41 / 43
第一章 壊れた日常の始まり
包み込む暗闇[第一部完]
しおりを挟む
走る。身体がなまっていて息が苦しい。どうか気のせいであって欲しい。勢いよく家の扉を開けた。
玄関には大人の靴と智の靴がある。奥の部屋へと急いで向かう。床はしなり、ミシミシと響き渡る。奥の部屋の前にたどり着く。中から声が聞こえる。智と男の声。
閉まってる扉を勢いよく開けた。
「智に手を出すなっ」
部屋へと飛び込み、状況を見た。客は、あの智を買いたいと言った男だった。智は上の服を脱がされそうになってはいるものの、まだ何もされていないようだ。そのことに安堵し肩を下ろす。でも、このままじゃ智はヤラレてしまう。咄嗟に叫んでいた。
「智とはまだヤってない。智はまだ誰ともしてない!」
この男は処女は嫌いだと言っていた。だから、智がまだしていないことを言えば智は大丈夫なはず。
「おいっ、どういうことだ?」
「お前、やったと言っただろ」
まずは客が、その後に父が俺に怒鳴った。
「処女はめんどくさいって言っただろっ!金を返せっ!」
「うるせぇ、この豚」
客が金を返せと詰め寄ったが、この客が買わないと分かった父は、苛立ち気味に言葉を吐き捨てた後、客を殴った。殴られた客は悪態をついて家を出て行った。
「お前、ちゃんとやれって言っただろ」
「うるさいっ!約束何一つ守ってくれなかったくせに何をいまさら!」
父のことが許せなくて、両手で父の胸を拳で叩いた。もちろん非力な俺の拳は少しもダメージを与えることはできない。それでも、父を許せなかった。
「どうして智を……」
俺の非力な拳など意味もなく、父は俺を殴りつけた。
ーーバシン
大きな音が部屋にこだまする。父の拳が怖くてぎゅっと目を閉じていたが、大きな音に反して痛みはなかった。ぎゅっと閉じていた目を開けると智が俺を庇っていた。
「智っ!」
俺より小柄な智は、父の拳を受けるといとも簡単に吹っ飛んだ。慌てて智の元へと駆け寄る。床に転がっていた智の元へ行くと、白い肌が腫れている。庇うようにして智を後ろに隠すと2人で父を見上げた。
「邪魔するな!なんだお前たちのその目は!俺は悪くない!悪いのは出て行ったあいつだ!そんな目で俺を見るな!」
錯乱したように叫ぶ父。よく分からないことを叫び続けながら、こちらへと近づいてくる。その視線の先は智を捕らえている。近づく父に俺は「やめて」と言って、制止しようとした。でも、俺は薙ぎ払われ、この部屋の小さなひび割れた窓ガラスにぶつかると、ガラスが割れて散らばった。
父がまた智を殴ろうとする。
「やめてっ」
そう叫び、床に落ちていたガラス片を拾い手に持った。
「なっ、おまえ……」
割れたガラスで父の背中を挿した。その感触はヌルッとしていて、気持ちが悪い。
ガラスを強く握りすぎたせいで、自分の手も切っていた。でも、この手を離してはダメだ。
ーーもっと、もっと深く刺さなきゃ
ぐっ、ぐっ、とそのガラスを奥へと差し込む。父がこちらを振り返ろうとするので、ガラスを一度引き抜いた。
自分のやっている行為が恐ろしくて全身が震える。でも、もう後には戻れない。緊張と冷や汗で浅い呼吸を繰り返す。
恐る恐る見上げると、父は血走った目で俺を睨みつけていた。大きな拳を俺に振り下ろそうとする。怖くて、父を見ないように顔を下ろすと、そのまま父の懐へと入り込み、今度は父のお腹にガラス片を強く刺し込んだ。
「うがぁあっ」
呻き声を上げて父は倒れ込んだ。薄っぺらい布団と畳に血がどんどん滲む。
恐ろしくなってその場所から一歩、二歩と後ろへと下がる。
「にいちゃん……」
智が、震えた声で俺を呼ぶ。
(……父を殺してしまった)
父を刺したことに後悔はない。父を止めなければ智が危なかったのだから。でも、どうしたら……。人を殺してしまった罪はどれくらいなのだろうか?それも実の父を殺してしまった罪は……。俺が人殺しになってしまえば智は1人ぼっちだ。
「……どうしよう」
「兄ちゃん、逃げよう」
「えっ……?」
ぐるぐると色々なことが頭を駆け巡り、混乱している俺に智がそう言った。智の言っている意味が分からない。智に聞き返すよりも先に、智は俺の手を引っ張って部屋を出た。
「とも……?」
「逃げるんだ!兄ちゃん、ぼさっとしてないで早く!持ち出すものは?」
