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 その頃、悪鬼のグループが入手した情報で朱音達は使われていない工場に集まっていた。
 情報ではメディーサが此処で集まる事を知っているからであった。
 カツカツと夜中という事もあり、集団で歩く音が異常に響く。

「ここで合っていると思うが……」
 
  人っ子一人いない状況に少し不気味さを感じるが、それもつかの間である。
 工場内の電気がつく。
 すると、朱音のグループは既に囲まれている状況に陥っていた。
 正面にはにっくき悪鬼のグループが人で壁を作り、後ろには居るはずもない白竜のメンバーが集まっていた。

「なぜ! お前達が居る!」
 
 朱音は叫ぶ。

「悪いな。お前達のチームと組むより、メディーサと手を組んだ方が利益の幅が大きいからな、悪いが今日で消えてしまってくれや」 
 
 白竜の頭である人物が一歩前に出て朱音と話す。
 格好はダボっとしたズボンとお腹にサラシを巻き、リーゼントの髪型で少し前の時代に流行っていた古風な格好をしているが、さらけ出された肉体は筋肉の塊で日ごろから肉体を酷使して、出来た筋肉質である。
 
 朱音の予想は見事に外れた。
 曲がった事が嫌いな白竜の頭である天道寺(てんどうでら) 椿(つばき)が悪逆非道なメディーサと手を組むとは思っても居なかった。
 メディーサとわずかに分が悪かった戦力が白竜によって絶望的に変わる。だが、悪鬼のメンバー達の士気は落ちる事無く気合は十分である。
「あっははは!! ざまぁねぇな! 速さしか取り柄のねぇ朱音の無様な格好がこの目で見られるとは良い日だな! えぇ!? おい!」
 工場の二階にある通路に立っているメディーサの頭である希一(きいち) 凌(りょう)平(へい)。
 童顔で見た目は年齢より若く見え成人をしている。中身は腐った人間であり自分の為ならどんな事をしても優位に立とうとする男である。
 体格は筋肉質では無いが、悪逆であり、狙った獲物はどんな手を使ってでも倒す事で成り上がり今の地位に立っている。
 紫色に染めた髪が目立つ。 

「おい! 椿さっさとやっちまいな!」

 凌平の号令で白竜のメンバーが朱音達に目掛けて走って来る。
 次々と周辺で取っ組み合いの殴り合いが始まる。奮起する叫び声と殴りつける音が工場内響き始める。
 メディーサのメンバーは高みの見物をするかのようにニヤニヤと笑いながら二チームの喧嘩を眺めるだけである。
 もしこの勝負勝てたなら消耗した状態でメディーサのチームと戦わないといけない。そんな体力を残して戦える程弱い白竜ではない。
 一時の優勢を保っていたが、走り屋のチームが武闘派に場数の差でじりじりと押され始める。

「クッ!」
「どうした。悪鬼の実力はそんな者か!」
 
 椿と朱音が殴り合いをしている。明らかの体格さとパワー負けをしている朱音には不利な状況である。
 朱音の素早さを生かして攻撃をするも椿の屈強な筋肉の前ではダメージは程通らない。
 だが、諦める訳にはいかない。
 舐められたままと言うのが一番嫌い人種達である。
 だけど、基本能力の差は何をしても埋まらない。
 そんな時に椿の重い一撃の蹴りが入る。
 咄嗟にガードをしたが、骨が軋み折れる音が自身の耳に聞こえる。
 地面に伏した朱音は咄嗟に起き上がるが力が入らない右腕はだらりと重力に負ける。
「終わりだな」
 
 椿はトドメの一撃を放つ瞬間に後方から爆発音の後に鉄が地面に擦れる音が次第に近づいて来る。

「なんだ!?」

 戦闘は一時中断して、燃えて滑ってきている単車の方角を見る。
「あぁ! 俺達のバイクが!!」
 悪鬼のメンバーを誘うかのように工場の入り口付近に止めていたメデューサのバイクの大半がガソリンに引火して火を噴いている。
 そして、地面を滑りながら向かってきたバイクもガソリンに引火した単車は火だるまのまま突っ込んでくる。
 単車の後からコツコツと誰かが歩いてきている。バイクの炎上でその姿はハッキリ見える。

「はろ~」
 
  まるで友人と遊ぶ場所に着き、冗談を交えた挨拶をするような感覚で朱音に声を掛ける。

「夕!? なぜ、お前が此処に……」
「なぜって、俺も一応被害者だから?」
 
 二人の会話に椿が夕の正面に立つ。

「女一人増えた所で、悪鬼の負けは確定なんだよ!!」
「あ? 息がくさいぞ?」
 
 両手をポケットに入れたまま夕は片足で地面を蹴ると、180を超える男性の顔にもう片足を顔面に踏みつける。骨が折れる音は足の裏に伝わり感じが悪い感触である。
 勢いのあまり椿は後ろに倒れる。
 倒れたのは良いが、その顔の上には夕の足の裏があり、顔面の上に夕が立っている状態で煙草を地面で消す様に椿の顔の上で足をこする。

