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第一章 壊れた日常の始まり
呟きと問いかけ
しおりを挟む「ねぇ、教えてよ。どうしてお金が必要なの?」
「うるさいっ!うるさいっ、黙れ!」
俺の問いかけが、父を狂わせた……。
この日もいつものホテルで、父は俺と客のセックスをじっと見ていた。異常な光景なのに、感覚はマヒしていた。
「あー、イクッ」
「んんっ、ああっ」
客が絶頂するとともに俺を抱きしめる。この客とのセックスは何回目かになる。この客はいつも父にバレないようにこっそりとお小遣いをくれた。
俺を金で買う最低な人間に変わりはないのに、優しさを感じた自分を愚かだなと思った。
「じゃぁね、ひろとくん」
男は最後にそう言ってキスをし、父に見えない場所で金を握らせた。男が父に金を払っている間に、父にバレないように枕の下に隠した。
きちんと数えてはいないが、いつもよりくれた金額が多いように感じた。客が父に渡した額に近いのではないだろうか?
父を見る。父は大事そうに金を握りしめている。ふと考えた。もしこの隠したお金を父に渡せば、父は少しでも変わるだろうか?
「父さん、どうしてお金が必要なの?」
「…………」
俺からの質問に父は手を止め、こちらを睨みつけた。その形相は恐ろしく、身震いした。でも、負けじと同じ質問をした。
「ねぇ、教えてよ。どうしてお金が必要なの?」
「うるさいっ!うるさいっ、黙れ!」
ただ父に理由を聞きたかった。父が客から貰う金は少なくない。そこから俺にくれるお金は僅かだ。では、父は何にお金が必要なのだろうか?その理由が聞けたら、このお金を渡してもいいと考えた。お金を渡して、父の狂気が終わるのなら。
「うるさいっ!うるさいっ!余計なことは言うな!」
錯乱したようにも見えるその姿は、こちらを黙らせるには十分だった。父の暴力から逃れるためにも口を閉ざしたが、遅すぎたようだった。ズカズカと父は近づくと俺の頬を叩いた。
「だまれ」
「うぐっ、分かったから、やめて……」
「おまえがっ、おまえがっ……」
「ごめんなさい、父さんの言うことを聞くからやめて……」
拳が再び振り下ろされるよりも先に叫んだ。父はその声を聞いて、少し冷静さを取り戻し、肩で呼吸しながらこちらを睨んだ。その目は血走っていて、恐怖を与えた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……もう殴らないで……」
「…………」
部屋がシーンと静まり返る。頬を叩かれ床に跪いている自分はとても滑稽だった。父はこちらを見下ろしているのに焦点が合わない。
「父さんの言うことを聞くから……許して……」
「…………」
父は何も言わずに部屋を出て行こうとした。
「父さん、待って、もう理由についても聞かないし、父さんの言うことも聞く。だから、前に言った約束だけは守って……」
智には売りをさせない、家には連れてこない、不衛生な人を客として連れてこない約束。父が覚えているかは分からない。でも、それでもこの約束だけは守って欲しくて、もう一度伝えた。
父は何も言わず、部屋を出て行った。
「兄ちゃん、お帰り。……頬、大丈夫?」
「智、帰ってたんだ……」
智は今日も叔母さんの元にいると思っていたので、油断した。
「今、帰って来たところだよ。兄ちゃん、頬が腫れてるから冷やそう」
智は台所に行き、冷凍庫から氷を出して薄いビニール袋に入れた。それを俺の頬にくっつける。もう古い冷蔵庫は、冷凍室の効きも悪く、氷はほどよく溶けていた。
「これはさっきコケて……」
こんな嘘、智はもう見破っているだろう。智は何も言わなかった。
「智、もし叔母さんの家にこれからも行けそうならそっちにいときな。いや、できるだけ行って欲しい」
「…………」
「……智?」
「……分かった、叔母さんの家にいれる時はできるだけいるようにする」
智が何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。
「お金があれば幸せになれるのかな?」
それはボソッと呟いた言葉だった。静かな屋上で横にいる迅が首を傾げた。
(しまった……迅が横にいるんだった……)
お金があれば幸せだなんて、がめつい人間だと思われただろうか?
「……お金があったら何がしたい?」
迅は俺の呟きを聞いて、何かしたいのだと思ったらしい。
「……なんだろう」
何をしたいか分からないから答えられない。
「…………?」
迅が答えない俺を見て不思議そうにしているが、それでも何と答えればよいか分からない。理由は分からないけれど、父はお金を必要とし、俺に身体を売らせている。だから、安直にお金があればすべての悩みを解決できるのかなって思った。父が必要とするお金があれば、以前の父に少しでも戻ってくれるかもしれないと思った。どれくらいの金額なのか、何に使うのか、父は教えてくれなかったけれど。それでもお金があれば父をおかしくさせる何かはなくなり、幸せになれるのかなって。
(何がしたいのかな……?)
迅の純粋な質問に答えようと頭を張り巡らせるが、それでもやはり何がしたいのか思いつかなかった。
「お金があればどこへでも行けるから?」
疑問形で答えた俺に迅はまた不思議そうな顔をしている。父にお金を渡すのではなく、何がしたいかと考えた時、お金があればどこへでも行けるからと考えた。でも、したいことかと言われたらよく分からない。
「今はお金が必要だから……」
何が正解なのか分からない。でも今、自分に必要なのはお金だと思ってポツリと呟いた。
迅は何にお金が必要なのかは聞いてこなかった。
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