そう聞かれてフルフルと頭を横に振った。特に持ち出すものも持ち出したいものも何もなかった。智も同じだったのか、2人で慌てて家から飛び出した。
でも、智は玄関をでてすぐに立ち止まった。
「兄ちゃん、少し待ってて。すぐに戻る」
そう言うと、また家の中へと入っていった。
どうしたのだろう?智のことが心配だが、またあの場所へ戻る気にはなれず、その場で智が戻ってくるのを待った。
「ともっ……」
智はすぐに戻って来た。手に何か持っている。腕時計だ。父には似合わない高そうな時計。以前、龍が父にあげていた時計だ。
「行こう、にいちゃん」
智のこういうところは抜かりないなと思った。
少し走った後、ふと後ろを振り返る。
父と母、智と俺の4人で楽しく過ごしていたのが遠い昔のようだった。
もうあの頃の家はとっくの前になくなっている。
家が恋しいとは思わなかった。まぁ、帰る家を失くしたのは俺だけど。
この家を、この土地を離れることにも、後悔はない。
ただ、俺の名を呼び、何も言わずに受け入れてくれた金色の輝きーー迅と会えなくなるのが寂しかった。
「にいちゃん?」
智が俺を呼ぶ。止めていた足をまた動かした。
今度は振り返らなかった。
………………
…………
………
ちょうど2人が家を去った後、迅は弘人の家を訪れていた。
弘人には、いつの日かのように「帰れ」と言われるかもしれない。でも、迅にとって弘人と会えないことの方がもっと嫌だった。
弘人の家の前に着く。呼び鈴が鳴らないので玄関をトントンと叩いた。
(……誰もいないのだろうか?)
そこで玄関の扉に鍵がかかっていないことに気付き、迅はそっと扉を開けた。
[第一部完]
玄関には大人の靴と智の靴がある。奥の部屋へと急いで向かう。床はしなり、ミシミシと響き渡る。奥の部屋の前にたどり着く。中から声が聞こえる。智と男の声。
閉まってる扉を勢いよく開けた。
「智に手を出すなっ」
部屋へと飛び込み、状況を見た。客は、あの智を買いたいと言った男だった。智は上の服を脱がされそうになってはいるものの、まだ何もされていないようだ。そのことに安堵し肩を下ろす。でも、このままじゃ智はヤラレてしまう。咄嗟に叫んでいた。
「智とはまだヤってない。智はまだ誰ともしてない!」
この男は処女は嫌いだと言っていた。だから、智がまだしていないことを言えば智は大丈夫なはず。
「おいっ、どういうことだ?」
「お前、やったと言っただろ」
まずは客が、その後に父が俺に怒鳴った。
「処女はめんどくさいって言っただろっ!金を返せっ!」
「うるせぇ、この豚」
客が金を返せと詰め寄ったが、この客が買わないと分かった父は、苛立ち気味に言葉を吐き捨てた後、客を殴った。殴られた客は悪態をついて家を出て行った。
「お前、ちゃんとやれって言っただろ」
「うるさいっ!約束何一つ守ってくれなかったくせに何をいまさら!」
父のことが許せなくて、両手で父の胸を拳で叩いた。もちろん非力な俺の拳は少しもダメージを与えることはできない。それでも、父を許せなかった。
「どうして智を……」
俺の非力な拳など意味もなく、父は俺を殴りつけた。
ーーバシン
大きな音が部屋にこだまする。父の拳が怖くてぎゅっと目を閉じていたが、大きな音に反して痛みはなかった。ぎゅっと閉じていた目を開けると智が俺を庇っていた。
「智っ!」
俺より小柄な智は、父の拳を受けるといとも簡単に吹っ飛んだ。慌てて智の元へと駆け寄る。床に転がっていた智の元へ行くと、白い肌が腫れている。庇うようにして智を後ろに隠すと2人で父を見上げた。
「邪魔するな!なんだお前たちのその目は!俺は悪くない!悪いのは出て行ったあいつだ!そんな目で俺を見るな!」
錯乱したように叫ぶ父。よく分からないことを叫び続けながら、こちらへと近づいてくる。その視線の先は智を捕らえている。近づく父に俺は「やめて」と言って、制止しようとした。でも、俺は薙ぎ払われ、この部屋の小さなひび割れた窓ガラスにぶつかると、ガラスが割れて散らばった。
父がまた智を殴ろうとする。
「やめてっ」
そう叫び、床に落ちていたガラス片を拾い手に持った。
「なっ、おまえ……」
割れたガラスで父の背中を挿した。その感触はヌルッとしていて、気持ちが悪い。
ガラスを強く握りすぎたせいで、自分の手も切っていた。でも、この手を離してはダメだ。