「グオォォォ!!」


 悲痛な叫び声が椿の口から出る事に白竜の仲間が驚く。喧嘩等でそういった悲鳴の様な言葉を出した事がない椿が女性人におされている事実を認めたく無いのだろう。

「おっと、すまんな。さっき歩いていたら動物のうんこを踏んだ事を忘れていたわ」
 
 椿の顔から降りると、顔にはうんこと思わる茶色いものと、鼻が折れたおかげで赤い血液流れ始める。
 
 この辺りの区で喧嘩負けなしの椿に悪戯をする夕の姿に周囲に居る者は歪に感じるであろう。
 椿は仲間の服で顔を拭くが水が無い事で匂いを消す事は出来ないが、鼻が折れたおかげで椿に漂うのは血液の錆くさい匂いだけである。
 あまりの苛立ちにゆでだこの様に顔を赤くして、近くにある木材を手に夕に襲い掛かる。

「糞が!!」
 
 殺す気で襲い掛かる相手に対して夕は何処となく余裕という表情で蹴り出す。
 カツン!と乾いた音。
 振り下ろした木材に夕はつま先をぶつける。
 強い衝撃で壊された木と違い、まるで刃物などで切られた断面で、半分からポキリと折れる。 

「なっ!?」
 
 驚いた時にはもう遅く。
 夕の二打目の蹴りが椿のみぞおちに入る。
 蹴るというよりは押し出す様に足に力を入れて衝撃を繰り出す。
 椿はその衝撃によって何度も地面を後転し、胃液を吐き出しもがき苦しむ。

「これ以上邪魔をするなら…… わかるよね?」
  
 白竜のグループにこれでもかという程の笑顔。けれど、その笑顔の裏を読み取れる者は全力で首を縦に振る。
 武道派だからこそ感じる夕の重圧。
 目の前で呆気なく倒された白竜の頭。
 どれ程の人数で攻めた所で勝てないのではと思わされる。
 「さてさて、次は貴方達だな。いや~よくも私を撥ねてくれたわね。思った以上に痛かったぞ?」
 
下から見上げる夕。
 次はお前達だと言う意志。
 朱音の横を通りすぎ、メディーサの前に出る。

「やれ!」
 凌平の号令を出すと集団で襲い掛かる。
 一番槍と叫び鉄パイプを持った男が夕に目掛けてジャンプをしながら振り下ろす。
「一番槍だぜ!」
 ゴキン!と工場の中に響く金属音。
「あれ……」
 あっけない声を出したのは夕に攻撃した男性である。
 普通なら叫び声をあげるか、昏睡する程の威力で攻撃をしたのに、目の前の少女は微動だにせず睨みつけられているのだ。
「そんなものか……」
 少し物足りないと言う表情男性を掴み、一回転を加えてブーメランの様に投げ飛ばす。
 それに巻き込まれた数名はうめき声を上げながら地面に倒れるが、相手はまだまだいる。
 それからは映画の戦闘シーンの様にまるで、台本があるかのような戦闘である。

「お前が俺の弟をムショ送りにした奴か!!」
 
ドスドスと他の男性より一回り以上大きい人物が襲い掛かる。

「知らないわ」
 
 晶の服を破いていた男性の弟である。
 体格は明らかに相撲でもしていたのではという程の巨体であり、体重は100キロを超えているというのに思った以上に早く走って来る。

「グヘヘ捕まえた! お前の細い脚を折ってやる」 
 
 夕の蹴りだした足は肉の壁によってダメージが入らなく、止まった所を掴まれた。足の脛と足先を捕まえた男性は、ポッキンアイスを割る様に力を加え始めるが、夕にはまるで効いていないのか澄ました表情で足に力を入れ始めると、100キロを超えている巨体がゆっくりと浮き始める。
 ありえない光景を見た者は理解が追い付かない。
 それは夕の足を掴んだままの本人も同じである。
 一瞬の浮遊感に襲われると、男性はそのまま背中に激痛を感じる。
 踏み抜く勢いで足を下ろした事で背中を打ちつけられて、その後にプレス機に押される重圧が体を襲う。
 
 男性はマーライオンの様に胃から逆流した吐瀉物は噴水の勢いよく吹き上がる。
 体格差をモノともせず相手をねじ伏せる夕の姿に敵は士気を落とす結果となる。
 それからは夕の独擅場である。
 どうにか止めようと夕に群がるけど、武術を極めた達人の様に次々と敵をいなしていく。
 後ろから攻撃されようが、複数人から同時に攻撃されても、躱し、受け流して、相手を確実に一撃で倒していく。

「朱音さん。あの人何者ですか? 喧嘩に慣れているというか、武道の達人かなにかですか? そもそも達人でもあの人数を捌く事ができるのですかね?」
「達人でも無理だろう? 流石に武器を持っている人間を含めても100人は居るからな。まぁ、あいつは車に撥ねられてもピンピンしている人間だからな。そもそも人間なのかと思いたくなるよ」
 
 朱音は既に勝敗が見えていた。
 夕の邪魔を極力しない様にただ見守るだけである。

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