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番外編 小話
神殿にやって来た子供
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「おい、まだ子供には息があるぞ!」
通りすがりの老夫婦が、道端で倒れている女性を見つけた。慌てて近寄ると倒れている女性はここら辺では見かけない金色の綺麗な髪をした美しい女性だった。その女性は呼吸が浅く、額からは冷たい汗が流れている。女性のお腹は大きく、妊娠しているのだと分かった。おばあさんが、女性の股から血が流れていることに気付いた。その血はみるみる広がり、このままでは女性も赤子も死んでしまう。
老夫婦は医者でも何でもない。でも、できる限りのことをした。おばあさんが女性のスカートを覗くと赤子はもう半分以上出てきていた。おじいさんは必死に女性に声をかけ、おばあさんはゆっくりと赤子を取り出した。でも、赤子は息をしていない。おばあさんがトントンと背中を叩くと、赤子は弱々しい声で「ふぎゃぁ」と泣いた。
おじいさんが女性を励まし続けたおかげか、おばあさんが素早く赤子を取り上げたおかげか、女性はかろうじて生きており、泣いている赤子を見て目を細めて喜んだ。おばあさんが毛布に包んだ赤子を女性に渡すと、赤子はまだ生まれたばかりだと言うのにふにゃっと笑い、女性を笑顔にした。
「神殿に……神殿にこの子の、父親が……」
掠れた声でそう言うと、赤子の額にキスを落として女性は息絶えてしまった。神殿と言うと今いる国からは少し離れている場所だ。老夫婦は途方に暮れた。この子を育ててあげたいのはもちろんだった。でも、老夫婦にそんな体力はなかった。
老夫婦はどうしようかと途方に暮れたが、可愛らしい赤子を見捨てることはできず、子供を育てることにした。トウクと名付けられたその子供が4歳になった頃。夫婦は神殿を訪れた。老夫婦は病にかかっており、もう長くは生きられないと悟っていた。ちょうど大きくなってきた子供が「パパに会いたい」と言い始めたのもこの頃だった。死んでしまったこの子の母親。あの綺麗な女性のことを知っているのはほんの一部分だった。それでもこの子を必死に守り、死ぬ間際に愛しそうな表情で我が子を見つめ、額にキスをする様はまるで天使がキスをするかのような光景で、できる限り、老夫婦はその時のことをトウクに伝えてやった。でも、この子の父親のことは神殿にいることしか分からない。そこで夫婦は旅行だと言って、神殿へと向かうことにした。
「パパ!あなたが僕のパパ?」
神殿を訪れた老夫婦を出迎えたのは1人の若い神官だった。神殿には神官の許可がないと入れないらしく、突然の訪問者を怪しんだ神官は門のところでこちらの様子を窺った。そこにもう1人、奥の方から神官の声がした。その声を聞いて、あどけない子供は「パパはどっち?」とまた聞いた。2人の神官は困惑した。どちらにも子供はいなかったから。そして今、この神殿にはこの2人の神官以外誰もいない。数年前まではまだ少し人がいた。でも、ある事件をきっかけに数名の神官が亡くなり、ちょっと前までいたユーシア神官は神託が下りた後、神官の役目を終えてルウファへと戻ってしまった。
「僕のパパはどっち?」
キラキラと目を輝かせた子供がまた尋ねた。2人は悩んだ。今、神殿を取り仕切っている人間がいない。病にかかっている老夫婦を見て、2人の神官も老夫婦がこれ以上この子を育てるのは難しそうだと分かった。
2人の神官は誰にもバレないようにその子供を神殿で育てる決意をした。神官の1人が父親だと名乗り出て、夫婦にお礼を言った。小さな子供を見て、2人はある神官のことを思い出した。腹の心の内が読めない不思議な青年で、よく神殿を抜け出してはコッソリと帰ってくる神官を。
「パパ!」
そう言って、1人の神官に子供は抱きついた。子を作った覚えはない2人だったが、その愛らしい子供にあっという間に夢中になり、2人の神官は可愛がり、学を教え、3人仲良く神殿で過ごした。この時は、トウクが誤って祭壇の間で神の祝杯を飲み、神託が下りるだなんて誰も思いもしなかった。