ーーもっと、もっと深く刺さなきゃ
ぐっ、ぐっ、とそのガラスを奥へと差し込む。父がこちらを振り返ろうとするので、ガラスを一度引き抜いた。
自分のやっている行為が恐ろしくて全身が震える。でも、もう後には戻れない。緊張と冷や汗で浅い呼吸を繰り返す。
恐る恐る見上げると、父は血走った目で俺を睨みつけていた。大きな拳を俺に振り下ろそうとする。怖くて、父を見ないように顔を下ろすと、そのまま父の懐へと入り込み、今度は父のお腹にガラス片を強く刺し込んだ。
「うがぁあっ」
呻き声を上げて父は倒れ込んだ。薄っぺらい布団と畳に血がどんどん滲む。
恐ろしくなってその場所から一歩、二歩と後ろへと下がる。
「にいちゃん……」
智が、震えた声で俺を呼ぶ。
(……父を殺してしまった)
父を刺したことに後悔はない。父を止めなければ智が危なかったのだから。でも、どうしたら……。人を殺してしまった罪はどれくらいなのだろうか?それも実の父を殺してしまった罪は……。俺が人殺しになってしまえば智は1人ぼっちだ。
「……どうしよう」
「兄ちゃん、逃げよう」
「えっ……?」
ぐるぐると色々なことが頭を駆け巡り、混乱している俺に智がそう言った。智の言っている意味が分からない。智に聞き返すよりも先に、智は俺の手を引っ張って部屋を出た。
「とも……?」
「逃げるんだ!兄ちゃん、ぼさっとしてないで早く!持ち出すものは?」
そう聞かれてフルフルと頭を横に振った。特に持ち出すものも持ち出したいものも何もなかった。智も同じだったのか、2人で慌てて家から飛び出した。
でも、智は玄関をでてすぐに立ち止まった。
「兄ちゃん、少し待ってて。すぐに戻る」
そう言うと、また家の中へと入っていった。
どうしたのだろう?智のことが心配だが、またあの場所へ戻る気にはなれず、その場で智が戻ってくるのを待った。
「ともっ……」
智はすぐに戻って来た。手に何か持っている。腕時計だ。父には似合わない高そうな時計。以前、龍が父にあげていた時計だ。
「行こう、にいちゃん」
智のこういうところは抜かりないなと思った。
少し走った後、ふと後ろを振り返る。
父と母、智と俺の4人で楽しく過ごしていたのが遠い昔のようだった。
もうあの頃の家はとっくの前になくなっている。
家が恋しいとは思わなかった。まぁ、帰る家を失くしたのは俺だけど。
この家を、この土地を離れることにも、後悔はない。
ただ、俺の名を呼び、何も言わずに受け入れてくれた金色の輝きーー迅と会えなくなるのが寂しかった。
「にいちゃん?」
智が俺を呼ぶ。止めていた足をまた動かした。
今度は振り返らなかった。
………………
…………
………
ちょうど2人が家を去った後、迅は弘人の家を訪れていた。
弘人には、いつの日かのように「帰れ」と言われるかもしれない。でも、迅にとって弘人と会えないことの方がもっと嫌だった。
弘人の家の前に着く。呼び鈴が鳴らないので玄関をトントンと叩いた。
(……誰もいないのだろうか?)
そこで玄関の扉に鍵がかかっていないことに気付き、迅はそっと扉を開けた。
[第一部完]
7
あなたにおすすめの小説
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談?本気?二人の結末は?
美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた
こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
僕に双子の義兄が出来まして
サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。
そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。
ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。
…仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。
え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる