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第一章 壊れた日常の始まり
過去の想い出
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またそれから何度目かの呼び出しがあった。俺を抱く男の名は龍と言った。父が「龍、金が足りない」と言ったことで知る由となった。俺と智のことはもうずっと名前で呼んでいないのに、その男のことは名前で呼ぶのか、と思うと悲しくなった。
背中に彫られた龍と同じ名前。一見チャラそうに見えるのに隙を見せないところやするどい目つきに似合う刺青だと思った。
身体を何度重ねたか分からなくなってきた頃のある日、龍は俺を抱こうと服を脱いだちょうどその時、携帯が鳴り、手短に返事をした龍は「行くところがあるから終わりだ」と言った。父は渡されたお金を見ると苛立った口調で龍に詰め寄った。
「金が少ない」
「和之さん、いつもと同じだけ渡してる。上乗せする話はしたけど、今日はセックスさえしてないんだよ?それだけでも十分だと思ってくれないと。また次の時、多めに渡すよ」
そう言うと、龍は脱ぎかけた服を着直すと部屋を出て行った。龍が出て行く際、父さんに何か耳打ちした。
父さんは何も言わず、龍を見ることもなかった。
父さんはこの日、お金を俺には渡さなかった。
龍が俺を抱かずに帰った日から数日が経った肌寒い日の夜、学校帰りに近所のコロッケ屋さんへ寄った。コロッケが安売りの日だ。
お店からちょうどまだ小さい子供とその母親が手を繋いで俺の横を通り過ぎた。
ーーふと過去を思い出す
コロッケの安売りの日、母は俺と智を連れコロッケを家族分よりも1つ多く買ってくれた。冷たい風を浴びながら3人で帰り道を歩いている時、母が1つのコロッケを半分こにすると、俺と智に手渡した。
智も俺も飛び跳ねるように喜んだ。
智も俺も一口食べるよりも先に、母に「半分あげる」とコロッケを差し出した。ほぼ同時に言ったその言葉に俺たちは笑い、母も笑った。
ほんの少し前の話のはずなのに、ずっとずっと遠い昔のようだ。
「何個にする?」
コロッケ屋さんの店員に聞かれ、ハッと我に返る。昔はおじいちゃんの店長が店に立っていたが、身体を壊してバイトを雇うようになった。そのバイトは無愛想でもう一度俺に「何個にする?」と不機嫌そうに聞いた。
智と俺の分で「2つ」と言おうとしたところを言い直して、もう1つ多く買って帰った。
もう母はいない。でも、あの時のことを思い出し、一瞬でも温かい気持ちになった。それを智に分けてあげたくて1つ多く買って帰った。
「智、これ食べな」
「兄ちゃん、半分こしよう」
「智が食べな」
「ダメ、兄ちゃんと半分こする」
1つ多く買ったコロッケを智にあげようとすると、智はそう言って譲らない。智は小さい頃から身体が弱く、病気がちで心配だった。大きくなった今は健康だが、それでも昔の名残で心配してしまうが、智はたまにそれが嫌なのかこちらのことを聞いてくれない。
再度、智に食べるように促すも、智は半分にして俺の口元へとコロッケを運んだ。自然とそうした智のその行動は昔、3人でコロッケ屋さんに行った時のことを再度思い出させた。それは智も同じだったようで目を合わせた後、2人で笑った。
智が目の前にコロッケをずいっと差し出したので、しょうがなしに口に含むとホクホクとじゃがいものとろけるような甘さと温かさがあり、自分の心も暖まった気がした。智は俺が食べたのを確認するとふにゃっと笑った。死んでしまった母に似ていて柔らかい雰囲気で、母のことを恋しく思った。
「……兄ちゃん、最近痩せてるし無理してない?」
智の微笑みは一瞬で消え、また心配そうな表情に戻った。智の指摘通り、龍に初めて抱かれたあの日から食欲は減り、体重はみるみる落ちた。
「……兄ちゃん?」
「無理してないよ。今日、叔母さんに呼ばれてたよな?食べたら行きな」
智がまた心配そうな声で呼んだので、安心させるように微笑んで言った。
「兄ちゃん、僕、もう一回、叔母さんに頼んでみる」
「ありがとう。でも、大丈夫だから。智のこと気にかけて貰えてるだけでもありがたく思わないと」
母が死んでから、ガスや電気が止められたり、しまいには水を止められたことがある我が家。今日は久しぶりにガスが止まっていて、お湯や火が使えない状態だった。叔母さんは、夜家に来なさいと智のことを呼び寄せていた。
「雨が降ってるから気を付けて」
トタン屋根にポツンポツンと落ちる雨音が静かな部屋に響き渡る。智は申し訳なさそうに小さな声で「うん」と返事をした。まだ本降りになっていない雨の中、家を出る智の背中を見送った。雨がひどくなればきっと叔母さんは智を泊めるだろう。
智の背中が見えなくなり、部屋の中へと踵を返す。肌寒い季節になってきてそろそろ冷たい水だけで身体を流すのは厳しくなってきた。もちろん本当はガス代を払う予定だった。自分の稼いだお金で。でも、実際に父がくれるお金は少なく、すぐに生活費で消えてしまった。誰もいない静まり返った寂しい家の廊下を歩く。すぐにたどり着いた突き当りの部屋へ入り、いなくなった母さんの写真をそっと手に取った。
(母さん、どうして父さんは変わってしまったのかな……)
横にあるもう一つの写真ーー家族みんなで笑ってる写真を見る。皆、笑顔で幸せそう……。
(……母さんはどうしていなくなったの?)
考えても分からないし、母さんが見つからない今、理由は永遠に分からない。
背中に彫られた龍と同じ名前。一見チャラそうに見えるのに隙を見せないところやするどい目つきに似合う刺青だと思った。
身体を何度重ねたか分からなくなってきた頃のある日、龍は俺を抱こうと服を脱いだちょうどその時、携帯が鳴り、手短に返事をした龍は「行くところがあるから終わりだ」と言った。父は渡されたお金を見ると苛立った口調で龍に詰め寄った。
「金が少ない」
「和之さん、いつもと同じだけ渡してる。上乗せする話はしたけど、今日はセックスさえしてないんだよ?それだけでも十分だと思ってくれないと。また次の時、多めに渡すよ」
そう言うと、龍は脱ぎかけた服を着直すと部屋を出て行った。龍が出て行く際、父さんに何か耳打ちした。
父さんは何も言わず、龍を見ることもなかった。
父さんはこの日、お金を俺には渡さなかった。
龍が俺を抱かずに帰った日から数日が経った肌寒い日の夜、学校帰りに近所のコロッケ屋さんへ寄った。コロッケが安売りの日だ。
お店からちょうどまだ小さい子供とその母親が手を繋いで俺の横を通り過ぎた。
ーーふと過去を思い出す
コロッケの安売りの日、母は俺と智を連れコロッケを家族分よりも1つ多く買ってくれた。冷たい風を浴びながら3人で帰り道を歩いている時、母が1つのコロッケを半分こにすると、俺と智に手渡した。
智も俺も飛び跳ねるように喜んだ。
智も俺も一口食べるよりも先に、母に「半分あげる」とコロッケを差し出した。ほぼ同時に言ったその言葉に俺たちは笑い、母も笑った。
ほんの少し前の話のはずなのに、ずっとずっと遠い昔のようだ。
「何個にする?」
コロッケ屋さんの店員に聞かれ、ハッと我に返る。昔はおじいちゃんの店長が店に立っていたが、身体を壊してバイトを雇うようになった。そのバイトは無愛想でもう一度俺に「何個にする?」と不機嫌そうに聞いた。
智と俺の分で「2つ」と言おうとしたところを言い直して、もう1つ多く買って帰った。
もう母はいない。でも、あの時のことを思い出し、一瞬でも温かい気持ちになった。それを智に分けてあげたくて1つ多く買って帰った。
「智、これ食べな」
「兄ちゃん、半分こしよう」
「智が食べな」
「ダメ、兄ちゃんと半分こする」
1つ多く買ったコロッケを智にあげようとすると、智はそう言って譲らない。智は小さい頃から身体が弱く、病気がちで心配だった。大きくなった今は健康だが、それでも昔の名残で心配してしまうが、智はたまにそれが嫌なのかこちらのことを聞いてくれない。
再度、智に食べるように促すも、智は半分にして俺の口元へとコロッケを運んだ。自然とそうした智のその行動は昔、3人でコロッケ屋さんに行った時のことを再度思い出させた。それは智も同じだったようで目を合わせた後、2人で笑った。
智が目の前にコロッケをずいっと差し出したので、しょうがなしに口に含むとホクホクとじゃがいものとろけるような甘さと温かさがあり、自分の心も暖まった気がした。智は俺が食べたのを確認するとふにゃっと笑った。死んでしまった母に似ていて柔らかい雰囲気で、母のことを恋しく思った。
「……兄ちゃん、最近痩せてるし無理してない?」
智の微笑みは一瞬で消え、また心配そうな表情に戻った。智の指摘通り、龍に初めて抱かれたあの日から食欲は減り、体重はみるみる落ちた。
「……兄ちゃん?」
「無理してないよ。今日、叔母さんに呼ばれてたよな?食べたら行きな」
智がまた心配そうな声で呼んだので、安心させるように微笑んで言った。
「兄ちゃん、僕、もう一回、叔母さんに頼んでみる」
「ありがとう。でも、大丈夫だから。智のこと気にかけて貰えてるだけでもありがたく思わないと」
母が死んでから、ガスや電気が止められたり、しまいには水を止められたことがある我が家。今日は久しぶりにガスが止まっていて、お湯や火が使えない状態だった。叔母さんは、夜家に来なさいと智のことを呼び寄せていた。
「雨が降ってるから気を付けて」
トタン屋根にポツンポツンと落ちる雨音が静かな部屋に響き渡る。智は申し訳なさそうに小さな声で「うん」と返事をした。まだ本降りになっていない雨の中、家を出る智の背中を見送った。雨がひどくなればきっと叔母さんは智を泊めるだろう。
智の背中が見えなくなり、部屋の中へと踵を返す。肌寒い季節になってきてそろそろ冷たい水だけで身体を流すのは厳しくなってきた。もちろん本当はガス代を払う予定だった。自分の稼いだお金で。でも、実際に父がくれるお金は少なく、すぐに生活費で消えてしまった。誰もいない静まり返った寂しい家の廊下を歩く。すぐにたどり着いた突き当りの部屋へ入り、いなくなった母さんの写真をそっと手に取った。
(母さん、どうして父さんは変わってしまったのかな……)
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