通りすがりの老夫婦が、道端で倒れている女性を見つけた。慌てて近寄ると倒れている女性はここら辺では見かけない金色の綺麗な髪をした美しい女性だった。その女性は呼吸が浅く、額からは冷たい汗が流れている。女性のお腹は大きく、妊娠しているのだと分かった。おばあさんが、女性の股から血が流れていることに気付いた。その血はみるみる広がり、このままでは女性も赤子も死んでしまう。
老夫婦は医者でも何でもない。でも、できる限りのことをした。おばあさんが女性のスカートを覗くと赤子はもう半分以上出てきていた。おじいさんは必死に女性に声をかけ、おばあさんはゆっくりと赤子を取り出した。でも、赤子は息をしていない。おばあさんがトントンと背中を叩くと、赤子は弱々しい声で「ふぎゃぁ」と泣いた。
おじいさんが女性を励まし続けたおかげか、おばあさんが素早く赤子を取り上げたおかげか、女性はかろうじて生きており、泣いている赤子を見て目を細めて喜んだ。おばあさんが毛布に包んだ赤子を女性に渡すと、赤子はまだ生まれたばかりだと言うのにふにゃっと笑い、女性を笑顔にした。
「神殿に……神殿にこの子の、父親が……」
掠れた声でそう言うと、赤子の額にキスを落として女性は息絶えてしまった。神殿と言うと今いる国からは少し離れている場所だ。老夫婦は途方に暮れた。この子を育ててあげたいのはもちろんだった。でも、老夫婦にそんな体力はなかった。
老夫婦はどうしようかと途方に暮れたが、可愛らしい赤子を見捨てることはできず、子供を育てることにした。トウクと名付けられたその子供が4歳になった頃。夫婦は神殿を訪れた。老夫婦は病にかかっており、もう長くは生きられないと悟っていた。ちょうど大きくなってきた子供が「パパに会いたい」と言い始めたのもこの頃だった。死んでしまったこの子の母親。あの綺麗な女性のことを知っているのはほんの一部分だった。それでもこの子を必死に守り、死ぬ間際に愛しそうな表情で我が子を見つめ、額にキスをする様はまるで天使がキスをするかのような光景で、できる限り、老夫婦はその時のことをトウクに伝えてやった。でも、この子の父親のことは神殿にいることしか分からない。そこで夫婦は旅行だと言って、神殿へと向かうことにした。
「パパ!あなたが僕のパパ?」
神殿を訪れた老夫婦を出迎えたのは1人の若い神官だった。神殿には神官の許可がないと入れないらしく、突然の訪問者を怪しんだ神官は門のところでこちらの様子を窺った。そこにもう1人、奥の方から神官の声がした。その声を聞いて、あどけない子供は「パパはどっち?」とまた聞いた。2人の神官は困惑した。どちらにも子供はいなかったから。そして今、この神殿にはこの2人の神官以外誰もいない。数年前まではまだ少し人がいた。でも、ある事件をきっかけに数名の神官が亡くなり、ちょっと前までいたユーシア神官は神託が下りた後、神官の役目を終えてルウファへと戻ってしまった。
「僕のパパはどっち?」
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2人の神官は誰にもバレないようにその子供を神殿で育てる決意をした。神官の1人が父親だと名乗り出て、夫婦にお礼を言った。小さな子供を見て、2人はある神官のことを思い出した。腹の心の内が読めない不思議な青年で、よく神殿を抜け出してはコッソリと帰ってくる神官を。
「パパ!」
そう言って、1人の神官に子供は抱きついた。子を作った覚えはない2人だったが、その愛らしい子供にあっという間に夢中になり、2人の神官は可愛がり、学を教え、3人仲良く神殿で過ごした。この時は、トウクが誤って祭壇の間で神の祝杯を飲み、神託が下りるだなんて誰も思いもしなかった。
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