契約結婚のススメ

文月 蓮

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事件の終幕

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「つまり、すべては公爵夫人の執事が企てたことだと?」

 数日後、ヴァリエ卿はようやくある程度の調査を終え、王の執務室で経緯を報告していた。

「はい。そのようです。前にもご報告しましたが、公爵家の執事……クレマンは、自ら放った新種の魔法陣の攻撃による負傷で死亡しました。近衛兵にも数名の負傷者が出ましたが、全てヴィラール卿夫人が魔法で治療し、一週間以内には任務に復帰できる見込みです。クレマンの犯行については、私とオルレーヌ公、そしてヴィラール卿夫妻の前でレティシア夫人の殺害を命じたことを自白していますので、こちらは証拠として十分に使えます」
「クレマンを生きて捕らえることができなかったのは残念だったが、被害が少なくすんだのは上々だ。今後は、近衛の中にも魔法使いだけでなく、治癒士を置いたほうが良いかもしれないな」
「はい」

 重々しい表情でうなずく王に、ヴァリエ卿は苦々しい表情で報告を続ける。

「公爵邸をくまなく捜索したところ、実行犯シャルルからクレマン宛に送られた手紙が見つかりました。クレマンがベルクール魔法研究所に出入りしていたという証言もあります。公爵夫人が犯行を命じたという証拠は、今のところ見つかっておりません」
「そうか……。ちなみにエヴァリストは、あれがあくまで執事の独断だと思うか?」

 思案に沈む王の問いに、ヴァリエ卿はしばらく思案したのち、口を開いた。

「クレマンは我々の前で犯行を自白しました。彼がヴィラール卿夫人を狙ったのは間違いないでしょう。ですが、いくらオルレーヌ公爵夫人がルーベル侯爵家にいた頃から仕えてきた執事でだからといって、そこまで忠実であったのかと思うと、少々疑わしい点があります。それに、殺害を依頼するにはそれなりに金品が必要だったでしょうし、公爵夫人に気づかれず指示することは難しかったでしょう。直接公爵夫人が指示したという証拠はありませんが、それとなく唆したのではないか……と思っております」

 ヴァリエ卿は淡々とした口調で自己の考えを述べる。

「確かに、疑わしい点は多くある。だが、決定的な証拠がない限り公爵夫人を罰するのは難しい。が、……やはりおまえもそう思うか」
「はい」

 ヴァリエ卿が返事と共にうなずく。
 王は目を閉じて黙考した。
 ヴァリエ卿はじっと王が再び口を開くのを待った。
 王はゆっくりと目を開いたときには、彼の意思は固まっていた。

「実際に犯行に関わったゲラン伯爵の子息シャルル、そしてそれを指示した公爵家の執事クレマンという犯人が判明した以上、処分を下さぬわけにもいかぬ。ゲラン伯爵については、このまま投獄の上、領地返上を命じる」
「御心のままに」

 シャルルだけではなく、ゲラン伯爵の娘までもが関わっているとなれば、仕方のないことだとヴァリエ卿はうなずいた。

「オルレーヌ公爵家については執事の暴走ということで、多少は酌量する」
「承知いたしました」

 うなずくヴァリエ卿に、王はふと真面目な表情を崩した。

「それに、オルレーヌ公はすでに自宅で謹慎し、所領を全て返上すると申し出ている。……だが、公爵家の領地ともなれば、かなりの広さになる。それを全て王家が管理するとなると、相当面倒なことになると思わないか?」

 王はにやりと笑った。
 その笑顔につられて、ヴァリエ卿は苦笑した。

「どちらかといえば後半が本音ですね?」
「うむ」
「私が陛下にお仕えしてどれほど経ったかご存知でしょうか?」

 ヴァリエ卿は王が即位する前からの側近であり、かなり気心が知れているつもりだ。

「ふふ、さすがはエヴァリスト。うるさい貴族どもとはいえ、公に所領の一部を返還させれば、口を挟めなくなるだろう。正直言って、これから新種の魔法陣の件で忙しくなりそうだというのに、公爵に抜けられるほうが痛いのだ」
「確かに、あの方が抜けたあとを、財務大臣として埋められる人物が思いつきません」
「そういうことだ」

 国王はしたり顔でうなずいた。

「これは私見ですが、クレマンは陛下に対する謀反を疑われても仕方がないというよりは、むしろそれによって公爵家に対して罪が及べばいいと思っていた節があります」
「ルーベル侯爵家の意図が働いていると?」
「その可能性は否定できないかと」
「ふむ……、いずれにせよ貴族どもが足を引っ張り合うのはいつものことだ。特別思い悩むほどのことでもない」
「はい。ですが、コルスの王女との婚姻も控えております。あまり国内の争いにばかり目を向けてばかりもいられないでしょう」
「わかっている」

 国王の表情に憂いが浮かぶ。

「ときどき、全てを投げ出してしまいたくなることがある。王という地位は、多くの者にとって魅力的なものであることは理解しているが、あまりに面倒が多すぎる」

 臣下の前ではいつも疲れた様子など見せない王が、愚痴をこぼせるのはヴァリエ卿くらいだった。
 ヴァリエ卿は王の心情を察したが、それでもその言葉にはうなずくことはできなかった。

「……それでも、私が王として戴くのは陛下ただひとりです」
「わかっている。先祖から受け継いだこの地位をそう易々と受け渡すつもりなどない。だが、私以上に優れた統治者がこの座を奪ってくれるのであれば、それでもよいとは思う」
「陛下……」

 なんとも言いがたい表情で顔をゆがめたヴァリエ卿に、王は苦笑した。

「わかっている。これ以上は言わぬ。ああ、それからヴィラール侯爵と夫人はどうした。顔を見かけないようだが?」
「侯爵夫人は公爵家に連なる者として、自宅で謹慎し、陛下の裁定を待っております。ヴィラール卿も夫人に倣い、謹慎を……」

 ヴァリエ卿の答えは歯切れが悪い。
 アロイスが謹慎と称して、夫人と自宅でゆっくりと過ごしたいという本音が王にはしっかりとお見通しだったようだ。
 焦るヴァリエ卿に、王はにやりと笑う。

「ヴィラール卿には悪いが、夫人の能力はこれからおまえ以上に重要となる……。魔法陣を開発したベルクールと共に、私の治世の力となってもらわなければならない。すぐに呼び戻せ。有能な者を遊ばせておく余裕はない。さっさと任に復帰せよと伝えろ」
「はっ!」

 ヴァリエ卿は短く返事をして、嬉しそうに王の前を辞し、執務室を飛び出していく。

「新婚の邪魔をするのは気が引けるが、やらねばならぬことが山積みなのだ」

 そう呟く王の顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。
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