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第三部
森人の血を引く者
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完全にばれている。
「竜の姫……って、私のことですか?」
ダメもとでとぼけてみる。
「ドラゴンの強大な魔力と気配は、たやすく隠しおおせるものではありませんよ?」
宿の主人の笑みがさらに深くなる。
わぁ、こわい。やっぱり無理か。
「だとしたら、どうします?」
人生経験の少ない私が、彼をだまし通すのは無理そうに思える。
「森人の血を引くフェルナンドと申します。竜の姫様のお名前をおうかがいしても?」
「ルチアだよ」
森のような深い緑色の瞳がじっと私を見つめている。フェルナンドの落ち葉のようなハニーブラウンの髪はいかにも森人らしい色だ。
「ルチア様とお呼びしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
ルチアがうなずくと、フェルナンドは一気に距離を縮めてきた。
「ルチア様、何かお困りではないですか?」
「困りごと? 別にないよ。どうしてそんなことを聞くの?」
フェルナンドの質問の意図をはかりかねて、私は首をかしげた。
「ならばよいのです。偉大なる御身が卑小なる人と旅をなさっているご様子。何か弱みでも握られ、御不自由されているのではないかと、心配していた次第です」
「ええ?」
思いもかけない言葉に、私はなかなか状況がのみ込めずにいた。
フェルナンドの目がようやく柔らかくほころんだ。
今度は心からの笑みを浮かべている。目尻のしわが深くなっていた。
「ならばよかった。ですが、もし何かお困りのことがございましたら、このフェルナンドに申し付けくださいませ。森人の血を引く者として、少しでも御身の助けになれば幸いです」
すごく大げさな言い方でわかりにくいけど、困ったことがあったら助けてくれるよってことでいいんだよね?
「別に、私は人の世を旅してみたいだけ。あなたの助けは必要ない、と思う」
「御身の役に立てることができず、残念至極にございます」
「なんか、その大げさなしゃべり方、やめてもらってもいい? 今の私はただの竜人で、星一つの冒険者なの」
フェルナンドは片方の眉を器用に上げてみせた。
「やはりお仲間にはドラゴンであることは伏せて?」
「まあね。でもこれは父と母との約束だから」
私は肩をすくめた。
「そうですか。私はルチア様の正体については決して他に漏らしたりなどいたしませんので、ご安心ください」
「そうしてくれると、助かる」
彼の口をつぐませるために、最悪の手段をとることも考えていたけれど、どうにか回避できそうだ。
今の私は人を殺めることにそれほど禁忌を感じていない。前世であれば考えられなかったことだが、現世がドラゴンである私の生存本能は強い。
攻撃を仕掛けてくる魔物に対して、躊躇する気持ちは露ほどもない。自分に危害を加える可能性があれば、人であろうと森人であろうと殺すことにためらいはない。
フェルナンドが私の真意を知っているのかはわからないが、表面上は穏やかな笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、あなたと私は今から宿の主人と宿泊客という関係で、いいよね?」
「もちろんでございます。おやすみのところ、お邪魔してしまい申し訳ございません。ごゆっくりとおくつろぎくださいませ」
大げさなしゃべり方をやめてほしいと頼んだけど、彼の話し方はほとんど変わらない。もともとそんな口調なのだろう。
頭を下げて部屋を出て行こうとしていたフェルナンドを私は呼び止めた。気になっていることがあるのだ。
「ねえ、そんなに私竜人に見えないかな?」
私に背を向けていたフェルナンドは、すぐさまくるりと振り返り、大きくうなずいた。
「残念ながら。森人の血を引く者は、親愛なるドラゴンの気配に敏感ですから。恐らく竜人の血を引く者も同じでしょうね」
「はあ……」
私は思わずため息をもらした。
コルシニのような大きな都市ともなると、様々な種族が集まってくる。ドラゴンと関わりの深い種族に対して、隠し通すのは難しいのかもしれない。
私は今後の留意事項として心の隅に書き留める。
「ですが、人の世で暮らす森人や竜人の血を引く者はそれほど多くはありません。さほど心配はいらないのでは?」
「だといいなぁ」
「ちなみに、ルチア様はおいくつですか?」
「え、十五歳だけど?」
「十五! てっきり……、いえ、とてもお若くて……いらっしゃるのですね」
む、声が震えてるよ。フェルナンドさん。ええ、言いたいことはわかりますとも。最近、自分でも少し子供っぽくなっている気がする。前世の記憶もだいぶ遠く感じるようになってきたし、もともとこっちが私の地なのかもしれない。
「ですが、もし困ったことがありましたら、なんなりとご相談ください。卑小なるわが身ではありますが、これでもギルドランク星四つを持っていたこともございます。引退してから数年は経っておりますので、少々ブランクはありますが、お役に立てるかと」
星四つだなんて、かなりすごいんじゃないだろうか。私は驚きに目を瞠った。
そんな私に、フェルナンドは気障ったらしくウィンクをしてみせた。
「……まあ、困ったことがあったら、相談する……かも」
ないと思うけどね!
