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仲直りのキス
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「レティ……、起きてくれないか」
レティシアは声をかけられて、はっと目を開いた。
彼女を見下ろすサファイア色の目は困ったように細められていた。けれど美しい形の口元は柔らかくほころび、嫌がっているように見えない。
レティシアは苦笑する彼の美しい顔に見とれた。
優しいまなざしで見つめてくる彼は本物なのだろうか。
レティシアの手は無意識のうちに彼の頬に向かって伸びていた。
柔らかく滑らかな頬の感触が指の先に伝わってくる。
「レティ?」
困ったような声でもう一度名前を呼ばれ、レティシアはようやく自分の状況を把握した。
薄い膜が張ったような現実離れした感覚がぱちんと弾け、一気に現実が襲い掛かってくる。
レティシアの顔はさっと青ざめた。彼の頬に伸ばしていた手を慌てて脇に下ろす。
頭の下には柔らかく、引き締まった感触がする。
眠り込んでしまった彼女の頭を、アロイスが膝枕してくれていたらしい。
それに気づいたレティシアは、慌てて身体を起こし、椅子に座り直した
「ごめんなさい。膝を借りてしまって……」
それにきっと寝顔もしっかりと見られてしまったに違いない。
薄暗い寝室の中ではあまり見えないだろうと、普段眠るときは気にならなかったのが、明るい陽の光のしただと、どんな顔を見られてしまったのだろうと気になって仕方がない。
レティシアは恥ずかしさに顔を上げられない。
「いや、かまわない。あまり眠れなかったのだろう? 私が無神経なことを言った所為ではないのか?」
「いいえ……。私も、ちょっと混乱してしまって、ひどい態度を」
レティシアは馬車の床に視線を落とした。
アロイスの方がレティシアのことを避けている様子だったのに、彼のほうから歩み寄ってくれるとは思わなかった。
まだ気遣ってもらうだけの価値があるのだとわかって、レティシアは少しほっとする。
「なにもかもが急に変わってしまって、戸惑うあなたを気遣ってあげられなくて済まない。だが、あなたの実力を軽んじての異動ではないことは知っておいてほしい。あなたの力が……必要なのだ」
思いがけない言葉に、レティシアははっと顔を上げた。
どこか痛みを堪えるようなアロイスの視線が彼女に注がれていた。
「いえ、王のご要望ならば応えるのが臣民としての義務です。ただ、私がご希望に応えられるのかどうか……、そこが心配です」
「あなたなら、大丈夫さ」
不安は大いに残るが、アロイスがそう言うのならば、なんだか大丈夫なような気がしてくる。
「職場が一緒になるのだから、ふたりで移動することも増えるだろう。私もできる限り協力すると約束しよう」
「ありがとう……ございます」
「仲直り、でいいかな?」
「はい」
レティシアは差し出された手を握り返す。
「夫婦なのだから、仲直りはキスだろう」
「え?」
彼の発言の意図を問いただす前に、レティシアはつないだ手を引き寄せられて、体勢を崩した。
顎をつかまれ、顔を持ち上げられて、唇が重なった。
「……っふ、ン」
すぐに彼の舌が唇を割って中に入り込む。
仲直りにしては濃厚すぎるキスに、レティシアの息が上がる。
彼の指が、彼女の指を繋ぎとめるように絡められた。
たったそれだけの触れ合いが、レティシアの身体の奥に火を点す。
「ん……ふ」
舌がすすり上げられると、背筋をぞくりとなにかが駆け抜ける。数えるほどの経験しかないけれど、レティシアにはそれが快楽だとわかっていた。
「ん……、レティ」
アロイスの息もまた上がっていた。
サファイアの瞳が情欲に潤んでいる。きっと自分の目にも同じように情欲が灯っていることだろう。
「旦那様、どうかなさいましたか?」
ふたりのあいだにあった熱を孕んだ緊張感は、馭者の声によって破られた。
アロイスの手がレティシアの顎先から離れる。
「いや、もう着いたのか?」
「はい。扉をお開けしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない」
扉越しにアロイスは告げると、もう一度顔を近づけ、彼女の唇についた唾液をぺろりと舐めとる。
「今夜、部屋に行くから待っていてほしい」
耳元でささやかれた声に、レティシアの顔は真っ赤になった。
腰が抜けたようになって、身体に力が入らない。
アロイスは苦笑すると、つないだままのレティシアの手を引いて、馬車から慎重に降りた。
王都の侯爵邸は、想像していたとおり立派な物だった。
豪奢とまではいかないが、侯爵家に相応しい威容を誇っている。広い前庭にはバラが規則正しく植えられ、領地の館とは違って少し洗練されているようだった。
庭には枯れた花が一つもないところを見るに、かなり手入れが行き届いている。
