父親に売られた兄は夕闇に翻弄される

miian

文字の大きさ
12 / 43
第一章 壊れた日常の始まり

過去の想い出

しおりを挟む
 またそれから何度目かの呼び出しがあった。俺を抱く男の名は龍と言った。父が「龍、金が足りない」と言ったことで知る由となった。俺と智のことはもうずっと名前で呼んでいないのに、その男のことは名前で呼ぶのか、と思うと悲しくなった。

 背中に彫られた龍と同じ名前。一見チャラそうに見えるのに隙を見せないところやするどい目つきに似合う刺青だと思った。

 身体を何度重ねたか分からなくなってきた頃のある日、龍は俺を抱こうと服を脱いだちょうどその時、携帯が鳴り、手短に返事をした龍は「行くところがあるから終わりだ」と言った。父は渡されたお金を見ると苛立った口調で龍に詰め寄った。

「金が少ない」
「和之さん、いつもと同じだけ渡してる。上乗せする話はしたけど、今日はセックスさえしてないんだよ?それだけでも十分だと思ってくれないと。また次の時、多めに渡すよ」

 そう言うと、龍は脱ぎかけた服を着直すと部屋を出て行った。龍が出て行く際、父さんに何か耳打ちした。

 父さんは何も言わず、龍を見ることもなかった。

 父さんはこの日、お金を俺には渡さなかった。

 龍が俺を抱かずに帰った日から数日が経った肌寒い日の夜、学校帰りに近所のコロッケ屋さんへ寄った。コロッケが安売りの日だ。

 お店からちょうどまだ小さい子供とその母親が手を繋いで俺の横を通り過ぎた。


ーーふと過去を思い出す


 コロッケの安売りの日、母は俺と智を連れコロッケを家族分よりも1つ多く買ってくれた。冷たい風を浴びながら3人で帰り道を歩いている時、母が1つのコロッケを半分こにすると、俺と智に手渡した。

 智も俺も飛び跳ねるように喜んだ。

 智も俺も一口食べるよりも先に、母に「半分あげる」とコロッケを差し出した。ほぼ同時に言ったその言葉に俺たちは笑い、母も笑った。

 ほんの少し前の話のはずなのに、ずっとずっと遠い昔のようだ。



「何個にする?」

 コロッケ屋さんの店員に聞かれ、ハッと我に返る。昔はおじいちゃんの店長が店に立っていたが、身体を壊してバイトを雇うようになった。そのバイトは無愛想でもう一度俺に「何個にする?」と不機嫌そうに聞いた。

 智と俺の分で「2つ」と言おうとしたところを言い直して、もう1つ多く買って帰った。

 もう母はいない。でも、あの時のことを思い出し、一瞬でも温かい気持ちになった。それを智に分けてあげたくて1つ多く買って帰った。


「智、これ食べな」
「兄ちゃん、半分こしよう」
「智が食べな」
「ダメ、兄ちゃんと半分こする」


 1つ多く買ったコロッケを智にあげようとすると、智はそう言って譲らない。智は小さい頃から身体が弱く、病気がちで心配だった。大きくなった今は健康だが、それでも昔の名残で心配してしまうが、智はたまにそれが嫌なのかこちらのことを聞いてくれない。

 再度、智に食べるように促すも、智は半分にして俺の口元へとコロッケを運んだ。自然とそうした智のその行動は昔、3人でコロッケ屋さんに行った時のことを再度思い出させた。それは智も同じだったようで目を合わせた後、2人で笑った。

 智が目の前にコロッケをずいっと差し出したので、しょうがなしに口に含むとホクホクとじゃがいものとろけるような甘さと温かさがあり、自分の心も暖まった気がした。智は俺が食べたのを確認するとふにゃっと笑った。死んでしまった母に似ていて柔らかい雰囲気で、母のことを恋しく思った。

「……兄ちゃん、最近痩せてるし無理してない?」

 智の微笑みは一瞬で消え、また心配そうな表情に戻った。智の指摘通り、龍に初めて抱かれたあの日から食欲は減り、体重はみるみる落ちた。

「……兄ちゃん?」
「無理してないよ。今日、叔母さんに呼ばれてたよな?食べたら行きな」

 智がまた心配そうな声で呼んだので、安心させるように微笑んで言った。

「兄ちゃん、僕、もう一回、叔母さんに頼んでみる」
「ありがとう。でも、大丈夫だから。智のこと気にかけて貰えてるだけでもありがたく思わないと」

 母が死んでから、ガスや電気が止められたり、しまいには水を止められたことがある我が家。今日は久しぶりにガスが止まっていて、お湯や火が使えない状態だった。叔母さんは、夜家に来なさいと智のことを呼び寄せていた。

「雨が降ってるから気を付けて」

 トタン屋根にポツンポツンと落ちる雨音が静かな部屋に響き渡る。智は申し訳なさそうに小さな声で「うん」と返事をした。まだ本降りになっていない雨の中、家を出る智の背中を見送った。雨がひどくなればきっと叔母さんは智を泊めるだろう。

 智の背中が見えなくなり、部屋の中へと踵を返す。肌寒い季節になってきてそろそろ冷たい水だけで身体を流すのは厳しくなってきた。もちろん本当はガス代を払う予定だった。自分の稼いだお金で。でも、実際に父がくれるお金は少なく、すぐに生活費で消えてしまった。誰もいない静まり返った寂しい家の廊下を歩く。すぐにたどり着いた突き当りの部屋へ入り、いなくなった母さんの写真をそっと手に取った。

(母さん、どうして父さんは変わってしまったのかな……)

 横にあるもう一つの写真ーー家族みんなで笑ってる写真を見る。皆、笑顔で幸せそう……。

(……母さんはどうしていなくなったの?)

 考えても分からないし、母さんが見つからない今、理由は永遠に分からない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談?本気?二人の結末は? 美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。 ※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

僕に双子の義兄が出来まして

サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。 そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。 ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。 …仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。 え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...