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第9話 帰り道の○○

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「お疲れさまでしたー」

「うふふふ。お疲れさま」

 今日も一日よく働いた!
 朝から妖さんとお茶を飲んだり。
 お昼休み明けから妖さんとおやつを食べたりお茶を飲んだり。
 トイレ休憩明けからは妖さんとお茶を飲んだり。
 あとはえーっと、お茶を飲んだり。

「お茶しか飲んでないじゃんかよ!」

 店を出たところで思わずツッコんでしまったけれども。
 これもいつもの事だから仕方がない。
 さっさと帰ってお茶飲んでご飯食べて寝よう。

 あやかしカフェで働くにはメンタルのチューナーを怠惰に合わせるのが必須なのだ。

「あー、食パン旨いわ」

 今日はお店で注文出来る軽食に使うパンが余ってるって事で、トーストにしたパンを齧りながら帰っている。
 これでもかとバターを塗りたくった高カロリーな食パンは、ミルキーな香りと程好い塩気で絶品。
 なんかパッケージが全部英語で書かれてる知らないバターだけど、多分お高いやつな気がするんだよね。
 遠慮なく塗りたくったけど。

 バイトの帰りだから時間は夜の7時過ぎ。
 もしもこれが出勤前で、「いっけなーい!遅刻遅刻!」とか言いながらパンを齧っていたら、素敵な男の子との運命の出会いも期待出来るってもんだけれど、残念ながら夜にそんな出会いが訪れるってケースは聞いた事が無いよね。

 ほら、例えばあそこの道を曲がる時なんて素敵な出会いのタイミングとしては抜群じゃない?
 食パンを咥えながら、敢えて小さく曲がる事でお互いに気付かずぶつかる事が出来るんじゃないかな?
 なんて馬鹿な事を考えながら道を曲がると。

 ドン

「きゃっ!」

 リアルに誰かとぶつかって、ワタシは尻もちをついてしまった。
 口に咥えていた食パンは奇跡的に頭頂部に載っかったので、後で続きを楽しむとして。
 今はぶつかってしまった人に謝って素敵な出会いを演出しよう。
 そう思ってぶつかった人を見上げてみると。

「ぎゃぁぁぁああ!透けてるぅぅ!」

 顔は結構イケメンで素敵な男の子ではあるんだけれども、結構しっかり目に透けていた。
 透けてない人を100とすると大体48ぐらい?
 街灯で照らされた薄暗い中でも分かるぐらいの、しっかり目な半透明だよこの人!

「あ、さーせん」

「かっる!か弱い女の子が尻もちついてるのに、透けてる人かっる!」

 首だけ軽く曲げるタイプの若者特有の謝り方。
 若者って、ワタシも若者だけど、これは陽キャ寄りの若者だわ。
 まぁ別にそんな事、今はどうだっていいけれど。

「一つ聞きたいんだけど、生者?死者?」

 9割9分あっちだろうなって予想は付いてるけれども、一応確認は必要だよね。

「あー、意外に思われるかもしれないんだけど」

 意外?意外って事は逆にあっちなの?

「死者です」

「意外じゃないわ!どこからどう見ても死者だわ!」

「いやいや、そんな事ないでしょ」

「そんな事あるわ!寧ろそんな事しかないわ!
 透けてる生者なんてSNSにすら存在しないわ!」

「透明感のある人とかってよく言うじゃん」

「透明感って透けてる人の事じゃないわ!
 リアルに透明感出ちゃったら、もう死者だわ!
 はぁはぁはぁ」

 この人?霊?結構ボケるな。
 人外にボケられると、ツッコむ方も大変だよ!

「まぁ、あなたが死者かどうかは置いておいて。
 お近付きの印に一つだけお願いを聞いて欲しいんですけど」

「お願い?」

「そう。ここって家から職場に通う時の通り道だから、どこか別の場所に移動してくれません?
 半透明な人がいると、ぶつかりそうで危ないんで」

 これ結構重要よ?
 明日以降も何度も尻もちついて、素敵な再開を演出するのも面倒臭いし。

「あー、それは無理よ」

 間髪入れずに断られた。

「どうして?」

「だって俺ほら、地縛霊だし」

「地縛霊って言っちゃたよ!
 やっぱり死者じゃん!地縛霊は死者じゃん!」

 このよくボケる地縛霊はタケル君というらしい。
 大学の卒業旅行でアメリカに行った時に車に轢かれて、気付いたらここに転生してたんだって。
 地縛霊になる事を転生とは言わないわ!

 何故だか始まってしまったタケル君の身の上話を聞いていると、ひたっと何かがワタシの肩に触れた。
 肩がヒヤッとして背筋が凍る。
 タケル君はワタシの背後にある何かを見てガタガタと震えだした。

 何だこのプレッシャーは。
 ワタシは恐怖に恐れおののきながら後ろを振り返り。

「ぎゃぁぁぁああ!お化けぇぇぇええ!」

 妖さんだった。

「うふふふ。あやかしのオーラを感じて見に来てみたら、ご新規さんの地縛霊がいるなんてラッキーだわ。
 早速連れて帰りましょう。うふふふふふふふ」

 いつも通りに怪しく笑う妖さん。
 タケル君は蛇に睨まれた蛙って感じで小さくなって震えている。

「えっと、その霊、地縛霊みたいですけど連れて帰れるんですか?」

 地縛霊ってのは、その場から離れられない霊って事だよね?
 幾ら妖さんが連れて帰りたくたって難しいのではないだろうか?

「問題無いわ。うふふふふふふふ」

 そう言ってタケル君の首根っこを掴んで引き摺ると、ある地点で壁に阻まれた様に引っ掛かった。
 しかし妖さんはタケル君を無理矢理引っ張って、壁に穴を開けて引き摺り出した。
 やっぱりこの人って人間じゃないと思うんだけれど、一体何者なのだろうか?

 そのまま妖さんはあやかしカフェの方向に歩いて行くが。

「そうそう、赤股さん」

 途中で振り返って妖さんはワタシに声を掛ける。
 何か言い残した事があるみたいだ。

「こんなに早く霊を触れる様になるだなんて、流石は新進気鋭のあやかしストね」

 そう言い残して妖さんはあやかしカフェへと帰っていった。
 ワタシもツッコミ疲れたので背を向けて家路を急ぐ。

「いや、あやかしストって何なんだよぉぉ!」

 冷静に考えたら、あやかしストよりも霊に触れられるぐらいにあやかし慣れしている現状がヤバいんじゃないかと気付いたのは、ベッドの枕元にお祖父ちゃんらしき何かが立っているのを見た時だった。


 第9話 帰り道の地縛霊
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