17 / 81
第二部
成竜しました
しおりを挟む
いよいよ旅立つときが来た。
私の目じりにある鱗がうっすらと赤く染まったのだ。
ドラゴンは成竜になると目じりの鱗の色が変わるらしい。
残念ながらドラゴンとしての身体はそれほど大きくならなかったけどね。
たぶん、まだ成長する……はず。
兄のマウロはもう十年ほども昔に成竜になって巣立っていった。次兄のティートもその数年後には巣立ってしまい、私には遊び相手がいなくなってしまった。
けれどそんなことも気にする暇もないほど、私は修行に明け暮れた。そのおかげで、魔力切れもめったに起こさなくなった。
あとは人間の姿も五歳くらいだったのが、十歳くらいに成長した。
成長するって本当に素晴らしい。
巣立ちの日を迎え、気力がみなぎっている私を母が心配そうに眉根を寄せながら見つめている。
「ルチア、本当に行ってしまうの?」
私が生まれてから十年くらいは経っているはずなのに母が年を取る気配は微塵もない。
ドラゴンの寿命は六百年くらいあるらしいので、これくらいでは見掛けは変わらないか。
「私だって、成竜だもの。ずっとここにはいられないよ」
成竜したのに、ずっと両親の庇護の下で暮らすのはドラゴンとしてとても恥ずかしいことだ。
というのは建前で、本音はようやく冒険の旅に出ることができるのだと、わくわくしている。
「どうしても人の町に行くというのなら、まずはラウルのところを訪ねるんだ。きっと助けになってくれる」
「うん、ありがとう。お父さん」
結局、これまで父が人の姿に変身するところは見ないままだった。
一度くらいは見たかったな。
母は、たまに森人の町へ行ったときに変身するのを見るけれど。母はオルテンシアと一緒になって服を選ぶのに夢中になっていた。
着せ替え人形にされたのはちょっぴり苦い思い出だ。
「たまには帰ってきてね」
「うん。もちろんだよ」
兄たちが里帰りしたのはこの十年で二回くらいだ。新しい土地で楽しく暮らしているらしい。
確かに魔物さえ狩っていれば、森人や竜人に食料と交換してもらえるし、ドラゴンにとっては楽な仕事だ。森に自生している果物を食べてもいいしね。
とりあえず、ラウル叔父さんの住んでいる南のほうのザッフィーロという国に向かうつもりだ。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「気をつけるのよ!」
着替えや食料、魔石などが入った入った麻袋を背負って、私は白い翼を大きく羽ばたかせた。
上昇気流をとらえて、私は一気に上空へ飛翔する。
ザッフィーロまで人の姿で移動するのは時間がかかりすぎる。
人が少ない場所はドラゴンの姿で飛んで移動し、人が多くなる町の手前で人の姿になってから入国する予定。
育った大樹の上空で二回ほど旋回してから、進路を南にとる。
慣れ親しんだ景色が眼下を通り過ぎて、次第に見慣れない風景に変わっていく。
私は興奮のあまりドラゴンブレスを吐き出してしまった。
上空に向かって青白い炎をごおっと吹き付ける。
兄たちに比べると小さいけれど、角猪くらいの魔物なら倒せるんだから。
「ルチア、自重して」
風の精霊オルテンシアが私をたしなめる。
「はーい」
オルテンシアもずいぶんと私の魔力を糧として成長した。見た目はほとんど変わらないけれど、魔法の威力は倍ぐらいにはなっている。
確かに私の唯一の攻撃手段と言っても過言ではないドラゴンブレスを、こんなところで無駄に使うのはよくない。
「オル、ちょっとだけ手伝って」
「承知」
オルテンシアがにっこり笑うと、翼がふっと軽くなった。
風の補助を得た私は翼をさらに力強く羽ばたかせて、飛行速度を上げ、山岳地帯を一気に抜けた。
なだらかな丘陵や小さな森が眼下に広がり、ぽつりぽつりと農村のような集落も見かけるようになる。
整備された道が視界に入ってきたので、私はこれ以上の飛行での移動を断念した。ドラゴンの姿で進めば、目撃されてしまう危険が高くなる。
「オル、そろそろ降りるね」
「了解っ」
翼への補助魔法がなくなり、一気に翼が重く感じられる。
私は慎重に道から少し外れた場所に着地した。
小さな泉があって、そのほとりにちょうど身長よりも少し高いくらいの岩があったので、その後ろへと身を隠す。
背中から荷物の入った袋を下ろして、あたりに人の気配がないことを確認する。
おっけー。大丈夫!
私は一瞬で人の姿に変身した。
袋から着替えを取り出して、すばやく身に着けていく。かぼちゃパンツを履いて、ショートパンツを履く。薄い丸首のシャツのような下着をかぶる。
まったく、いつになったら胸が成長するんだろうか。
私は相変わらず絶壁に近い胸を見下ろした。
成竜になったから、成長しないなんてことはないよね?
ちょっと不安に思いつつも、ちょっとふりふりのついたシャツに袖を通し、すその長いローブを被った。
太ももくらいまでのロングブーツを履いて、着替えは完了だ。
私は荷物から小さな手鏡を取り出し、きちんと変身できているのか確認した。
大きなアメジストとエメラルドの瞳が鏡の中に映っている。耳は少々とがっているけれど、竜人に見える程度で、角はなし!
手もちゃんと人間の手だ。
ふと泉に映る背中にあるものをみつけて、私はあわてた。
ドラゴンのものよりはかなり細いけれど、白い鱗でびっしりと覆われた尻尾がローブの裾からのぞいている!
尻尾を消そうと念じてみるけれど、なぜだか消えてくれない。
「どうしよう……」
「別にいいんじゃない?」
水の精霊ビオラが泉の水面から顔を覗かせた。
「ビオラ! どうしたの? 呼んでないよね?」
「うん。でも困っているみたいだったから……」
ビオラはぱしゃりと泉の中で身体をひるがえし、水しぶきを上げた。
「ルチア、ちょっと緊張しているんじゃない?」
「……かも」
森人には会ったことがあるけれど、ほかの種族にはまだ会ったことがない。期待と不安が入り混じっていて、心臓の鼓動もいつもよりちょっと早めだ。
「まあ、慣れたらきっと大丈夫よ」
「……だね!」
ビオラに励ましてもらったおかげで、少し元気が出た。
まあ、変身できないものは仕方がない。
「ま、いいか!」
私は背中に荷物を背負いなおして、道に向かって歩き始めた。
いざ、ザッフィーロへ!
私の目じりにある鱗がうっすらと赤く染まったのだ。
ドラゴンは成竜になると目じりの鱗の色が変わるらしい。
残念ながらドラゴンとしての身体はそれほど大きくならなかったけどね。
たぶん、まだ成長する……はず。
兄のマウロはもう十年ほども昔に成竜になって巣立っていった。次兄のティートもその数年後には巣立ってしまい、私には遊び相手がいなくなってしまった。
けれどそんなことも気にする暇もないほど、私は修行に明け暮れた。そのおかげで、魔力切れもめったに起こさなくなった。
あとは人間の姿も五歳くらいだったのが、十歳くらいに成長した。
成長するって本当に素晴らしい。
巣立ちの日を迎え、気力がみなぎっている私を母が心配そうに眉根を寄せながら見つめている。
「ルチア、本当に行ってしまうの?」
私が生まれてから十年くらいは経っているはずなのに母が年を取る気配は微塵もない。
ドラゴンの寿命は六百年くらいあるらしいので、これくらいでは見掛けは変わらないか。
「私だって、成竜だもの。ずっとここにはいられないよ」
成竜したのに、ずっと両親の庇護の下で暮らすのはドラゴンとしてとても恥ずかしいことだ。
というのは建前で、本音はようやく冒険の旅に出ることができるのだと、わくわくしている。
「どうしても人の町に行くというのなら、まずはラウルのところを訪ねるんだ。きっと助けになってくれる」
「うん、ありがとう。お父さん」
結局、これまで父が人の姿に変身するところは見ないままだった。
一度くらいは見たかったな。
母は、たまに森人の町へ行ったときに変身するのを見るけれど。母はオルテンシアと一緒になって服を選ぶのに夢中になっていた。
着せ替え人形にされたのはちょっぴり苦い思い出だ。
「たまには帰ってきてね」
「うん。もちろんだよ」
兄たちが里帰りしたのはこの十年で二回くらいだ。新しい土地で楽しく暮らしているらしい。
確かに魔物さえ狩っていれば、森人や竜人に食料と交換してもらえるし、ドラゴンにとっては楽な仕事だ。森に自生している果物を食べてもいいしね。
とりあえず、ラウル叔父さんの住んでいる南のほうのザッフィーロという国に向かうつもりだ。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「気をつけるのよ!」
