総務部特命係 頓宮はるみが通ります ~ちょっとその件、私に預けてもらえます?~

一条風花

文字の大きさ
22 / 27

きっちりカタはつけるから 1

しおりを挟む
 夜のとばりが街を包む。
 
 社長室から見える夜景は白く無機質な光が多い。周りを囲むビルの窓から漏れる蛍光灯の明かりがそれだ。
 その間を縫って東京タワーが今日も赤く光を放っている。
 
 街の明るさで星の瞬きこそ見えないけれど、それこそ向かいのビルの窓の明かりは点々と星を散りばめたようだし、高速道路を走る車のテールランプの光の帯は、地上の天野川のように、右へ左へと蛇行している。

 同じ場所から眺める景色は日々変化している。
 それは会社も私たちも同じだ。

「君から頼まれていた件、処理しておいた」
「ありがとうございます。突然の懲戒処分に社内は大騒ぎです」
「だろうな」

 社内に張り出された一枚の紙。
 そこには、池入ひなのと増田鏡花の懲戒処分が記されていた。

 感のいい人間ならば、例のSNSの内容がデマだったと気づくだろう。
 唯ちゃんの名誉も僅かながら挽回されると言うものだ。

 けれど、彼女の受けた傷は一生癒えることはない。 

 私はそっと彼を見上げる。
 十センチのヒールを履いていても、彼の唇にすら届かない。

 相変わらず綺麗な顔だ。
 そして、低く甘い声。

 星野 周一郎。

「それから、もうひとつ頼まれていた件だが、年齢的にもいいヤツがいる。話をしたら、ぜひ会いたいと乗り気だった。今度会わせよう」
「そうですか、良かった」
「俺は君を社内調査員として雇ったはずだが、結婚相談所まで始めたのか?」

 彼には珍しく、クスっと笑う。

「あなたは社員が気持ちよく働ける環境作りのために、私を雇われました。今回の件に関しても、その意思から外れてはいないと考えます」
「確かにそうだが」

 周一郎さんは窓に寄りかかり、その長い足と腕を組んだ。視線は外に向けている。
 
 何を考えているのかな。
 その横顔で愛の言葉をささやかれたら、落ちない女性はいないはず。

 「君の言う通り今回のデマを放っておいたら、いじめを助長していただろう。市田常務からも礼を言われたぞ。優秀な秘書が会社を辞めなくて良かったと」

 それに――。
 せっかく縁あって満天堂に入社してくれた社員に、嫌な思いをさせるのは社長としても不本意だ。気持ちよく働いて欲しい。と周一郎さんはつけ加えた。

「あっ、流れ星」

 思わず私は指をさした。
 不夜城東京で見られるなんて奇跡だと思う。

「吉事の前触れか?」

 一瞬、周一郎さんは子供のような顔をした。
 私はこの無防備な彼の顔が好きだ。

「君の働きはいつも見事だ。そして君は俺の美しい右腕」

 目を見開き彼を凝視しながら、私は思わずぷぷっと吹き出してしまった。

 彼の元でこの仕事を始めて、三年。
 その前は満天堂カンパニーの子会社のひとつで社長秘書をしていた。

 当時の仕事ぶりが評価されたこと、そして秘書としてあまり人前に出ることが無く、社員に顔を知られていないこと。などを考慮して私は社内調査員に抜擢されたらしい。

 慣れない仕事で始めの頃はミスも多かった。けれど周一郎さんは私を叱ることは無かった。
 ただ、『次、頑張ればいい』とだけ言った。

 当時から、褒めてもらったことは一度もない。

「どうしたんですか?ガラにもなく私を誉めるなんて」

 
 深い溜息が彼の薄い唇から洩れる。

「腹の探り合いはもうやめないか。俺は君が好きで、君は俺を……」
「待って」

 彼の形のいい唇に私の人差し指を押し当てる。

「私たちは、つかず離れずの関係が最良。でしたよね」

 それは数年前に彼に言われた言葉。
 その時、その言葉に私は傷ついた。

 私たちはお互いを必要としていなかった。
 必要としていたのは、私だけだった。

 心が砕け散った瞬間だった。
 それは音もなく砕け、私から言葉を奪った。

 世界から音が消え、時間が止まり、私はただその場に立ち尽くした。

 そんな私を彼は『すまない』の一言だけで置き去りにした。

 ひどい男。

 大嫌いで大嫌いで忘れられない男。

 

 周一郎さんは五つ年上だったし、大人の男性だった。
 
 その時、私はまだ女になりきれていなかった――。ううん。そうじゃなくて一人背伸びをしていた。

 いつも私の先を歩む周一郎さんに、私は焦っていた。
 このままじゃ置いて行かれる、嫌われるって。
 
 追いつけるはずないのに、なのに追いつきたいと思った。

 いっぱい無理をした。自分が自分じゃなかった気がする。

 彼はそんな私を、うっとおしいと思っただろう。

 重く面倒な女だと思ったかもしれない。

 私から目を背けることで、彼は自由を得たはずだ。

 ……なのに、私は彼の元へ呼び戻された。



 大嫌いで大好きな周一郎さん。私にもプライドがあります。

「私はまだそれでいいと思っています」

 着かず離れずの関係。

「俺が何故お前を側に置いているか、考えたことがあるか?」

 周一郎さんは仕事の時は私を『君』と言い、プライベートの話になると『お前』と言う。
 けれどその境界線はどこか曖昧で彼の気分次第なのかな、と思うのだけど、それがどこかくすぐったくって好きだ。

 「あっ、又流れ星。思い出しました。今日はしし座流星群が見られるって朝のワイドショーで言ってました」
 
 私は彼のといから逃げるように窓に駆け寄ると、思わず窓に手をついてはしゃいだ。
 次から次へと星が流れて行く。
 
 今夜はきっと特別な夜だ。流れ星の中に身を置いているみたいだ。

 背中にそっとあたたかい温もりを感じる。
 そしてゆっくりと全身が包まれていく。
 スーツ越しでも周一郎さんの引き締まった胸板を感じることができる。

 ドクンドクンと不規則に跳ねる胸の鼓動は、彼への正直な想い。

 背中から強い腕に抱かれるのが、私は好きだった。
 守られている安心感と温もり。
 もしかして、あなたはそんなことまで覚えているのですか?
 
 懐かしい感覚が胸からあふれるように、一気によみがえる。

 ぼうっと彼に抱かれながら、私は私を回顧していた。

 あの時、彼に突き放された時、傷ついたと同時に気づいたことがある。

 宇宙の営みに比べらた、私たちに与えられた時間はほんの一瞬。あの流れ星のようにすぐに燃え尽きてしまう。
 儚いから美しく、儚いから精いっぱい輝こうとする。

 私は彼の隣でそうありたいと思って今日まで生きて来た。
 自分で光を放つ星になる。
 
 周一郎さん、私強くなったんです。

「周一郎さん、私まだ……」
「俺を必要としていない。だろ」

 彼はゆっくり私から離れると、背を向けたのだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...