次々と後続の馬車が到着し、エントランスが次第に混み合ってくる。
レティシアはアロイスに促され、腰を抱かれたまま、屋敷に足を踏み入れた
レティシアは声をかけられて、はっと目を開いた。
彼女を見下ろすサファイア色の目は困ったように細められていた。けれど美しい形の口元は柔らかくほころび、嫌がっているように見えない。
レティシアは苦笑する彼の美しい顔に見とれた。
優しいまなざしで見つめてくる彼は本物なのだろうか。
レティシアの手は無意識のうちに彼の頬に向かって伸びていた。
柔らかく滑らかな頬の感触が指の先に伝わってくる。
「レティ?」
困ったような声でもう一度名前を呼ばれ、レティシアはようやく自分の状況を把握した。
薄い膜が張ったような現実離れした感覚がぱちんと弾け、一気に現実が襲い掛かってくる。
レティシアの顔はさっと青ざめた。彼の頬に伸ばしていた手を慌てて脇に下ろす。
頭の下には柔らかく、引き締まった感触がする。
眠り込んでしまった彼女の頭を、アロイスが膝枕してくれていたらしい。
それに気づいたレティシアは、慌てて身体を起こし、椅子に座り直した
「ごめんなさい。膝を借りてしまって……」
それにきっと寝顔もしっかりと見られてしまったに違いない。
薄暗い寝室の中ではあまり見えないだろうと、普段眠るときは気にならなかったのが、明るい陽の光のしただと、どんな顔を見られてしまったのだろうと気になって仕方がない。
レティシアは恥ずかしさに顔を上げられない。
「いや、かまわない。あまり眠れなかったのだろう? 私が無神経なことを言った所為ではないのか?」
「いいえ……。私も、ちょっと混乱してしまって、ひどい態度を」
レティシアは馬車の床に視線を落とした。
アロイスの方がレティシアのことを避けている様子だったのに、彼のほうから歩み寄ってくれるとは思わなかった。
まだ気遣ってもらうだけの価値があるのだとわかって、レティシアは少しほっとする。
「なにもかもが急に変わってしまって、戸惑うあなたを気遣ってあげられなくて済まない。だが、あなたの実力を軽んじての異動ではないことは知っておいてほしい。あなたの力が……必要なのだ」
思いがけない言葉に、レティシアははっと顔を上げた。
どこか痛みを堪えるようなアロイスの視線が彼女に注がれていた。
「いえ、王のご要望ならば応えるのが臣民としての義務です。ただ、私がご希望に応えられるのかどうか……、そこが心配です」
「あなたなら、大丈夫さ」
不安は大いに残るが、アロイスがそう言うのならば、なんだか大丈夫なような気がしてくる。
「職場が一緒になるのだから、ふたりで移動することも増えるだろう。私もできる限り協力すると約束しよう」
「ありがとう……ございます」
「仲直り、でいいかな?」
「はい」
レティシアは差し出された手を握り返す。
「夫婦なのだから、仲直りはキスだろう」
「え?」
彼の発言の意図を問いただす前に、レティシアはつないだ手を引き寄せられて、体勢を崩した。
顎をつかまれ、顔を持ち上げられて、唇が重なった。
「……っふ、ン」
すぐに彼の舌が唇を割って中に入り込む。
仲直りにしては濃厚すぎるキスに、レティシアの息が上がる。
彼の指が、彼女の指を繋ぎとめるように絡められた。
たったそれだけの触れ合いが、レティシアの身体の奥に火を点す。
「ん……ふ」
舌がすすり上げられると、背筋をぞくりとなにかが駆け抜ける。数えるほどの経験しかないけれど、レティシアにはそれが快楽だとわかっていた。
「ん……、レティ」
アロイスの息もまた上がっていた。
サファイアの瞳が情欲に潤んでいる。きっと自分の目にも同じように情欲が灯っていることだろう。
「旦那様、どうかなさいましたか?」
ふたりのあいだにあった熱を孕んだ緊張感は、馭者の声によって破られた。
アロイスの手がレティシアの顎先から離れる。
「いや、もう着いたのか?」
「はい。扉をお開けしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない」
扉越しにアロイスは告げると、もう一度顔を近づけ、彼女の唇についた唾液をぺろりと舐めとる。
「今夜、部屋に行くから待っていてほしい」
耳元でささやかれた声に、レティシアの顔は真っ赤になった。
腰が抜けたようになって、身体に力が入らない。
アロイスは苦笑すると、つないだままのレティシアの手を引いて、馬車から慎重に降りた。
王都の侯爵邸は、想像していたとおり立派な物だった。
豪奢とまではいかないが、侯爵家に相応しい威容を誇っている。広い前庭にはバラが規則正しく植えられ、領地の館とは違って少し洗練されているようだった。
庭には枯れた花が一つもないところを見るに、かなり手入れが行き届いている。
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