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解散

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 正確なリズムを刻む歯切れの良いドラム。
 ブリブリと骨太な音を響かせる5弦ベース重低音。
 ディストーションの掛かった7弦ギターの重たいパワーコード。

 幼い見た目からは想像もつかない、強烈な音の濁流に圧倒される観客達。
 その日ライブハウスに足を運んだ客の多くは、他のバンド目当てで来た客ばかりだった。
 企画ライブの1組目なんて誰からも期待などされてはいないのだから、それは普通のことだろう。

 しかし予想外の掘り出し物に、会場の期待は一気に高まる。
 どんな歌が聴けるのかと。あのヴォーカルは一体どんな歌声を響かせてくれるのかと。
 グングンと上がっていくボルテージの中、フロントに立つ少年は左手でスタンドにささったマイクを掴み、右の拳を突き上げた。 

「俺は今日!チンチンの皮が剥けましたぁぁぁああ!」

(((((ん?)))))

 少年の魂の叫びに、会場にいる全員が思わず首を傾げた。
 だがロックバンドなのだから、多少の下ネタもパフォーマンスの一環である。
 幸いにも出演バンドにパンクバンドがいたことで、少年の行動には理解のある客も多かった。
 何より中高生ぐらいの見た目のバンドなのだから、テンションが上がって燥いでしまったのだろうと考えた。

 だが。

 だがしかし。

 観客の期待も虚しく、少年はズンズンと腹に響く演奏をバックに従え、チンチンの皮が剥けたエピソードを10分あまりも喋り続けた。
 引いていく観客。浴びせられるブーイング。
 最早、彼が少年であることすら忘れて金返せと罵声が飛ぶ。
 そんな圧倒的アウェイを自ら作り出した少年は…。

 一人内心でほくそ笑んでいた。

(快感。それ以外の言葉なんて思い浮かばない。これだからオナニーライブはやめられないぜ!)

 オナニーライブとは、要するに客のことを考えずに自己満足の演奏やパフォーマンスに終始して演者が気持ち良くなるだけのライブのことである。
 そんなオナニーライブを故意に行い、ただただ自分が気持ち良くなっている少年の名は亀頭伊織。
 既にバンドのメンバーも半ギレ状態で予定していた曲を展開していく中、伊織はようやく歌い始める。

 ヴォーカル、ギター、ベース、ドラム。その全てがハイレベルであるにも関わらず、伊織によって生み出されたアウェーの空気は最後まで変わることはなかった。

 この日、メンバー全員が中学3年生のヘヴィ・ロックバンド“日本オナニー最前線”は解散した。
 その原因はライブでの伊織のやらかしではなく、元から中学卒業と同時に解散することが決まっていたのであった。
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