉の遺体は当初、歴史的・学術的価値から保存されたとされている。しかし、研究に、崇拝にと、一部また一部と切り離された。
多くの研究は頓挫し、その存在は伝説の中の物となった。
そして今では、多くの肉片が所在不明となり世界中に散っている。
しかし科学技術の発展により、俄に〈勇者〉の研究に進展の兆しが見えた。
◆
男は路地裏に逃げ込んだ。
夜も深く、街灯の無い所であれば撒ける可能性が高いと考えたからだ。
二つ三つ角を曲がり、街灯も付けられていないような細い道へ出た。視覚支援のコンタクトは魔力が漏れるので使えない。月明かりだけが頼りであった。
壁際に立ち止まり、周囲を見渡す。人がいないことを確認して、手に持っている鞄を見下ろした。
ジュラルミンケースである。結界は二重にかけられており、かなりのセキュリティを誇っていた。
男の使命はこの鞄を国外へ持ち出すことであった。
追手からの銃撃を受け、脚には傷が残る。とりあえずこの辺りで一晩やり過ごそう、と男は考えた。
「あら、まだこんな所に屯っていたのですね」
その声は闇の中から放たれた。
男はジリジリと後退りをする。
月明かりが声の主を照らす。
若い女性だった。
前髪は眼の上、横髪は頬の辺りで切り揃えられている。黒のワンピースに黒の厚底ブーツ。左眼には眼帯がつけられている。
日常であれば目を奪われてしまうようなスタイルであるが、男には、彼女の全てが、さながら死神ように映った。
「その手に持っている鞄を渡してください」
女はよく通る声でそう言った。
逃げるか、倒すか、男は覚悟を決める。
鞄を女に向かって投げつけた。
「うわっと」
女が鞄をキャッチする体勢をとる。隙ができた。男は懐から小刀を取り出し、女の方へ体を低くして走る。
しかし、脚の痛みによってぎこちない動きになってしまう。
女は鞄を避け、男が突き出したナイフを持つ腕を取り、その勢いのまま反対側へ投げる。女の背中を伝うように男が転がる。
男の視界は宙に投げ出されていた。
流れるように背中から地面に叩きつけられる。
「がっ!」
夜空が見える。視覚と身体にかかる衝撃がちぐはぐだった。
しかし、すぐに上下を取り戻し、立ち上がる。その際に腰に付けたホルダーから銃を取り出し、女のいる方へ銃口を向けた。鍛錬を感じさせる、流れるような動きだった。
だが、銃口の先に女はすでにいなかった。
突き出した腕の死角に潜り込み、身体を折り畳んでいる。
「遅い」
女は誰に聞こえるわけでもない呟きを放つ。
男の顎を目がけて、左脚がほぼ垂直に蹴り上げられた。
女のブーツの底に彫られている魔法が、男の護身用結界を粉砕する。そして、その勢いのまま下顎に重い靴底が当たる。
下から突き上げられた男はそのまま後ろへ倒れた。
女は倒れた男の胸をブーツで踏みつける。
「そのナリで動けるのか」
「一応訓練はしています。流石に全快状態の男には敵いませんが」
ここまでか。男はそう思った。
すべき事は一つである。拷問される前に命を絶つだけだ。
魔力を高める。男の身体に這わせた魔法陣が青白く光る。自爆の構えだった。
「ちっくしょう!」
女は怒鳴る。しかし、魔法陣には刻々と魔力が供給されている。
発光が一段と強くなる。
「さらばだ」
「ちっ」
舌打ちを一つして、女は眼帯を外した。
その左眼が、紅く、怪しく光る。
「・・・・・・なるほどね」
女は弾丸を二発、男に撃ち込んだ。肩と太ももに一発ずつ。その弾には魔法が付与されている。
男の身体に刻まれた魔法陣の要に着弾し、陣は機能を停止した。
「えっ・・・・・・」
死を覚悟した男は、命があることへの安堵と、死に損なった余白から空虚な表情になる。そして遅れてやって来た撃ち込まれた痛みに呻く。
「じゃあ、署の方でたっぷり話を聞こうか?」
女は眼帯を付け直してそう言った。
「ノカくん! 一人で突っ走るな! また、無茶をして」
女の上司と思われる男が現れた。数人の男を引き連れている。
男は無理矢理立たされ、近くに停められた車に押し込まれる。そのシルエットは糸が切れた人形のようであった。
「お前が、〈エリクシアの禁忌〉だな? その眼を見てわかったよ」
車に入る間際、男が掠れた声で言った。
「だとしたら?」
「その返事は肯定と受け取っていいな?」
「返事になってないですよ」
車のドアが閉められた。ゆっくりと静かに走り去っていく。
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