「では、失礼いたしました」
私はフェルナンドが部屋から出て行くのを見届けて、しっかりと扉を閉め、ようやくほっと一息ついた。
おそらく彼は私がドラゴンであることを黙っていてくれるだろう。
森人の血を引いているならば、ドラゴンに対する畏怖や、敬愛の念は本能に近いレベルで刻まれているはずだ。
とりあえず、もう少し魔力を上手に隠す練習だね……。トホホ。
「竜の姫……って、私のことですか?」
ダメもとでとぼけてみる。
「ドラゴンの強大な魔力と気配は、たやすく隠しおおせるものではありませんよ?」
宿の主人の笑みがさらに深くなる。
わぁ、こわい。やっぱり無理か。
「だとしたら、どうします?」
人生経験の少ない私が、彼をだまし通すのは無理そうに思える。
「森人の血を引くフェルナンドと申します。竜の姫様のお名前をおうかがいしても?」
「ルチアだよ」
森のような深い緑色の瞳がじっと私を見つめている。フェルナンドの落ち葉のようなハニーブラウンの髪はいかにも森人らしい色だ。
「ルチア様とお呼びしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
ルチアがうなずくと、フェルナンドは一気に距離を縮めてきた。
「ルチア様、何かお困りではないですか?」
「困りごと? 別にないよ。どうしてそんなことを聞くの?」
フェルナンドの質問の意図をはかりかねて、私は首をかしげた。
「ならばよいのです。偉大なる御身が卑小なる人と旅をなさっているご様子。何か弱みでも握られ、御不自由されているのではないかと、心配していた次第です」
「ええ?」
思いもかけない言葉に、私はなかなか状況がのみ込めずにいた。
フェルナンドの目がようやく柔らかくほころんだ。
今度は心からの笑みを浮かべている。目尻のしわが深くなっていた。
「ならばよかった。ですが、もし何かお困りのことがございましたら、このフェルナンドに申し付けくださいませ。森人の血を引く者として、少しでも御身の助けになれば幸いです」
すごく大げさな言い方でわかりにくいけど、困ったことがあったら助けてくれるよってことでいいんだよね?
「別に、私は人の世を旅してみたいだけ。あなたの助けは必要ない、と思う」
「御身の役に立てることができず、残念至極にございます」
「なんか、その大げさなしゃべり方、やめてもらってもいい? 今の私はただの竜人で、星一つの冒険者なの」
フェルナンドは片方の眉を器用に上げてみせた。
「やはりお仲間にはドラゴンであることは伏せて?」
「まあね。でもこれは父と母との約束だから」
私は肩をすくめた。
「そうですか。私はルチア様の正体については決して他に漏らしたりなどいたしませんので、ご安心ください」
「そうしてくれると、助かる」
彼の口をつぐませるために、最悪の手段をとることも考えていたけれど、どうにか回避できそうだ。
今の私は人を殺めることにそれほど禁忌を感じていない。前世であれば考えられなかったことだが、現世がドラゴンである私の生存本能は強い。
攻撃を仕掛けてくる魔物に対して、躊躇する気持ちは露ほどもない。自分に危害を加える可能性があれば、人であろうと森人であろうと殺すことにためらいはない。
フェルナンドが私の真意を知っているのかはわからないが、表面上は穏やかな笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、あなたと私は今から宿の主人と宿泊客という関係で、いいよね?」
「もちろんでございます。おやすみのところ、お邪魔してしまい申し訳ございません。ごゆっくりとおくつろぎくださいませ」
大げさなしゃべり方をやめてほしいと頼んだけど、彼の話し方はほとんど変わらない。もともとそんな口調なのだろう。
頭を下げて部屋を出て行こうとしていたフェルナンドを私は呼び止めた。気になっていることがあるのだ。
「ねえ、そんなに私竜人に見えないかな?」
私に背を向けていたフェルナンドは、すぐさまくるりと振り返り、大きくうなずいた。
「残念ながら。森人の血を引く者は、親愛なるドラゴンの気配に敏感ですから。恐らく竜人の血を引く者も同じでしょうね」
「はあ……」
私は思わずため息をもらした。
コルシニのような大きな都市ともなると、様々な種族が集まってくる。ドラゴンと関わりの深い種族に対して、隠し通すのは難しいのかもしれない。
私は今後の留意事項として心の隅に書き留める。
「ですが、人の世で暮らす森人や竜人の血を引く者はそれほど多くはありません。さほど心配はいらないのでは?」
「だといいなぁ」
「ちなみに、ルチア様はおいくつですか?」
「え、十五歳だけど?」
「十五! てっきり……、いえ、とてもお若くて……いらっしゃるのですね」
む、声が震えてるよ。フェルナンドさん。ええ、言いたいことはわかりますとも。最近、自分でも少し子供っぽくなっている気がする。前世の記憶もだいぶ遠く感じるようになってきたし、もともとこっちが私の地なのかもしれない。
「ですが、もし困ったことがありましたら、なんなりとご相談ください。卑小なるわが身ではありますが、これでもギルドランク星四つを持っていたこともございます。引退してから数年は経っておりますので、少々ブランクはありますが、お役に立てるかと」
星四つだなんて、かなりすごいんじゃないだろうか。私は驚きに目を瞠った。
そんな私に、フェルナンドは気障ったらしくウィンクをしてみせた。
「……まあ、困ったことがあったら、相談する……かも」
ないと思うけどね!
「では、失礼いたしました」
私はフェルナンドが部屋から出て行くのを見届けて、しっかりと扉を閉め、ようやくほっと一息ついた。
おそらく彼は私がドラゴンであることを黙っていてくれるだろう。
森人の血を引いているならば、ドラゴンに対する畏怖や、敬愛の念は本能に近いレベルで刻まれているはずだ。
とりあえず、もう少し魔力を上手に隠す練習だね……。トホホ。
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