魔王様のメイド様

文月 蓮

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本編

いろいろと謎が解けました

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 ロザリアは期待を込めてアダルジーザの顔を見つめる。

「愛……なのか、私にはよくわからぬ。だが、相手が大切で、自分のもてる力の全てで守ってやりたいと思うことが愛だというのならば、そうかもしれぬ」

 アダルジーザはまっすぐにロザリアの目を見つめている。
 その目に偽りの気配は感じられなかった。

「父さんを、愛していた?」

「嫌いな相手の子を身ごもりたいとは思わない」

 アダルジーザにとってはそれが答えらしい。
 はっきりと愛していると言わないところに、彼女の不器用さが表われているような気がした。そんなところが、ブルーノに言葉が足りなさすぎると言われてしまうゆえんなのだろう。

「そっか……、なら、いい」

 自分が望まれずに生まれて来たのではないと知って、ロザリアはそれまで心の奥底に抱えていた悲しみや憎しみがゆっくりとほどけていくのを感じていた。
 すぐには受け入れることはできないが、少しずつならば仲良くなれるかもしれないと思う。
 しかし謎はまだ残っている。
 アダルジーザはロザリアを城にとどめておくために、父レナートを害する可能性を示唆しさし、脅迫までしたのだ。そして、ブルーノがここにいる以上、すべてはアダルジーザが背後で糸を引いている可能性が高い。
 ロザリアは緊張を解かず、鋭い視線でアダルジーザを睨みつけた。

「ひとつ聞いておきたいことがあるのだけれど……」
「なんだ?」

 もはや公爵に対する礼儀も忘れ、ロザリアはブルーノを指す。

「この人が父さんに借金を負わせた人でしょう? どうして公爵がそんな真似を?」

 ブルーノが大きな身体を縮こまらせて頭をかいた。

「あー……、その、アダルジーザに頼まれたんだ。一芝居打ってくれってな」
「つまり、保証人とか、借金の話は全部嘘ってこと?」
「そういうことに、なるな」

 しれっと認めたブルーノに、ロザリアの怒りが爆発する。

「どうしてそんな手の込んだことをしたの? まさか、父さんも知ってるの?」

 父親に嘘をつかれていたのだと思うと、耐えられない。頭の芯がグラグラと煮え立つ。

「レナートはなにも知らない。ブルーノがただの商人だと今でも信じているはずだ。借金も本当のことだと思っているだろう。私がいろいろとレナートに吹き込んだ。そなたは仕事が大変で、恋人を作る暇もないほど忙しい。結婚相手も探せる割のいい仕事を紹介するから、そなたに仕事を勧めてほしいと、な。そうすれば、借金も楽に返せるし、ロザリアが恋人も作れて、一石二鳥だと」
「一石二鳥……」

 やはり父が自分を売り飛ばすような真似をするはずがないと知って、ほっとする。

「魔王様の相手に選ばれる可能性があるから、魔王城に行ってくれと言われて、そなたは素直に従ったか?」

 アダルジーザの指摘は、確かにロザリアの性格をよく知ってのものだった。

「それは……、絶対にお断りしていたと思う……」

 よほどの差し迫った事情がない限り、自分後時が魔王様に近づこうだなんて思えない。
 今でも分不相応だと思っているくらいなのだから。

「そなたが聞きたかったことはそれで全部か?」
「脅迫したのも本気じゃなかった?」
「いや、必要とあらば暴力も辞さない」

 アダルジーザの目は本気だった。

「もういい!」

――やっぱり、この人なんて嫌いだ!

 のちのち聞きたくなるかもしれないけれど、今はいろいろと判明したことを受け入れるだけで精一杯だった。

「ロザリア、よかったね」

 魔王がロザリアを背中から抱きしめた。

「はい」

 ロザリアはふわりと笑みを浮かべた。
 魔王が問いただしてくれたおかげで、アダルジーザは本心を吐露したのだろう。
 きっと自分では彼女の本音にたどり着くことはできなかったはずだ。
 人目も構わず、いちゃつこうとする魔王に、アダルジーザが鋭い視線を向ける。

「それより、本当にその男でいいのか? 王としては偉大だが、男としては最低の部類だ。淫魔のさがと言ってしまえばそれまでだが、多情で、欲望が強く、だれかれ構わずちょっかいを掛ける。だが、いったん唯一の存在を見つけると、それまでのことを忘れたように一心に相手を大切にするだろう。それこそ、監禁する位のことはやってのけるかもしれん。執着と束縛がすごいことになるはずだが?」

 ロザリアを抱きしめる魔王の手に力がこもった。
 一心に愛されるのは嬉しいが、監禁はごめんこうむりたい。ロザリアは唇に指をたてて当てた。

「うーん、そうなんですよね。私としては別に伴侶ではなくてもいいんですけど……」
「ロザリア?! 結婚してくれるって、約束したよね? アダルジーザとの契約だって、借金がなかったのなら無効だし、なんの障害もないよね?」