着替えや食料、魔石などが入った入った麻袋を背負って、私は白い翼を大きく羽ばたかせた。
上昇気流をとらえて、私は一気に上空へ飛翔する。
ザッフィーロまで人の姿で移動するのは時間がかかりすぎる。
人が少ない場所はドラゴンの姿で飛んで移動し、人が多くなる町の手前で人の姿になってから入国する予定。
育った大樹の上空で二回ほど旋回してから、進路を南にとる。
慣れ親しんだ景色が眼下を通り過ぎて、次第に見慣れない風景に変わっていく。
私は興奮のあまりドラゴンブレスを吐き出してしまった。
上空に向かって青白い炎をごおっと吹き付ける。
兄たちに比べると小さいけれど、角猪くらいの魔物なら倒せるんだから。
「ルチア、自重して」
風の精霊オルテンシアが私をたしなめる。
「はーい」
オルテンシアもずいぶんと私の魔力を糧として成長した。見た目はほとんど変わらないけれど、魔法の威力は倍ぐらいにはなっている。
確かに私の唯一の攻撃手段と言っても過言ではないドラゴンブレスを、こんなところで無駄に使うのはよくない。
「オル、ちょっとだけ手伝って」
「承知」
オルテンシアがにっこり笑うと、翼がふっと軽くなった。
風の補助を得た私は翼をさらに力強く羽ばたかせて、飛行速度を上げ、山岳地帯を一気に抜けた。
なだらかな丘陵や小さな森が眼下に広がり、ぽつりぽつりと農村のような集落も見かけるようになる。
整備された道が視界に入ってきたので、私はこれ以上の飛行での移動を断念した。ドラゴンの姿で進めば、目撃されてしまう危険が高くなる。
「オル、そろそろ降りるね」
「了解っ」
翼への補助魔法がなくなり、一気に翼が重く感じられる。
私は慎重に道から少し外れた場所に着地した。
小さな泉があって、そのほとりにちょうど身長よりも少し高いくらいの岩があったので、その後ろへと身を隠す。
背中から荷物の入った袋を下ろして、あたりに人の気配がないことを確認する。
おっけー。大丈夫!
私は一瞬で人の姿に変身した。
袋から着替えを取り出して、すばやく身に着けていく。かぼちゃパンツを履いて、ショートパンツを履く。薄い丸首のシャツのような下着をかぶる。
まったく、いつになったら胸が成長するんだろうか。
私は相変わらず絶壁に近い胸を見下ろした。
成竜になったから、成長しないなんてことはないよね?
ちょっと不安に思いつつも、ちょっとふりふりのついたシャツに袖を通し、すその長いローブを被った。
太ももくらいまでのロングブーツを履いて、着替えは完了だ。
私は荷物から小さな手鏡を取り出し、きちんと変身できているのか確認した。
大きなアメジストとエメラルドの瞳が鏡の中に映っている。耳は少々とがっているけれど、竜人に見える程度で、角はなし!
手もちゃんと人間の手だ。
ふと泉に映る背中にあるものをみつけて、私はあわてた。
ドラゴンのものよりはかなり細いけれど、白い鱗でびっしりと覆われた尻尾がローブの裾からのぞいている!
尻尾を消そうと念じてみるけれど、なぜだか消えてくれない。
「どうしよう……」
「別にいいんじゃない?」
水の精霊ビオラが泉の水面から顔を覗かせた。
「ビオラ! どうしたの? 呼んでないよね?」
「うん。でも困っているみたいだったから……」
ビオラはぱしゃりと泉の中で身体をひるがえし、水しぶきを上げた。
「ルチア、ちょっと緊張しているんじゃない?」
「……かも」
森人には会ったことがあるけれど、ほかの種族にはまだ会ったことがない。期待と不安が入り混じっていて、心臓の鼓動もいつもよりちょっと早めだ。
「まあ、慣れたらきっと大丈夫よ」
「……だね!」
ビオラに励ましてもらったおかげで、少し元気が出た。
まあ、変身できないものは仕方がない。
「ま、いいか!」
私は背中に荷物を背負いなおして、道に向かって歩き始めた。
いざ、ザッフィーロへ!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる