魔王様のメイド様

文月 蓮

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本編

王の器について調べてみました

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「ああーー、もうっ、わけわかんないよ!」

 ロザリアは思わず叫んでしまい、慌てて辺りを見回した。
 結局、どうして口づけで魔王の不調がよくなるのかわからず、魔王がなにも教えてくれなかったので、休憩時間を利用して図書室に調べに来たのだ。
 幸いなことにロザリア以外に利用者はいなかったようで、注意されずに済んでほっとする。
 おそらくは王の器という言葉がすべての鍵を握っているのだろうが、ロザリアはこれまで耳にしたことがない。
 なので魔王に関する書物を手当たり次第に読み漁っているのだが、それらしい記述は今のところ見つかっていない。
 ここ数日の魔王の行動について、ロザリアはさっぱり理解できずにいる。
 突然求婚してきたかと思えば、ロザリアの全てをもらう発言である。
 求婚にしてもはっきりと断ったので、もう終わった話だと思っていたのだが……。

――そもそも、理由がわからないよ。

 結婚してほしいと言われたときは、あり得なさ過ぎて一蹴した。
 可能性は低いが、もしかしてロザリアの身体が欲しかったのだろうかとさえ考える。複数の側妻を抱えている魔王が、ロザリアのような平凡な女に興味を持つはずがないとは思うのだが、一番可能性としては高い気がした。

――珍しかったから、かな?

 ロザリアがこれまで魔王の身近にいなかったタイプであるのは確かかもしれない。
 そもそも魔王の魔力に影響されない人物は稀だと聞くし、物珍しさゆえにそばに置いておきたいと考えたのならば、説明がつく。
 しかもどうやらロザリアが王の器という特異体質であるらしいことも、その一助となっているのだろう。

「それより、王の器ってなんだろう……」

 魔王の地位が世襲制ではないため、魔王が亡くなり次の魔王が就任すると、かなりの数の貴族が入れ替えられる。もちろん魔力の強い者はその地位に残るが、弱い者や衰えた者などは次々と入れ替わっていく。
 その弊害なのか、魔界についての歴史は体系的にまとめられた書物は少ない。
 あまり歴史について興味のある者が少なかった可能性もあるが、魔王に関する情報はかなり少なく、魔王城の図書室がこのありさまでは、王の器についての情報を得るのはかなり悲観的だった。

「困っているみたいだな」
「っわ!」

 突然声をかけられたロザリアは飛び上がって驚いた。

「あ、アルヴァロ様! 驚かせないでください」

 振り返ったロザリアはくすくすと笑うアルヴァロの姿を見つけて、抗議する。

「別にそんなつもりはなかったけど……、探し物か?」
「まあ……そうです」
「ふうん」

 アルヴァロはロザリアが机の上に積み上げている本の背表紙を順番に撫でていく。

「魔王の歴史、魔王と儀式、魔王の継承について……。全部魔王に関する本だな」
「え、と。お世話に当たって、知識を深めておいた方がよいかと思いまして……」

 ロザリアは自分でも誤魔化すのが下手だと思いつつ、表向きの理由を口にした。
 アルヴァロは片方の眉だけを器用に上げる。

「で、本当のところは?」
「うぅ……」

 冷たい瞳はアルマンドと兄弟であることを痛感させられる。
 アルマンドの冷たい目を思い出したロザリアは早々に白旗を上げた。

「アルヴァロ様は、王の器という言葉をご存じですか?」
「ははん。あいつからなにか聞いたのか?」
「いえ、一度耳にしただけです。魔王様を助けることのできる存在だと」
「そうか……。きっとあいつは自分から話したがらないだろうしな。聞いてしまったらもう、二度と引き返せないぞ。それでも構わないという覚悟はあるのか?」

 アルヴァロの青い瞳がじっとロザリアを見つめていた。

「魔王様にも似たようなことは聞かれました。……でも、正直なところそんな大事おおごとなんでしょうか? 理由もわからないで、覚悟なんてできるわけがないじゃないですか。いつだって、起こってしまったことに対処するのが精一杯で、選択の余地なんてありませんでした。魔王城で働くことになったのだって、そうするしかなかったからです。どうせ覚悟なんてできていてもいなくても、その時は来てしまうものなんじゃないでしょうか?」

 ロザリアは目に力を込めてアルヴァロを睨んだ。
 この世は理不尽なことだらけだ。理不尽などない世の中であれば、犯罪など存在しない。
 大きな波に流されていても、その中で必死に抗って、自分にできることを選択してきた結果、ロザリアはここにいる。

「ま、それもある種の真理かもな。その時が近いっていうのも、確かなことだしな」

 アルヴァロは机の上の本を取り上げ、次々と棚に戻していく。

「あのっ、まだ全部読んでいないんですけど!」
「こんな誰でも見られるような場所にある本に書いてあるはずがない。王の器については、歴代の魔王の日記にしか記載はない」
「そんな……」

 ロザリアはアルヴァロから本を取り返そうとして伸ばした腕を下ろした。
 魔王の日記などという私的な記録を、ただのメイドでしかない彼女が読めるはずもない。
 ロザリアが自力で調べることは事実上不可能だった。

「あのな、俺もあいつから聞いた話なんだが……。王の器というのは、魔王を癒すことのできる存在なんだとさ」
「そういえば……」

 初めて地下で魔力を水晶に注いだ日に、おぼろげながら聞いた気がする。

「でも癒すというのは具体的にどういったことなんでしょう。気分的な問題なら、そこまで特別でもないような気が……」

 ロザリアにも癒しとなる存在はある。幼い頃からずっと一緒に眠ってきたクマのぬいぐるみだ。
 とっくに子供と呼べる時期は過ぎ去ってしまったけれど、どうしても手放せないままにここまで来てしまった。
 流石に魔王城に持って来るのははばかられたので、自宅に置いてきたけれど寂しくて仕方がない。今度の休みに帰宅した時には、ぜひとも持って来ようと画策している。
 首をかしげるロザリアを、アルヴァロは鼻で笑った。

「そりゃそうだ。王の器は魔力を調整してくれるらしい。魔力が多すぎて身体に負荷がかかるときには、余分な魔力を吸収し、少なくなった時には増幅することができるらしい」

 通常、体内の魔力は自力で調節することができない。多すぎるときには魔力を大量に消費するような魔法を使うくらいしかできないが、そんなふうに魔力が有り余るという事態はめったにない。
 大抵は身を守るために使ったり、魔力を必要とする魔法を使ったりするので、不足していることの方が多い。魔力が足りない時に増幅することができるのならば、それはとても革新的なことだ。

「確かにそんなふうに魔力を自由に操ることができるなら、すごいですけど……それって癒し、ですかね?」

 魔王とロザリアではずいぶんと癒しの定義が違う気がする。

「これは俺の想像なんだが、王の器とは孤独な魔王に寄り添うことのできる存在という意味なんじゃないかと思う。あいつは小さいころから魔力が多くて、周囲から距離を置かれることが多かったんだ。今じゃ平気になったけど、最初は近寄るのが怖かった。すぐ目の前に野生の熊がいるようなもんだぞ? いつ噛み殺されるかと思うと、恐ろしくて遊ぶどころじゃなかったんだ」

 確かに野生の熊が目の前をうろうろされたら恐ろしいだろう。
 けれど今ならば熊など一ひねりにしてしまいそうな人が、そんなことを言っているのだと思うと、ロザリアは笑いがこみ上げてきた。

「ふふっ。そうですね」
「あー、脱線した。俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……。んー、今まであいつの孤独を本当の意味で癒せる存在はいなかったんだ。魔王になってからは権力目当ての奴が男も女も関係なく寄ってくるけど、本当のあいつを見ているわけじゃない。魔王というフィルターを通して、自分にとって都合のいい部分だけを見ているんだって、あいつは言っていた。そんなだから、あいつはたいして他人に興味がなかった。いつもつまらなさそうな顔で、なにが楽しくて生きているんだかって、俺は思っていた」

 アルヴァロの語るつまらなさそうな魔王の顔というのは、ロザリアには想像できなかった。
 強いて言えばロザリアが初めて魔王に謁見した時や、毎日の貴族との謁見の様子がアルヴァロの言う姿に近いのかもしれない。
 それでも、ロザリアには今の魔王が周囲に興味が無いようには見えなかった。もちろん不機嫌なこともあるけれど、とても生き生きとしている。

「だから、久しぶりにあいつの顔を見てびっくりした。あいつを変えたのはお前だよ。王の器かなんだか知らないが、とにかくあいつのそばに居てやってほしい」

 アルヴァロがロザリアに向かって頭を下げる。

「や、やめてください!」

 ロザリアは悲鳴を上げた。
 貴族がただのメイドでしかないロザリアに頭を下げるなんて、許されないことだ。
 ロザリアは慌ててアルヴァロの顔を上げさせた。

「とりあえず、魔王様がどうして私を直属にしたのか、理由はわかりました」
「そうか。わかってくれたか」

 確かに初めて魔王に会った時、彼の魔力をとても恐ろしく感じた。けれど命を脅かされるというほどの恐怖ではなかった。
 どちらかと言えば、未知のものに対する恐怖だった気がする。
 魔王の魔力があまり恐ろしくないのは、王の器という特異体質だからだとすれば、納得がいく。

「私がそばにいれば、魔力を増幅させることができるからですよね。魔王様がいつもお辛そうにしているので、気になっていたんです。一年という期限付きですけど、私などでよければそばにいます!」

 王の器について少しはわかった気がして、ロザリアは上機嫌で宣言する。

「いや、そういう意味じゃ、いや、そっちも大事だけど、どちらかと言えば精神的な……、ああ、もうっ。それは俺の役目じゃねぇよ。知るか!」

 アルヴァロはロザリアに対する説明を放棄した。
 魔王がロザリアを求めているのはもっと別の理由からだと知っていたが、それを彼女に納得させるのは自分の仕事ではない。

「そういえば、誰も来ませんね。こんな話を他の人に聞かれたらまずいのではないでしょうか?」
「俺がこの部屋に入った時点で、人避けの結界を張ってある。その心配は無用だ」

 アルヴァロの葛藤に気づかず、にっこりと能天気に笑うロザリアに、アルヴァロはがっくりと肩を落とした。
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