 ロザリアを抱きしめていた魔王が慌てる。

「うーん、でも、唯一になるというのがそういう意味だとは思わなかったんです。魔王様のお立場が悪くなるようなことがなければ、私はそれで……」
「よく言った! アダルジーザの娘! きちんと自分の分というものをわかっている」

 それまであっけにとられて成り行きを見守っていたサルヴァトーレが、色めきたった。

「……我からロザリアを引き離そうとするなら許さないよ」

 地を這うような魔王の声が背後から聞こえた。

「ロザリアを伴侶にできないのなら、魔王なんて辞めてやる」
「は?」
「え?」

 魔王以外の全員が驚きに声を上げた。

「ちょ、おい! エヴァンジェリスタ? 冗談は止めろ!」

 ずっと黙ってやり取りを見守っていたアルヴァロが魔王に詰め寄る。

「要は礎さえ守れればいいんだろう? 礎を維持するのに、我が魔王である必要はない。たまに魔水晶に力を注げば済む話だ。ロザリアがそばにいないのなら意味がない」
「ちょっとそりゃ無責任だろう?」
「ロザリアを認めないのが悪い」

 魔王はロザリアを抱きしめたまま、まるですねた子供のように、そっぽを向いた。

「俺は認めないとは言っていない」
「サルヴァトーレの意見は違うようだが?」

 魔王は威圧を込めてサルヴァトーレを睨みつける。

「いぇ、そのぉ、認めないというわけでは……」

 サルヴァトーレはしどろもどろになった。

「なぜ? ロザリアはアダルジーザの娘だ。お前の言う条件には達しているはずだよ?」
「しかし……あまり魔力が強くないのでしょう? あまりに魔力に差があれば、お子様を望むことが難しくなります」

 ロザリアはサルヴァトーレに言われてはっと気づく。彼の指摘はもっともだった。
 魔王のそばにいることは決心したけれど、とても子供についてまで考える余裕はなかった。
 魔力の強い者には子ができにくいことは確かで、伴侶に魔力の差があればそれは顕著になる。ロザリアの魔力では魔王の子を産めるかどうかは微妙なところだろう。
 子供について言及されると、ロザリアはなにも言えなくなる。

「別に我は子が欲しくてロザリアを選んだわけではない。ロザリアさえいればいい」
「ですが……、今魔王を継げる者はおりません。もしかしたら、魔王様のお子様が理力を持って生まれるかもしれないではありませんか」
「あくまでも、可能性の話だろう? 理力は血によって受け継がれるものではない。我の子が魔王を継げるとは限らない」
「それはそうかもしれませんが……」

 サルヴァトーレはあまり気乗りのしない様子だ。

「お前は自分の縁者を魔王様の伴侶にしたかっただけだろう」
「ぐ……」

 アダルジーザの指摘にサルヴァトーレが言葉に詰まる。

「なら、サルヴァトーレに反対する理由はないね。なら、お前たちは?」

 魔王はブルーノとアダルジーザに視線を向けた。

「認めないとは言いません。むしろ私は魔王様に伴侶ができたことを嬉しく思います。それが我が子だとは思いませんでしたが……。私がなにを言っても身内贔屓びいきだととられかねません。私は意見を控えさせていただきましょう」

 アダルジーザが意見を述べ終わると、続いてブルーノが口を開いた。

「俺も反対はしません。ですが、お嬢ちゃんが今の魔力のままでは難しいのでは? 魔力の差は不和を生みます」

 アルヴァロ以外の公爵たちの意見は反対ではないが、賛成とも言えない雰囲気だった。

「我はずいぶんと魔界のために力を注いできたつもりだ」
「それはもちろん承知しております」

 ロザリアは魔王が身を削り、魔水晶に魔力を注ぐところを何度も見ている。
 いつも魔水晶に魔力を注ぎ終えた後は、いつも辛そうにしていた。
 魔王の孤独を、その辛さをすべて理解できはしないが、わずかなりとも癒すことができれば、ロザリアは十分だった。王の器というよくわからない体質が、魔王の役に立てればそれでいい。

「伴侶も自由に選べないなら、魔王なんて、欲しい奴になげつけてやりたいよ!」

 魔王が苛立ちのあまり放った魔力が、空気を引き裂く。
 公爵たちは魔力で障壁シールドを張り、その力に耐える。

「エヴァンジェリスタ様」

 ロザリアは静かな声で魔王を呼んだ。

「あなたが誰であろうと、私はそばを離れません」

 魔王がその地位を投げ出してもいいと、求めてくれたのだ。ロザリアは自分の全てを差し出したとしても、応えたかった。
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